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自宅に帰ってくるなり、怒涛の量のお土産と、怒涛の内政の仕事っぷりを発揮するも、肝心の人脈について痛いところを指摘される

 そしてとうとう訪れる夏休み。

 馬車に乗って実家に帰るや否や、開口一番クーガーは好き放題なことを言っていた。






「……ということで、この夏休みはビルキリス王女と策士オットーをお迎えします。あとただいま!」


「ただいまの順番が滅茶苦茶ですぞ、若様。帰ってくるなり展開が早すぎます。王女様と侯爵の嫡男様をお迎えするなんて余りにも責任重大です。なりませんぞ。メイドたちが顔を真っ青にしております」


「お土産です、セバスチャン。

 世界迷宮で手にいれた大量の貴重な魔道具と、

 地下ダンジョンを掘る際に削り出てきた大量のクズ魔石と石炭と、

 地下栽培で品種改良を重ねたジャガイモ・さつまいも・かぼちゃ・ごぼうと、

 実験用の発酵食品としての野菜の漬け物・味噌・ヨーグルトと、

 蒸麦じゃなくても蒸したじゃがいもでも発酵できる新種の麹菌と、

 地下養蚕できてなおかつハーブで育つ蚕と、

 地下栽培した香辛料用のハーブと、

 害虫を食べるように契約魔術で制約して品種改良したスライムと、

 地下ダンジョンで放し飼いして巨大化・魔物化させて魔石が取れるようになった迷宮ミミズと、

 非常に貴重な薬『媚薬サテュリオン』と素材『おぞましくくすぐったい猫じゃらし』と、

 課外授業『野外実習』でこっそり集めた魔物の肝や魔物の血などの新鮮な素材と、

 魔石に魔術を込めて時間差で魔術を解放できる『魔石手榴弾』のサンプルと、

 屋敷妖精(パウリナ)に研究させた美味しいハーブティー数種類のレシピと、

 アンデッド使役方法などを研究した死霊術と回復魔術の研究結果と、

 あとは今後の展望をまとめたメモです。恋愛フクロウを利用して握った貴族生徒の弱味もまとめてあります」


「お土産の量が滅茶苦茶ですぞ若様。なりませんぞ。持って帰ってきた仕事が多すぎます。仕事が増えたメイドたちが顔を真っ白にしております」


「大丈夫です。メイドたちには褒美に後で『媚薬サテュリオン』を少し分けますので、どうぞお好きに」


「! なりませんぞ! そんなことをするとエンリケ様が大変なことに――こら、なりません、なりませんぞ! メイドたちが顔を真っ赤に、こら、なりません! 執事長の権限をもって、この横暴、見過ごすわけには参りませんぞ!」


「いやはや、エンリケ兄さんには学院で一杯食わされましたからねー。ちょっとした意趣返しですよ。……覚悟はありますか、兄さん?」






 ――などなど。

 クーガーが普通ではないことなど、既に皆の知るところであるが、今回も案の定の破天荒っぷりである。

 実家に帰ってくるなり、いきなりこれだけ家を騒がしくできるのも珍しい才能といえる。

 クーガーの帰省は、かくして家族大わらわで幕を開けた。






 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






 久しぶりの実家である。地上時間にして半年ぶりだが、体感時間で換算すれば約八年。久しく感じるのも当然といえる。

 乗り心地の悪い馬車でさえ懐かしい。馬車から覗く風景も、クーガーの郷愁の念を掻き立てた。何せザッケハルト領である。クーガーの生まれ故郷と言えば――二番目ではあるが、ここザッケハルト領なのだ。


 だが、クーガーは懐かしさにまったりする人間ではない。

 帰ってくるなり、彼は怒濤の勢いで内政仕事に着手していた。


 自宅に帰ったクーガーが早速手をつけた作業――それは、今まで溜め込んでいた研究成果の共有である。

 即ち、それは迷宮第二階層で得られた数々の成果を、ザッケハルト領にうまく組み込むことであった。


「養蚕用の蚕ですが、交配の結果、ハーブを食べて育つようになりました。これで地下に育つハーブを使った、地下養蚕が可能になりました。だいたい八〇世代ぐらい交配しました」


