『問いかけの試練』が二周目に突入し、最後の最後に今までになかった問いかけがやってきて、皆の空気が気まずくなるも、クーガーに対してとんでもない爆弾が落とされる
この『問いかけの試練』は、まさかの二周目に突入し、
『一日二日じゃ筋トレの効果は出ないのに鏡の前でポージングして自分の体の成長に見惚れる若き日のソイニ』
『完全自作の痛々しい曲(よりによって"私の感情は死んでいる"などのメンヘラ風の歌詞)を作って歌ったりしていた若き日のヴァレンシア』
『"私の理想のイケメン"の脳内設定集をたくさん書いてはそのイケメンが自分宛にラブレターを書いたらどうなるかを必死に考えていたエローナ』
『自分で作った必殺技、呪文などを日記にたくさん書いて、"本当の自分はもっと強い"という設定を増やしていった若き日のオットー』
が暴露されるなど、一行には波乱が続いた。
が、何故かクーガーとユースタスケルには一向にその矛先がやってこない。皆は死にそうになっているというのに、奇妙な話であった。
やがて、皆の顔に死相めいたものが浮かび上がってくるころ、ついにクーガーたちは『最後の問いかけの試練』と書かれた間に辿り着くことになった。
最後の間も今までの部屋と同じ通り、門番のゴーレムがいて、重苦しい門があって――という前例に漏れない造りとなっていた。
ただ、違うところがあるとすれば数字がどこにもないというところだろう。
(最後の問いかけの試練の間……? はて、そんなこと書かれていただろうか)
と考え込むクーガーだったが、まあそんなものだったかと自分で納得して、そのまま最後の『問いかけの試練』に挑もうと門番に近付いた。
目の前の門番のゴーレムは一行に向けて口を開いた。
「――挑戦者よ、よくぞここまで来られた。汝らは全く稀有な精神力の持ち主である」
(俺とユースタスケルの二人は精神力を試されてないけどな)
「客人。我が最後に問いかけるのは、ただし、答えのある問いかけではない。これは最後の問いかけの試練である」
(……? 何だか様子がおかしいが……)
じり、とクーガーが警戒心に身構え、背後のユースタスケルたちも咄嗟に腰を低くして構える。が、門番のゴーレムは敵対的な行動をとる様子もなく、ただただ問いを述べるのみだった。
「最終問。――汝らの抱える虚飾の罪をさらけ出せ」
(――――――――)
それは『問いかけの試練』にしてはあまりにも異質な、抉るような鋭さを秘めた質問であった。
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(……つまるところ、虚飾というのは全員が隠し持っている秘密のことだ)
ここにきてクーガーは、従来のソーシャルゲーム『fantasy tale』になかった新たな設問に戸惑った。
(例えばソイニとかエローナとかヴァレンシアは、己の出自について説明すればいいだろう。ビルキリスとオットーは自分の体について説明すればいい。――問題はユースタスケルと俺だ)
クーガーは考えた。
果たしてこの設問、どうしてなかなか残酷なものがある。
今までの問いかけも悪辣ではあったが、この質問はそれとは別の意味で恐ろしい。
(俺の正体も、ユースタスケルの正体も、この場で皆に明かすのは、少し躊躇われる)
クーガーは知っている。攻略wikiを読んでいる強みとも言えるが、クーガーはこの問いかけの意味を誰よりも深く察知していた。
(これは、自分の正体をちゃんと皆に告白できるか、皆への信頼を試されているんだ)
そして残念なことに、クーガーにはその皆に対する信頼はなかった。
(……悪いけど、ここはこのゴーレムを倒すしかなさそうだ)
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「……なあ皆。俺、言わなきゃいけないことがあるかもしれねえわ」
何か意を決したように切り出したソイニは、そのままもごもごと言いにくそうに何かを呟いた。
「虚飾って、その、多分俺のことだと思うからさ。……皆の優しさに甘えて、実はずっと嘘ついてたんだよ、俺」
「……違うぞソイニ。虚飾というのは、きっとこの私、ヴァレンシア・エーデンハイトのことを指すのだろう。私の正体を知れば、きっと誰もが虚飾とは私のことだと気付くだろう。普通はそれが基本だ」
「……実は、私も」
ソイニに続き、ヴァレンシア、エローナが何かをぽつぽつと喋り始めたとき、クーガーはここにきて介入する必要性を悟った。
