何の証拠もないのに下着泥棒扱いされたので、腹いせにランジェリー同盟の一人を捕まえて鬼のようにくすぐる
何の証拠もないのに、下着泥棒扱い――クーガーはついに自分の地位が地の底まで落ちていることを実感した。
元々地位が高くないことは自覚していたが、これほどの扱いをされるほどだとは思っていなかった。
ましてや誰もクーガーをかばわないとは。
自分の置かれた状況がいかに過酷か、クーガーは身に染みる思いで味わっていた。
同級生たちの反応は、いずれもクーガーに冷たい。
「はっはっは! ついに邪道に堕ちたか! まあ分からんでもない、多感な少年ならば、普通はこの私、ヴァレンシア・エーデンハイトの王道の下着に興味を持つというのが基本だ」
「これだからあの変態野郎は……! 俺たち平民は、下着依存症のあいつみたいに甘ったれた生き方はしてない――!」
「かなりやる。流石は同志」
「おうお前ら三人、後でちょっとこっちに来い。無限に猫じゃらってやるよ」
特に『野外実習』で、『服を溶かすスライム』のせいで裸にひん剥かれた勇者たちからは、何やら風当たりが強いような気もしなくはない。約一名エローナは尊敬の目でこちらを見ていたが、クーガーはちっとも有難いと思わなかった。
「初めてかい、クーガー君?」
「何がだ、ユースタスケル」
「僕は、下着を盗んだのは初めてのことかい、と聞いているんだ」
「初犯かどうかを確認する裁判官みたいな口調やめろ。俺が盗んだこと前提じゃねーか」
優等生のユースタスケルでさえこの調子である。
曰く、
「学校にくる前は微塵も社交界に顔を出してこなかったんだろ? そりゃ貴族たちからすると、君みたいな得体の知れない奴は、変に見えるさ。それに君はね、学校が始まって間もなく一週間勝手に休むし、謎の権力で女子寮に移り住むし、女子風呂には入るし、『野外実習』で同級生たちの恋心を利用して弱みを握ろうとするし、僕たちを素っ裸にひん剥くし、問題のオンパレードさ。ここにきて、君が失踪している間に下着泥棒だろう? 犯人は君しかいないじゃないか」
とのことである。ひどい話であった。
冷静に考えると、確かにどう考えてもクーガーが怪しいというのが、またまた泣ける話である。
「んふふ、疑われてますねェ。ですが、この策士オットー・クレンペラーは貴方のことを信じてますゆえ。それに下着ならこの策士オットー・クレンペラーがいくらでもプレゼントしますよ」
「それ信じてないじゃん」
「異性の下着。……クーガー、あなたはそういったことを嗜んでいらっしゃるのですね。深く、深く勉強になりました。王族として、人の営みの一面に触れられたような気がします」
「流石に冗談ですよね? 一緒に迷宮第二階層の屋敷にいたじゃないですか」
親友だと思っていたオットーとビルキリスにまでこんなことを言われては、クーガーも言葉が出ない。
さしものクーガーも、流石に今回の仕打ちには参って黙り込んでしまった。
(下着といっても、この世界の女性の下着はシュミーズという薄い肌着のようなものが殆どだ。生理用品を除き、基本的にパンツは穿かない。学校の制服にもパンツは指定されていなかったし、今回の泥棒も、まあいうなれば"肌着泥棒"というニュアンスが正しい)
だから、せめて下着泥棒というより肌着泥棒扱いしてくれ、とクーガーは内心嘆いていた。
無論、そういう話ではない。そもそもクーガーは何も盗んでいない。
ただ周囲の反応があまりにも冷たいので、クーガーはショックのあまり呆けているのだ。
「……あー、クーガー殿、どうか落ち込まないでくだされ。その、この策士オットー・クレンペラー、少々悪ふざけが過ぎましたゆえ……」
「……その、クーガー。傷つけるようなことを口にして申し訳ありません。心配無用です、私は貴方を信じてます。ですからどうか、何か仰ってください……」
呆けているクーガーの耳には、二人の言葉は聞こえなかった。
「この策士オットー・クレンペラーも、クーガー殿を信じておりますとも! むしろ一緒に寝るときに下着姿なら何度もお見せしてますゆえ、それでもたじろがないクーガー殿の理性の強さは、人一倍知っておりますとも!」
「大丈夫です、私からも弁明しておきましょう。迷宮第二階層で一緒に同じ屋敷で暮らしていたので、現場不在証明は私が証言できます」
「……待ってください、ちょっとそっちのほうが色々爆弾なので、ちょっと、ねえ、二人とも?」
はっと我に返ったクーガーは、辛うじて大惨事になりそうだったのを何とか防いだ。
