わざわざやってきてくれた王女一行と勇者一行を、まさかの宅飲み形式で迎え入れ、盛り上がったところで『悪夢のダンジョン』に連れ込み、早速ゾンビ無限溺れバグを試す
たとえ継承権が低くとも、王領候の嫡男と王女とくれば、一般人からすれば天の上の存在である。
忘れがちだが、オットーとビルキリスは高貴な存在であった。
当然、視察には護衛がつく。それも魔物が跋扈するザッケハルト領への視察ともなれば、当然それなりの手練れが選ばれる。
いくらオットーやビルキリスが並の魔術師よりも強いといえども、立場護衛は必ずついてくるのだ。立場上護衛は必ずついてくるのだ。
そして、その護衛は既に、クーガーが適切な人物を見繕っていた。
「――護衛は普通、守るべき対象よりも強くないと意味がない。となると当然、普通は護衛はビルキリス殿下やオットー殿よりも強い人たちが選ばれるのが基本だ」
「ま、話を聞いたときは、護衛が欲しいなんて何を甘ったれたことを、って思ってたけどよ」
「来た。同志のお願いだから」
「初めてかい? ――僕は、友達がこんなにたくさん家にやってくるのは初めてかい、と聞いているんだ」
夏休みのクーガーの家に来る人間は、二名の仲間と四名の親友。
王女ビルキリス・リーグランドン。
策士オットー・クレンペラー。
創造卿エローナ・ドロワーズ。
秩序卿ヴァレンシア・エーデンハイト。
不屈卿ソイニ・ラーンジュ。
希望郷ユースタスケル・フォルトゥナート。
「皆久しぶりだな。そしてようこそ、魔物領域との境界に位置する開拓途上地域、辺境の地にして質実剛健の領地、ザッケハルト伯爵領へ」
館の前に立ったクーガーは、数十名いるメイドたちを引き連れて、やってきた友人たち六名を迎え入れたのだった。
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早速クーガーの部屋で宅飲みが始まった。
貴族を含む面々を迎え入れる饗宴にしては異例中の異例である。
普通は貴族をもてなすときは、大食堂に料理のフルコースのおもてなし、というのが基本である。
それがまさかの部屋でのこじんまりした饗宴。
最初はみんなも面食らっていた。何故最初に大食堂に通されないのだろうか、これでいいのだろうか、と。
しかし、いざ始まったとなると、距離の近い宅飲みスタイルのお陰か大いに会話が盛り上がった。
「何だこれは、ポテトチップス? よく知らないけどサクサクしてて面白い食感だな。甘ったれた味じゃなくて塩味ってのもいいな。飢饉対策にもなるジャガイモを使った料理を模索してるって言ってたけど、こんな料理も作ってたんだなお前」
「カルーア、というのも面白いな。カフワ豆を炒って煮出したエキスと、砂糖を煮詰めて精製するときうまく結晶化しなかった廃蜜をアルコール醗酵させた蒸留酒を混ぜ合わせたら、こんなに甘くてコクのあるリキュールになるのだな。邪道だと思ったが侮れないな」
「ハーブが効いてるバタークッキーも美味。ジャムも合う」
「土壌の塩分を吸い上げて塩害対策になるアイスプラントも、フリッターにしてみると面白いね。僕もこう見えて色んなものを食べてきたんだけど、初めてだよ、こんな料理は」
ソイニ、ヴァレンシア、エローナ、ユースタスケルの四人は、クーガーの出す変わり種の料理に舌鼓を打っていた。
ポテトチップス、コーヒーリキュール、ハーブクッキー、アイスプラントの天ぷら……どれも来賓に出すために研究しているおもてなし料理である。
今回友人たちが来るので、モニターとしても丁度都合がいい、ということで出したものだが、予想以上に好評でクーガーとしても満足である。
この分ならば、いつか王侯貴族の面々が来たとしても、そのまま出すことができそうである。
そして、ビルキリスとオットーも。
「……快適なベッドですね、気に入りましたよクーガー。発条職人にコイルスプリングを作らせて、吸湿性と速乾性に優れたさらっとしてる亜麻布のシーツで覆ってるのですね。……へえ」
「んふふ、これがクーガー殿が使ってる机ですか。そしてこれが寝巻き……普段着……んふふふふ」
