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夏休みを前に、持ち帰る荷物を整理し、友人たちと別れの挨拶をするなどしたところ、屋敷妖精に大いに泣きつかれて困り果てる

 夏休みに備え、実家にいくつか手紙を送ったクーガーは、そのまま帰郷する準備に手をつけた。


「迷宮でも栽培できるハーブ、迷宮でも栽培できる野菜、迷宮ミミズと変異種スライム、迷宮でも養殖できる蚕、後は死霊術によるアンデッド制御法の研究ノートと……」


 数ヶ月におよぶクーガーの研究成果。それは単純な計算でも、二十年余りの成果に匹敵する。

 クーガーが地上にいる間も、ずっと屋敷妖精(パウリナ)に仕事をしてもらってきた努力の賜物である。

 迷宮栽培も、死霊術も、どれもまだザッケハルト領内での実運用可能とまでは言いがたいが、それでも研究する価値のある水準にまでは達している。

 二十年もの間、ずっとたゆまず研究してきたのであれば、あるいは有り得る進捗。それをクーガーは、地上へと持ち帰ろうとしているのだった。


「あとは、新種のハーブを使用してオットーと一緒に研究した調薬配合のレシピのメモと、大量の屑魔石と、魔物解体のコツをメモしたものと、魔物食の研究メモと……」


 研究は多岐に及んだ。

 長年にわたる迷宮生活は、クーガーたちにたくさんの創意工夫のきっかけを与えた。


 食事はその最もたるものである。色んな料理が食べたいからと、世界迷宮第二階層で調達した様々な魔物肉、そこで育てた様々な野菜を使った料理の研究は、見返せばかなりの量に及んでいた。

 それこそ、新しいレシピも多数発見したほどである。これらをザッケハルト領に持ち帰ることで、料理文化も一層発達することが予想された。


 他にも、風邪や軽い怪我をなおすためのちょっとした薬の作りかたも、この半年でずいぶんと研究の進んだ分野である。

 冷静に考えれば、クーガーらが地下で過ごした合計年数は八年。軽い風邪や軽い怪我には何度も見舞われてきた。

 そのたびに薬の調合を繰り返したクーガーたちは、簡単な調薬であれば自前でもこなせるほどになっていた。


「うーん、あんまり発酵食品に関しては進捗が出なかったな……。貝と魚の養殖も微妙だし、野菜の品種改良も目に見えた結果は出てないし、まあ二十年そこそこじゃこんなものだよなあ……」


 目に見えた結果は出ていない――クーガーはそういうが、そんなことはない。ただクーガーの求める水準が遥かに高いだけである。

 迷宮内での貝と魚の養殖に至っては、手をつけてまだ十年にも至ってないからであり、時間をかければ十分結果を出せそうであった。既に手応えはあるのだ。


 ただ野菜の品種改良については、流行り病などがあるので、たとえ迷宮内での栽培に成功しても、ザッケハルト領に持ち帰ったときに環境の違いが祟って、あまり思うような結果をあげない可能性はある。

 迷宮第二階層で品種改良を繰り返しても、その過程で地上特有の疫病に弱くなっている可能性だってある。

 全ては博打なのだ。

 だが、だからと言って、クーガーの言うように、目に見えた結果が出ていない、と結論付けるのは酷な話である。

 ひとえにクーガーが、露骨なまでの効率主義者であるだけである。

 収量改善や味の改善に関して言えば少し前進しているので、むしろ半年にしては快挙と言っていいのだ。


「後は、仮にも王女であるビルキリス殿下と、王領伯の嫡男オットーをお迎えするのだから、洒落た催しも考えとかなきゃな……」


 クーガーはふと、荷物を詰める手を止めた。

 あの二人は何を喜ぶだろうか、と考えて、はたと思考が固まる。喜びそうなもののイメージが、あんまり浮かんでこないのだ。


「……。エンリケ兄さんに演奏してもらうか? いや、お菓子をたくさん作るか? それとも……」


 初めてのことであった。

 クーガーはこのときになってようやく、何年も一緒に過ごしているはずの友人なのに、何をすれば(・・・・・)喜んでくれるのか(・・・・・・・・)をあまり知らないことに気づいた。