(だめだ、まだそれには早い)
ここで全てを打ち明けるには早すぎる、とクーガーは一人考えていた。
そう、早すぎるのである。
それらをお互いが知るのは、物語の順番としておかしいのだ。それらの真実は、物語のもっと終わりに明かされるべき事実なのである。
ソイニの親がどんな人間なのかということも、ヴァレンシアがどんな出自なのかということも、エローナがどうしてドロワーズの姓を名乗っているのかということも、ビルキリスの体に何が起こっているのかということも、オットーが自分の体をどう作り替えられているのかということも、ユースタスケルがどんな使命を帯びているのかということも――そしてクーガー自身のことも、今この場でなし崩し的に共有されていいことではないのだ。
「……」
「……」
ビルキリスとオットーの二人が何か言いづらそうに俯いていることも、クーガーにとっては十分に理由になっていた。共有できないことも世の中にはあるのだ。
だからクーガーは切り出した。
「皆、なぞなぞゴーレムを倒すぞ。虚飾がどうのこうのなんてこの場で無理に言わなくたっていい」
「……クーガー?」
「……何だ、どうしたのだ」
「……?」
訝る三人に、クーガーは言葉を発した。
「言わなくてもいいことが世の中にはある。そっとしておくべきことだって世の中にはたくさんあるんだ。だから俺は、皆に言いたくないことを言わせるなんてことを強要はしない」
「……おいおい、話が違うじゃねえか」
「正論だがクーガー、そういう場合ではないぞ」
「……それを含めての、試練だと思う」
三人の反応は当然芳しくない。それでもクーガーは諭すように続けた。
「"仲間なら全ての秘密を打ち明けるべき"――そんな言葉に踊らされる必要はないぞ。嫌なことは嫌だってはっきり断る権利は、誰にだってあるんだ」
「……悪いけど、そんな言葉に甘えてらんねえだろ。試練は甘くねえから試練なんだ」
「覚悟なら……少し怖いが、出来ている。私は今なら正直になれそうな気がするんだ」
「試されているのは、皆の結束。……私は、信じる」
「お前たち……」
引き留めようとするクーガーも、それに苦い顔をしながらも首を横に振るソイニもヴァレンシアもエローナも、決して秘密を語りたいはずではない。
それはこの場にいる皆が、同じように感じていることなのだ。皆誰もが事情を抱えているのだ。
「お前たちは強いよ。勇者だものな」
「……何だそれ」「……ああ」「……」
「知ってるさ、ユースタスケルたちは何度もそうやって試練を乗り越えてきたんだ。喧嘩してソイニがヴァレンシアをぶん殴ったときも、エローナが拐われたときも、四人で雪山に遭難したときも、『未来の欠片』を集める際の数々の試練も、お前たち四人はずっとそうやって乗り越えてきたんだ」
「……何で知ってるんだよ」「……ふむ」「……」
「だけど、これは違う。人によって要求される覚悟が違うぞ。残酷さが人によって違うんだ」
「それは」「いやそれは」「もう受けてきたけど」
「確かに」
「……」「……」「……」
「いやそうじゃなくて」
(確かにお前たちはもう既に人それぞれ深さの方向性が違う黒歴史のえぐられ方をしてきたけど! そうじゃなくて!)
確かにそうだけど、と一瞬たじろいだクーガーに、思わぬところから声がかかったのはまさにそのときであった。
それは目の前の三人の誰でもなく、先程から無言で俯いているユースタスケルとオットーからでもなく、クーガーのよく知るあの王女からであった。
「私、ですよね」
「……ビルキリス殿下?」
「クーガー、私をかばうために苦しい言い訳をさせて申し訳ありません」
深々と陳謝するビルキリスを前に、クーガーは固まった。そうでもない――そういう話ではないのだ。
(殿下、一体何を言い出すつもりですか)
「違いますよ殿下。私は断じてそんなつもりではなく、ただ、『問いかけの試練』だからといってもそうやすやす共有できないこともある、ということを……」
「……私は、まだ最後の『問いかけの試練』に対する覚悟が出来ておりません」
「ビルキリス殿下……」
(違う)
クーガーは直感で悟った。
(違う、覚悟が出来ていないのはビルキリス殿下じゃない。この人は、俺とオットーを助けるためにわざと矢面に立ってくれているんだ)
何故ならビルキリスは、クーガーとオットーの顔色を見て、何かを判断していたから。きっとそれは、クーガーとオットーのことを気遣っての優しさなのだろう。
