間章 ああ、運命の匂いがする
ああ、運命の匂いがする。
「やはり君に注目していて正解だったよ、クーガー。君のおかげで、七つの大罪の災厄の竜、強欲のマモンを解放できそうなのだからね?」
聖職者エイブラム・ツェデクは、いつの間にか手に入れた多数の金貨を手にして微笑んだ。
「余がお前の住んでいたおんぼろ寮に忍び込んだときもそうだった。世界迷宮に潜っての『野外実習』のときもそうだった。君は何故か、金貨に愛されているね? 神の愛かもね? アーメン」
ぺろり、と指をなめたエイブラムは、そのまま目を瞑って
「いやはや、それにしてもあの下着泥棒騒動には参った。どこぞの間諜に探られたかと思って焦ったが、実はただの下着泥棒騒ぎだったとはね。――いや、それもカモフラージュかもね? 下着泥棒のように見せかけて実は余ら『歴史編纂委員会』を探っていたのかもね?」
と色々と言霊を吐いた。
返事は無い。
「竜殺しの血の忌々しさよ」
へらへらと笑いながらも、エイブラムは「憎いやつが多い。アーメン。アーメン」とぶつぶつと何かを唱え続けていた。
「運命の血の連中も気に食わない。不屈の海賊どもも、余は気に食わないね。天使の血を引く秩序卿どもも気に食わないし、王家の血も当然気に食わない。霊薬卿の一族なんて最悪だね」
指をなめ続けるエイブラムの指先から滴るものは、血。そこには濃密な悪意の匂いが宿っていた。
「――ああ、とてつもなく感じるよ。愛だ、これこそ愛だよ。アーメン。仲良くできそうじゃないか。ねえ、悪意の卵たち」
エイブラムの目の前には、死ぬべきものをなぞらえた一つの図形があった。
怠惰のクーガー。
憤怒のオットー。
嫉妬のビルキリス。
強欲のエイブラム。
傲慢のヴァレンシア。
色欲のエローナ。
暴食のソイニ。
そこに並んでいるのは、目を疑うようなセプタグラム。
「過半数が死ねば、十分だろうね? いやはや、来年の『野外実習』では誰か死んでもらわないといけないね? それとも違うだろうか、『魔術祭』がいいだろうかね? ――まあいい。どうせ災厄に見舞われるんだから、うまく手綱を握らないといけないね?」
くつくつと笑うエイブラムは、「災厄ではない、千年に一度この世の悪を浄化するのだ。そうとも未来を選ぶのだ。アーメン」と呟いて、どこかへと消えた。
――ああ、運命の匂いがする。
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「あのエイブラムの小僧は何かを勘違いしているようだが、我らが委員会の基本理念に変更はない」
「ああ、我らの目指すところは奴の目指すところではない。それまで奴には、精々駒として動いてもらうとしよう」
「奴は所詮はお飾りよ。最も魔術の才能に溢れ、最も大罪に愛されただけの、ただの青二才」
「ああ、奴は結局、最もエーテルに満ち溢れた忌み子なのだ」
「我々の理念は変わらぬ」
「エーテルの克服こそが我らが幸せ」
「よって、我々は千年に一度訪れる滅びの時を、克服せねばならんのだ」
憤怒と嫉妬を間違えてました……申し訳ありませんが修正いたします。