問いかけの試練に直面したら、ゴーレムからの試練が思いの外厳しすぎて仲間がどんどんと撃沈する
地下倉庫を進んだクーガーたちは、すぐに『問いかけの試練』に直面した。
その一室には門があり、扉があり、ゴーレムが突っ立っている。ゴーレムにも扉にも大きく『No.Ⅰ』と書かれており、ここから先にNo.Ⅱ、No.Ⅲ……と試練が続くことが容易に想像できた。
「汝に問う」
門番のゴーレムが無機質な声で語った。
「ここは『問いかけの試練』。問いかけにはいかなる邪魔も存在してはならない。問いかけにはいかなる虚偽も存在してはならない。問いかけは絶対。問いかけからは逃げてはならない。汝、問いかけを望むものなりや?」
「……んふふ、なるほど、これが『問いかけの試練』ですか。どうしてなかなか手強そうな門番ですねェ」
「みてえだな。……倒すには、ちと骨が折れそうなデカブツだなこの門番は」
「……なるほど、これほど濃密な魔力を感じるゴーレム相手となると、普通は戦闘を避けるのが基本だ」
オットー、ソイニ、ヴァレンシアが口々に呟いて、警戒を強めている。が、こちらから戦闘を起こすつもりは更々ないようであった。
ユースタスケルも、エローナも、ビルキリスも、クーガーも、ここにいる者は全員何となく理解したのだ。このあからさまに強そうなゴーレムとまともに戦って無事に勝てる保証はないということを。
そして、辛うじて勝ったところで、第二、第三の試練でまだゴーレムたちと戦わねばならないということを。
「汝に問う。汝、この先に行かんとするものなりや?」
「……答えはイエス。この先に行かんとするものだ」
クーガーがそう答えると、ゴーレムの瞳が一際強く輝き、かっと辺りを照らした。警戒に身を固くする一同だったが、ゴーレムは攻撃してこない。
「挑戦者来たり! 我は問いかける者なり! さあ問いかけに答えられよ客人! まずは我が小手調べしようぞ!」
(いよいよ問いかけの試練が始まる――! ここからが試練だ!)
ぎいん、と耳に響くようなうるさい声でゴーレムは叫んだ。唸る咆哮が皆の高まる緊張をつんざいた。
「第一問! 今から画面に写される絵の作者は誰?」
「……え」
そして、クーガーを除いた六名の緊張が一気に緩んだ。
逆にクーガーは姿勢を新たにして皆に説明した。
「……こういう試練なんだよ、クイズさ」
「……クーガー君は知っているのか、この先どういう試練が待ち受けているのかを」
「何、ユースタスケルもすぐに分かるさ」
そう言葉短くクーガーがユースタスケルに答えると、ゴーレムの瞳から壁に写し出される絵は、『魔界の紳士 怪盗バロック』という謎のイラストを写しており――。
「あああああああああああああああああああああああああ! あああああああああああああああああああああああああ!」
「! 落ち着けエローナ! 今『活心勁』を……!? 効かない!?」
「む、どうしたのだエローナ! 天秤は状態異常を示してないぞ!?」
叫ぶエローナをよそにゴーレムは問題を続けていた。見れば壁面には、
『身長:1.8meter 体重:66.6kilogram 決め台詞:「とっくに盗んじまったぜ、仔猫ちゃん?」』
だとか、
『昼寝が好き。理知的な切れ目が特徴的。でも意外と嫉妬深く、二人きりの時には「少しぐらい良いだろ?」と甘えてくる』
だとか、こっ恥ずかしいことが羅列されていた。
そればかりでなく、今度はついにキャラクターのラフスケッチがいくつもずらりと出てきて、しかも裸のイラストだとか赤面イラストだとかまで写し出されている始末。
明らかに黒歴史であった。
「あああああああああああああああああああああああああ! あああああああああああああああああああああああああ!」
「エローナ……? もしかして、君は……」
「んふふ、その、ええ。まあ、人の妄想は人それぞれですゆえ。……その、ええ」
「……エローナ、あなたはそういったことを嗜んでいらっしゃるのですね。深く、深く勉強になりました。王族として、人の営みの一面に触れられたような気がします」
「あああああああああああああああああああああああああ……」
ぼろぼろと涙を流して絶叫するエローナだったが、そんなのどこ吹く風と問いかけは続く。
ゴーレムが写し出す映像には、『裸のイケメンが淫らな息遣いで喘いでいる絵』や『裸のイケメンがあられもない姿になっている絵』などがあり、明らかにエローナのアレな妄想が反映されていた。
よく見れば、エロい部分に、黒炭の消し跡が何個も残っているのが痛々しかった。書いては消したのだろう。本気で書き直しているのが露骨に分かる出来映えであった。
思春期の本気のエロ絵。
――その破壊力はえもいわれぬものがあった。
「あああ……あああああ……ああああ……あああ……ひどい……ひどい……」
号泣しているエローナだったが、ゴーレムの問いかけは更に続き、解説文に
『ねっとりゆっくり責めてくる。どちらかというと美味しいものは最後までとっておくタイプ。「へえ、お前ってそんな顔してこんなことが好きなんだな。あんまりそんな可愛い反応するなよ。――盗んでしまいたくなるだろ?」』