何だかよく分からないが、二人共楽しんでいるらしかった。
ビルキリスはさっきからベッドに腰掛けてそのポジションを自分の場所だとばかりに動かないし、オットーは対照にあちこちを落ち着かない様子でうろついている。
まあ楽しいならいいか、とクーガーは楽観的に考えた。
そのまま、宅飲みの空気の間を縫って、そっと部屋の隅のお香に火を入れる。今回のメインの目的はこちらである。
“恒久のお香”。
それは悪夢のダンジョンに入るために必要となる、キーアイテムである。
妖しいお香が、酒にほろ酔い気分になっている全員をまろやかに包んだ。そして訪れたのは酩酊である。
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「夏だ!」
「海だ!」
「イベントだ!」
「Summer Festival 20XX 復刻イベント!『熱血! 真夏のビーチファイター!』開幕!!!」
「いえーーーーーーい!!」
何処からともなく湧き上がる大歓声。
空に打ち上がるどデカい謎タイトルロゴ。
そして、取り残されて困惑する一同たち。
さっきまでクーガーの部屋でわいわいと飲んでたはずなのに。
いつの間にか訳のわからない空間――真夏のビーチに召喚されている。
「……あ? ここは?」「……む?」「?」「……初めてだよ、こんな場所は」
「……まあ」「クーガー殿……?」
見渡す限り青い空と広い海、そして砂浜。
踊り出したくなるような快晴の海日和であるにも関わらず、あんまりにも唐突で、前後の出来事が繋がっていない。
それこそ湧いて出たような、不意打ちのトロピカルワールド。
事態を上手く把握できずにきょとんとしている皆に対して、クーガーは明るく告げた。
「お前らは知らないかもしれないけど、悪夢のダンジョンは特定の期間だけ開催される、期間限定イベントなのさ! ドロップ報酬も美味しいしイベント報酬も美味しい、いわゆるお祭りイベントってやつだ!」
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見渡す限りのリゾート空間。
そこは不気味なサイケデリック空間のようでもあったし、悪趣味な異世界のようでもあった。
前向きに言うならば、慣れれば底抜けに楽しい、南国の楽園である。
どこからか聞こえる南国のメロディ。小気味のいいマリンバとカリンバが、軽妙なハングドラムの旋律と噛み合って、高らかで心地のいいウクレレとグルーヴ感を作っている。
全般的に南国風。
それは出没する魔物に関しても、である。
サンバを踊りながら襲撃してくるサンバゾンビ。
甘い香りで獲物を誘う巨大ウツボカズラ。
トロピカルな音楽を奏でてこちらを状態異常にかけてくる唄サンゴ。
そして、空を泳ぐとされている白く輝く上品なクジラ、ラーハイナー。
「いや何だよ、この空間? わっけ分からねぇな」
掌底一撃でサンバゾンビを打倒したソイニが、納得行かないように首をひねっていた。金剛招来により金剛仁王の気迫を身に纏ったソイニは、今や才気を煥発させて武神の風格を放っている。
「うむ。こんなにリズミカルに踊るゾンビなど、気色が悪くて仕方がない。邪道だ」
「初めてだよ、こんな謎空間は」
ヴァレンシアは顔をしかめ、ユースタスケルは肩をすくめて苦笑いしている。
エローナは興味深そうにスケッチをしている。
勇者たち一行は、この空間の奇妙さ具合にまだ慣れていないようであった。
「――よし、じゃあ王女殿下、あのサンバゾンビをまた魔石で罠にかけてください!」
「ええ、分かりましたクーガー。束縛魔術、結界魔術、衰弱呪術を重ね合わせて精錬した特性の魔石――行きます!」
よろめいたサンバゾンビ相手に、クーガーとビルキリスは特性の魔石を投げ込んだ。
ビルキリスの王国宝石館により術式を圧縮し、効能を高めた混合罠魔術。足元の覚束ないサンバゾンビを捕縛し戦闘不能に陥れるには十分以上の威力であった。
「んふふ、これで七体目ですねェ。……サンバゾンビばかり捕まえてどうするのか謎ですが、クーガー殿のことですから、きっと何か考えがあるのでしょう」