「皆さん。クーガーの提案に甘える形になって申し訳ありません。……ですが今しばらく、問いかけに答えるか、門番を倒すかを決める猶予をくださいませんか?」
「……」
皆に対して願い出たビルキリスのその言葉に、二の矢が続いた。オットーとユースタスケル。意外なことに、こうした試練で率先して答えそうな二名が珍しく口ごもっていた。
「……お恥ずかしながら、この私も、まだ覚悟が出来ておりませんゆえ」
「……すまない。僕もだ」
そして沈黙。
特に"希望卿"と謳われてきたユースタスケルが沈黙に沈んでいるという事実は、どこか重苦しいものが漂っていた。あのユースタスケルが試練の覚悟ができていないなんて――と、その事実は勇者一行の精神を揺らすのに十分であった。
「じゃあ、この試練は」
やがてソイニは途中まで口走って、そのまま一瞬唾をのんだ。
「このまま諦めるのか……?」
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「うーん、この空気は何じゃ。全員葬式みたいに黙りこくっておるのう」
「……神様、見てたんですか? というか突然こっちの世界にさらってくるの心臓に悪いですよ」
「何、現実世界での時間は止まっておるから大丈夫じゃ。ここはあくまで精神世界じゃからな」
「そういう問題なのでしょうか」
「何ならここで囲碁をしてもええんじゃぞ。好きなことをしても時間は進まんぞい」
「……それ、神様がやりたいだけですよね?」
「――それはさておき本題じゃ。心して聞くように」
「おっとまたもや突然の変化」
「あの最後の試練は偽物じゃ」
「え」
「あの最後の門番のゴーレムは、あのダンジョンの正規のゴーレムじゃなくて、後で作られたものじゃ。何者かが仕掛けてきた罠じゃな」
「……。もしかして」
「何か気づいたかのう? 」
「……神様、囲碁をしましょう。ちょっとだけ考える時間が欲しいです」
「ふむ、ええぞ。時間ならいくらでもあるからのう」
「……"虚飾"です。多分。没になったはずの」
「……ふむ」
「『虚飾の罪』をさらけ出せ……という言い回しに違和感がありました。あれは、別に『周りを騙して本当の自分を欺いていることを自白せよ』ではなくて、正しくは『"虚飾"の大罪の人間を教えろ』という意味だったのです」
「……つまり」
「七つの大罪の、八番目は誰なのかを教えるんですよ」
「ほう、八番目かの」
「そうです。だからこそ、絶対に教えられません」
「罠じゃからかの」
「ええ」
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「……『虚飾』をさらけ出したら最後の試練の突破。『虚飾』をさらけ出せなかったらあの門番のゴーレムと戦闘、か」
今更のように呟いたソイニの言葉で、クーガーはようやく現実に引き戻されたのだった。
(いつも思うけど、全然時間が進んでないってすごいよな、あの空間)
クーガーは神様との邂逅から戻った。いわゆる、何も進んでない現実に帰ってきたのである。
いつもなら『んふふ』と気味の悪い笑いかたでへらへらしているオットーは、意味深に俯いて無言のままだし、ビルキリスも何とも言えない表情で無言を保っている。いつものクーガーたち三人とは思えないような暗い雰囲気であった。
それはユースタスケルたち四人も同じである。
いつもならソイニが『俺たちは甘ったれてねえ』など気風のいいことを抜かして、ヴァレンシアが『王道だ! 普通はそれが基本だ』など威勢のいいことを言い、エローナとユースタスケルが後に続くはずである。
だが、当のリーダーのユースタスケルが、『……すまない』とまさかの弱腰な発言をしたためか、彼らにも暗い雰囲気が漂ったままであった。
「……信頼を、試されているのではなかったのか……? 普通はそれが王道、それが基本なのでは……」
「……」
「知らねえ。……沈黙に甘えたくなるような事情があるんだろうよ。なあユースタスケル」
「……すまない」
むしろ、ユースタスケルたち四人の空気は、クーガーたち三人のそれよりも気まずいものがあった。
無理もない。クーガーたち三人は、全員『覚悟がない』で一致しているが、ユースタスケルたち四人は、リーダーのユースタスケルのみが覚悟が出来ていない状態なのである。
いつも皆を導いてきた"希望の"ユースタスケルの沈黙なだけに、あの四人の沈黙には痛いものがあった。
一方で。
「……申し訳ありません、ビルキリス殿下」
「? どうしました、オットー」
