魔物の解体を流れ作業的にこなしつつ、圧倒的に旨そうな料理で皆の関心を引きつつ、勝利を確実にしようとおもったら、勇者一行から思わぬ横槍が入る
魔物の解体は、基本的に流れ作業である。
頚動脈を切って血を抜き、池に沈めて肉を冷やして引き締め、皮を剥ぎ、手足や首を切り外し、美味しい肉を切り分ける。わざわざ森を歩き回るよりも、この一連の作業をずっと繰り返すほうが、楽なものである。
十体解体して一体分の得点になる――少し安すぎたかもしれないなとクーガーは反省していたが、まあ大体この程度の相場であろうとクーガーは感じていた。
「申し訳ございません、そろそろ次に代わってくださいませんか? 腕が疲れてきました。少々休憩を取りたいと思います……」
「んふふ、ではそろそろこの策士オットー・クレンペラーが解体作業を担当しましょう。王女殿下、どうぞゆっくりお休みください」
「申し訳ありません、オットー。今しばらくはご厚意に甘えます……」
(解体作業に専念しているからこそ、この班は効率的にローテーションを回せる。休む人、解体する人の順番を決めて、効率的に休むことができる訳だ)
ふらりとテントに戻ったビルキリスは、そのまま横になってしばらく体を休めている。クーガーももう少ししたら休憩をしようかなと考えたが、少し考えてやめた。
クーガーの前には、まだまだたくさんずらりと並んだ魔物がある。池の中で冷やしてあるのでゆっくり解体してもいいが、あんまり放置しても、魔物を預けてくれた班から、早くしろ、とせっつかれることであろう。
この活況には理由がある。何せ『野外実習』は、合計で四十組の班が行う大規模な実習なのである。流石に四十組全部がクーガーらに解体を任せているわけではなかったが、それでも相当な数の班がクーガーたちを頼りにしており、結果このように大量の魔物の体が預けられているのであった。
恋愛ネタでゆすった班が十八班ほど。それだけの人が解体をクーガーたちに任せるのだから、その様子をよそで見ていた連中も、ならば自分も任せようかと考え始める。やがて解体はクーガーらに任せて、その間に一匹でも多く狩ろうという考えが自然になってくる。――結果、クーガーたちは多くの班から解体を頼まれ、かなりのペースで魔物を解体することになっていた。
解体を続けることしばらく。少し体力を回復したビルキリスがむくりと起き上がった。
「クーガー。休んでいる間に料理をします。いくらか拝借してもいいお肉はありますか?」
「ありますよ。解体中にちょくちょくちょろまかしていますのでね。少々待ってくださいね」
「……他の人が聞いたら怒るでしょうね。大量に解体作業を行っているのを隠れ蓑に、お肉を少しばかり失敬しているなんて」
「ばれませんよ。アイテムボックス機能を知っている人間なんていませんし。それにいただく量は僅かです」
「……本当に便利ですね。毎度クーガーのその力には驚かされます」
「この機能を活用して、鹿の新鮮な血を集めたり、余分な骨をここに保存したり、他にもいろいろやってますからね。きっと美味しい料理ができるでしょう。期待してますよ。――はい、お肉です。バターと鉄鍋もここにおいておきますね」
「……あんまり期待されると緊張します」
そう口にするビルキリスだったが、クーガーはむしろ大いに期待していた。
何せ、今からする料理は何がどう転ぼうが絶対に旨い料理なのである。鹿肉の扱いは確かに難しいのだが、大量のバターと、鹿の新鮮な血をソースにすればかなり美味しいのだ。これも大量のバターと新鮮な血を保存できる、クーガーのアイテムボックス機能の賜物であった。
(そういえば腹が減ったな……)
塩の効いたバターをでんとフライパンの上で溶かすビルキリスを見ながら、クーガーはそんなことをぼんやりと思った。
そう、腹が減るのだ。特に今から作る料理は、側にいると間違いなく空腹を刺激される類のものであった。
ふわりとバターの柔らかい匂いがした。それは空きっ腹にはあまりに酷な、芳醇な匂いであった。大量のバターを溶かしているだけだというのに、いかにもすでに旨そうである。クーガーはこのとき胃が締め付けられるのを感じた。
そこに肉が入る。バターの水面に肉がぼとぼとと落ちる。
