第2話 1
ただ眼前に広がる暗闇の中を手探りで歩く。
夢も希望も全てが夢。
光を求めればただ儚く崩れ行く。
炎に飛び込む蜻蛉のように。
怒りも憎しみも友情も……愛も。
私たち人形にはただ白昼夢のごとく。
我々に魂は存在しない。
でも存在はする。生きてはいる。
なぜ私たちは生まれてきてしまったのだろうか。
ヘリに載せられ、私は基地に搬送された。
なにが起きているのか。
それをようやく説明してくれると説明されている。
でも私には、もうそんなことはどうでもよかった。
鈴木……、香川……。
そして瀬戸……。
日常が壊れて初めてわかった。
彼らは大切な仲間だったのだと。
後悔で頭がいっぱいになっていると、基地のヘリポートに到着する。
私は両側を20代と思われる屈強な兵士に固められ、基地の中に連行される。
すっかり無気力になった私が基地の中に入ると、中の兵士たちの一人がやって来て私の胸をドンッと叩いた。
「つらかったな。でも安心しろ。これからは俺たちが家族だ」
意味がわからず呆けていると、今度は女性兵士がやって来て私の背中を叩いた。
「キミが200体斬りの剣士か。噂は聞いてるよ。一緒に戦える日を楽しみにしてるよ」
やけにフレンドリーだ。
いったいどうして。
私は混乱していた。
「皆、同じだ。ここにいる連中は友人や恋人の屍を乗り越えて来た」
私の両側を固めていた兵士の一人がぼそっとつぶやいた。
私はそのまま応接室に連行される。
中にいたのは……。
「ようこそ黒木晶くん。私のクローンがお世話になったようだね。私は松下九十九。99番目の松下で君の部隊の隊長だ」
松島隊長と同じ声の女性。
背が高く、ロングヘアにした黒髪をアップにしていた。
歳は同じくらいだろう。
「クローン?」
「ああ、まずはそこから話そうか。君も私もクローンだ。君も全国に数人はクローンが存在するだろうね。一般の国民は例外なくクローンだ」
私は渋い顔をした。
昔のSFじゃあるまいし、ずいぶん大がかりな陰謀だ。
「その顔は疑っている顔だな。まあ、聞け。クローン技術のおかげで我々の生活は維持できてる。DNA的破滅も避けるように国家が婚姻相手をあてがうから社会的にも血統的にも安全だ。こういった非人道的な通過儀礼だけはあるがな」
かあっと顔が熱くなった。
私は、頭に血が上るのを自覚した。
とうとう私は怒りをぶつけて良い相手を見つけたのだ。
「これが通過儀礼? 何十人も騙して使い捨てにするのが通過儀礼!? ふざけないでくれ!」
「ああそうだ。情報を与えないのは社会体制の維持のため。娯楽をシミュレータしか与えなかったのは生き残る確率を上げるため。生き残ったものに、あらゆる特権を与えるのは量より質、天才を見つけるため。先に行っておくが、上流階級の人間ほどクローンをたくさん作って、何人もの兄弟を前線に送り出している。くれぐれも独裁者に支配されてるなんて妄想はやめてくれ」
「私たちの人権は? いったい、この日本はどうしてしまったんだ!」
「絶滅するよりはだいぶマシだ。それに君が人権を知っているという事実。知らせないで使い捨てしてもいいのに人権や、自由、正義をちゃんと教育していることが、国家のせめてもの誠意なのだよ。この世界においては、生きとし生けるものは例外なく社会の家畜だ」
すいぶんな言い方だが、確かに私は家畜扱いをされたことはない。
九十九は毒舌なようだ。
それに頭に血が上ってしまったが、松下九十九も同じクローンだ。
同じ立場、なにを言ってもしかたがない。
「すいませんでした。九十九隊長に言ってもしかたのないことでした」
「いやいい。ここに来た連中はみな同じ反応をする。これを見てくれたまえ」
そう言って松下隊長が差し出したタブレット端末を見て、私の胸がいっぱいになった。
そこには私がいた。鈴木も香川も……瀬戸も。
私たちとは違う制服を着た私たちが。
なにも知らずに楽しそうに生活をしていた。
「九州の方の工業高校に通っているそうだ。せめてもの慰めになるかはわからんが……」
「いえ、ありがとうございます」
自分がクローンだという事実を知らされて、もっと自分のアイデンティティが揺らぐかと思った。
だが、そんなことはなかった。
この日本のどこかに自分の代わりに平穏な未来を、日常をおくる兄弟がいるということが、逆に私の心を落ち着かせた。
私は不幸ではない。こんな未来も存在していたのだ。
松下隊長は困った顔をした。
「次に敵のことだが、敵は生命体。我々は妖怪と呼称している。百年前から戦っている相手だ。それ以上のことはわからない。資料室に行けば解剖記録があるだろうが、君の知りたい内容ではないと思う」
「今までずっと、どこかの国家と戦っていると思ってました」
「まだ目的がわかるだけ国家の方がマシだ。目的不明、人間への敵対心あり。数は無数。君も体験したように、とにかく数でごり押ししてくる」
「本当の戦況は?」
「ろくな訓練もせずに学生を使い捨てにするほど悪化している。それが真実だ」
クローン人間まで使うのだ。
戦況が良いはずはない。
だから私は一番重要な質問をした。
「それでいつになったら妖怪を殺せるんですか?」
やつらを皆殺しにしてやる。
その時の私にはもう憎悪しか残っていなかった。
それが墓穴を掘っているのだとわかっていても、それでも私は妖怪を憎む以外の選択肢を持たなかった。