ボクとユキと家族
それはとても寒い冬のクリスマスの日だった。
ボクはお母さんとお父さんと街に買い物に出掛けていた。
お父さんは凄く怖い。
いつも口をムッとして、あまりお喋りはしないんだ。
お母さんは優しいのにどうしてだろう?
「ボクちゃんはいつも良い子だから、今日はサンタさん来てくれるね?」
「…そうだな」
「ホント?! やったぁ!」
お母さんの言葉にボクは喜んだ。
お買い物でも荷物を自分から進んで持ち、クリスマスのごちそうが早く食べたいと急いで走る。
「そんなに走ると危ないわよ〜」
「へいき、へいき! いてっ!!」
ツルツルと滑る地面に足を取られて、ボクは体を地面にぶつけてしまった。
直ぐにお父さんがやって来て、ボクを立たせてゲンコツをした。
「いたいっ!」
「バカ者! もう少し気を付けて歩きなさい」
お父さんに叱られたボクは、口を尖らせて俯く。
お母さんは頭を撫でながら「怪我は無い?」と優しく問い掛ける。
「ぅん…。 あれ?お母さん、アレは何?」
転んだ時に落とした荷物を見て、ボクは首を傾げる。
落ちた袋の横に、汚いダンボールの箱があった。
近付いて中を開けると、そこには小さな白い子犬が1匹。
タオル1枚に包まれて捨てられていたのだ。
「まぁ、なんて酷い…」
「かわいそう…ねぇ、子犬さん何かおかしいよ?」
言われ良く見ると、子犬は目を瞑ったまま苦しそうに息を吐いて吸ってを繰り返していた。
お父さんはそれを見るや、子犬を掴んで持ち上げ、お母さんを見て頷く。
「病院に連れて行く。お母さんとボクは先に家に戻りなさい」
「いやだ! ボクも行く!!」
「言う事を聞きなさい」
「やだやだやだ! ボクも一緒に行く!!」
「お父さん…」
「…分かった、それならこの子を抱き締めてなさい」
そう言うと、お父さんは自分のマフラーを外し。
赤ちゃんを抱っこする時みたいに肩掛け状態で巻き付けた。
そして、ボクを抱き上げて走り出した。
「───わぁ!」
凄かった。
お父さんの胸の高さから見る景色は高く。そして、とても暖かい。
走り出した瞬間、雪が凄い勢いで飛び交い。
街の灯りがとてつもない速さで過ぎて行く。
まるで、時間が加速された様な気分だ。
アニメ等で見る憧れの光景に、ボクは目を丸くして過ぎ去る景色を見やる。
あっという間に、お父さんは動物病院へと辿り着く。
幸い、前の患者が終わったばかりで店には明かりが灯っていた。
急いで中へ駆け込み、受付に理由を話して診てもらう事に。
赤い診療中のランプが付く。
心配で泣きそうな顔をするボクの頭を、お父さんは力強くわしゃわしゃと撫でた。
それだけで、ボクの心は少し軽くなった気がした。
しばらくして、赤いランプは消え。
中から看護婦のお姉さんが現れ、中へどうぞと案内する。
中には大きな診察台があり。そこに子犬は寝かされていた。
横に立っていた医師はマスクを取り、レントゲンの映し出されたパソコンを見せながらお父さんとボクに説明をしてくれる。
「栄養不足と寒さで弱って居ましたが、常温の水を飲ませて軽く点滴をしたら落ち着いたみたいです」
「てんてき?」
ボクが首を傾げて問うと、医師は悪戯めいた顔で腕に注射をする様な素振りで「針をチクッとして、栄養を上げたんだよ〜」と答えた。
「いたいよぉっ!」
「あっははは、でもね、ソレをしないとこの子は具合い悪くしちゃうからねぇ」
「それで、他に何かありましたか?」
お父さんの問いに、医師は首を横に振る。
「いやぁ、何もありませんでした。
一応の為にレントゲンも撮りましたが異常は無しです」
「よかったぁ…」
「そうですか。 後、この子はコチラで預かって頂いてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、捨て子だったんでしたっけ?」
「えぇ、ダンボールに入れられて…先程、タオルからこんなモノが」
ポケットから取り出した紙は、クシャクシャになった紙。
