第2話 4
あれから三週間が経った。
戦闘もなく平穏な時が過ぎていった。
あるのはシミュレータでの訓練義務。
私はPTSDも発症してなかったため、訓練も娯楽にしかすぎなかった。
今は個人としてスキルを磨きながら、相性のいいチームを探している最中だ。
一方、レコード作りは忙しかった。
カッティングしたレントゲン写真に、誰が作ったのかわからない機械で溝を掘っていく。
このままでは耐久性に問題がありそうだが、それはどうしようもない。
バックアップを複数枚作るしかない。
世界から消えそうな曲が優先。
コンピューターが苦手な南条の代わりに音楽のデータベースも作る。
なぜ私がこんな作業をしているのかはよくわからない。
無駄な作業である。だが、文化活動というものは楽しいものである。
南条という男は、なんと言うか、なれなれしい。
それもなれさえすれば、気にはならない。
南条は今から数百年程前のまだ音楽が巷にあふれていた時代にあこがれているようだ。
先週なんて髪の毛をピンク色に染めてきた。
いくらクローン兵士に自由が認められているからといっても、さすがに調子に乗りすぎだ。
だが誰も注意もしない。南条の奇行はよくあることらしい。
「黒木、楽器やらね?」
「ヤダ」
最近はこのやりとりに辟易している。
もう死んでしまったクラスメートたちの何人かは、ネットの通信教育でピアノなどの楽器を習っていたらしいが、私は芸事には縁がない。
指が動かない。聴くのは楽しいが、楽器の演奏などできるはずがない。
「相方が死んで数カ月、一人でベースを練習してた苦労を考えろよ!」
「知るか! 他を探せ! レコードだけで手一杯だ!」
「なあ頼むぜぇ。音楽の火を消したくねえだろ?」
音楽の火など、正直言ってどうでもいい。
やることがないから手を貸しただけだ。
私は頑として楽器には手を出さなかった。
できないものはできないのだ。
そしてつい昨日のことだった。
私はいつものように南条の部屋で、パソコンから機械を操作し、レコードを作っていた。
すると寮の部屋に備え付けてあるスピーカーからけたたましい警報音が鳴る。
「諸君、出動命令が下った。中庭に集まりたまえ」
家畜の気分だ。
とうとう出荷の時期が来たのだ。
中庭に行くと松下隊長が私を見て声を張り上げた。
「黒木。今までよく逃げずにいてくれた。処分命令を出さずにすんだ。ありがとう」
どうやら逃亡は営倉送りではすまないようだ。
おそらく殺処分だったのだろう。
松下隊長も私を処分する人間も気分が悪いだろう。
その礼のようだ。
松下隊長は私から目線を外し、皆が集まるのを確認すると話を始めた。
「我々は明日出陣する。新入りの黒木のためにもう一度言う。今まで全員無事だった事は一度もない。誰かが、いや最悪の場合、我々全員が死ぬだろう。我々クローン兵は親も兄弟姉妹もいない。オリジナルもただの他人だ。だが我々は家族だ。我々は確かに生きている。偽物なんかではない。だから……足掻こう」
「大丈夫ッスよ。隊長! 今度は黒木のスクリプトがあります!」
南条が笑いながら、俺の肩に腕を絡めた。
「絶対みんなで帰りましょう!」
戦果が悪ければ責任を取るハメになるかもしれない。
だけど生きて帰ってこれるとは限らない。
それなら盛り上げてしまう方がいいだろう。
「そうだな! みんなで帰りましょう!」
文化系で非社交的な人間としては、本来ならこういう体育会系的なノリは苦手だ。
だが私はヤケになって盛り上げた。
松下隊長の【家族】という言葉を信じたわけではない。
だが南条の顔色は悪かった。
いや、その場にいたほとんどが顔を真っ青にしていた。
女子たちは小刻みに震えていた。
怖いのだ。
言い出しっぺの南条も自分に言い聞かせているのは明らかだった。
昔の人だったら神や仏に祈って恐怖を和らげるところだろう。
だけど私たちは神や仏の名も知らない。
しかたがないので、私は南条や同じ隊員の気持ちを、恐怖を和らげようと思ったのだ。
そんなことをしてやるのだ。もうすでに南条は友人だったのかもしれない。
でも私はそんなこともわからなくなってしまっていた。
「もう一つ。今回の作戦には【猟犬部隊】がやって来る」
皆がザワザワとわいた。
「猟犬部隊ってなんだ?」
「俺も見たことはねえ。だけどこの隊は、比較的気性が穏やかな連中が固まってるってのはわかるな?」
南条はなにかを知っているようだ。
確かにこの隊は、私のような非社交的な人間でも居心地は悪くない。
「猟犬部隊ってのはDNA的に攻撃性を高めた連中のことだ。生まれながらの戦士ってやつか。損耗率も高いが、任務達成率も高い連中だ。拳で語り合う熱い連中らしいぞ」
文化が違う。
仲良くなれそうな気がしない。
「要するに戦闘は連中がやってくれるって事だ。俺たちは後方でバックアップだ。死ななくてすんだー! 黒木、ギターやろうぜ!」
「なぜそこでギター!」
「気にすんなよ!」
いつものようにツッコミを入れると、ドッと皆が笑う。
希望があるというのはいいことだ。
きっとみんな帰れる。
一人も欠けずに帰れると、私は思っていた。
今度はだまし討ちではないせいか、輸送ヘリで戦場に向かう。
急かされることもなくスーツに着替え、最後までスクリプトのパラメーターの調整ができた。
人間にしかできない動きを再現し、人間にできない動きを可能にした。
武器は同じ。レーザーブレードとレーザーアサルト。
前回学んだ。
地上の妖怪は近接戦闘になれていない。
それはオートアーツが近接戦闘用に作られてないからだ。
だけど四人で作ったスクリプトは近接戦を可能にした。
近接戦こそ生き残る最適解に違いない。
私たちがヘリを降りると、狼の描かれた旗が見えた。
その下に男女の兵とカスタマイズされたオートアーツが見える。猟犬部隊だ。
私たちの姿を見ると、その中の一人、やけに背の小さい、明るい色の髪の毛をツインテールにした少女がこちらにやってくる。
「やあ、私は隊長のまつ……」
少女は隊長を素通りして私の前に立つ。
「おい、お前が200体斬りか! 私は八幡麗華。勝負しよう!」
八幡は私に言い放った。
正直言って、彼女とはこれから長い付き合いになるとはまったく思わなかった。




