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マネーライフ:悪役貴族の人生やりなおし計画  作者: Richard Roe
第三章 世界迷宮での「野外実習」で、邪道を極めながらも一位を狙う
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野外実習で開始早々減点をくらったが、そもそも普通に戦うつもりはないので、そのまま堂々とスタート地点に居座り、解体作業を請け負う仕事を始める

 ――それは、『野外実習』初日、教官からの説明中のことであった。


「野外実習は合計で十日間行う! 素材を集めて来た班にはこの得点板を与える! 得点板の枚数が多い班が最後の勝者となる! 皆、頑張って集めるように! ――それと、心構えの点で減点の班がある!」


 減点? とクーガーが首を捻ると同時に、教官からいきなり指を指されて叱責が加わった。


「クーガー・ザッケハルト! お前の班は、この五日間ずっと、図書館に足を運ばなかったどころか、植物図鑑も魔物の解体書も借りに来なかったと聞く! 今から行う野外実習を何だと思っている! 世界迷宮を舐めるな! ――お前たちの班には、まず十点の減点を与える!」


「あ」


「あ、ではないだろう! 私は準備期間だと言いつけたはずだ! この五日間何をしてたというんだ!」


(解体の練習をしてたんですけど……とは流石に言えないな。まあ仕方がない。甘んじて受け入れるしかないな……)


 周囲からどっと笑いが起き、クーガーはげんなりした。開始早々しくじってしまった訳である。

 中でも、「ははは! ざまあないぜ! 俺たち平民はこいつみたいに甘ったれた生き方はしてない――!」とかいうあの逆ギレ男(ソイニ)や、「はっはっは! 面白い男だ! 普通はこの私、ヴァレンシア・エーデンハイトと同じく図鑑を借りて情報を調べるのが基本だ」とかいうあの傲慢不遜女(ヴァレンシア)の懐かしい言葉がクーガーをいらっとさせたが、とりあえず無視を決め込む。

 ビルキリスやオットーに対しても申し訳ないことをしてしまったクーガーは、胸中で二人に謝った。


「……まあいい、後で我々から手引き書を貸そう。そこからしっかり学ぶように。次はこんなことをするなよ?」


(……あれ、ラッキーかも。魔術学院の手引き書ともなれば、ザッケハルト家の図鑑の情報や冒険者ギルドの図鑑の情報にはない情報が載ってる可能性もある。何せ長年『野外実習』を続けているんだから、ノウハウもたくさん書き込まれているだろう。十点の減点でそれを読めるのは儲けたかもな)


「クーガー・ザッケハルト! 返事は!」


「はい先生!」


「よろしい! では続いて装備の説明に移る! 各自点検するように!」


 ――教官からの説明は多岐に及んだ。

 命に関わる大事なことなので、説明は疎かにはできないのだが、流石に少し長いなとクーガーも思う頃、ようやく説明が終わるのだった。


「以上! 集めてきた素材は適宜ここ中央キャンプに持ってきてくれたら、素材に応じて班に加点しよう! ――では、解散!」


 その教官の合図と共に、皆はぞろぞろと色んな方向に散らばった。薬草を取りに行く班、魔物の素材を狙う班――そのいずれもが、皆より先にいい場所を狙いに行こうとしているのだ。こういった野外実習は、ある意味で陣取り勝負だと言える。皆が率先していい狩り場、いい採集所を狙うのも当然のことだと言えた。


 ただ、クーガーとビルキリス王女、策士オットーの三名は、しばらく周りの連中が出掛けるのを見送ってから、ゆっくりと出掛ける算段になっていた。


「あまり気に病まないように」「んふふ、失敗は付き物です」と励ます二人にありがとうと告げたクーガーは、さてこの森の中でいかに勝ち抜くか、頭を捻るのだった。






 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






『野外実習』は、魔物の素材や薬草などを中央キャンプで交換して手に入れられる得点板を集める行事である。つまり、得点板を多くかき集めたものが勝者なのであった。


 クーガーの作戦その一は、他の班を襲うことであった。


(教官は言っていた――。『別に他の班を襲って、素材を奪っても構わないぞ? ただしそんなことをすれば、襲った側も襲われた側も疲弊して、どっちが勝っても、漁夫の利を狙って横から入ってくる他の班に負けると思うがな』と。つまり逆を言えば、圧倒的な力で勝利すれば構わないわけだ)


 クーガーの作戦その二は、分業の交渉だ。


(教官は言っていた――。『別に他の班と協力をしても構わないぞ? ただ、お互いがお互いを出し抜こうとする状況で、どうやって協力関係を結ぶのかは気になるがな』と。要するに、狩りは全部任せるから解体は俺たちが頑張ろう、と協力関係を結ぶのは禁止されていない)