普通の肉ではない。切込みを入れてワインに漬け込み、やわらかくなった鹿肉が、フライパンの中へと入っていくのであった。
これだ、とクーガーは思わざるを得なかった。
この肉の焼ける香りがたまらないんだと、思わずつばを飲み込む。
ワインとバターが焦げる匂いは、至福である。微かに香る香草のフレーバーが、それを憎らしいほど引き立てていた。
もし、そこに肉の焼ける匂いが合わさっていたとすれば――それは本能に訴えかける凶器となる。絶対に旨い、と胃が叫んでいた。
だが、焦ってはならない。ゆっくりととろとろ弱火で暖めるのがコツであった。
じわりとにじみ出てくる肉汁とバターを、何度も掬っては鹿肉の上にかけていく。丁寧に何度も、上からかけるのだ。こうすることで旨さが肉に染み渡るのであった。
(そうら、この匂いに痺れるがいい。森の魔物? 関係ないね。むしろ寄ってきてくれたほうが助かるぐらいだ――)
そうすれば、この匂いに寄ってきた魔物を追いかけて、生徒たちが更に集まるからである。
教官たちもいて、多数の生徒たちもいて、焚き火のおかげか視野も悪くない――こんな絶好の環境で、魔術師が野生生物に後れをとることなどあるはずがない。
それよりこのバターの香りである。クーガーは思わず生つばを飲み込んだ。
雑に黒コショウを振り掛ける。そしてひとつの料理ができた。
「鹿肉のアロゼです。――少々粗雑な料理になったかもしれません」
「いえ、大丈夫ですよ。流石はビルキリス殿下です。――ほら、簡単に釣れたじゃありませんか」
非常に旨そうな匂いを漂わせる鹿肉を前に、クーガーはなぜか冷静であった。本当は肉を食べたくて堪らなかったが、理性がこれに勝利したのだった。
不敵な笑みを浮かべて、どこかを見つめる。ビルキリスもそれに倣って視線の先をみると、そこには、――手を止めてクーガーたちのほうを見る、多数の生徒たちがいた。
(狩りだよ、これも。――お前ら生徒という獲物のな)
クーガーの笑みは、さらに深まる。
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「鹿の骨ガラを煮込んで、煮込んで、煮込む。アクはこまめに取るが、これにはコツがあって、最後に卵白を加えて煮立たせると、この卵白が溶け込んでしまったアクを吸着してくれる。――こうやってできた鹿骨スープは、不思議なぐらい甘い。塩味を加えていくと食欲のそそられる味になる」
「鹿の舌はちょっとした珍味だ。湯通しして食べると、程よい弾力があっていい。先の鹿骨スープに塩を利かせて、こいつをいただくのがまた素晴らしい」
「鹿の心臓をちゃっちゃとバターで焼くのもまたおいしい。串焼きにしても美味しいのに、焦がしバターがかなり合う。この弾力が堪らない」
「ああそうだ、鹿肉のステーキにはまだソースがあるんだったな。さっき作った鹿骨スープを、ベリーを加えながら煮詰めて、最後にバターと混ぜるんだったけな。とろっとして、これがまた鹿のあっさりした肉に絡まって美味しいんだよなあ」
――などなど。
慣れない『野外実習』で疲弊し、腹をすかせた成長期の子供たちにとって、芳醇なバターの香りと焼ける肉の匂いは、一種の暴力であった。
それに加えて、クーガーらが実に美味しそうに食うものだから、『野外実習』にきた生徒たちは心が揺れる。
最後の一押しは、クーガーの仕込みだった。恋愛ネタで弱みを握っている連中に、この料理を買わせるのである。最初だから半額で売ろう。――そんな悪魔のような囁きとともに。
一人が買えば次の一人も買う。
クーガーはこの、表面張力で震える水のように張り詰めた状態をよく知っている。そしてその崩し方も知っている。
この買おうか買うまいかを迷っている瀬戸際に、サクラにこの料理を買わせるのだ。ぽんと一押し。そして結果はご覧の有様であった。
(ほうら、飛ぶように売れるじゃないか。何だ、皆も食べたかったんだろう? こういう料理が欲しいよなあ。――喜んで食べるといい。いくらでも食べられるぞ)
ビルキリスとオットーが料理を作る間、クーガーは黙々と解体を続けた。
続けながらもクーガーは、己の班の勝利を確信した。何故ならばここにいるのはクーガーの家畜である。彼らは獲物を狩ってくれる善良な猟犬であり、魔物の襲撃からクーガーらを守る盾であり、そしてクーガーらに貢ぐ奴隷である。
