豪華客船に無理やり乗り込んで、レアアイテムを手に入れるためにカジノで荒稼ぎをするもちょっと王女様と上手く行かなくなり、それはさておき豪華客船が魔物に襲われて難破する
豪華客船に乗り込むのは一瞬だった。
「すみませんがお客様、こちらの豪華客船クイーン・アイリーンにご搭乗されるには、子爵位以上の貴族の方からの紹介状か、リゾート・ベイ・トロピカーナの株主証明書が必要となりまして……」
「5000兆枚の金貨があります」
「5000兆枚の金貨」
「なりませんか」
「何それ詳しく」
本当に一瞬だった。
おかげさまで、ドレスを用意する暇もなかった。普通は豪華客船ともなればしっかりと服装の決まり――ドレスコードが決まっているものだが、クーガーの財力の素晴らしさかな、堂々と平服で乗り込むことが出来た。
もちろん客船の中にいる専属のテーラーに願い出て、客船内では服を借りることになったのだが。
「まあ、金貨500枚ぐらいで色々準備できたな」
「こ、これだから金持ちは――! いつも問題を金で解決しやがって! 金を持ってることの何が偉い!」
「? どうしたんだソイニ?」
「俺はこういう、金の力で何でも解決するってのに慣れちゃいねえんだよ……」
一番ギクシャクとしていたのは、平民出身で平民育ちのソイニである。他の人間は曲がりなりにも貴族的な教養を積んでいるらしかったが、ソイニだけは、全くもってからっきしであった。
突然そんなセレブの世界に放り出されて、ソイニはまるで借りてきた猫のようになっていた。
「というか、何で急に俺たちが豪華客船に乗ることになってるんだよ……」
「? カジノコインで交換できるイベント限定アイテム『すくうる水着』を手に入れるためだぞ? 水属性ダメージを激減させて、状態異常を防いでくれて、魔力を高めてくれて、海底神殿などの海系ダンジョンを攻略する上ではこれ以上言うことなしの激レアアイテムだ」
「……」
買えよ、という視線をソイニから強く感じた。
だがこればかりは買えるアイテムではない。カジノで勝利しないと手に入らないという仕様になっているのだ。
こういう融通の利かなさが、ある意味ゲーム的ではある。クーガーとしても、もし買えるのならばそれで済ませていた。お金で買えないものがあるからこそ、こうやって色々やらねばならないというのが実情なのであった。
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(……クーガー。私は今、とてもとても、恥ずかしい思いをしてます。死にたいです)
(耐えてください。私たち二人がグルだと思われてしまったら、この作戦は終わりです。それまでのご辛抱です、ビルキリス殿下)
豪華客船のカジノでは、今、周囲から注目を浴びている男女が一組存在していた。それはビルキリスとクーガーである。
澄ました顔立ちで気品があり、いかにも王族然としているビルキリスは、このカジノにおいてもとても絵になっている。絢爛とした社交の場において、一人凛として立っている姿は、出来すぎなほどに綺麗であった。
だが、この王女、めっきりカジノ勝負に弱かった。
何を賭けても裏目ばかり。不運すぎる。
最初こそガラス細工を思わせるように静謐な顔付きだったのに、今は口元を結んで精一杯虚勢を張ってさえいた。
びっくりするほど弱いものだから、周囲のギャラリーも可哀想になってきて、少しは勝たせてやれよとばかりの空気になってきたほどである。
ビルキリスは、顔から火が出る思いで恥に耐えていた。
「……では、ベットの開始です。今からルーレットの好きな目に賭けることができます。準備ができましたらディーラーの私がホイールに球を投げ入れますので、そこからプレイヤーの皆さんは、一度だけベットの変更やベットの追加を行えます。……いいですね? 行きますよ!」
ルーレットは、カジノの女王と呼ばれているほどポピュラーな娯楽である。
17世紀のイタリアではルーレットの原型であるオカ(Hoca)というゲームが存在したが、その時から赤・黒、数字の何番、などを指定するベットテーブルが存在していたとされている。
この【fantasy tale】の世界では、そのルーレット文化は時代よりも早く取り入れられており、既に現代風に洗練されていた。
「……赤です」
ルーレットに球が投入されるのを見計らってしばらく。
耳を赤くしながら、ビルキリスは震えを押し殺した声で宣言した。
同時に、筋肉隆々の男が赤以外――黒と0と00にたんまりとベットインを行った。
