第2話 3
歓迎会が終わると、南条の部屋に行く。
ジュークボックス、蛍光管、アーケードゲーム。
歴史の教科書に載っているような品だらけ。
南条の部屋はテレビやネット、もしくは教科書でしか見たことのない100年以上前のカルチャーの巣だった。
「おう、散らかってて悪いな。」
「いや散らかってて……って、そういうレベルじゃねえ。こんなの実物見たことないぞ」
私たちにとっては、それらの品は江戸時代と変わらない。
古き世界からの遺物なのである。
「残念ながらジュークボックスは、ネットからのストリーミングだし、そこのレコードプレイヤーは、針じゃなくてレーザーで読み取る非接触型のデバイスだけどな」
「それで、何の用だ?」
「あれだ」
南条は指をさした。
私は南条の指さす、部屋の隅にある作業台に視線を移した。
そこには医者にあるような、名前はわからないが、蛍光灯でレントゲンを照らす台が壁に固定されていた。
そこに円形に切断されたレントゲン写真がいくつも並んでいる。
それも骨のレントゲン写真だ。実に悪趣味だ。
私は一枚をよく観察する。
肋骨が数本折れて、そのまま放置していたのかズレて治っている。
だがそれだけではない。
なぜか写真の真ん中に穴が空いていて、そこから同心円状に小さな円がいくつも掘ってある。
「なんだこれ?」
「レントゲン写真だ。俺たちは一ヶ月に一度は撮ることになっているんだ。医務室から、廃棄するやつをもらって作った」
「悪趣味な」
「否定する前に話を聞けって。こいつはレコードだ」
「はあ?」
「百年以上前に流行ったらしい。面白いだろ?」
「……別に音楽が禁止されてるわけでもないのに、なにを考えてるんだ」
「あのな、今、世界からどんどん音楽が消えてるんだ」
「ネットでなんでも聞けるだろ? わざわざ聞くやつもいなけど」
「ニュース番組のBGMとかの新曲はな。人気のない古い曲は、いつの間にかデータが削除になって聞けなくなる。だから俺は、未来に音楽を残そうとこうやってレコードを作っている。ものがあれば俺が死んでもしばらくは残るだろう」
意味がわからない。
なぜ私にそんな話をしたのだろうか?
「パンクとかグラムロックなんて知らねえだろ。ほれ、端末貸せ。データ送ってやるから」
ただのオタクか……。いやマイナージャンル愛好家の気持ちよくはわかる。
私は素直に100年前で言うなれば、携帯電話。個人用のハンドヘルド端末を渡した。
「どうして古い曲の保存活動なんてしてるんだ?」
「あー……まあ、恥ずかしがることでもねえか。俺は死ぬ前に、俺が生きてたっていう痕跡を残したいんだ」
「そうか……」
あの地獄を生き残った私には、南条の言葉は切実だった。
いつ死ぬかわからない。
確率的に子孫を残すのも難しいだろう。
今もまだ、大量に消費される使い捨ての駒でしかないのだ。
南条の【世界に生きていた痕跡を残したい】という願いは、よくわかる。
「それで、音楽の布教活動だけじゃないんだろ?」
「まあな。お前さあ、エンジニアなんだろ? 俺が死んだらレコードを守ってくれないか? できれば製造も頼む……あと販売も」
「エンジニアじゃない。スクリプトが組めるだけだ。つかな、他の連中に頼まないのかよ」
「頼んだけど断られたんだよ! エンジニアじゃないから作り方なんてわからないってな! お前はスクリプト自分で組めるんだろ? なあ、頼む! この通りだ! レコードの製造法覚えてくれ!」
南条は私に土下座した。
「わ、わかったよ」
南条があまりに必死に頼むので、押しに負けてしまった。
その日、自室に帰った私は、端末に送信された曲を聴いた。
私には、あまり音楽を聴く習慣はない。従って音楽の知識もない。
音楽鑑賞だけをするのは初めてかもしれない。
南条オススメのグラムロックや、パンク、メタル、ラップなどは、正直言って私には前衛的すぎて難しかった。
だがジャズやクラシックというのは、自然な音ばかりであまり難しくなく、気に入った。
いや、たまたま初心者向きのコンテンツが揃っていたのだろう。
たぶん……私たちは世界のことをなにも知らないのではないだろうか?
音楽すらも知らなかったのだ。
世界にはもっと刺激的なものがあるのかもしれない。
どこまで流行るかはわからないが、もっと広まってもいいはずだ。
みんなが断ったのは、前衛的なものを聞いたせいではないだろうか?
だとしたら、アプローチを変えさえすれば、もっと広めることができるのではないかと。
そんなことを真面目に考えていると、ふとあることが頭を掠めた。
あの戦いから、私はあまり他人に興味を持ってこなかったのではないだろうか?
妖怪を殺すことばかり考えるあまり、人間として必要ななにかが欠落していたのではないだろうか?
それはみんなも同じだろう。
なるほど……。
私の頭の中に、音楽を広める方法が浮かんでは消える。
その中の一つに私は辿り着く。
「よし、やってみるか」
私は少しだけやる気を出すことにした。