(今は、料理の味を覚えろ。堪能してしまえ。得点板が貨幣として使えることを本能で学べ。そうすれば後は――俺が根こそぎ頂く)
バターと香辛料で、優秀な成績を買う。
バターと香辛料で、ザッケハルト家の料理を広める。
バターと香辛料で、このイベントの最優秀チームにのみ与えられるボーナスアイテム『恒久の香』を手に入れる。
始めからクーガーの狙いは、レアアイテム一点である。
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「実は、この学院には有名な『服を溶かすスライム』というのがあってだな、これは定期的に学院内のウンディーネの噴水から採掘することができる」
「おお、おお……。流石ですクーガー殿。この策士オットー・クレンペラーでも知らない知識を把握してらっしゃるとは……!」
「このスライムを使えば、どんなモブキャラでも強制的に脱衣させることができる。当然、男女問わず使用可能だ。しかもこのスライム、なくなっても一週間経てば再び同じ場所に補充されているという優れものだ」
「んふふ、胸が熱くなりますねェ。そのスライムを今のうちにすべて回収して、ここぞというときに活用したいですねェ」
「で、情報料代わりといってはなんだが、策士オタ殿にはやってほしいことがある」
「何なりと仰せ付けください、クーガー殿。この策士オットー・クレンペラー、どんなことでもしてみせましょう」
「これからそのスライムを集めて、とある連中に一矢報いる予定だから、是非とも策士オタ殿にはそのスライムを取ってきて欲しい。半分ずつ分け合おう。――それでもいいか?」
「――んふふ、心配には及びません! この策士オットー・クレンペラーは貴方の友です!」
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解体をして料理をする。
ただ、それを繰り返すだけでクーガーの班は、どんどんと得点板を稼いでいた。
三十組近くの班が、クーガーたちに解体を頼んでいる――つまりクーガーらは何をすることもなく、平均の班の三倍程度の得点を稼いでいるのだ。もちろんクーガーたちが負けることは有り得る。どこかの班が、クーガーたちよりも稼いでいればいいのだ。だがその確率は、魔物を狩る確率がどの班も等しいと仮定したとき得られる正規分布表で言えば、2.3%程度にしかならない。
加えてクーガーたちが料理代を徴収している以上、これよりも稼ぎが大きくなることは明らかであり、クーガーらの班に勝つのは、普通の班ではほぼ不可能であった。
(簡単な計算問題をしよう。サイコロを30チームが振ったとき、平均値は恐らく3.5点になる。最高値はまあ6点だろう。ここで30チームからそれぞれ10%ずつもらっている人間がいたとして、彼が手に入れる得点は期待値でおよそ10.5点になる。――サイコロのルールではほぼひっくり返らないほどの絶望的な差だ。6までしか出せないのに、どうやって10.5点に勝てというのか。もしも15チームがサイコロで1しか出せないへっぽこ軍団でも、残り15チームが普通なら、俺の期待値は6.75点となり、やはり普通のサイコロでは勝てない)
ちなみにこの計算、29チームがへっぽこの場合でも、半々の確率で勝てる。優等生チームがへっぽこチームの6倍も優秀だとしても半々の勝率なのだ。
そしてクーガーがお世話になっている30組を見る限り、どれだけ狩りが下手くそなチームでも、一番優等生のチームの四割程度の成績を付けている。6倍もの差は付いていないのだ。つまりサイコロの1と6はないのだ。
(終わっている)
クーガーの班は次々と料理を繰り出した。
よくとれるウサギの魔物は、つなぎと一緒に肉団子にして煮込んだ。時々とれるイノシシの魔物は、かなり臭みが強く固いので、味噌を使った味噌鍋にした。たまにとれるクマの魔物は、たっぷりの脂身を煮込んで美味しい出汁をとり、コラーゲンたっぷりの鍋にした。
(終わっている)
殆ど煮ているが、これは煮るのが一番手軽だからという理由もある。寄生虫や細菌の殆どを煮るだけで殺せるのだから、鍋料理は偉大であった。
