第9話 初陣
豚族を中心とした陣の構築が終わった。
豚族の軍勢は総勢200人程度と牛族の軍勢の4倍程度の大勢だ。
なんでも、豚族は繁殖能力が高いため、人口も相当多いらしい。これまでの戦いで少なからぬ犠牲を出しているが、まだまだ問題はないとのこと。
それでも、牛族は個人の能力が高いため、豚族の全勢力と牛族が戦ったとしても、牛族が勝つであろうと言われてる。
俺たちはどうやら存在自体が、チートな種族らしい。
俺の部隊は豚族軍から見て右方に位置することになった。
ここから豚族の戦いを見つつ、中心から逸れてくる餓鬼どもを殲滅するのが今日の与えられた任務だ。
これまでの戦いはいつも昼過ぎに始まったらしい。
俺たちは早めに草を食んで食事を終えてその時間に備えた。
草原と違ってこのあたりは美味しい草が少ないので皆は不満のようだ。
俺は少ないながらも美味しそうな草を部隊の皆に教えて、まずまず満足のいく昼食を終えることが出来た。
食べると眠くなるのはもう牛族の本能に近いものがある。
俺も睡眠の誘惑に襲われたが、さすがに今日はガマンだ。
部隊の皆にも、昼寝は禁止してある。
見渡すと他の部隊は昼寝してる奴らがいるな。
いくらなんでも、戦い前に昼寝したんじゃ、体が満足に動けないだろう。
豚族の方から緊張が伝わる。
どうやら、いつもの襲撃の時間が近いのかな?
国境門の方を眺めると、砂埃とともに異様な動きが伝わってきた。
いよいよ始まるのか。
もぞもぞと無数の餓鬼の群れが俺たちの方を目掛けて迫ってくる。
集団そのものが意思をもっているがのごとく、その群れが豚族の方を目掛けて迫る。
「弓隊、射てー!」
豚族の指揮官の大音声が戦場に響き渡る。
豚族の弓兵から一斉に矢が放たれ、餓鬼どもはバタバタと倒れていく。
「槍隊、構えー!」
豚族の指揮官の新たな指示が出て、豚族の軍勢のうち長槍を構えた部隊が先頭に立つ。
このあたりまで近づくと餓鬼の一体一体の姿がはっきりと見える。
痩せた体に細い腕、お腹だけが異様に膨れ上がっている。
そしてその一体一体の顔を見分けることは出来ない。皆同じ顔にみえる。飢えて血走ったような目。
この餓鬼の一体一体が、俺たちと同じように転生した人間なのか?
そう考えると吐き気がしてくる。
考えちゃダメだ。これは戦争なんだ。
殺さなければ殺される。そうした戦争なんだ。
餓鬼どもを葬り去らなければ、いつかは家族やアンジェラたちが餓鬼に襲われる事になりかねないんだ。
「槍隊、突撃ー!」
豚族の指揮官の大音声に俺は現実へと引き戻される。
槍隊が一斉に餓鬼の群れに向かって走り出す。
前に突き出したままの槍が餓鬼たちに突き刺さり、餓鬼の群れが混乱する。
だが、倒れる餓鬼を乗り越えて槍の上を飛び越えて何体かの餓鬼が槍隊に飛びかかる。
餓鬼は槍隊に噛み付こうとするが、豚族は対策済みだ。硬い鎧に覆われた槍隊に噛みつくことができず、1対1では豚族にまるで歯が立たない餓鬼は蹴散らされていく。
混乱した餓鬼の一部がこちらへ向かってきたようだ。
「餓鬼が来るぞ。全員注意しろ!」
俺は部隊の皆に声をかける。
「おー!」
部隊の士気は高そうだ。
俺も斧を構えて餓鬼の接近を待つ。
眼前に迫る餓鬼が2体。俺が斧を横に振るうと一撃で2体の餓鬼はくたばったようだ。
「うわー」
部隊の1人が餓鬼に噛みつかれたようだ。しかし、牛族の硬い皮膚を餓鬼の歯では簡単に食い破ることは出来ない。
それでも餓鬼は噛み付いたまま離れようとしない。
「ひっぺがせ!」
そのまま攻撃したのでは、噛みつかれている男にも被害が及びそうだ。
俺の指示で、餓鬼を引き剥がしてそのまま餓鬼はとどめを刺された。
どうやら噛みつかれた男にも怪我はなかったようで何よりだ。
こちらへ向かった餓鬼の殲滅は終わったようだ。
中央の様子を見ると乱戦になっていた。
豚族は餓鬼との戦闘になれた様子だ。1人が複数の餓鬼に取り囲まれないように、常に部隊の密接度を高めている。
それでもまだ餓鬼の数が多いようだ。いくらなんでもあの混戦を続ければ、疲労が高まる部隊も出そうだ。
あ、危ない! 一人の兵が崩れて餓鬼の中に崩れ落ちる。それを助けようとしたせいで部隊の壁が崩れてしまっている。
幸いなことに餓鬼どもの注意は豚族だけに行っているようだ。
「よし、助勢するぞ。俺に続け」
俺は10人の仲間を引き連れ、餓鬼の群れの後方から攻撃を加えた。
餓鬼たちはバタバタと倒れていく。
助勢を受けた豚族も勢いを取り戻し、餓鬼に対して猛攻を始める。
この時点で均衡は崩れて豚族全体が餓鬼の殲滅に成功した。
だが、残念なことに先程、俺が飛び込むきっかけになった豚族の兵の命は助からなかったようだ。
他に豚族の重傷者は3名。うち1人は右腕を食いちぎられたようだ。
牛族の被害は軽傷が1名のみ。しかもこれは味方からの攻撃を受けてのことだったようだ。
集団での戦闘に慣れてないから今後も出そうだな。
こうして俺の初陣となる戦いは終わった。
とにかく、輪廻転生したのが畜生界でよかった。あの餓鬼界にだけは行きたくないと、心底思った。
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