無人島に辿り着いたので、漂流したコンテナ内部のレアアイテムを漁りつつも手始めにゾンビ無限溺れバグを利用した「魔石牧場」を作り上げ、そのまま拠点作りを兼ねてBBQと鍋を楽しむ
思い返せば、「荷物は全部俺が預かるよ」とアイテムボックス機能を使って全員の荷物を保管しているあたりから怪しかった。
船に乗るときの手続き費用や、正装を借りるときの借貸費用も、全て金貨ではなく手形決済だったのも計算のうちだったのかもしれない。
豪華客船が沈没する前提の行動。
計算高いといえば計算高いのだが、そもそも大前提として「豪華客船大破イベントなんかを引き起こすんじゃない」という倫理的な問題がある。だが、クーガーにはそんな常識は通用しない。
「豪華客船の沈没イベントの何が美味しいかというと、船に一緒に積んでいる貨物コンテナが無人島にたくさん漂流してくれるんですよね。宝箱を漁るより効率的です」
「……」
貨物コンテナを開けてレアアイテムをたくさん手に入れまくっているクーガーは、ほくほくとした顔で皆に説明していた。
「客船にもグレードがあるんですけど、一番グレードの高い豪華客船のコンテナから手に入るアイテムは本当にレアなものが多いんです。更にビルキリス殿下を利用した乱数調整法を使うと、それはもう激レア魔道具がこれでもか、ってぐらいに手に入るんです」
「……」
テンションの高いクーガーと、ずぶ濡れでテンションの低いその他全員の間に微妙な空気が流れた。
雰囲気はかつてより全く変わっている。
小気味よい南国風の音楽は鳴りを潜め、無人島は、さざなみの音と不思議な鳥の鳴き声が絶え間なく聞こえてくる。
海の色は透き通ったエメラルド色を呈しているが、翡翠を思わせるような深みがあり、何かが潜んでいそうな気配さえ感じられた。
「……なあお前ら、甘ったれてねぇで覚悟ぐらいしとけよ。何か出てきそうな空間だぜ」
「んふふ……残念ながら、この策士オットー・クレンペラー、船酔いに続いて、難破で海水をたっぷり飲んで気持ち悪いんですよねェ……」
「……ビルキリス王女は初めてかい?」
「海難事故は初めてです、ユースタスケル。……深く、深く勉強になりました」
――無人島『忘れられた神域』。
この世ならざる存在が祀られ御座すこの離島は、神秘と霊気が背筋を這うほどに満ち溢れていて、ただ一人鈍感で図太いクーガーだけが超然としていた。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
合理主義者のクーガーは、無人島でもサンバゾンビを捕まえては溺れさせていた。『ゾンビ無限溺れバグ』である。既に各自全員、ゾンビ無限溺れバグを一通り実行しており、現在もスキル経験値が手に入り続けている状況なのだが、どうせならということで二週目も実行することになった。
「うわ……マジで罠設置が上手になっちまってる……これだから貴族の連中は……抜け道を知ってることの何が偉いってんだ……甘ったれちまうだろこんなの……」
「邪道だ……解せん……普通は真面目に取り組むことで技術を修練するのが基本だ……」
二週目ということで、既にたんまりとスキル経験値を手に入れていた一同は、今回かなりスムーズにゾンビの捕縛を成功させていた。
七体のゾンビを見つけることに時間がかかったものの、全体を通しても三時間もかからない程度。期待以上の戦果である。
一部、未だに納得のいっていない顔をしている者もいるが、クーガーは全く気にしていない。
「ちなみにですが、【fantasy tale】の高難易度フィールドでは、魔物を殺さずに嬲り続けると、魔物が仲間を呼ぶ現象――モンスタートレインが確率で発生します。高難易度フィールドの一種『忘れられた神域』でゾンビ無限溺れバグを起こすと、同じ理屈で溺れているゾンビが仲間を呼びます。ところが魔物のポップが海中で起こるものですから、アンデッド以外の呼び出された魔物はどんどん勝手に溺れて死にます」