 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






「あまり羽目を外しすぎるなよ、普通はそれが基本だ」


「夏休みだからって、自分に甘ったれるんじゃねえぞ」


「またね」


「いずれまた会おう、クーガー君」


 夏休みに入る直前の日、ユースタスケル一行は珍しくクーガーたちに声をかけてきた。

 仲が悪いわけではない。さりとて、特に用事がなければつるんだりしない程度の間柄である。倉庫の一件で距離が縮んだ気はするが、それでも基本的にはまあ、ドライなものだ。


 妥当であろう。学年の人気者のユースタスケルたちと、学年の問題児のクーガーたちとの差を考えれば普通のことである。ただでさえ向こうは、生徒たちに取り巻かれていて忙しいのだ。暇を作ってまでクーガーたちに声をかけることは珍しいことなのだ。


「珍しいな。どうしたんだよ、ユースタスケル」


「? 初めてかい?」


「何がさ」


「友達にじゃあねって挨拶されるのは初めてかい、と僕は聞いたんだ」


「……友達、ああ」


 クーガーは一瞬呆けた。


「友達か」


 そういえばそうかもしれない、と間抜けな感想が胸にすとんと落ちた。

 言うなれば、それはクーガーにとっては不思議な感覚であった。

 友達。

 ゲームの世界の(・・・・・・・)友達。

 奇妙な違和感が、クーガーの中にぼうっと浮かび上がっていた。


(いや、そもそも向こうとこっちじゃ時間感覚が違うものな……。向こうは数日に何回か言葉を交わす友達でも、こっちは何ヵ月に一回言葉を交わすかどうかの間柄だものな。世界迷宮第二階層に潜って生活するのに慣れるとこうなってしまう……)


 変な連想を途中で打ちきり、クーガーはとりあえず時間のせいにした。時間の感覚が違うので、友達だと言われたときに一瞬呆けたのだと、そういうことに決め込んだのだった。


「……ああ、友達だな」






 友達といえば、とクーガーは思い出した。ビルキリスとオットーとパウリナ。三人もまた、夏休みに入る直前の日に何かを言ってたはずである。

 ――主にパウリナが、であるが。


「……明日から夏休みですねェ。長かったような、短かったような、そんな半年間でしたねェ」


「ええ。明日から夏休みです。しばらくはここ迷宮第二階層ともお別れでしょう」


「お゛わっ、お別れ゛な゛んて、さみっ、寂し゛い゛こ゛と゛っ、言わ゛な゛いでっ」


「パウリナ、鼻水鼻水」


「う゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛っ」


 地上で五〇日近く――迷宮換算で十四年近く迷宮第二階層に独り取り残されるパウリナは、いっそ清々しいぐらいに号泣していた。

 これでも最年長のアンデッドである。長くの時を生きた妖精であり、そして死してなお長くの時を過ごしたレイスでもある。

 それがこの有り様とあっては、クーガーの方が拍子抜けしたほどであった。


(まあ、妖精族は感情の動きがひときわ豊かだと聞いたことがあるが……これほどとはな)


