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第1話 1

 第一話


 国立東京都北区第三高等学校。

 僕はそこに通っていた。

 学科は普通科。

 この地区の子どもは親がいないので学校は全寮制。

 部活への参加は任意。

 放課後は夕方まで自由時間。

 学校でうるさく言われるのはテストの成績くらいだ。

 つまり僕らは戦時体制下にしてはのんびり過ごしていたと言えるだろう。

 僕たちもバカではない。

 それが大人になる前の、兵士になる前のモラトリアムの期間だと理解していた。

 そんなある日、あれは確か2年生のとき、テスト期間前、5月のことだったはずだ。


「前から言っていたように、来週は他の学校と合同で林間学校だ」


 30代後半の胸板の厚い男、担任が僕たちに言った。

 強そうだが従軍経験はない。

 40歳で退役になった軍人は上流階級専用区画で余生を過ごす。

 もう働かなくてもいいのだ。


「林間学校の用意があるから、今日から授業は休止。お前らは自室で待機してよし、家に戻るなら外出許可を書くこと。以上、解散」


 いいかげんに思うかもしれないが、昨今では人手不足が深刻化している。

 今朝のチョコレートの減産もそうだが、どの産業も人手が足りない。

 林間学校の用意で授業が休みになるのは、そんなに不自然ではなかった。

 起立例着席をすることもなく、担任が出て行った。

 するとクラスメイトが何人か僕の方にやって来た。

 一人は痩せこけた眼鏡の少年、もう一人は太った少年だ。


「いよ、黒木。これから電算室行かね? どうせ予定ないだろ?」


 痩せた方の少年。鈴木琢己(すずきたくみ)が眼鏡を光らせた。

 眼鏡は指紋だらけ、襟と袖が汚れている。

 寮長に見つかったら外出禁止にされるだらしなさだ。

 黒木と呼ばれたのは僕。

 僕は黒木晶(くろきあきら)

 なんとなく予想はついているだろうが、クラスのオタクグループに所属している。


「……まあな。お前らもか。彼女とかいないのか?」


「俺たちに彼女とかいるとでも思うのか? 俺たちは生まれながらの負け組なんだよ!」


 よく肥えた少年。香川英二(かがわえいじ)が鼻息を荒くした。

 まだ五月だというのに首回りが汗でにじんでいる。

 僕たちは自分を卑下して【負け組】などと言ったが、それは本心ではない。自虐ネタというやつだ。

 僕たちは徴兵されたあと、兵役を1期2年経過すれば、国がDNA的に最適な伴侶を世話してくれることになっている。

 ガツガツと女子の尻を追いかける必要はない。

 もちろん恋愛結婚も認められている。

 それでも、それでも僕たちは少しだけ恋愛というものに憧れを抱いている。きっと楽しいに違いない。


「蓮! 遊びに行こうぜ!」


 僕たちが話していると、派手なメイクをした制服姿の女子、井上が男子サッカー部の円上蓮(えんじょうれん)に抱きついた。


「おう、どこ行く?」


「どこでもいいよ。蓮がいるなら♪」


 砂を噛んだような、嫉妬とも恨みとも、屈辱とも判断できない複雑な感情がこみ上げた。

 恋愛とは同じクラスの円上蓮のような物語の主人公に与えられた特権だと僕たちは知っていた。

 僕たちは、脇役も脇役。円上蓮の物語の一部、付属品でしかないのだ。

 だけどそれを認めたら、僕たちは本当の意味で負け犬になってしまうのだろう。

 だから僕たちは、僕たちができる遊びをすることにした。

 まずは円上が見えないところまで早足で歩く。

 階段を上がり電算室の中に入る。

 僕たちは無言だった。これが屈辱と嫉妬というものなのだろう。

 実習室には実習用のワークステーションに交じって何台もの戦術シミュレータの筐体が置いてあった。

 【内務省公認 戦闘シミュレータ 甲種】だけだ。

 通称は【電算室のロボ】さらに略すと【ロボ】。

 こいつは兵士になって、【国家の敵】と戦うというものだ。

 透明樹脂筐体の中に操縦席がある。

 人型兵器【オートアーツ】の操縦席を完璧に再現したものだ。

 僕たちがシミュレータに近づくとガラガラと自習室の扉が開いた。

 高く綺麗な声がする。


「おつかれー。今日もやるんでしょ?」


 背の小さい【ボブ】というよりは【おかっぱ】に近い髪型の女の子。

 同じクラスの瀬戸清花(せときよか)がいた。

 僕たちと同じ、人付き合いより特定の娯楽に重きを置いた生活を送る同志。

 旧時代の身も蓋もない表現をすると、オタク。紅一点。オタサーの姫。

 それが彼女だった。

 クラスでは口数の少ない彼女も、ここでは明るく振舞いよくしゃべった。

 普通だったら恋の一つや二つ、甘酸っぱい物語が展開されただろう。

 だがなぜか恋愛に発展する気はしない。

 我ら三人ともそれだけは確信していた。


「がんばろうね! 目指せ世界一!」


 瀬戸は拳を突き出した。


「おう! がんばるぜ!」


 鈴木が親指を上げる。

 瀬戸が言う世界一とは、ロボのランキングのことだ。

 僕たちはその世界ランキング三位のチームだった。

 と言ってもプレイヤーの総数は非公表。

 世界第三位だとしても、褒められることも賞金もない。

 もしかすると世界といっても数十チームくらいしかいないのかもしれない。

 虚しい世界である。

 だけど僕たちの取り柄はこれくらいしかなかった。

 僕たちはそれぞれの筐体に乗り込んだ。

 学生に割り振られた実習用ワークステーションと共用の鍵を差し込み回す。

 無駄にリアルな挙動。振動で筐体が揺れ、リアクターが起動。

 少し遅れて半透明の拡張現実ディスプレイが起動し、オペレーションシステムが起動する。

 ディスプレイにコマンドラインが表示されていく。

 意味のないリアル。

 だけど、ここからすでにゲームは始まっている。

 僕はエラーが出ていないか注意深く見た。

 ここでエラーがあると、ゲーム中に自機が動かないことがあるのだ。

 本当に無駄なリアルだ。

 しばらくすると、ディスプレイはフルカラーになり、ウィンドウシステムが起動した。

 僕はわざわざコマンドラインのアイコンをタップした。

 バーチャルキーボードが自動で立ち上がったので、僕は診断モードプログラムをコマンドラインから実行した。

 何回もタップして呼び出す方法もあるけど、こっちの方が早い。

 故障箇所なし。ステータスオールグリーン。

 僕はこの無駄なリアルさに辟易としながら、今度は操縦席の横を見る。

 アナログの計器と物理ボタンがひしめいている。

 僕はその中の一つのアクリルのカバーで覆われたボタンに手を伸ばす。

 カバーを開け、ボタンを押すとウィンドウが表示されていた画面が三つの画面に分かれ、横並びになる。

 数秒の間を置いて風景が表示された。

 そこは夜の森。

 僕は素早く操作用のグローブをはめる。

 神経とマシンを接続するため、背骨がビリッとする。

 これだけは改善して欲しい。

 さあゲームの始まりだ。

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