第1話 閻魔様と面談
物心ついた頃から喧嘩っ早いというか、考えるより先に手が出てしまう。
ちょっとでも気に入らないことがあったらすぐ暴力に訴えていた気がする。
どうしてこんなにイライラするんだろう。どうも、この世界が俺にあってないとしか言いようがない。
ガキの頃から喧嘩ばかりで生傷の耐えることのなかった俺は、中学を卒業する頃には周りからゴミのように扱われる存在になっていた。
だが、女や年下の子には暴力を振るったことはない。いつも、自分より強そうな男や街のヤクザどもに喧嘩をふっかけては殴り倒すことに快感を覚えていたものだ。
そんなある日、街をぼっと歩いていると俺は気づいた。
トラックが一台、センターラインを超えて走ってくるじゃないか。
トラックの運転手はハンドルに突っ伏している。
居眠り運転!
その先の歩道には小さな女の子が。
このままではトラックは女の子を跳ね飛ばして、そのまま壁に激突するであろう。
俺はひたすら駆けた。
トラックに気づいて恐怖の表情で固まったままの女の子に向かって。
女の子を救おうとか、そんな殊勝なことを考えていたのかどうかもよくわからない。
たぶん、少しでも躊躇いがあったら、間に合わなかったであろう。
そう、俺は間にあったのだ。
女の子を突き飛ばして、トラックの進路から外すことが出来た。
うん、満足だ。
俺?
当然、トラックに跳ねられたよ。
トラックに跳ね飛ばされて、そのまま壁に激突したところに、トラックが突っ込んできて、もうどうしようもないくらいの有様だ。
そのまま即死ってやつだな。
こんなくだらない世界だったけど、ちょっと死ぬのには早いって気がしないでもないな。
ん?
ここはどこだろう?
なんか、実在感のない世界だな。
んー、俺って死んだんだよな。
体は丈夫だったが、あの状態で生きてられるほどのスーパーマンだった記憶もないし。
それなら、ここどこだ?
死後の世界ってやつか?
そういえば、どっかで見たアニメで、死んだ後に異世界へ転生とか、そういうのがあったな。
もしかして、そういうやつか?
なんかチートな能力をもらって、異世界で大冒険ってやつかよ。
今までの世界はつまらなかったが、異世界とやらは楽しくすごせるかもしれないな。
んー、まぁそういうくだらない展開はこないだろうな。
ところで、どっちに行けばいいんだ?
おや? 向こうの方に何やら建物が見えるな。
あっちの方に歩いていってみるか。
「おい!」
いきなり俺は角の生えた警備兵っぽい鎧の数人に囲まれた。
「亡者が勝手にうろちょろするんじゃない」
亡者って俺のことか……まぁ死んだんだから亡者で間違ってないな。
この連中の雰囲気では、あまりいい待遇を受けれそうにないな。
「こっちへ来い」
俺は警備兵たちに連れられて、その建物の中に入っていった。
「さぁ、その扉を開けて中へ入れ。
俺たちにも慈悲はあるから、心を落ち着ける時間くらいは待ってやる」
心を落ち着ける?
別に扉を開けるくらいで、どうしてそんな大騒ぎしてるんだ。
俺は無造作にその扉を開いた。
その扉の中の巨大な男を見た瞬間、俺は気圧された。
なんだ、こいつは。
この巨大さはともかくとして、これだけの気を感じるような存在とは今まで出会ったことはない。
いわゆる格が違うってやつだ。
もしかして、神様とかいうやつ?
「あんた、だれ?」
「ほぉ、わしの前に出て、普通に口が聞けるだけでもたいしたやつだな。
わしは、ここの管理者。お前たちにわかりやすい言葉でならば、閻魔大王って言えばわかるか?」
閻魔様と来たか。
さすがに無学な俺でも名前くらいは聞いたことがあるな。
いわゆる地獄の親分だな。
これだけの気があるのもわかるってもんだ。
強いやつにはすぐにでも挑みたくなる俺だが、さすがに、これだけ格の違いを見せつけられてるとその気もおきないな。
どうにも叶いそうにもない。
隙を伺っても無駄だな。
「観念したようだな。それがいい。
さてお前の生前の悪行を見ることにしよう」
「なぁ、ここにくる死人って世界中からたくさん来るんだろ。
すべて、閻魔さんが一人で会うのか?
すごく忙しそうだな、それにしては俺以外に誰もいないみたいだけど」
「なかなか好奇心旺盛だな。
多重次元になっておって、わしは同時に一万の死人と同時に話ができるのだ。
今も他の次元で同時に何人もの悪行を調べておるが、お前くらいだぞ。そのような減らず口を叩いておるのは」
「へー、すごいんだな。で、俺は地獄にでも行かされるのか?」
「さて、お主の悪行を調べてみたところ数多くの悪行が書かれておるな。だが、小物だな、地獄界に送るまでもなかろうな。畜生界送りあたりが適切であろう。
だが、最後に自分の命を捨てて小さな命を救った功績は多大なる偉業と言えるな」
「あ、そうそう、あの女の子どうなった? ちゃんと助かったか?」
「おお、足に擦り傷をつけたくらいで無事だったぞ。あの子もその親もお主にずいぶん感謝しておった」
「そうか、そりゃよかった。頑張ったけど無駄でした。犬死ですって言われたら正直へこむからな。
よし、それなら特に何も後悔はないから、畜生界とか言ったな。
さっさとそっちへ送ってくれ」
あの女の子の無事を聞いて、気分爽快だぜ。いい気分で地獄でもなんでも行ってやろう。
「いやいや待て待て。わしの裁きの途中じゃ。
これだけの無償の行動はなかなか見られないものじゃ。聖人も、無償の愛こそが至上のものであると言っておる。
その功績を考慮して、再び人界へと輪廻させようと……」
「ちょっと、待った!」
俺は閻魔さんの言葉に思わず待ったをかけてしまった。
「待ってくれ。人界ってもしかして、今まで俺のいた世界か?」
「そうじゃ、さすがにお主の悪行では天上界へと進ませることはできんからな」
「お願いだから、あの世界へもう一度ってのはやめてくれ。
どうも俺はあの世界はあわないんだ。きっとまた同じようなことをしてしまう」
「ふむ、それでは輪廻の意味がないな。だが、お主の行動に何も報いないわけにはいかん。
畜生界は弱肉強食の恐るべき世界じゃ」
なかなか頑固だな、閻魔さんも。
ここは俺の方から折衷案でも出すとするか。
「それでは、こういうのはどうだろう?
その畜生界に行くというのはそのままで、何かチートスキルみたいなものをもらえるとかいうのは」
「インチキなスキルを渡すわけにはいかん、世界のバランスが崩れるからな。
んー、畜生界は今、ああいう状況か。ならば、ある程度の……
よし、世界のバランスが崩れない程度のちょっとしたスキルをいくつか与えてやろう」
おー、なんかちょっとしたスキルもらえるってよ。
「それでは、畜生界へ旅立つのだ。
よき輪廻転生を。
再び出会う日を楽しみにしておるぞ」
俺は光りに包まれたかと思うと、暗い闇の中へ堕ちていった……