ビルキリスの真逆を行くような賭け方であった。
この筋肉男、言うまでもなくクーガーであった。
「……っ」
唸る程のカジノチップ。
そのあまりに強引な賭け方に、ディーラーの顔がやや曇っていた。それもそのはず、この筋肉男はあまりにも勝ちすぎていた。
だから先ほどから裏を掻こうと、揺さぶりをかけたり出目を偏らせたりしているのだが、それが一向に効かないのである。
何故なら、ぽんこつの王女が真逆を行くからである。
何故なのかは分からないが、この王女、驚くほどに不運である。面白いようにディーラーの作戦にぽんぽんと引っかかり、さっきから勝ちが一度たりとも存在していない。
だから逆に、この王女の逆張りを続けているクーガーが圧勝するのである。
今回だってそうである。赤を宣言した王女様はまたまた綺麗に外しており、残りを宣言したクーガーの思惑通りにルーレットが進行している。
「……黒の17、お客様の勝利です……っ」
苦り切った声でディーラーは勝敗を告げた。
おお、と歓声がどよめいた。クーガーは淡々と勝利を積み上げていた。
ああ、と同情の声が漏れ出た。ビルキリスはまたもや予定調和のように負けを繰り返していた。
もう既に十数回は勝負が続いている計算である。そろそろカジノも限界が近い金額である。
クーガーはこの辺で勝負を打ち切って、大量に手に入れたカジノチップの精算処理へと移った。こういうときは、上手に逃げるのが得策である。
あとに残されたのは、滅茶苦茶に恥をかいて半べそになっており、不機嫌になっている王女様であった。
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直系の王族、それも嫁入り前の王女様に、賭け事がとんでもなく下手という恥をかかせるという鬼のような所業を平然とやってのけるのがクーガーである。
ラテン語の読み書き、音楽や芸術の知識、踊りや馬術など社交的な趣味――これらを幼い内から仕込まれて、貴族令嬢は教養深くあるべしとされるこの時代で、「この女は相当頭が悪い」という噂が立つような恥をかかせるのはタブー中のタブーである。
それも王族に連なる高貴な身分の人に恥をかかせるのだから、貴族位剥奪を命じられても仕方がない所業である。
これが見逃されているのは、悪夢のダンジョンという現実とは違う空間での出来事だからということと、ひとえにビルキリスの懐がとても深いから、という理由に他ならない。
「……責任は、とてもとても重いです。あまり恩着せがましく言うのも憚られますが、クーガー、私はとても恥ずかしかったです」
「重ね重ねありがとうございます、殿下。おかげさまで非常に貴重なアイテムが手に入りました」
「……すくうる水着、ですか」
「はい。すくうる水着です」
そのままビルキリスはしばらく、自らの犠牲によって手に入った貴重な戦利品を無言で眺めていた。
あれだけ恥をかいて手に入れたものが、この奇天烈極まりない謎の衣装である。
真面目な服装であるはずなのに、どことなく背徳めいていて、破廉恥な雰囲気もどこかしら漂っている。
「……すくうる水着。……クーガー、あなたはそういったことを嗜んでいらっしゃるのですね。深く、深く勉強になりました。王族として、人の営みの一面に触れられたような気がします」
「……ん? ビルキリス殿下? 何か誤解してませんか?」
「……きっと、5000兆あります、なりませんか、と可愛い子にとんでもないことを要求するのでしょう。……私にとんでもない恥をかかせておいて手に入れたすくうる水着で」
「……殿下?」
じとっとした視線がクーガーに刺さる。
私にとんでもない恥をかかせておいて、という部分に込められた言葉の棘がいかにもいじましかった。
「……何でもありません。失礼しました。過ぎた言葉でしたね……」
「えっと、とりあえずこの服を着てもらうのは、オーディリア嬢なんですけど」
「………………………………」
――その時、何かが軋んでヒビが入ったような緊張が走った。
ビルキリスの顔は、久しく見ていない、作り物めいた顔立ちをしている。
あるいは、もしかしたら、最近見たような痛ましさの影をどこかに孕ませてもいた。
いつの話か、自分を便利な女だと自嘲したときの顔。
夏休み中に友達同士が遊ぶ話から、いつの間にか自分が外されていたときの顔。
そして、試練のゴーレムに真っ向から、これは虚飾の愛なのだと言われてしまったときの顔。
「…………ふふ、ええ。喜ぶでしょうね。あの子なら」