その紙を受け取った医師は、眉間にシワを寄せて真剣な眼差しで読む。
「こんな、無責任な」
「私もそう思います」
「ねぇ〜アレなぁに? お手紙ぃ?」
袖を引っ張りながら純粋な目を向けられたお父さんは、「そうだ。この子の親からのお手紙だ」とだけ答える。
「申し訳ないのですが、今は当院では厳しいんですよね…。
お泊まり様のベッドも全部埋まっていて…」
クリスマスシーズンなのだから仕方ない。
この時期はどうしても預かりをしてくれる病院等はいっぱいになる事が多い。
ソレも予想していたのだろう、お父さんは溜息をついてボクを見て医師を見る。
「家で引き取ります」
たった一言。お父さんは呟いた。
ボクは何が起こったのか分からずに、ポカンと口を開けて動きが完全に停止していた。
「そう言って頂けると、申し訳ないのですがこちらも安心です。
一応、ご飯とミルク等は出して置きますのでコチラを食べさせて上げて下さい」
「うぇ…? あの子犬さん、お家で飼うの?!」
「そうだ。面倒を見れるか?」
「うんっ! やったー!」
子犬を飼うと伝えられてボクは大はしゃぎ。
病院内でジャンプして喜びを大いに表しているのを、お父さんは頭を抑えてなだめる。
───時は少し経ち1週間後。
子犬はすっかり元気になり、家の中を走り回っていた。
クリスマスの雪の日に出逢い、雪の様に真っ白な毛並みから、名付けられたのが『ユキ』。
最初は反応こそしなかったものの、今ではユキと呼ぶと反応を返してくれる。
めちゃくちゃ可愛い子だ。
「ユキっ! お手っ!」
「アンッ!」
ボクの差し出した小さな手に肉球がポンっと乗っけられる。
「あぁぁぁ可愛いぃぃぃぃぃぃぃ!!」
パシャパシャとスマホの撮影機能を使って撮影しているお母さんは、顔がニヤけて止まらなくなり、顔まで真っ赤である。
「お母さん、はしたないぞ」
「えぇ、お父さんだってぇ。毎晩こっそりとユキのお腹に顔をうずめては可愛いって言ってるくせにっ!」
「なっ、そ、そんな事は無い!」
お父さんはお母さんの言葉に耳まで真っ赤に染め、読んでいた新聞で顔を隠す。
「おとうさんお顔まっかっかー!」
ボクは前よりもお父さんと話すのが楽しい様だ。
怖かったお父さんはずっと優しく、ボクにとって自慢のお父さんだ。
お母さんも自慢のお母さん。
そして新しい家族のユキもまた、自慢の家族だ。
ご飯も、寝る時もユキはボクにべったり。
時々お父さんの所へ行っておやつを貰い、お母さんにお父さんと2人で怒られている。
お父さんも前より沢山笑ってくれる。
だからボクもいっぱい笑う。
そうすると、お母さんも嬉しそうに笑うんだ。
ユキは嬉しそうに尻尾を振って駆け回る。
お父さんがお休みの日は散歩に出掛けたり、ドッグランでいっぱい遊ぶ事が多くなった。
凄く嬉しいし、凄く楽しい。
ユキはボク達にとって、かけがえのない家族だ!
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あの日、お父さんに抱かれて駆け抜けた街。
それを小学生の頃に絵に描いてボクは賞を取った。
そして、あれから随分と経って。
ボクはお父さんになり、獣医となった。
最初は色々と悩みもした。
けれど、ボクはあの日ユキを救ってくれた2人の英雄に憧れ続けていたんだ。
いつか自分もそうなりたいと思い、必死に色々な事を学んで経験した。
それは楽しい事ばかりじゃない。
辛い別れや悲しみも沢山あった。
でも、それを乗り越えて今、ボクはやっと2人のヒーローに近付けた。
これからはボクが誰かの自慢にならなきゃいけない。
妻や子、今のユキの子供にも胸を張れるお父さんにボクはなる。
ボクは捨てない。
この大切な家族を──ずっとずっと守っていくんだ。
いつか、この話を誰かに見てもらいたい。
そして、生きている命を大切にして欲しいとボクは心のそこから願う。
じゃあ、またね。
いつかのボク。
これからのボク。
お父さん、お母さん、ユキ、ありがとう。
これからも大好きだよ。