これでもし、話の弾みでオットーが女であることがばれたり、そうでなくても「男のオットーの下着姿に興奮……どういう意味だ?」と変な方向に勘ぐられたり、もしくは一国の姫と一緒に同じ屋敷で生活していたことがばれたりしたら、あらぬ噂を立てられるであろう。
下着泥棒の汚名も相当ダメージではあったが、さりとてこちらの爆弾も相当被害は大きかろう。
だからクーガーは、汚名をそそぐには下着泥棒の犯人を捕まえるしかないであろうな――と考えていた。
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「このゲームの謎イベントの一つに『ランジェリー同盟』というものがある。お互いに偽名で呼び会う秘密結社で、シュミーズ、ビスチェ、ドロワーズ、コッドピースの四人組が色んな場所で下着泥棒を働くというものだ」
「ランジェリー同盟は実はいいやつらで、主人公たちの装備品を新品にしてくれる。基本的には、今装備している防具よりも、ステータス補正値が高くて防具性能のいいものをプレゼントしてくれる。……だから、このイベントをうまく利用すれば、中盤でかなり強い装備品を手にいれたりすることができる」
「ただし、女性限定のイベントだ。男主人公を選んでもパーティの女キャラの装備品しか変えてくれない」
「そして俺は、この事件の犯人を知ってる。――悲しいことにな」
「悪く思うなよ、エローナ。言うなれば、そうだ、巡り合わせが悪かっただけだ」
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「白状しろ、エローナ! さもなくば無限猫じゃらしの刑が続くぞ!」
「あ~~~~~~! あ~~~~~~! あ~~~~~~!」
地獄絵図。筋肉男が小柄な少女を縛って、終わることなくくすぐり続ける。
それは魔術学院アカデミアの敷地内の僻地、例のおんぼろ寮にて行われた拷問である。
実を言うと、クーガーが離れてから、このおんぼろ寮は半分工事中であったが、工事の進み具合は遅々たるもので、こうして人目に隠れて拷問に使うにはぴったりの空間になっていた。
「知ってるぞ、ランジェリー同盟の四卿のひとりドロワーズ! 下穿きにして絵描きのドロワーズ卿め! お前の名前、エローナ・ドロワーズが全てを物語っているんだよおらッ! おらッ! 吐けッ! 吐き絞れッ!」
「あ~~~~~~! あ~~~~~~! あ~~~~~~!」
「絵描きギルドのつてを活かして、今までランジェリー同盟を存続させてたんだろ! 知ってるぞ! 絵描きギルドは間諜が出入りする場所のひとつだからな! 影で貴婦人の下着を盗んで、それを好事家たちに高値で売りさばいて、よりよい下着をプレゼントしなおすことなんて訳ない話だろう! おらッ!」
「あ~~~~~~! あ~~~~~~! あ~~~~~~!」
問いかけるも、残念ながら返事はない。
仲間をかばっているのだとすれば健気である。ここまでされても口を割らないのだ。呼吸も拙くなり、身体も激しく痙攣を始めているというのに、それでも何も話さないのだ。
自白剤を調合するしかないだろうか――とクーガーは考えて、しかし、もうしばらくくすぐり続けることにした。
「……なあエローナ。聞いてくれ。絵描きギルドには、リトグラフやカメラ・オブ・スキュラといった技術を売る予定がある。取引をしようじゃないか」
「あ~~~~~~! あ~~~~~~! あ~~~~~~!」
「版画のように大量に絵を刷ることができるリトグラフ技術、ピンホール効果で遠くのものも細かく見ることができるカメラ・オブ・スキュラ。どっちも絵描きギルドにとっては喉から手が出るほどほしい技術のはずだ。だから、ランジェリー同盟のことを自白して欲しい」
「あ~~~~~~! あ~~~~~~! あ~~~~~~!」
(……。確かゲーム『fantasy tale』では、どのモブをくすぐっても一様に『あ~~~~~~! あ~~~~~~! あ~~~~~~!』しか喋らなかったな。こんなところでそれを再現されても困るんだが……)
早く喋ってくれ、と祈りながらクーガーはくすぐった。食事をしながら、授業をサボりながら、時には勉強をしながら、クーガーはエローナをくすぐり続けた。
5時間後、ようやくエローナが「ま、んんんっ、待って、んんーーーーっ!」と何かを言おうと口を開いた。
「……トイレに」
「自白は?」
「!?」
――重ねて言うと、クーガーは鬼である。それは契約している高位悪霊パウリナをして「鬼畜」と評されるほどである。要するに容赦がないのだ。己の運命を変えるためか、何事においても手加減というものが存在しない。
それを悟ったエローナは、ここにきてようやく「……取引だけなら」と呟いたのだった。