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マネーライフ:悪役貴族の人生やりなおし計画  作者: Richard Roe
第三章 世界迷宮での「野外実習」で、邪道を極めながらも一位を狙う
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奇妙な力関係に怯むことなく、侯爵家の娘に滅茶苦茶な交渉を行い、何故かその破天荒ぶりが気に入られる

 ここに奇妙な力関係がある。

 クレンペラー侯爵家の三男、オットー・クレンペラーと、ザッケハルト伯爵家の四男、クーガー・ザッケハルトと、リーグランドン王家の第九王女、ビルキリス・リーグランドンとでは、全員継承権からは遠いため、身分の差が曖昧である。

 だがもしも貴族の格に従うのであれば、もっとも低いのは辺境地にひょいっと任ぜられたザッケハルト家であり、この三人の中で一番下っ端なのはクーガーとなる。

 ――本来であれば。


 風呂場の湯煙の中、ビルキリスは厳しい視線をオットーに投げかけていた。


「――クレンペラー侯爵家といえば、王族お抱えの医療魔術師を多数輩出し、代々王宮領の総督を任ぜられている名家と聞きます。しかし、私の知る限り、三男オットー・クレンペラーは()であったはずです」


「んふふ、そうですねェ。王女殿下の認識は何一つ間違っておりません。この策士オットー・クレンペラー、生き方は男にございますれば、貴族の娘オーディリアなど、どこにもいないのですねェ」


「このことは然るべきところで追及されるべきでしょう、オットー……いいえ、オーディリア」


「――策、成れり」


 にやり、と策士は笑った。クーガーはどういう表情をしたものか反応に困った。してやられたといえばしてやられたのだが、あんまりやられたような気がしないのはクーガーの悪いところであった。


「元々、女子寮に入ることを考えていただけなのですよ、王女殿下。二つの性を持つことは二つの情報源を持つこと。この策士オットー・クレンペラーは、男の仮面を被った女だったのですよ」


「……クーガーに害なすことのいずれの自由もないことを知りなさい。さもなくば死を命じます」


「んふふ、偶然ですよ。大声で叫んだりしませんとも――」


 威風堂々のビルキリスに対するは、大胆不敵と称するにふさわしいオットーただ一人である。


「女子寮に正式に入寮したその政治的手管を聞こうと思ったら、女子寮の風呂場を覗ける情報を出されてはぐらかされてしまったのです。それどころかこの男、一緒に風呂に入ろう(・・・・・・・・・)とこの策士オットー・クレンペラーの正体を暴きたてようと先手を打ってきた。ただまあ、話の流れで女子寮の風呂に入ろうとなっただけです。――決して、ここで大声で叫んでクーガー殿の評判を下げるような真似は致しませんし、あるいは叫ばれたくなければ、と脅すような真似も致しませんよ」


「……」


「クーガー殿は、この策士オットー・クレンペラーが卑怯な輩ではないと、会って間もないのに全面の信頼を置いたのです。……男ですよ、彼は」


「女の身にしてその潰れた声。何か薬を飲んで喉を潰したのですね。どれほどの覚悟があったのか」


「んふふ、さてどうでしょうねェ」


 いかにも緊張状態を保ったこの睨み合いに、挟まれた立場のクーガーは言葉を挟むべくもない。沈黙は金である。余計なことを口にしてはいけないのだ、とクーガーは強く感じていた。


(というかそもそも、あの策士オタが女ってことは知ってたからな。【fantasy tale】の学園編のネタバレの一つに、オタの性別問題というのがあって、これが初見殺しのひどいイベントなんだよなー……)


 クーガーはかつてのゲームでのイベントを思い出した。

 それは、学園編の悪役四人の中で、最も凶悪かつ最も強烈に主人公に大打撃を与えるあの悲惨なイベント、『風呂場で策士オタと二人きり』イベントである。

 説明するまでもないが、簡単に言えばこのイベント、一発でゲームオーバーもありえる超地雷イベントなのだ。これに引っかかるプレイヤーは多数存在したという。


『風呂場で策士オタと二人きり』イベントとは、文字通り二人っきりで風呂場でゆったりしていたら、突如オタが金切り声を上げて叫ぶという、ただそれだけのイベントである。

 風呂場での会話の選択肢を失敗したら即ゲームオーバーという鬼畜仕様。

 加えてゲームオーバーを回避しても『悪評++』『魅力↓』などのバッドステータスを付与され、学園生活をずっと『変態』呼ばわりされて過ごさなくてはいけないという悲惨さ。

 この悪逆非道っぷりに、プレイヤーたちが呆気にとられたのは言うまでもない。


 回避方法はいくつかある。まず、このイベントをそもそも起こさないというのが一番確実である。

 言うなれば、策士オタとの交流を減らせば何とかなるのだ。

 しかし、策士オタが女性だなんて気付くのは土台無理な話である。それこそ絵描きのエローナではないが「風呂場イベント」を何度か起こして、風呂絵スチルをある程度集めておかないと、彼が女性であるということには気付かないであろう。