 大粒の涙を流してはクーガーの頭の上でぐずってるのだから、もはや威厳も何もあったものではない。感情が豊かすぎるのも考えものである。

 これが、古代魔術や妖精魔術をクーガーらに教えてくれた、あの知的なパウリナと同一人物なのだとはにわかに信じがたいものがあった。


「しっ、死な゛な゛い゛でっ、戻って来て゛く゛ださ゛い゛ね゛っ」


「死なん死なん」


「や゛っ、約束っ、です゛か゛ら゛ね゛っ」


「死なんってば」


 パウリナの大泣きには、クーガーもほとほと困った。

 普段から酷いことをしている自覚はある。仕事をこれでもかと押し付けたり、都合よくこき使っているということは、クーガー自身も分かっているところである。

 だというのにこんな風に泣かれてしまうと、罪悪感のようなものが湧いてくるのであった。


「あー、お菓子か? お菓子ならまたいつでも作ってやるから、な、な?」


「う゛う゛う゛う゛っ……」


「あー、遊びか? 今度、トランプとかチェスとか、もっと色々な遊びを持ち帰るから、な、な?」


「う゛う゛う゛う゛っ……」


「ほら、泣くなよ、また帰ってきたらパウリナに服とか魔道具とか色々買うからさ。ほらこの前の買い物楽しかっただろ? な、な?」


「……死な゛な゛い゛でぇ……」


「死なん死なん」


 何故死ぬ前提なのか、とクーガーはげんなりした。どうやらこの屋敷妖精は、自身が死んでいるにも関わらず、友達が死ぬのは怖いらしい。


(まあ、いつもはパウリナとのお別れも迷宮換算で七〇日程度だ。それでもこいつは寂しがるのに、今回はそれが五〇〇〇日ものお別れだものな。十何年も独りぼっちなんて、まあ、寂しいことには違いない)


 えぐえぐと妖精の亡霊は泣いていた。泣き止む気配は今のところない。クーガーは苦笑する他なかった。


「パウリナ殿、気持ちは分かりますとも。この策士オットー・クレンペラーも、クーガー殿とのお別れは少々寂しいですゆえ」


「ええ。私も十数年もの別れを覚悟しなくてはならないとあれば、涙するかもしれません。ましてや独りです。酷く堪えることでしょう」


「オ゛ット゛ーさ゛ん゛、ビル゛キ゛リ゛ス゛さ゛ん゛……」


 またすぐに会えるのに、と考えるクーガーの方が異端なのかもしれない。

 十数年間は確かに長い。確かに長いが、案外すぐに終わる数字だともクーガーは考えている。

 そんなに寂しいのなら、とクーガーはふと閃いた。


「そうだ、それだけ寂しいのなら、仕事がいい。やることがたくさんあったら、忙しさで寂しさも紛れるだろうさ」


 ――――――――。


「……」


「……」


「……」


「ん、んん?」


 鬼のようなクーガーの提案に、パウリナの涙はぴたっと止まった。

 しかしながらその顔は、崖から突き落とされたような深い絶望を湛えている。

 ふと王女様と策士の二人の方を見る。二人もまた、信じられないようなものを見る目付きでクーガーのことを見ていた。クーガーを非難するような視線の色がそこにあった。


「……なりませんか?」


「……」


「……」


「……」


 場の空気は完全に静止した。死んだと言い換えてもよかった。クーガーがぽつりと語った言葉で、先程までの感動的だった雰囲気は、面白いほどにどこかへと霧散して消えた。






 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






「夏休みの予定についておさらいしておくと、【fantasy tale】の夏休みイベントは、いわゆる周回イベントです」


「周回イベント……」


「また今度は何ですか、クーガー殿」


「イベント限定マップ『真夏のビーチ』を何度も攻略することで、輝く砂、唄う貝殻、怪しいヒトデ、思い出の小瓶……などの収集アイテムを手に入れられます」


「収集アイテム……」


「クーガー殿、もう少し分かりやすくお願いできませんか?」


「収集アイテムは、交換所でレアアイテムと交換できます。召喚の魔石、限界突破の霊薬、神器『正直者にしか見えない水着』『すくうる水着』『透き通った貝殻の水着』『神秘的なシースルー』『紐ビキニ』『仕事をする泡』などなど、ここでしか手に入らないアイテムが目白押しです」


「……! な、何をお考えなのですか、クーガー! な、なりません、その、そういう格好は、ええと、人目につくビーチでは、あの、恥ずかしいと言いますか、はしたないと言いますかっ」


「……あのー、クーガー殿? 話を誤解してる人がいますゆえ、何卒簡潔にお願いします」


「つまり! 一気に貴重な魔道具とか貴重なアイテムとかを手に入れるチャンスなんですよ! 分かりますか、ビルキリス殿下、オットー!」


「その、具体的には、どのようなことをなさるのですか、その貴重な魔道具と、紐ビキニなどで」


「殿下、多分何もしないと思いますよ、ええ。クーガー殿はそういう人間ですゆえ。多分彼は貴重な魔道具とやらに釣られているだけです」


「というわけで、夏休みには一緒に海に行きましょう!」


「!?」


「!?」







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