これを既に繰り返すこと七回。
砂浜に転がされてビクビクと気色悪く動いているゾンビを目にして、オットーはなんとも言えない顔つきであった。
七体のゾンビは全て動けないように縄で縛っている。それも、捕縄術によってがっちりと縛ったので、何一つ抵抗はできない状態である。地面に転がしたら起き上がることさえ困難であろう。
こんなゾンビをどう使うのか。
そんな疑問に対してクーガーは。
「ああ、それはですね」
途端、クーガーはゾンビを海に放り投げた。見事な遠投だった。
皆は唖然とした。
じゃっぽじゃっぽと暴れながらゾンビが溺れる姿が遠目から確認できる。それは哀れみを誘うほどの必死さであり、不死ゆえに酷な生殺しだとも言えた。
「これ、実はゾンビ無限溺れバグと言いまして、ゾンビを使って無限に経験値を稼ぐことができるんです」
何を言ってるんだ、という沈黙が生まれた。カモメの声と南国のメロディの合間に、じゃっぽじゃっぽと溺れる異音が悲痛な哀愁を醸していた。
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「ゾンビ無限溺れバグ。罠スキルのスキルツリーにある【捕縄術】を無限に成長させることができる裏技だ」
「本来、罠に捕まっている敵モンスターは一定時間ごとに確率で罠を脱出する判定が発動する。その判定の成功率は残り体力に比例している。つまり残り体力が少ない魔物の方が都合がいい」
「ここで、『魔術か気功術じゃないと死なない』ゾンビを海に溺れさせて『一定時間ごとに継続ダメージを受ける』状態にすると、体力が無限にマイナスになる、というのを利用する」
「体力がマイナスの魔物なので、罠からの脱出判定が必ず負となり絶対に失敗する。その際、罠スキルの術者には脱出失敗時に経験値が手に入るわけだ。しかも判定値よりも罠スキル値の方が大幅に上回っているから、その分ボーナス経験値が大幅に手に入る」
「平たく言えば、どんどん勝手に手に入る経験値が増えていく、ってわけだ」
「しかもここには、経験値を自由に配分できる天秤『秩序の分配器』がある。経験値を好きなスキルに好きなだけ再分配できるんだ。言ってしまえば、どんなスキルも無限に成長させることができる」
「これを使えば、成長させづらいスキルとして有名な【刺繍】【交渉術】【園芸】【信仰】スキルなども楽々カンストさせることができる」
「まあ、裏技とバグ技の多い【fantasy tale】では、このゾンビ無限溺れバグをやって初めて一人前って感じだな」
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夏休みに友達の家に来てみたら、いきなり宅飲みが始まった。
宅飲みをしていたら、いつの間にか真夏のイベント空間に飛ばされた。
真夏のイベント空間に飛ばされたら、突如ゾンビを無限に溺れさせていた。
ゾンビを無限に溺れさせていたら、何故かスキル経験値がさっきから再現なく成長している。
全部わずか一日の出来事である。
「バグ技。……深く、深く勉強になりました。王族として、人の営みの一面に触れられたような気がします」
「……んふふ、何かもう、何なんでしょうねェ……」
「いやはや、初めてだよ、こういう出来事は……」
こう見えてビルキリスたちもユースタスケルたちも、クーガーが突飛もない人間であることは弁えているつもりであった。
だが、さっきから想像の斜め上の展開が続き過ぎて、何が何やら分からないというのが実情だった。
しかも本当にひっきりなしにスキル経験値が成長しているのがシュールな笑いを誘う。本当に滅茶苦茶な話であった。
満足げなクーガーは、今度はまた別の話を皆に対して呼びかけた。
「次はカジノです! リゾート・ベイ・トロピカーナの豪華客船クイーン・アイリーンのカジノで、伝説的な大儲けをしましょう!」
ほら、また突拍子もないことを。
そんな言葉を飲み込んで、一同はお互いに目配せしあって、戸惑っていた。