四人を遠巻きに眺めていたクーガーは、そんなビルキリスとオットーの声に意識を戻された。
「……殿下は、この私を庇ってくださったのでしょうか?」
「……何のことでしょうか?」
「覚悟が出来ていません、というあのお言葉です。ですが、覚悟が本当に出来ていなかったのは……この私ですゆえ」
「オットー。覚悟が出来ていなかったのは私もなのですよ」
「……しかし」
「感謝ならクーガーにするべきです。あの空気で、いの一番に『言いたくないこともある』と庇いたててくれたのはクーガーです」
「……」
(……何だか気恥ずかしい話が始まっている気がするぞ。無視だ、無視)
クーガーは、こちらをじっと見てくるオットーを前にして、奇妙な感覚に陥った。とりあえず無視してそっとしておくに限る。上目遣いが可愛いとか、そんな感情を抱くのは間違っている。
(隣は真剣な空気なんだから、あんまりオットー可愛いとかそんなことを考えるべきじゃないんだよ、全く)
「……クーガー殿にまた庇われてしまいました」
「そうですね、また庇われてしまいましたね」
「殿下とは違って、私はクーガー殿の足を引っ張ってばかりです。全く、何が友でしょうか」
「いえ、私も足を引っ張ってばかりですよ、オットー。抜けているように見えて、中々クーガーは隙がありません。いつも勉強になります」
「……。ユースタスケル殿らとの戦いやラーンジュ卿との戦いで、的確に妨害魔法を駆使していた殿下と、本当に役に立たなかった私とでは違います」
「それを言うなら、両方の戦いでは私は大したことは出来ておりません。粉塵爆発の策や煙幕による転移先看破の策などに思考が回ったあなたの方が、大きく役に立っているのですよ、オットー」
「……」
「まだ気が晴れないようですね」
「……はい」
王女ビルキリスに慰められながらも、それでもどこか晴れない顔のオットーは、小さくなりながら、ぽつりとこぼした。
「殿下は、私なんかよりも全然、まだ良いではありませんか」
「それは何故ですか、オットー?」
「クーガー殿に嫁だって言ってもらえて」
「え」
無視すべき――そんな先程の決断が一瞬で崩れ去るような発言が出た。破壊力の高いオットーの言葉に、クーガーとビルキリスは慌てた。
「よ、よ、よ」
「『何たらこうたらできるビルキリス殿下マジ俺の嫁』と誉めそやされているのを聞いて、はっきり言ってこの私、憂鬱になりました。私には絶対そんなこと言ってくれないのに」
「もしもーし」
「え、あ、う、あの、ええと、私は」
「『サンタ服着せたい』とか『殿下は恐ろしくエロい』とか、そんなこと私は一度も言われたことがありませんゆえ」
「もしもーし?」
「あの、それは、その、言われましたけど……でも」
「三人で一緒に生活してるのに、私には何にもありません。裸も見せているのに、全く何のアプローチもありませんでした。なのに、なのに殿下だけ……っ」
「あのー、二人ともー、もしもーし?」
顔を赤くして慌てるビルキリスと、陰鬱な雰囲気を纏っているオットーの会話はまだ続いた。その熱量たるや、クーガーの言葉が一切取り合ってもらえないほどのものである。
「私は惨めです! 俺の嫁だとも、サンタ服着せたいとも言われたことはありません! ただお漏らしした黒歴史映像を暴露されただけです! それどころか今もこうやって、最後の試練に挑む覚悟がないからと、クーガー殿の言葉に甘えて、こうやって皆の足を引っ張る体たらく! ――私は、死にたいのですよ!」
「オットー、なりません。それに違います」
「もしもーし、聞いてないのかよ、おい、もしもーし」
「違いません、最悪です。……今もこうして殿下を困らせるだけのこの私は、最悪なのです」
「違います。オットーは惨めではありません」
「もしもーし、聞こえてるー?」
「私がサンタ服を着ても、クーガー殿は喜ばないのですよ!?」
「喜びます、クーガーなら喜ぶはずです」
「もしもーし、ちょっと二人とも、もしもーし?」
食い気味で迫るオットーと、まだ若干狼狽えているビルキリスとの会話は、あらぬ方向に飛んでいた。クーガーは「もしもーし」と呼び掛けているが、二人は全く聞き入れてすらくれなかった。
色々とまずかった。内容も、話の雲行きも、どちらもあまりにクーガーに不都合であった。
おかげで隣のユースタスケルたちが、ぴたっと会話をやめてこちらの会話に集中している有り様である。
「悪いがユースタスケル、どうでもよくなってきた、それどころじゃねえ」
「……じゃ、邪道……っ、男同士なんて、そそ、そんな……なななっ」