「風呂場イベント」を起こさず、スチルを集めない紳士プレイをしている人のほうが、かえってこの地雷に引っかかる――あまりに鬼畜な仕様に、プレイヤーたちは畏敬をこめて、このイベントを『策死』と言うのであった。


 ――策、成れり。


(このイベントが賛否両論過ぎて、オタ擁護派とオタ排斥派に分かれちゃったんだよなー。これがもう炎上して炎上して。「ところで俺の夜の策を見てくれ」「裸特攻ちゃん可愛いよ」とかいうコアな人気も獲得したけど「流石に理不尽すぎ」「オタは死んで当然なんだよなあ」とか叩かれてもいるんだよな)


 クーガーはふむ、と少し頷いた。


 では何故クーガーは、こんなことになると知っていつつもオットーと一緒に風呂に入ったのか、という疑問が浮上するが、それは実にシンプルな理由であった。


(元から俺の風評は最悪だ。社交性も殆どない、一週間学校は欠席する、無理やり女子寮に入寮する、そんな人間がいまさら何を失うというんだ? むしろこれは、オットーの弱みを握ったと考えるべきだ)


「――弱みの握り合い」


 クーガーはぽつりと呟いていた。その言葉にオットーも、ビルキリスも、両方ともが振り返ってクーガーの顔を見ていた。思ったより注目されているな、と思ったクーガーは、なるべく言葉を選びながら発言を続けた。


「元々評判が最悪だった俺にとっては、今更叫ばれたところで失うものは少ない。だがもしかしたら、一緒に風呂に入ったという事実が後々(・・)俺の弱みになって効いてくるかも知れない。――俺の評判が低い今のうちに、弱みをお互いに握り合っておこうと、そう考えたんだろう、策士オットー?」


「……んふふ、さてどうでしょうねェ」


 掴みは悪くない、とクーガーは思った。だからこそ、このまま押し切りたいとクーガーは思った。


「単刀直入に言う。石鹸事業(・・・・)に気づいたな? そうでなければこんなことはするまい。

 ……もしもクレンペラー家も石鹸利権に一枚噛みたいと思うなら、お前たちクレンペラー家の持つ、ふんだんなオリーブ産業、その油を保存するガラス加工技術、そしてワイン利権、ここにザッケハルト家も一枚噛ませろ」


「! ――んふふ」


 こういうのは畳み込むほうがいい、と経験上クーガーは知っていた。だからこそクーガーは、言葉を並べて相手の反応を窺った。クーガーは交渉が苦手である。目処となる数字や手打ちの相場をクーガーは知らないのだ。だからこそ、それをごっそり抜いた暴力交渉(・・・・)でなら、渡り合えると踏んでいた。


「クレンペラー領特産のオリーブを使っているから質がいいと喧伝してやる。何ならクレンペラー領のオレンジ香料もふんだんに使用した贅沢品の石鹸を作ってもいい。王家からお墨付きを貰った商品だ、どうせこの先どこかの貴族と懇意にするのが避けられないならば、お前らクレンペラー家を噛ませるのが俺にとって都合がいい」


「見返りはなんでしょう? こういう交渉は、普通利益ベースで話を進めるべきですよねェ」


「利益なんて無限に出てくるさ。ザッケハルト領とクレンペラー領の間に交易路が作られることが見えてないなら、話すことはない」


「……相当、自信がお有りのようですが、果たして交易路なんてできますかねェ」


「自発的に商人ギルドが作りたがるのさ。染料事業を抱えているクレンペラー家に、将来的に工業的にシルク衣服が定期的に届くような交易路があるとすれば、策士のお前ならどんな絵を描ける?」


「シルク―ーんふふ、石鹸事業だけでなく養蚕にも力を入れてましたかねェ。少々意外でしたが」


「それだけじゃない。他にも例えば蜂蜜は欲しいだろう? 魚料理、肉料理、パンにも使えるし医療用にも使えるはずだ。――今お前がどの商品をどんなバランスで交易させれば儲かるかな、とか色々腹芸するのは自由だが、ザッケハルト家にとっては、相手は別にお前らクレンペラー家じゃなくてもいいとだけ伝えておこう」


「……。石鹸、絹製品、蜂蜜、オリーブ、香料、ガラス、ワイン――。なるほど、交易路を支えるには十分有り余るほどの商品群ですねェ。豪華すぎて、この策士オットー・クレンペラーもいささか信じられないぐらいですよ」


「今、お互いに弱みを握り合っているからこそ、ここまで踏み込んだ話ができるんだ。これを一から他の領地と話をつけようとすると、面倒なことこの上ない。――断るならそれでいい、叫べ。オットーという男とクーガーという男が社交界から死ぬだけだ」