「こっちは麹菌ですね。あんまり改良できてません。毒気を発生させたり、他の有害なカビに弱くなったり、とにかく駄目になることの方が多かったです。ただ、試行錯誤の結果、地下の生育環境に適したものや、麦じゃなくても蒸したジャガイモで増えてくれるものを少量得ました」


「こちらは迷宮ミミズです。迷宮第二階層にて自作した地下ダンジョンで育てたものです。親指並みの太さまでぶくぶく太ってるのは、魔力のふんだんな土地で育てたからです。頭を捌くと魔石を出してくれます」


「こちらはハーブを品種改良したものです。ミミズコンポストから出てくる排水には、虫の死骸が含まれてます。この排水をハーブにかけることで、ハーブが『自分は虫に食べられている』と錯覚します。結果、ハーブが自己防衛のために辛味成分を分泌させたりするのですが、これがまた料理に合うのです。臭み消しにぴったりで、魔物肉のジビエをするこのザッケハルト領の食文化にこの上ないと思います」


 ……などなど。

 クーガーの半年間の成果は、たしかに目を見張るものがある。それはどう考えても、半年では得られるはずもない快挙であった。


 だが、その手法がザッケハルト領でも上手く行くかとなると、それはまた別の話である。環境が違うのだから。


 故に、時間をかけて成り行きを見なくてはならない。数年後にはその答えが得られる算段である。

 たとえその数年間の間に、またもやクーガーがもっと進んだ成果を持ち込んでくることが明らかであっても――である。


(本来なら何十年も時間がかかるところを、迷宮第二階層という特殊な環境を使って時間を縮めたんだ。しかも、地下という温度が一定に保たれやすい環境で魔道具によって光を照射しっぱなしで育てる促進栽培まで行っての結果だ。――ザッケハルト領の環境に馴染むかどうか、数年ぐらい待ったところで痛くも痒くもない)


 待つだけでいいのだから、こんなに美味しい話はない。成功することが目に見えているのだ。

 もしどこかで大きく失敗しても、それならばそれで一段階戻ればいい。時間はたくさんあるのだから焦らなくていいのである。






 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






「ガラス作り、ゼンマイ作り、バネ作り、クランチ機構作り、歯車作り、軸作り、車輪作り……。やっぱり工業化こそが産業の根っこだよなあ」


 半年間、ザッケハルト領でどれだけ工業技術が進んだのかを確認したクーガーは、まあ半年ならこの程度か、と肩を落とした。

 言うなれば、ほぼ進捗なし、である。


 当然というものである。この時代、人が育たなくては技術が育たないのだ。

 まだまだ職人の世界であるからには、職人が腕を培う必要があるのだ。半年では、伸びるものも伸びないだろう。


 ただし、ザッケハルト家が定期的に職人たちに大口の注文をすることで、職人らの層が厚くなったようには見受けられた。

 商業ギルドとの関係も良好である。言うなればザッケハルト家は大口のお得意様なので、向こうからすれば手放したくない顧客である。太いパイプが出来たと言っても差し支えはない。


 ただでさえ千歯扱きの一件で大きく取引した間柄である。継続的に色々と発注してくれるとあれば、商業ギルドからすればこれほどいい客は中々ないであろう。


(あとは職人が育つのを待つだけか。――願うなら、ザッケハルト領の工業力をうんと底上げして、他領なんか目じゃないほどに伸ばしたいんだけどな)