だとか書かれていたり、はたまた顔のアップ画に
『キスするときの顔。澄ました顔してる癖に、結構キスは濃密に絡めてくる』
と書かれていて、しかも実際にキスした跡が紙に残っていたりして、随分と生々しくかつ痛々しかった。
「ああああ……殺して……ああああ……殺して……」
エローナの懇願に全員が絶句したが、クーガーだけは彼女を冷静になだめていた。
「『問いかけにはいかなる邪魔も存在してはならない』『問いかけからは逃げてはならない』……ゴーレムが問題を出し終わるまでは、どんな邪魔もしちゃだめだし、問題から逃亡しちゃだめなんだ」
「ああああ……ああああ……ひどい……ひどい……」
「耐えろエローナ。精神を問われる試練だ」
泣き崩れて虚脱状態になっているエローナが、とうとう白い顔になって魂を口から出すほどに追い詰められたころ、ようやくゴーレムは映像を写し終えた。
ひどいことに、問いかけは合計で十分以上かかった。
怪盗バロックが囚われのお姫様相手に「そんなに悲しいなら俺が盗み出してあげるよ――」と決め台詞を言ってるシーン(何故か謎の英語の歌詞が背景にかかれている)で映像は止まっていた。
エローナは泣いていた。
「――さて問おう。この絵の作者は誰!」
「……答えはエローナ・ドロワーズ。この先に行かんとするものだ」
「――見事なり!」
ぎぃん、と鐘の音が鳴り響いた。ゴーレムの咆哮と共に重苦しい扉がゆっくりと開いた。
門の奥を見れば、次の『問いかけの試練』への道のりがずっと続いているのがクーガーたちにも分かった。
「……死にたい……」
「……甘くねえ試練だぜ」
「……邪道だ」
「……初めてだよ、こんな戦慄は」
「……なりませんね」
「……んふふ、笑えませんねェ……」
涙を流してぶつぶつと怨嗟の呟きを漏らすエローナのそばで、他の五人はひきつった顔で奥の道を睨んでいた。
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「第二問! 今から画面に写される手紙の作者は誰?」
第二問の試練も、破壊力は筆舌にしがたいものがあった。
手紙の文章は、拙い文字ながらに食い気味の勢いがあった。
見ればこう書いてある。
『こんにちは、『幻想三遊記』に魅了されたファンの十三才の女です! 突然お手紙失礼します! 気分を害したらすみません、でも本当にこの高ぶる気持ちだけは伝えたくて伝えたくて……。
まずは一言。チャンバーレイン様あああああああああああ!!(ぉぃ
ぐおおおおおお! うわあああああ! この世に生まれてきてくれてありがとう……(謎』
「あああああああああああああああああああああああああ! あああああああああああああああああああああああああ!」
今度はビルキリスが真っ赤な顔で絶叫し始めた。
「なりません! なりません! なりません! なりません! なりません! なりません!」
「落ち着いてください殿下。攻撃は駄目です、『王国宝石展』は抑えてください。『問いかけにはいかなる邪魔も存在してはならない』ですよ、殿下」
「見ないで! 見ないでくださいクーガー! 駄目! お願いです! ああああああ!」
「駄目です殿下、『問いかけにはいかなる邪魔も存在してはならない』です。人の回答を邪魔するようなことも妨害と見なされます」
「いやあああああああああああああああああああああああ……」
大声で叫ぶ彼女をクーガーは穏やかな顔で宥めて諭した。
まさに鬼畜の所業であった。生暖かい表情で穏やかに宥められるビルキリスの心中を誰が代弁できようか。
周囲の五人は無言で沈黙していた。痛ましい沈黙であった。ソイニも、ヴァレンシアも、ユースタスケルも、オットーも、誰一人王女のことをからかったりしなかった。ただただ静かに、痛ましく沈黙しているだけであった。
唯一エローナだけが「分かる、分かる……!」と同情に涙を流していた。
端的に言って、地獄絵図だった。
『ラブです。もう、この人、最高にラブです。好きだ好きだ好きだーーーーーー!(壊
何といっても肉体美! びしっと盛り上がっているワイルドな肉体! なのに紳士! 溢れるダンディズム! 寡黙な横顔も、ちらりと見える鎖骨も、厚い胸板も、鍛えられて窪んだ腰まで全部含めてふつくしい……(ぉぃ
はああああああ、ずっと眺めてられます! 好きです! 部屋に飾って毎日ニヤニヤしてます! ハァハァ……(ぇ
こんなおじ様執事に毎日あれこれお世話されたい……(ぁ』
「あああああああああああああああああああああああああ! あああああああああああああああああああああああああ!」
ぎゃーぎゃーと暴れ始めた彼女を、クーガーはその膂力でぐっと抑え込んだ。あ゛ー! あ゛ー! とこの世の終わりのような絶叫が聞こえてきたが、クーガーは無視することにした。
その頃には周囲の皆も拳を握りしめて、葬式のように荘厳な面持ちで立っていた。
酷い絵面であった。
『(余談)きっとチャンバーレイン様には初恋の人がいたはず!? なんてことを妄想してます!