「……流石は同志。容赦がない」
「で、『忘れられた神域』周辺は、海流の関係で倒した魔物のドロップ品がここの浜辺に流れ着くんですよね。だから放置してるだけで、魔石とかドロップ品がここに勝手に集まるんですよ。いわゆる魔石牧場の完成です」
「……んふふ、クーガー殿はぶれませんねェ……。徹底した効率主義者ですゆえ」
「一方、呼び出された魔物のうち、アンデッドの魔物は溺れ死なないので、海中にはゾンビが増えていきます。が、彼らも勝手に溺れて仲間を呼ぶので、どんどん魔物出現サイクルが加速します。
ゾンビ無限溺れというのは、ゾンビが無限に溺れるという意味と、無限の数のゾンビが溺れるという意味の二つにかかっているんです」
クーガーは得意げだった。
現在、一同は無人島で生活するため、材料を拾い集めてベースキャンプの設営に取り掛かっているが、ゾンビが溺れてから時間が経っていたためか、浜辺には既に魔石がいくつか流れ着いていた。
ベースキャンプを作りながら、ただ漂流を待つだけ。実に手軽な話である。
もちろん流れ着くのは魔石だけではない。ドロップ品も同じく漂流してくる。イベント用アイテムである、輝く砂、唄う貝殻、怪しいヒトデ、思い出の小瓶などもしっかり砂浜に流れ着いていた。
一同はもはや驚くことを諦めていた。
ある意味では現状を受け入れているとも言える。とにかく全員呆れ返っていることだけは事実であった。
「拠点作りですが、手製の石斧を作って、手頃な木に打ち付けて折ります。木材を手に入れたら、地面の穴を掘って柱を立てます。後は、木材に溝をつけて組木したり、つるで継ぎ目を縛って、骨組みを作ります。
拠点の骨組みができたら、とりあえずは屋根代わりに木の葉で屋根を作りましょう。粘土瓦が焼き上がるまではそれで凌ぎます。
あとは、粘土で家の壁を作るだけですが、それはちょっと人手が足りないので小技を使います」
「小技……。まだ何かあるのですか、クーガー……?」
「ゾンビ無限溺れバグで海底に増えまくったアンデッドたちは、固定罠に掛かってないので、もうしばらくたったら漂流してくるはずです。なので彼らに使役魔法をかけて手駒にします。人手の問題はそれで解決するでしょう」
「……」「……」「……」「……」
ゾンビを使役する――少なくとも勇者一行の四人にとっては想像の埒外の回答であった。
古に逸失されたとされる禁忌の魔術、死霊使役。
それをただの一つの選択肢のように、使えるから使おう、とクーガーは口にした。
きっと一週間もすれば、立派な家ができていることであろう。
六人全員が押し並べて黙ったのは、何もかもが馬鹿馬鹿しく思えてきたからである。
この男は、いきなり豪華客船に乗り込んでカジノを荒らしては、今度はルンルン気分で無人島に漂流するような人物である。
そして無限魔石牧場やゾンビ使役。
時々ついていけなくなるぐらい、何やらのずれが出来ている。しかも何故か付き合いが深まるごとにずれが日々大きくなっていってる、と感じるビルキリスたちであった。
「? どうしました? そうと決まったら早速拠点作りを続けましょうよ。木材の調達です。皆さんも野宿は嫌でしょう?」
石斧を肩に担いだクーガーは、後ろを振り返りながら当然のようにそう言った。
「拠点作りがある程度終わったら、皆でBBQ & 鍋パーティをする予定ですからね! 今日は頑張りましょう!」
「BBQと鍋……?」
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