「流石は同志……!」
「……初めてだよ、あんな修羅場は」
「もしもーし、お前らは関係ないからねー?」
いやお前らは話に入ってこなくていいから、とクーガーは心底げんなりしていた。
しかし、オットーの言葉はまだ続く。
「この私、実は舞い上がっておりました。三人でお風呂に入るとき、いつもクーガー殿のクーガー殿はクーガー殿です。これはつまり私にもワンチャンあるのでは、と思ってたのです」
「オットー、あれは確かにどうにかなりそうでしたが、しかし」
「おいこら! もしもーし! おーい!」
「あの後、私を縄で縛ってくすぐってきたときも、クーガー殿のクーガー殿はクーガー殿のままでしたゆえ、私は、可能性を感じてしまったのですよ! 薬の効果があるとはいえ、クーガー殿のクーガー殿が収まる気配がなかったのですから、ええ!」
「……オットー、貴方は……」
「もしもーし、もしもーし、もしもーし、もしもーし!」
「でもあれは……。……。私じゃなくて、殿下だったのですよ、きっと」
「……違います。あれはオットーですよ、きっと」
「おいこら、聞けよ、もしもーし!?」
ビルキリスとオットーの会話が白熱するにつれ、ユースタスケルたち四人の沈黙はどこかに吹き飛んだ。それどころか、興味津々に二人の話を聞きに来ているまであった。
ソイニとユースタスケルはぎょっとした顔で、ヴァレンシアは顔を赤らめながら、そしてエローナは鼻息を荒くして聞き入っていた。
クーガーにとってはとことん最悪な展開であった。
「私は嫁だとも言ってもらえないのですよ!? それどころか黒歴史をぶちまけた挙げ句、今も足を引っ張るだけ! こんなの、私、死んだ方がましですよ!」
「……っ、それを言うなら私だって死にたいです!」
「もしもーし! おーい! もしもーし! 二人ともー!」
「何故ビルキリス殿下の方が死にたいというのですか!」
「――多分クーガーは、私の体しか目当てじゃないからです!」
「ちょ」
そして突然の爆弾発言。
体目当て、という言葉がビルキリスから出たとき、皆の空気が急に凍った。クーガーはこの時、絶句の真の意味を身をもって知るのだった。
「私も……私も死にたい気分なのです」
「殿下……」
「私の痛々しいファンレターは暴露されますし、それに飽きたらず、自作の拙い……その、えっちな漫画を皆に見られてしまいますし、私は今すぐ土に埋まって死にたいです」
「しかし殿下は」
「そんな風に落ち込んでいるとき、クーガーが慰めてくれたのです」
「……っ、ほら」
「どスケベサンタ服着せたいから死ぬなとか、宝石魔術便利だから死ぬなとか、カジノで便利だから死ぬなとか、王族は皆変態だから死ぬなとか」
「」
「ただの便利な女です」
「」
「……どうしましたか、オットー?」
「……いえ、その、あんまりのことで記憶が飛んでしまいました……。とりあえず一行で」
「体目当ての便利な女」
「……殿下っ!」
あまりのいたたまれなさに声をあげて抱きつくオットーと、自らの言葉で傷付いて落ち込んでいるビルキリス。この二人の近くで弩級の爆弾を落とされたクーガーの心情たるや、いかなるものがあるか。
少なくとも皆の注目の的になっていることは痛いほどわかった。
(……死にたいのは俺もだよ、ビルキリス、オットー)
死にたい、とオットーとビルキリスは嘆いていた。しかし話題の渦中にあるクーガーもまた死にたい、と感じていた。
体目的じゃないと否定するのは簡単だが、体目的じゃないと信じてもらえるかどうかは怪しいところである。
そして、ここにきて門番のゴーレムが口を挟んできた。
「うーむ、汝、それはよくない、それはよくない虚飾の罪だ」
「おい門番」
「何と見事な虚飾の愛よ、これは確かに汝らの抱える虚飾の罪だ」
「おい門番」
「……よかろう、通るがいい、挑戦者よ! 汝はいろんな意味で挑戦者だ!」
「おい門番」
まさか門番にまでダメ出しを食らうとは露ほどにも思っていなかったクーガーは、そのまま勝手に認定を受けていた。
これは「虚飾の罪」だと――これは立派な偽物の愛だとお墨付きまでもらう始末。やり直せ、とクーガーは叫びたかったがもう遅かった。
ぎぃん――と甲高く鳴り響く正解の鐘の音が、「やり直せ、やり直せ! 本当に違う、絶対違う、虚飾の愛とかじゃないから、頼む、いやまじで!」と抗議するクーガーの声を掻き消す。
ゴミを見るような視線がクーガーに突き刺さる。ここに来てようやく、(嵌められた)とクーガーは遅れて理解したのだった。