 例えば、紡績機を作ることが出来るのは何年後になるだろうか、とクーガーは考えた。


 織物産業を駆逐することは、きっと今の段階でも容易いであろう。

 アイデアと技術的には、今からでも資金を積んで、無理矢理命令を出せば、数年後には出来上がっているかもしれない。

 だがそれでは数年で追い付かれるのだ。


 数年で追い付ける差であれば、数年かけて追い付こうとするのが世の常である。

 これが数十年ほど隔絶された大きな差になって、ようやく向こうが諦めてくれるのだ。初期投資の負担の大きさ、市場での価格競争力、技術の格差――それらの参入障壁を、これでもかというぐらいに高くして、ようやく独占は守られる。

 追い付くのではなく、逆に利用しよう、と考えてくれるのだ。


(工業技術を、少なくとも周囲より数十年は発展させる。全てはそこからだ)


 それまでは、ザッケハルト領内で使うへんてこな装置のために。

 水汲み機や粉引き機のように、自領で使う隠れた技術として。

 周囲に悟られないように、静かに、クーガーは技術発展のために投資を続けていた。






 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△△






 時は夕暮れ、晩餐のことである。

 父ジルベルフ、母マリーディア、長男ウォーレン、長女ナターリエ、三男エンリケ、次女マデリーン、そしてクーガーが食卓についた。騎士団が忙しいということで次男ヒューバットはこの夏帰省できないらしいのだが、それでもこれだけ皆が集まるのは、このご時世珍しいことである。


 久しぶりの一家団欒の食事中、クーガーの話題は尽きることがなかった。

 別にクーガーがお喋りだったという訳ではない。どちらかと言うと伝えるべき事項が多かったので、話題が尽きなかっただけである。






「そういえば石鹸利権の件、覚えておりますか? あれです、ビルキリス殿下を通して王家のお墨付きを受けた、我が領の植物性石鹸のことです。あの一件ですが、クレンペラー家の三男、オットーが興味を示しておりまして……」


「そういえば魔術学院の『野外演習』という授業、皆さんはご存じですか? あれは大変疲れました。我がザッケハルト家の料理を広めるべく、鍋料理とお菓子をせっせと作りましてね。……え、あ、そういえば鍋料理についてあまり説明してませんでしたね。今後、私は地下で栽培できるハーブをふんだんに使用した鍋料理を、このザッケハルト領に広めようと思ってます。ほら、ちょうどザッケハルト領は、魔物狩りによる魔物食文化がありますからね、親和性は高いと思いますよ」


「そういえば世界迷宮ですが、ただいま第二階層で屋敷を買って、そこで生活をしておりまして……。あ、目的ですか? 地下栽培の実験と、ミミズやスライムの放し飼いと、死霊魔術の研究ですかね。他にも色々やってます」


「そういえば魔石ですが、ちょっと宛があって、魔石牧場とやらを作れるかもしれません。魔石牧場というのは、まあ、魔石をたくさん収穫できる仕組みみたいなものです。幸い、ミミズはたくさんいますしね。……どうですか、面白そうじゃありませんか?」


「そういえば死霊魔術ですが、アンデッドに単純作業を代替してもらうというところまで研究が進みました。これは大きいですよ。きっといい労働力になると思います。何卒内密にお願いいたします」


「そういえばこの夏休み、ビルキリス殿下とオットーが遊びに来ます。……はい、それです、手紙で前もってご連絡した、その件です。勝手なことをして申し訳ありません。おもてなしの準備は基本的に私が手配しますので、皆さんは普段通りに生活するだけで大丈夫なようにいたします。余計な仕事は増やさないようにしますので。ただ、当日のおもてなしの際は少しお力をお借りすることになると思います。ご迷惑をおかけしますが、どうか何卒よろしくお願いいたします」


「そういえば、発酵食品の酵母と地下栽培の野菜ですが、幾分か品種改良を重ねたサンプルを持ち帰りました。酵母も野菜も、正直あんまり品種改良できてませんが、少しは良くしたつもりです。試しに漬物をいくつか用意しました。これでご飯がおいしくなるかもしれません」


「そういえば、手紙でお願いした『幻想三遊記』の本、あれってどうなってますか? ……ああ、無事用意できましたか。良かったです。やはり作者がザッケハルト領に住んでいるというのは大きいですね。きっと喜びますよ。……あ、こっちの話です」