(終わっているんだよ、もう)
クーガーは、無数の班から解体を請け負うことで、こっそりと様々な素材を手に入れていた。すぐ腐るので新鮮でないと使えない鹿の血、他にも使い道の難しいイノシシの肝臓、睾丸、そして解体の時に山ほど出てくる骨を全部こっそりと回収しているのだ。
どうせ捨てるなら――という精神で集めているクーガーだが、もちろん集めるだけの理由がある。これらを材料にソースやスープを作るのも一興だし、あるいは骨を持ち帰って、迷宮第二階層の地下ダンジョンで、アンデッドの魔物に変えてしまうのも面白いだろう。
(この勝負は既に、終わっている。今の俺の作業は、勝負に勝ちに行く作業じゃない。どれだけ利益を出せるかという作業になっている)
清算――クーガーの脳裏によぎった言葉である。
いまやクーガーの『野外実習』は、得点板を稼いで少しでも優秀なチームになることが目的などではなく、『野外実習』を利用した政治的な立ち回りが目的となっていた。
政治とは調教である。
魔術学院アカデミアに入学するような将来有望なエリートたちに、ザッケハルト家の料理を教え込ませて、将来の産業の軸にするのだ。臭みの強いシシ鍋にわざわざ、地下ダンジョンで栽培しているハーブをふんだんに使っているのもそのためである。
野生の生き物を美味しく食べたいなら、ザッケハルト家のハーブを購入してくれ――という宣伝なのである。
もちろんデザートも欠かせない。
バタークッキーを大量に作りおいたものを、ここぞとばかりに皆に振る舞うのだ。甘いものは毒である。体に美味しい、心を蝕む毒――少年少女たちの心は、慣れない『野外実習』で疲れたところにささやかな癒しを求めていた。だからそのささやかな癒しを提供するのだ。
ザッケハルト銘菓の味を覚えてもらうために。
(自分たちで魔物を狩るよりも、皆が狩ってきた魔物の解体作業を請け負ったほうが、素材集めの効率は遥かにいい。あと、わざわざ遠くに離れるよりもここ中央キャンプに居着いたほうが、じっくり料理も作れるし、夜営とかを気にせずじっくり眠れる。あと料理を皆に振る舞うことで政治的な宣伝もしっかりとできる)
それで得点板の量もかなりの数を叩き出しているのだから、クーガーたちはまさに敵なしの状態だといえた。
「――はっはっは! 邪道だな! 王道にあらず!」
「俺たちは諦めない! そんな甘ったれた奴らなんかに屈しない――!」
「成敗する」
「悪いけど、勝利は譲れないよ。クーガー君。敵なしだと思っていたかい?」
だが、そんなときに限って――クーガーの前に立ちふさがるのは、運命である。
(あ、マジか。こんな風にイベントを起こすのってありなのかよ)
「……んふふ、困りましたねェ。まさかユースタスケル一行に目を付けられてしまうとはねェ。まさか決闘でも申し込むつもりでしょうかねェ」
「……。クーガー、厄介なことになりましたね。彼らは優等生集団です。ただでさえ実力差があるのに、三体四では、決闘を申し込まれても不利です」
(厄介なことになってしまったなー……。流石に平均の三倍以上の得点を稼いでいる俺たちには勝てないと思っていたんだけど、見通しが甘かったか。流石は主人公、主人公補正が相当強いようで……)
この展開には、クーガーも思わず苦笑いするしかないほどであった。
実はクーガーには、狩りを普通に行いたくなかった理由がある。それは、ゲーム【fantasy tale】の『野外実習』イベントでおきる、横殴り事件が原因である。同じ魔物を発見して、同時に仕留めて、どっちの成果なのか揉めに揉めるという嫌なイベントであったが、最後には主人公とクーガーが戦うというお約束の展開になるのだ。
だからこそ解体に専念する戦略を考え、努めてそのイベントを回避しようとしていたのだが――この有様であった。
主人公たち一派は四人いる。
秩序のヴァレンシア。
不屈のソイニ。
創造のエローナ。
そして、希望のユースタスケル。
希望卿と唄われる、その精悍な少年は、クーガーに向けて堂々と言い放った。
「悪いけど、人の弱みを握って狩りをサボるなんて真似は、僕らには看過できない。――お互いの得点板を賭けて決闘しようじゃないか」