時間をかけて、ビルキリスは微笑んだ。
微笑むことを選んだ、という笑みであった。
それは優しく柔らかい微笑みで、きっと、優しい心をぎゅっと搾ればそんな優しさが絞り出せるのだろう、という深みがあった。
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不運のビルキリス。
全NPC中で最も幸運値が少ないキャラクタであり、スタッフが半分冗談で幸運0を設定したという唯一のキャラクタでもある。
また、公式サイトのざまぁ投票ランキングで女性部門第一位を獲得する唯一のキャラであり、ざまぁ投票で二位以下にダブルスコアをつけている圧倒的なキャラでもある。
そして、期間限定イベントでは必ずと言っていいほど服装をひん剥かれ、どすけべな服装を毎回着せられてしまうというスタッフのおもちゃにもなっているキャラでもある。
「幸運値が0なので、殿下はカジノでは必ず負けるんです。必ず。だから、殿下のその特性を利用して、逆張り戦略をすると必ずカジノで勝てるんです」
「……そうなのですね。勉強になりました」
「まあ、裏技とバグ技の多い【fantasy tale】では、このビルキリス乱数確定テクをやって初めて一人前って感じです」
このテクニック、実は色々と応用が利く。
幸運値が0になる処理を行うため、強制的に乱数をリセットする効果があるので、乱数調整にぴったりなのである。
宝箱から絶対にレアアイテムを手に入れたいときや、謎の遺留品を鑑定するとき、ギルドの依頼を確認するときなど、ビルキリス王女の特性を逆手に取れば非常に便利なのだ。
ゲーム本編ではバグ技を使わない限り、ビルキリス王女は仲間にならない。
しかし期間限定イベントガチャを回せば手に入るビルキリス殿下(どすけべ服仕様)は、幸運値が同じく0なので、このいつでもどこでも乱数調整法が使えるという算段になる。
「……そうなのですね。勉強になりました」
豪華客船のディナーは、一種の立食パーティである。
ユースタスケル、ヴァレンシア、エローナは卒なく社交的に色んな人たちと会話をこなしていた。
ソイニはもはや食べ放題だと割り切って食事に専念していた。
策士オットー、ことオーディリア嬢は、船酔いのためか体調を崩し、今は部屋でおとなしく休んでいた。
「……私が役に立ったようで何よりです」
「ビルキリス殿下、豪華客船はお気に召しませんでしたか?」
「いえ。……悪くない船です。オペラの演劇を見ることができたり、お洒落なバーがあったり、船内設備は充実していると思います」
「そうですか、ならばよかったです」
淡々と会話が続く。良質な料理をテンポよく次々と食べていく。
クーガーもビルキリスも、長くに渡る世界迷宮生活のためか、すっかりと健啖家になっていた。料理に舌鼓を打つ姿は健康的でさえあった。
「……」
「……」
ただ、料理が進むということは、会話が今ひとつ弾まない証左でもあった。せっかく二人きりだというのに、何故か二人の会話はどうにも淡白であった。
「そういえば、殿下は水泳は得意ですか?」
「……人並みには、ですね。普段からあまり泳ぎませんが。どうしたのですか?」
先ほどの水着の話を一瞬思い出して、ビルキリスは少しだけフォークを動かす手を止めていた。
「実はですね、今から無人島に行く予定なんです」
「無人島……?」
「『忘れられた神域』という周回エリアなんですが、実はそこは無人島なんです。経験値効率や裏技の関係で、しばらくそこに滞在する予定なんですが、水泳ができたほうがいいのでちょっと聞いてみました」
「……この豪華客船は、無人島に立ち寄らない予定だった気がしますが」
いやあ、と頭をかくクーガーは、その質問に対しあまりにもさらっと答えた。
「実はですね。豪華客船イベントでは、乱数を上手に調整すると、一定確率で無人島に行くことができるんですよ」
「……そうなのですね。勉強になりました」
「はい。幸運値が限りなく低い仲間が一緒のときに、乱数を上手く調整すると、伝説の巨大鯨ラーハイナーに襲われて、難波イベントが発生して、全員無人島に漂流するんです」
「……そうなのですね。勉強になりまし……え?」
その時、タイミングよく爆音が全てを遮った。
まるで巨岩に衝突でもしたかのような衝撃が、豪華客船全体を襲った。
船内が急に騒がしくなり、悲鳴と怒号が飛び交った。
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