「……」


「覚悟がないなら俺を試すようなことをすべきじゃなかったな、オットー。俺が凡夫だったらお前はただただ、正体が女だという弱みをばらしただけになる。俺が凡夫じゃないと踏んだのなら、これぐらいの深い話を出されることも覚悟しておくべきだった。――中途半端な手を打ったな」


「……んふふ、参りましたねェ」


 決着。

 クーガーの交渉は、もはや交渉ではなく、材料による押し潰しである。しかしその圧倒的な材料の数々が、傍で聞いているビルキリスも、そして相対している策士オットーさえも、無言にさせるほどの力を持っていた。

 明らかに、この場の支配者はクーガー・ザッケハルトただ一人であった。






 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






「実は、この学院には有名な『魔女の媚薬サテュリオン』というのがあってだな、これを相手に飲ませることで、その人間に媚薬効果を与えることができる」


「おお、おお……。流石ですクーガー殿。『魔女の媚薬サテュリオン』といえば、錬金術に精通する人間の誰しもが知っている、非常に希少な媚薬……!」

 

「この媚薬を食堂の給水器に設置すれば、学院の異性たちから自動的に好感度を稼ぐことができる。『給水器メロメロバグ』って裏技だ。当然一人に大量に与えるのもありだ。しかもこの媚薬、なくなっても一週間経てば再び同じ場所に補充されているという優れものだ」


「んふふ、胸が熱くなりますねェ。その媚薬を今のうちにすべて回収して、ここぞというときに活用したいですねェ」


「で、情報料代わりといってはなんだが、策士オタ殿にはやってほしいことがある」


「何なりと仰せ付けください、クーガー殿。この策士オットー・クレンペラー、どんなことでもしてみせましょう」


「これからその媚薬を使って、ちょっとした取引を行う予定だから、是非とも策士オタ殿にはその媚薬を取ってきて欲しい。半分ずつ分け合おう。――それでもいいか?」


「――んふふ、心配には及びません! この策士オットー・クレンペラーは貴方の友です!」






 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






 風呂場から出て、三人ともほかほかとしながらレモン水を飲み、談笑に興じる。

 冷静になって考えてみると、この光景は中々珍しいものがあった。


(まず、俺はどうしてこの策士オットーと仲良くなっているんだ? さっきまでかなり切った張ったのやりとりをしていたような気がするんだけど)


 告白すると、クーガーが一番この状況に混乱していた。

 何故ならクーガーは、策士オットーを脅すつもり(・・・・・)であったからだ。脅して便利な駒として手足のように扱おうと、クーガーの方こそが思っていたのである。


 俺は石鹸も、シルクも、蜂蜜も口先で自由にできる立場にあると。王女と懇意である――つまり、王家という背景もあると。

 金貨百万枚以上の巨大な政治(・・・・・)に関わりたくないなら、今のうちに身を引いて、便利な手駒になることを誓えと。


 幸い、クーガーの方は失うものは殆どない。内政計画のいずれにおいても、王族との交渉口(ビルキリス)がクーガーを見捨てない限り、何ら支障はない。

 だから王宮領侯爵(クレンペラー)家の弱味(女の情報)を握れただけでも――弱味を握ったぞと向こうに認識させておくだけでも、クーガーにとっては儲けなのだ。


 それに、ザッケハルト家の商取引相手になる貴族は欲しいところであった。交易路を作ることは、何の取り柄もないザッケハルト家が生き残る上では、必須の条件である。

 王都から遠く離れ、塩田や鉱山など魅力的な資源を殆ど持たず、魔物の襲撃に困らされている地――となれば、大きな交易路の一つでもなければ、国王はいざというときに見捨てるであろう。


 王都から見捨てられないように、ザッケハルト領まで続く交易路を無理矢理作る。

 その相手に申し分ない、王宮領侯爵家の血族が、わざわざ弱味を見せてくれた。

 だからクーガーは、オットーに、遠慮なく手札を叩き込み、王女ビルキリスとの関係を匂わせて脅したのである。


 だというのに。


「――んふふ、この策士オットー・クレンペラー、クーガー殿には完全に脱帽いたしました。もう惚れました。貴方の作っていく世界にぜひお供させていただきたい!」


「! なりません、オットー。貴方の仕事はクレンペラー侯爵にこの一件を取り次ぎ、ザッケハルト伯爵とクレンペラー侯爵との交渉の舞台を整えることです。今はクーガーの温情で生かされていると知りなさい」


「んふふ、ずるいですねェ、ビルキリス王女殿下。あの話にはどれ程のお金が動くと思います? ――金貨百万枚の価値はあるでしょうねェ。んふふ、惚れますねェ」


(うーん、脅そうと思ったら懐かれてしまった。与し易いならどちらでもいいけど、でも一連の変化は度しがたいな……)


 一息。

 少女二人がじりじりと腹の探りあいを図るなか、間に挟まれたクーガーは、何故だか分からないが、肩をすくめたくなった。きっとこの悪役三人組の縁は今後も続くのだろうな――という理由もない予感が、ぼーっとしているクーガーの脳裏をよぎるのだった。





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