間章 無題のノート
「ああ、運命の匂いがする」
それはゴーレムの群れに囲まれた、とある人形師の戯れ言である。
「クーガー、君の愛は美しくないね? 便利だとか、扇情的だとか、それはきっと愛じゃないね? アーメン」
人形師は愛を知っている。
それは利害関係を度外視してなおそこにある、絆のようなものだ。そしてそれ故に、愛は苦しみさえ伴うことがある。
「虚飾だ」
「虚飾だよ、クーガー」
「余は、災厄の竜の悪意の卵がいくつなのかを確かめようとしたのだけどね?」
「でも、君たちの内部分裂を招くことが出来るのならば、それだけでも当初の目標は達成できているから、万々歳だよね? アーメン」
「"虚飾の罪"という言い回しはね、君たちに内部分裂して欲しかったから選んだ言葉。そして『虚飾』の大罪が存在するのかを確かめる一手でもあったのだ」
「ほら、感じるだろう?」
「――ああ、悪意の匂いがする」
その人形師の男は、歴史を編纂すべくしてその場に存在していた。全ては正しい千年をやり直すため。そのひたむきな行いは、聖職者の祈りに似ていた。
「余は、人はいつか正解にたどり着くと信じている。だから」
――その正解に至るまで、何度でも繰り返してみせる。
呟く聖職者の周囲には、夥しい数の呪文と魔法陣がある。
もしもそこに願いを込めて、一つ一つ刻んでいったのだとすれば、それはいかほどの信念なのだろうか。
聖職者にして人形師、エイブラム・ツェデクは闇の中ひっそりと笑みを深くして――。
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「なぜ殺さなかったのだ、エイブラム。委員会は今回のお前の行動を問題視しているぞ」
「ああ、枢機卿どのだね? 何、簡単だ。――愛だよ」
「悪意の卵を殺せば殺すほど、災厄の竜が目覚めるというのが我々の見通しのはずだ」
「取り返しがつかないことが起きるかもしれないだろう? そうなってしまったら、ひどく感じるだろう?」
「取り返しがつかないといえば、時間もだ。時間も取り返しがつかぬぞ。だからこそ、まずは一人を殺して様子を見ろと言ったはずだ。何もせず手をこまねくだけでは時間を無為に使うだけだ」
「ふむ、老い先短い枢機卿どのたちは焦っておられるようだ。何、余は間違ってはいない積もりだよ」
「無為に待つことが間違いでないと?」
「勇者らには、不信の種をまいたつもりさ。一対七なんて馬鹿馬鹿しいだろう? だから余は搦め手で行く」
「ふん、どうだか。連中が瓦解するなど到底考えられん。時間を与えればその分強くなって、殺すのに手間取るのが関の山だ」
「それも一興。余はそもそも今の段階で彼らを殺さずに勝てる自信がないのだ」
「なればこそだ」
「だからこそ、余はいざというとき以外には戦わないよ。余は全員に生きて欲しいのだから」
「……我々に楯突くつもりか」
「まさか。余は心の底から委員会の忠実なしもべさ」