私の勝手な妄想ですが、きっとあの素敵なおじ様には遠い過去に可愛らしい初恋の人がいたんじゃないかなーと色々細かく考えてます!
若いころのおじ様は、きっとちょっとツンデレ入っていた不器用な若者で、でもそれを初恋の可愛い系の女の子がぐいぐいーと色々振り回していたのかなー? なんて!
何となーくお互い両想いなのかな、どうなのかな、みたいなもどかしい空気のまま、でも結局二人は大人になって、別々の道をいくのです……みたいな甘酸っぱい過去が、あの寡黙で言葉少ないおじ様にもあったんじゃないかと思うとすっごくキュンキュン来ちゃいます! ぎゃーーーー!』
「ああああ……ああああ……ああああ……ああああ……ああああ……ああああ……ああああ……ああああ……」
クーガーによって抑え込まれていた抵抗の力もどんどんと弱まり、とうとうビルキリスはさめざめと泣くばかりになっていた。顔は耳まで真っ赤になっており、「殺してください……お願いです……」と蚊の鳴くような懇願をこぼすばかりであった。
「――さて問おう。この手紙の作者は誰!」
「……答えはビルキリス・リーグランドン。この先に行かんとするものだ」
「――見事なり!」
ぎぃん、と鐘の音が鳴り響いた。ゴーレムの咆哮と共に重苦しい扉がゆっくりと開いた。
門の奥を見れば、次の『問いかけの試練』への道のりがずっと続いているのがクーガーたちにも分かった。
「……殺してくださいクーガー……」
「……分かる。よく分かる。泣かないで」
「……つくづく甘くねえ試練だぜ」
「……つくづく邪道だ」
「……つくづく初めてだよ、こんな戦慄は」
「……んふふ、つくづく笑えませんねェ……」
試練は、まだ続く。
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「……殺してください、クーガー」
「死なせませんよ、ビルキリス殿下」
「殺してください」
「死なせませんよ、絶対」
「殺してください……」
「安心してください。大丈夫です。幻想三遊記シリーズは、エローナもヴァレンシアもオットーも根っからのファンですから、彼女たちはビルキリス殿下の趣向も理解してくれるはずです」
「……それを聞いて、むしろ死にたくなりました。私の赤裸々な感想が、全部筒抜けになったということではありませんか……」
「死なせませんよ。絶対に死なせません。何なら、幻想三遊記シリーズの作者が病気になるので治療薬を調合して治療するイベントがあるのですが、そのイベント報酬でもらえる特別設定集をビルキリス殿下にプレゼントしますよ」
「! そ、それは……い、いえ、でも、死なせてください」
「だめですよ、殿下」
「いいから死なせてください! 私なんか誰も必要としてないじゃないですか!」
「……」
「……私なんかが生きていても、何もないではないですか」
「……それは」
「……すみません。……その、言い過ぎてしまいました」
「"不運のビルキリス"と掲示板で揶揄されるビルキリス殿下の幸運値は全NPC中最下位です。なので、殿下をカジノに連れていってルーレットで殿下の逆張りを続けていれば圧勝できる、という合法的なイカサマが出来ます」
「」
「あと放っておいたら手持ちの魔石を勝手に純化合成していく唯一のNPCですので、序盤の魔石牧場にぴったりです。強力なユニーク魔法『ジュエルバースト』を封じ込めた魔石を作ってくれる唯一のキャラですし、魔石によるジュエルバースト習得を考えているならば絶対に誰しもお世話になるキャラです」
「」
「……ビルキリス殿下?」
「……あんまりのことで記憶が飛んでしまいました。とりあえず一行で」
「カジノコインで最強装備をらくらく交換できるし魔石牧場できるしとにかくビルキリス殿下マジ俺の嫁」
「」
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