木材の調達もトントン拍子に進み、時間はすっかり夜。
骨組みと屋根だけしか出来上がっていない、いかにも粗雑な拠点の下で、ちょっとした宴会が始まった。
クーガーは有限実行の男である。
なので本当にBBQと鍋を同時に行った。
いささか引っかかりを覚えるBBQと鍋の同時開催だったが、実行に移してみると意外とそれが悪くなかった。
「BBQついでに煙を焚くことで、拠点の骨組みと屋根に居着いている虫を追い出すのか……なるほどな。焚いた煙の匂いはしばらく残るから虫除け効果もあると。悪くねぇ」
「ついでに死霊たちに並行して粘土で拠点の壁を作ってもらいながら、それを炎の熱で乾かすのか。……邪道だと思ったが、意外と考えられているな」
「使う食材も、漂流した魔物を適当に捌いて、煮るか焼くだけ。……しかも大体ゾンビ任せ」
「まあ、ゾンビに食材を任せていいのかどうかは気になるけど……。火を通してることだし見過ごすとしよう」
各位思い思いの感想を述べているが、嫌な顔をしている者は一人もいなかった。ゾンビが食材を運び、ゾンビが食材を捌き、ゾンビが食材を焼き、ゾンビが食材を鍋に投入する光景は中々シュールであったが、慣れればただそれだけであった。
度重なる肉体労働の疲れが来ているからなのか、それともクーガーのやることなすことにいちいち驚いてると埒が明かないと学んだのか、もしくはその両方か、いずれにせよクーガーを除く一同は単純にBBQと鍋を楽しんでいた。
ちなみに、料理は非常に美味しかった。
運ばれてくる食材は、ゾンビ無限バグによって湧き出たあとそのまま海底で窒息死した魔物たち。
この魔物たちは、絶命と同時に海水によって体を冷やされるため、急いで血抜きをしなくても血が腐敗しない。
(※ここで言う腐敗とは、死後体温が生ぬるい温度を保ってしまい、血液に細菌が大量繁殖することを指している)
普通に魔物狩りを行った場合は、外傷から細菌が混入するため、腐敗を防ぐために急いで体温を冷やす必要がある。が、今回の場合はそもそも窒息死なので外傷はなく、体温も海水で細菌の活発化する温度以下に冷やされるので、ほぼ理想的な仕上がりとなっていた。
「鍋のスープをどうするのかと思ったが、魔物の骨を煮込んで出汁を取るのだな。確かに香辛料が手に入らないときは、普通はそれが基本だが」
「ていうか、寸胴鍋をどこからこんなに調達してきたのか謎だけどな」
ソイニが呟く。寸胴鍋が五つほどずらりと並んでいる光景はどうにも威圧感がある。
魔物の骨や海藻類からスープを作ったり、海水を蒸留して飲水を作ったり、他にも拠点の壁を熱で乾かすためにやや余分に鍋を並べてわざわざ火を使っているのもあるが、それにしても無人島に漂流した人間と思えないほどの装備の充実ぶりであった。
「まあ、食えば食うほど強くなるやつがいるからな。それにいくらでも食材を食べてくれるし、鍋は用意しておくに越したことはない」
「……」
クーガーの言葉にソイニは押し黙った。
山のような食事がどんどんと作られていくが、その半分程度はソイニ一人で食べ尽くされている。そして、今もなお料理に手を付けているのは彼一人だけであった。
香辛料のようなつんとする匂いの薬草の煙で虫たちを追い出すためのBBQ、飲み水やスープを得るための鍋――ということだったが、どっちでも大量かつ手軽に食材を調理できる。大量に調理できてしまうのだ。
ゾンビたちがどんどん際限なく作ってる今、食べる人がいなければ勿体ない。もちろん食材が尽きる気配は微塵もない。そんな中、いくらでも食べることができて、食べれば食べるほど強くなるという人物は願ったり叶ったりといった所であった。
「……甘ったれてんじゃねえよ」
むしり、と尖った犬歯が肉を骨から剥ぎ取る音がした。