 クーガーの作戦その三は、素材の交換である。


(教官は言っていた――。『別に他の班と素材を交換しても構わないぞ? 全ては交渉だ。とはいえ、我々は素材に点数を付けているし、点数表はいつでも中央キャンプで確認できる。流石に、あまりにも不利な条件で交換が成立するとは思えないがな』と。逆に言えば、あまりにも不利な条件でも両者が合意すればそれで素材は売買できる)


 クーガーはこの野外実習を、素材集めゲームではなく、政治ゲームだと認識している。

 以上を踏まえたクーガーの戦略は、『相手の弱みをちらつかせて、少々有利な条件で契約を結ぶ』であった。


「魔物の素材解体を、魔物素材の得点の一割程度の謝礼で引き受ける……?」


「料理を作るから、少しばかり素材を持ってきてくれたら皆にも分け与える……?」


「何だこれは、クーガーたちの班は何を狙っているんだ?」


「まあ面倒な素材解体を押し付けるのはありだな……。十匹狩れば一匹とられる計算だけど、浮いた時間で一匹多く狩れば問題ないし」


「でも料理って、わざわざ得点板を使ってまで食べたいものじゃないよな……何やってるんだあいつら」


「もしかしてあいつら、勝利を放棄したのか?」


「ありえるな。最初の十点減点は結構痛いし。それに薬草図鑑とか魔物解体書も借りてなかったし、やる気なんてはなっからないんだろ」


「構うもんか、いくぞ。俺たち平民は、勝負を諦めたあいつらみたいに甘ったれた生き方はしてない――!」


「はっはっは! 面白い男だ! 普通はこの私、ヴァレンシア・エーデンハイトと同じく魔物を狩りつつ薬草素材を集めるのが基本だ」


 ――などなど、周囲の反応は様々であった。

 結局ここにいるみんなは、クーガーの描く大きな展望を見ることはできなかったようである。人より多く狩って人より多く集める――という方が、皆にとって分かりやすいというのは確かではあった。

 クーガーはそんな皆の背中を見送りつつ、にやりと笑って彼らを見送るのであった。余裕の構え。中央キャンプの側からあまり離れないという奇妙な作戦。教官たちでさえ、クーガーの謎の余裕に戸惑っているほどであった。


「んふふ、面白いことになりましたねェ。我々のように水場を確保する、という人間も多かれ少なかれ存在するようではありますが、中央キャンプの近くのため池はあんまりきれいに見えませんから、人気がないようですねェ」


「まあ素材を洗うための池にしか見えないものな。でも、ここで張っていればいつか誰かが来るはずさ」


「でしょうねェ。解体が下手な班は、解体中にでる血の匂いを他の魔物に嗅ぎ付けられては困るでしょうし、この中央キャンプに戻って解体作業をすると思われます。ここに陣取るのは悪くない選択でしょうねェ」


「クーガー、オットー。早速誰かが来ましたよ」


 ビルキリスに言われたクーガーとオットーは、早速戻ってきた連中の側によって交渉を始めるのであった。






 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






「んふふ、失礼します。もしや貴方は――――殿のことが好きなのでは?」


「! なぜそのことを知っている!? お前、まさか私のことを調べていたのか!?」


「んふふ、いえいえ違いますよ。――この策士オットー・クレンペラーはいろんな情報を知っているだけです」


「何だ、脅すつもりなのか? それとも警告か? 言っておくが、私は例え王領を拝しているクレンペラー家相手であろうと、屈するつもりはないぞ!」


「いえいえ、貴方にちょっとお勧めのものがありましてねェ。これは『媚薬サテュリオン』というものでしてねェ」


「! ……どういうことだ」


「ご存知のようですねェ。なら話は早い。流石にこれをそのままお渡しするわけには参りませんが、何かと貴方の協力はいたします。ですので、我々と仲良くしませんか?」


「……」


「仲良くだなんて言葉は曖昧ですよねェ? でも賢い貴方ならどう仲良くすればいいのか、理解できるはずです」


「……少し待ってくれ」


「いいですよ、いくらでも時間はあります。けどそうですねェ。物のついでではありますが、魔物の解体をここに任せてくれませんかねェ? ――貴方たちは解体が苦手だからここまで魔物を持ち帰った。私たちは解体で得点板を稼ぎたい。となれば両得です。これぐらいは別に構わないでしょう?」


