第4話 畜生界ティリヤンチュ
「それでは、この世界のことを話すとしよう」
村長の長い話が始まった。と言っても村長の方も記憶にある様々なことをとりとめもなく話してくれるだけなので、まとまりもなにもない話ではあった。
「この世界は畜生界と呼ばれておる世界らしい。この世界に住む人々は皆、獣の姿をしておる」
すべてが獣の姿なのか。普通の人間はいないんだな。
「畜生界には前世で何らかの罪を犯したものがその償いのために送られるそうじゃ」
知ってる。だが、罪のない人間とか本当にいるのか?
そもそも、そんなことはどうでもいい。
「ティリヤンチュと呼ばれておるらしいが意味はよくわからん」
聞いたことがない言葉だよな。何語なんだろうな。
「近隣の他種族には豚族や兎族がおる」
その情報は前に聞いてて知ってる。
「豚族は雑食で、穀物や獣の肉も食べる。戦闘能力も高いが独立心が強いため、他種族と協調しての行動はしない」
豚だから雑食か。戦闘能力が高いっていうことはやはりオークかな?
「兎族は草食。戦闘能力が低いため、以前は他種族からよく襲われていた」
襲われてっていうことは、食われてたってことか……弱肉強食って本当なんだな。で、「以前」って言ったな。
「んむ、今は他種族を襲わないという協定ができておる。我が牛族も協定には参加しておるぞ。もともと牛族は襲われないし、襲うこともなかったから関係がないが」
そんな協定ができてるのか。確かに牛族は関係なさそうだけど……
で、どうしてまたそんな協定ができたんだ。
「協定ができた理由は聞いてない」
聞いてないのか……
「そして、この村からはずいぶん離れておるが、狼族、熊族、虎族、獅子族と言った戦闘能力が極めて高い種族たちも昔は他種族を襲いまくって血で血を巡る戦いが繰り広げていたらしい」
怖い世界だな。でも今はそれらも協定に参加してるのか。
「この世界の東の果てに修羅界という世界があるそうじゃ」
他にも別の世界があるのか……そしてそっちの世界と接してるのか?
「ここ100年ほど前から修羅界と畜生界では戦争をしておるそうじゃ」
そして戦争かい! 修羅っていかにも強そうだよな。
「修羅界との戦争において、狼族、熊族、虎族、獅子族らの武闘派種族が連合を組んで戦っているのだそうじゃ」
ちょっと待って……その連合のためじゃないのか、さっきの協定って……
「そうかもしれないし、違うかもしれない。わしは聞いてないからそうとしか伝えられない」
確かに推測を交えずに話してくるのは助かるんだけどさ。
「その戦いに我らが牛族も協力を要請されたようだが断ったらしいのじゃ」
牛族は戦闘嫌いそうだからな。強いんだから協力してほしいってのもわかるんだが。
「豚族も同様に断ったらしい」
さっき聞いた話によると、独立心が強くて、他種族と協調しないってのはそういうことか。
こうやって記していると、順調にいろいろな情報を聞けているように思えるだろうけど……
実際のところは、一つの情報が出るまでに、あれこれいろいろと関係のない話題になったり、休憩のために草を食んだり、昼寝をしたりと。
一つの話を聞くのに一時間くらいはかかっているだろうな。
何日もかかるというのは、話がたくさんあるのではなく、そういうことなのだ。
この後も、散発的にいろいろな情報が聞けはした。
たいして役に立たない情報の方が多いが。
「馬族はもともと、この畜生界の王族でもある馬頭観音様の子孫らしい。
馬族の所有する草原は、牛族の草原より草が美味しいらしいのじゃ」
その情報は本当か? 本当なら一度、その草原の草を食んでみたいものだ。
「狐族と狸族は姿を変えることができるという話じゃ」
魔法っていうより、狐や狸の変身能力なのかな?
「犬族と猿族はとても仲が悪いと聞くのじゃ」
犬猿の仲ってやつか……それ以前に猿族は人間とは別なのか? 猿の惑星みたいな感じか?
「蝙蝠族に血を吸われると、蝙蝠族になってしまうという伝説は嘘じゃ」
ドラキュラ伝説があるのか……そして嘘なのか……
「狼族は満月の夜に最高の能力を発揮するらしいのじゃ」
月に1回、しかも夜だけってあまりいい条件じゃないよな。
「大熊猫族という伝説の種族が山間部にいるらしいが未確認なのじゃ」
パンダ族いるの? 伝説で未確認なんだ……
「反芻するのは牛族だけじゃなく、羊族や山羊族、鹿族も反芻するそうじゃ」
知らなかったが、そんな情報はどうでもいい。
最後の方の話って、もう本当にどうでもいい話がほとんどで、このどうでもいい話を聞くのに何時間もかかってるのは、正直言ってきつい。
まぁ、この世界のおかげでずいぶん俺も性格が丸くのんびりとなってきてるから、耐えられるんだが……前世の俺だったら間違いなく手が出てたであろうな。
そんなこんなで3日間かけて話は、ほぼ出尽くしたようだ。
「わしの覚えている話はこのくらいじゃ。まだいろいろと話は聞いた気もするのだが、もうずいぶん経つので忘れてしもうたわい」
それは、まぁしかたないだろうな。爺さんの若い頃に聞いた話ってことだし。
「いろいろとありがとうございました」
俺は礼を言って村長の家を後にした。
収穫は多いとは言えないが、ぼんやりとこの世界のことが見えてきた。
牛族は絡んではいないようだが、修羅界との戦争のことが気にはなる。
でも、これまで絡まずに来たのなら、これからもムリに絡む必要はないだろう。
俺がしゃしゃり出ることでもないな。
だが、何か起こって否応もなくその戦争に絡まなければならない事態に備えて、情報だけは集めておきたい。
とは言うものの、具体的にこれ以上の情報を集めようと思えば、牛族の村から出て情報を集めないとどうしようもなさそうだ。
今のところ、そこまではするつもりはないんだよな。
来るかどうかわからない将来の危機に備えて、今の平穏な生活を壊したくはないから。