「そういえば、魔物の解体方法をメモにしたためました。魔物食が盛んなザッケハルト領ですから、是非とも領民に正しい解体法を広めていきましょう。……え、このぐらいの知識なら地元の猟師たちも既に知ってますか? いえいえ、そういう口伝で継承された知識は、どこかで文章化しておかないとまずいです。文字を読み書きできる猟師は少ないですから、知識がどこかで歪んだり途絶えかねないです」


「そういえばこれは冗談なんですけど、神様とチェスをしてきました。ええ、"将棋"という名の特殊なチェスなんですけど、三回戦って三回とも負けました。流石は知識の神です、太刀打ちできませんでしたね」






 ――などなど。

 どれもこれも、聞く人が聞けば顔を青くしてもおかしくないほどの話である。それを面白いくらいぽんぽん次々と出すのだから、家族は驚きを超えて呆れ返ってしまっていた。

 冷静に考えれば、である。

 ザッケハルト領から離れ、内政ごっこからも半年離れたはずのクーガーが、何故か学園生活の傍らで、いつも以上に(・・・・・・)内政が捗っている(・・・・・・・・)ことのほうがおかしいのだ。それも、実家に残っている(・・・・・・・・)家族の誰よりも(・・・・・・・)、である。

 何とも奇天烈な話であった。


「あのー、お兄様?」


 妹のマデリーンがおずおずと尋ねた。


「お兄様は社交の勉強のために魔術学院に通っておいでなのですよね?」


「? そうですよ? 全ては人脈作りのためです」


 さも当然、と答えるクーガーだったが、家族の誰からも同意の声は上がらない。人脈作りのために学校に通っているのだ――とは、家族の誰もが思えなかったらしい。

 当然である。クーガーの話を聞く限り、どこにも穏当な要素が見当たらない。信じがたいのも無理はなかった。


「お兄様、あの、肝心の人脈は……?」


「え、うーん。まあ、その」


「……」


「……」


 鬼門、という言葉がある。言い換えれば地雷である。妹マデリーンのあまりにも痛いところを突く指摘に、しばらく沈黙が続いたという。






 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






 ――夏休み前日の回想にて。


「夏休みの予定についておさらいしておくと、【fantasy tale】の夏休みイベントは、いわゆる修行イベントです」


「修行イベント……」


「また今度は何ですか、クーガー殿」


「イベント限定マップ『熱血! 修行道場!』を何度も攻略することで、通常の数倍の経験値と能力アップアイテムを手に入れられます」


「能力アップアイテム……」


「クーガー殿、もう少し分かりやすくお願いできませんか?」


「実は『熱血! 修行道場!』は、"悪夢ダンジョン"のひとつ扱いなので、スタミナを消費することなくたくさん修行すること(クエスト実行)ができます。ですからスタミナ消費の激しいアクションも、いくらでもやりたい放題なんです。それこそ体のあちこちが悲鳴を上げるぐらいに色んなことができるんです」


「……! な、何をお考えなのですか、クーガー! な、なりません、その、そういうことは、ええと、いきなりでは、あの、緊張すると言いますか、はしたないと言いますかっ」


「……あのー、クーガー殿? 話を誤解してる人がいますゆえ、何卒簡潔にお願いします」


「つまり! 一気に戦闘スキルとか魔術スキルを磨き上げるチャンスなんですよ! 朝から晩まで、スキルをひたすら向上できるんですよ! 分かりますか、ビルキリス殿下、オットー!」


「その、具体的には、どのようなことをなさるのですか、その無限のスタミナと、朝から晩まで戦闘スキルなどで」


「殿下、多分何もしないと思いますよ。ええ。クーガー殿はそういう人間ですゆえ。多分彼は能力アップアイテムとやらに釣られているだけです」


「というわけで、夏休みは一緒の布団で寝ましょう!」


「!?」


「!?」



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