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第2話 7

「黒木、お前の言うとおりだった。後方を立て直す」


 隊長から直接通信が来る。

 やはり敵は、妖怪どもは迂回しながら後方を襲ったのだ。

 俺と南条は必死に走る。

 生身とは違い息が切れることはない。

 ただ脚部の温度が上昇していく。

 近くで実弾兵器が発する炸薬の光が見える。

 火薬の煙、一酸化炭素の警告音。

 そして爆発音と共にアスファルトと土が舞い上がる。

 私はあわてて建物の陰に隠れる。

 その途端鳴り響く脚部の警告音。

 私は反射的に冷却シークエンスを実行する。

 脚部の冷却と強制換気の音を聞きながら、私は自分が冷静さを欠いていることに気づいた。

 PTSDだろうか?

 いや違う。私は八幡の心配をしていたのだ。

 ああ、イラつく。イライラする。

 鈴木だって、香川だって……瀬戸だって、生きていたかったのだ。

 南条だって死ぬのは怖い。そうじゃなきゃ音楽を次の世に残そうなんて思わない。

 それを八幡は、あのバカは、自ら捨てる気なのだ。

 なにが死ぬにはいい日だ。そんな日があるわけがない。

 だって、私は……仲間が死んでしまった私ですらも……まだ死にたくないのだ。

 あの戦いからずっと心に存在した妖怪への強烈な憎悪。

 それは、死への恐怖。いや生への渇望だったのだ。

 たぶん私は一生、自分を許せないだろう。

 鈴木や香川、そして瀬戸を助けられなかった自分を。

 だが、それでも自分はまだ生きていたいのだ。

 たとえ替えのきくクローンで、オリジナルは日本のどこかで幸せに生活して、たぶん魂や死後の世界は存在しなかったとしても。

 そんな私が命を捨てるあいつを許せるはずがない。

 冷却が終わる。

 私はあの事件から流されるままに生活してきた。

 その自分の中になにか激情とも言えるものが芽生えていた。

 私はレーザーブレードを収納する。

 私は先ほどの戦いで確信していた。レーザー兵器は作動音が小さい。

 気づかれることもなく妖怪を倒すことができる。センサーに検出されてしまうオートアーツ戦とは違い、妖怪との戦いでは有利なのだ。

 私は南条と通信を飛ばす。


「南条、俺が悪かった」


「お、おう? なにが?」


「お前のレコードは絶対に受け取ってやらない」


「ちょ、なんの話だよ! つか、俺が死んだ後にレコード捨てたら化けて出てやるからな!」


「うるさい。絶対に捨ててやる。嫌なら生きろ」


 南条の顔が一瞬固まった。

 そして笑顔になる。


「わかったよ、相棒。バックアップだな?」


「ああ。俺が漏らした分を拾ってくれ」


 すぐ前に石を投げる一つ目の一群を見つけた。

 いや石ではない。建物のを壊して破片を投げつけているのだ。

 五体もいるが勝てる自信があった。

 私は動作音を最小限にしながら、他の個体から距離がある一匹に近づく。

 後ろから手を回し、そのままオートアーツの腕で首を絞める。

 油圧のスリーパーホールドが容赦なく締め付ける。

 そのままテコの原理で首をねじ曲げる。引っ張って関節に隙間を作りながら、一気にひねる。

 一匹を無力化した瞬間、コンクリートの破片を取ろうとした別の個体と目が合う。

 一つ目の目が絶望に染まる。やはり妖怪には感情があるのだ。

 だが私は容赦しなかった。

 首をへし折った一つ目を投げ捨てると、レーザーブレードを抜く。

 そのまま一気に間合いを詰め、光の刃を肩口に振り下ろす。

 一つ目の胸まで切り裂くと私はその一つ目を蹴飛ばし、レーザーブレードを手放した。

 あと三体。

 私はレーザーアサルトに持ち換える。

 もうやつらは私に気づいていた。

 やつらの一体は勇敢にもコンクリートを投げつけてくる。

 直撃は避けたいが、よける余裕はない。

 私は空いている腕で上からコンクリートを殴りつけ叩き落とす。

 オートアーツはそもそも格闘戦を想定してはいない。

 近接戦闘は最後の手段なのだ。腕部が壊れてしまうかもしれなかった。

 だが死線をくぐり抜けた自信が私を突き動かしていた。

 大丈夫だ。いける!

 私の思惑通りコンクリートは弾かれ、バラバラになりながら下に落ちた。

 腕部のセンサーが衝撃への警告音を発する。

 だけど関節部への損傷は軽微。

 まだ動ける。

 そのまま狙いをつけずにレーザーアサルトを水平に乱射する。

 その一発が運良く一体に当たった。

 次の瞬間、残りの二体が倒れる。

 南条の援護射撃だ。


「あのな黒木、俺はスナイパーじゃないんだぞ! これはアサルトライフルなの! わかってんの!」


「助かった。ありがとうよ」


 私はレーザーブレードを拾う。

 八幡を助けねば。

 さらに進むと大型の機体が見えた。

 両手のミニガンを乱射しながら真正面から戦っている。

 一つ目相手なら有効な戦闘法だ。

 その時、私の中である疑惑が鎌首をもたげた。

 猟犬部隊は捨て駒なのではないだろうか?

 そうだ。南条を見ていればわかる。

 あんなバカみたいな髪型だが、南条は文化活動に熱心だ。

 文化的な水準が高いのだ。

 それに、私たちのクラスメイトたちも。

 スクリプトを自分で開発し、オートアーツを改良した。

 もしかすると、オリジナルは労働者としても能力が高いのではないだろうか?

 対して猟犬部隊は純粋な兵士。

 純粋な兵士……つまり使い捨ての駒だ。

 戦時下だからこそ、クローンでいくらでも作れる兵士よりも優秀な労働者の方が価値があるはずだ。

 そう松下隊長が言っていた。

 上流階級ほどクローンの提供数が多いと。

 数多くいる上流階級のクローンを兵士として優秀なDNA的組み合わせでブリーディングしているとしたら。

 そう、死の恐怖を感じさせないために、死後の世界を教育されているわけではない。

 我々のために使い捨てにするために、わざと蛮勇を讃える文化で育てているのだ。

 それほどこの世界は、切羽詰まっているのだ。

 八幡はここで死ぬために生まれたのだ。

 ふざけるな! そんなの認めるものか!

 私は八幡のサイドに回り込む。

 八幡の機体の正面火力は恐ろしいものだ。

 つまり敵は回り込んでいるはず。


「黒木くん! そのまま前進。猟犬部隊をサポートして」


 いつぞや話した新條マリアの通信が入った。

 遅い。もし瀬戸なら索敵はもっと素早く……いや、違う。瀬戸が優秀だったのだ。

 イラついている。冷静になるんだ。

 私はレーザーブレードを片手にサイドから攻撃を開始した。

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