第2話 牛は草食です
俺はバルト、牛族の父のアルギスと母のアベラの息子だ。
生まれて12年くらいになるらしい。正確なところはよく知らない。
父さんも正確にはわからないって言ってた。別に困らないからそれでいい。
今日も草原でのんびりと草を食んでいる。
時々、反芻してはまた飲み込む。
ここは畜生道の世界ティリヤンチュというらしい。
前に村長がそう言っていたのだけど、くわしいことはよくわからないし興味もない。
見渡す限りの草原、その中に一軒、また一軒という感じに、まばらに家が立っている。
この草原の続く限りが、俺たち牛族の村である。
そんな草原の中で俺たちは、毎日草を食み、夜には母さんが絞っておいてくれた牛乳を飲んで暮らす。
俺は長男で、下には弟が一人と妹が二人いる。
妹のうちの一人はまだ赤ん坊だけどな。
近所と言っても家が見えないくらいに離れているが、そこには俺と同じくらいの年の幼馴染の女の子のアンジェラがいる。
将来はアンジェラと子どもを作るんだろうなってなんとなく思ってる。
でも、きっとそうなるんだろう、そんな気がしてる。
草原のはるか向こうには別種族の村がいくつもあるらしい。
俺は会ったことがないんだが、比較的近くには豚族の村や兎族の村があると聞く。
もっと遠くには犬族や猫族、熊族など多種多様な種族が暮らしているらしい。
でも、俺はきっとそれらの多種族とは関わらずに、このままこの草原で草を食んで生涯を終えることになるんじゃないかなって思ってる。
そんなある日、いつものように草を食んで穏やかな日差しを浴びて昼寝をしていると、いきなりひどい頭痛に襲われた。
頭の中をぐるぐると何か得体の知れない記憶みたいなものが動き回ってる。
そして、その記憶がだんだんと落ち着いてくるとともに、頭痛も治っていった。
ちっとも頭を使ってこなかったせいで、この年になるまで前世の記憶が眠ったままだったようだ。
前世の記憶と転生の事情、そして今のバルトの記憶がなんかごちゃごちゃしていて頭の整理がつかないな。
もともと頭がいいほうではなかったが、どうやら牛族はもっと脳の動きが弱いみたいだ。
まぁ慌てることはなにもないから、のんびりいこうか。
のんびりと言えば……ずいぶん畜生界って想像してたのと違ってのんびりしたところだよな。
弱肉強食って言ってたのに、なんだここは?
すっごくのんびりしてて、これこそ真のスローライフって感じじゃないか。
弱肉強食か。
そういえば、牛族っていわゆるミノタウロスなんだよな。
俺の常識だとミノタウロスってすごく強そうなんだよな。強くても草食……
弱肉強食の世界の常識からちょっと外れた種族なんじゃないか?
弱くないから肉にはならない。強いけど他の動物を食べない。
そういえば、豚族や兎族が近くにいるって話だよな。そっちは弱肉強食の事情はどうなっているんだろうか?
豚族…………あれだ、オークか! あれに違いない。
それで兎族っていうと……バニーガールじゃないよな。あれは種族じゃない。
不思議の国のアリスに出てきたようなやつなんだろうか?
二足歩行で歩くウサギって感じなんだろうか?
ずいぶん、ファンタジーな世界だよな。
それにしても、あの喧嘩っ早くて、いつもイライラしてた俺がどうしたんだ?
なんか、こことってもいいよな。
あの日本の窮屈な環境やあくせくした時間が俺にあわなかったんだよな。この見渡す限りの草原! 素晴らしいじゃないか。
もし、再び人間の転生することがあったら、日本とかの文明国からはさっさと逃げ出してアフリカか南の島かどこかそんなところで暮らしていこう。
それならなんとかなりそうだ。
ここには学校も競争もない。
いや、もしかしたら牛族以外のところではいろいろと競争とかありそうな気もしないでもないな。
弱肉強食って言ってたしな。
学校はどうなんだろ?
それにしても、それなりに何年か、この世界で生きてきてるんだが、この世界のことを驚くほど何も知らないな、俺って。
毎日せっせと草を食んでは寝てたからな。
別にこのままこうして暮らせるのなら、これはこれでいいんだが……
でも、閻魔さんが何か思わせぶりなこと言ってたよな。
どうも、このままの平和な暮らしがずっと続くような気がしない。
いざっていう時に慌てないですむように、少しはこの世界のことを知っておいたほうがいいような気がしてきた。
可愛い弟や妹たち、それに幼馴染のアンジェラのことを守れるのは俺だけだからな。
この世界のことを知るにはどうしたらいんだろう?
この村だと、村長くらいかな、そうした知識を少しでも持ってそうなのは。
以前、この世界のことを何やら話していたし……その時の俺は興味がなかったからすぐに離れて行ってしまったけど。
明日にでも、聞きに行ってみることにするか。
今日はもういいや、このままゆっくりゴロゴロしていよう。
完全に、ここでの暮らしに染まっちまったな。