「……わかった。だから」


「ええ、しばらく待ちますよ。大丈夫です。心配には及びません。この策士オットー・クレンペラーは貴方の友です」






 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






「――策、なれり」


「ああ、策なれり、だな」


 クーガーの策はついに徐々に実現しつつあった。それはつまり、解体はこちらが受け持つから謝礼をくれ、という作戦で得点を稼ぐ方法である。


(そもそも魔物をどう解体すればいいのかの知識が皆の間で一元化してない。当然だ。彼らはあくまで貴族が行う儀礼的な狩りしか知らないんだ。もちろんもう少し進んで、魔物の解体書などを読んでいるやつらもいたが、そこには魔物の筋肉や魔物の素材の部位が書かれているだけだから、内臓を抜く意味(・・・・・・・)や、池にどぼんと投げて冷やすこと(・・・・・)血抜きの意味(・・・・・・)さえも知らない連中が多い。よく知っているやつらは水場のそばで狩りをしているが、そんなやつらは少ないみたいだ)


 クーガーの読みは当たった。

 解体の手捌きだとか解体の早さを気にするやつらは多くても、こういった解体の基本(・・・・・)を気にするやつらは少なかった。否、解体の基本を早く正確に捌くことと勘違いしている(・・・・・・・)ようであった。


 初心者にありがちなミスは、基本を守らないことである。もちろん初心者も基本の大事さは知っているし、彼らなりに守っているのだろう。だが情報化の進んでいないこの時代において、初心者が最も陥るミスは、正しい基本を知らないこと、その正しい基本の意味を知らないことである。インターネットで検索すれば一発、という時代ではないのだから仕方がないとも言える。

 もっとも、ただの貴族の子供や普通の平民にそこまで求めるのは酷であるのだが。


(まず解体の基本は、血を大雑把に抜いたあと、さっさと内臓を抜いて水にどぼんと沈める(・・・)ことだ。血が不潔だから血抜きしないといけない、血が病原菌の元――みたいに誤解をされているが、普通生き血はそこまで不潔じゃない。ただ、血はブドウ糖を大量に含むうえ生暖かい環境だから、細菌が繁殖しやすいだけだ)


 紐をくくりつけた鹿をどぼんと池に沈めて、クーガーは静かに考えた。

 内臓を取り出す際、一番大事なのは、匂いのきつい胆のう、膀胱、大腸を傷つけないようにして内臓を取り出すことである。これが地味にきつい作業でもあった。主に迷宮第二階層で練習したのは、この内臓を取り出す作業である。


(十分冷えてから解体をしても十分間に合う。一番腐敗しやすい血を抜いて、こうやって池に沈めておきさえすれば、今のうちに食べられる内臓をきれいに洗っておくことだってできる)


 肝臓を洗い終えて、クーガーはそれをきついアルコールの中に浸けた。この鹿の魔物の肝臓は、レバーの刺し身にすると甘味があって美味しいのだが、寄生虫が怖いので、こうやってアルコール漬けにして薬品の材料にするのだ。

 心臓も同じく、非常に美味しいのだが、手間を考えたクーガーはアルコールに漬けることにした。


 それが終わったら今度は、しばらく前に持ち込まれた鹿の魔物を水から引き上げ、ようやく解体に移る。氷魔術を使って引き締めたので、肉の質は悪くないと思われた。問題は血抜きがどこまで済んだかであるが、頸動脈からどぼどぼと血を流したあと、数時間冷たい水に浸しておいたので毛細血管も縮まって血もほどほどに抜けているはずである。


 ここからは皮を剥ぐ作業である。

 首と手足に切れ目を一周入れて、手で一気に剥ぐ。流石に百日以上練習してきただけあって、手馴れたものであった。


(後は、手足をひじ、ひざの軟骨で切って外して、延髄に刃を入れて頭を外して、と)


 慣れれば、背ロース肉、スペアリブ、骨盤内のフィレ肉――と切り分けるのは訳ない話である。皮剥ぎに10分、切り分けも含めて30分ぐらいで済む。時間がかかるのは筋取りの作業であり(鹿は非常に筋ばっている)、これに二時間ぐらいかかるのだが、素材採集としては筋取りまで実行しなくてもここまですれば上出来だと思われた。


「ここまでやってしっかりした解体になる。毛皮、心臓、肝臓、そして美味しい肉に切り分ける作業が、初心者には意外と難しいだろうな。――そもそも血抜きを勘違いしたり、水場の側で狩ることを知らないようなやつも混ざっているみたいだし、ひょっとして今回の『野外演習』、結構高難易度なんじゃなかろうか」


 ぽつりとクーガーは呟く。

 本日四体目の解体作業に移っているクーガーは、軽い疲労を覚えながらも、皆が散っていった森の奥のほうを見やった。

 向こうには、水源があるかどうかも定かではない。もしかすれば集団食中毒になっていないだろうか――とクーガーは僅かに心配をするのであった。



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