第2話 5
「え、やだ」
私は反射的に断った。
そもそも生きて帰れるかもわからないのに、勝負などする余裕はない。
ブラックジョークにもならない。
「な、な、なんだと! お前、そんな態度でヴァルハラに行けると思うなよ!」
突然、八幡はムキになった。
その顔はまさに涙目。
私につかみかかり、必死に説得しようとする。
その剣幕に私はひどく混乱をした。
すると松下隊長がひどく焦った様子で、私の服をつかむ。
「すまない。黒木隊員はひどく恥ずかしがり屋なのだ。注意するから借りるぞ」
「え、ちょっと、隊長!」
私の混乱に耳も貸さず松下隊長は私を木陰に連行する。
木陰に行くと松下隊長はいきなり頭を下げた。
「すまん、黒木。あえて説明を省いていた。我々は生き残るのが前提とされている。だから我々には神の存在を教育しない。だが猟犬部隊は死ぬのが前提だ。死の恐怖を和らげるために、幼いころから神と死後の世界を教育されている。戦って死ねば死後の世界に行けるというのが彼女たちの信仰だ。士気に影響されては困るので、彼女たちの死生観に口出しは厳禁だ。わかったな」
「あ、ああ、はい。了解です。でも、世の中にはいろんな人がいるんですね……」
私は疑問も持たず、とりあえず同意した。
私はまだ、それがどれだけ残酷なことか知らなかったのだ。
それらを倫理的に判断するだけの材料を持っていなかったのだ。
「ここで一緒に死ぬかもしれない仲間だ。なるべく優しくしてやれ」
松下隊長はそう言うと、私の胸を拳で軽く叩いた。
どうやら松下隊長はぶっきらぼうだが、優しい人物のようである。
私が戻ってくると八幡は得意げな顔をしていた。
「へへーん。怒られたな。ばーかばーか!」
本当に得意げな顔だった。
イラッとしたが我慢してやった。
もし二人とも無事に帰ることができたら、そのときは仕返ししてやろうと思う。
「いいから準備しろ!」
松下隊長が怒鳴った。
私たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ、自分の機体の方へ行く。
「お、今回は迷彩色か。赤はやめたのか?」
南条の言葉に声が詰まった。
もう仲間たちはいない。敵を釣る必要はないのだ。
真っ赤な、目立つ機体にする意味はない。
「……まあな。お前も、帰ったらそのピンク頭どうにかしろよ」
南条のピンク頭は、寮にいる間はいいが、他人と会う場面では横にいたくない。
「うるせえ! お前も帰ったら楽器の練習しろよ!」
軽口を叩き、操縦席に乗り込む。
するとすぐに南条から通信が入った。
「おう悪い。言うの忘れてた。レコードと楽譜な。俺が死んだらお前が補完してくれや」
「縁起でもないこと言うな」
死ぬ可能性があるのと、死ぬことが当たり前なのは違う。
たとえ回避不可能な運命であっても、口にされると腹が立った。
私は無言でシステムチェックを行う。
するとまたしても通信が入った。
「おい、なんでお前、そんな軽装なんだ! ミニガンくらい装備しろ!」
八幡だ。どうしてここまで私に構うのか。
まったく意味がわからない。
「重量と稼動時間考えたらこれがベストなんだって」
「軟弱な! 圧倒的前面攻撃力で叩きつぶすのが理想だ」
「相手の攻撃をよけるには軽い方がいいだろ」
「よけるなど軟弱だ。最後まで撃ち続けるのだ」
話にならない。
なんという文化の違いだろう。
私は必死にその場から逃れる答えを絞り出す。
「あー……えっと、つまり役割分担だ。君は圧倒的攻撃力で殲滅。こっちはこそこそ君をアシスト。そうすれば長く戦いを楽しめる。どうだ?」
「……ふむ。お前にしては悪くない答えだ」
お互いの主張が一致するとシステムチェックが終わった。
センサーもオールグリーン。
神経接続も異常なし。
あとは出撃を待つだけだ。
出撃は二度目だが、不思議と心は穏やかだった。
「いくぞ諸君、出撃だ」
松下隊長からの通信が操縦席に響いた。




