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マネーライフ:悪役貴族の人生やりなおし計画  作者: Richard Roe
第一章 悪役貴族に生まれ変わったので5000兆枚の金貨で好き放題内政して暴れる
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――ああ、神様、5000兆欲しいってそういうことじゃないんです。

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 ――ああ、神様、5000兆欲しいってそういうことじゃないんです。






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「金をつかんでみろよ、世界が曲がって見えるぞ」


 それは久我崎悠人(くがざきはると)が好きだった漫画の名台詞であり、そして転生者クーガー・ザッケハルトが、今何故か手にしている巨万の富を見て思い出した言葉でもある。


 ――5000兆。たぶんそれぐらい。

 フェルミ推定という便利な知識によれば、だいたい金貨百枚がこれぐらいの体積なのだから、それが縦にこれぐらい、横にこれぐらい、奥にこれぐらい……と概算してみて、だいたい5000兆を越えているあたりでクーガーは計算をやめた。


 かなり大雑把な計算なので、もしかしたら倍ぐらいあるかもしれない。10000兆、1京、うれしい方の1k。

 どこからどう考えても、一生を費やしてもこのお金を消費することはできないだろうとクーガーは思った。3億あれば、つつましくもやや裕福な生活を送ることができる。3兆あればそれを一万回繰り返すことができる。

 では5000兆なら。

 考えるのも馬鹿馬鹿しい話であった。


 無論、単位は1円(・・)である。1円玉が3億枚あれば、人生が丸ごと買えるのだ。もしもその1単位が1円を遥かに凌駕する価値のものであれば、話はもっと異なってくる。


「……いやいや、色々と嘘でしょ。5000兆()金貨(・・)って。頭悪すぎて諸々ついていけないんじゃが」


 地方の貧乏貴族の四男、クーガー・ザッケハルトは、痛む頭を抱えつつも、突如与えられた巨万の富を前に、さてどうしたものかと思考に沈んだ。






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 クーガー・ザッケハルトとは、有名なソーシャルゲーム【fantasy tale】に登場する、悪役の噛ませ犬キャラである。


 曰く、学園編で男主人公にいちいちつっかかってきては子供じみた嫌がらせを繰り返してくるキャラ。

 曰く、何度も痛い目に遭わされているのに何度でも這い上がってくるウザいキャラ。

 曰く、何をやってもうまく行かない、公式に愛されているネタキャラ。

 曰く、災厄の竜に下半身をかじられて激痛に悶え死ぬという凄惨な最期に、ファンから哀悼される可哀想なキャラ。


 どの要素を鑑みても、このままクーガー・ザッケハルトとしての人生を送れば幸せになれるはずもない。悪役モブ、ネタキャラ化、非業の死――涙の出てきそうな話であった。

 貧乏、下品、愚鈍、雑魚、陰湿、と嫌な要素のオンパレードであるクーガー・ザッケハルトは、多分このゲームの脚本家にはとても扱いやすい便利な噛ませ犬キャラだったのだろう。

 クーガーとしてはそれが恨めしい。その脚本家のせいでこの有様である。


 クーガーは自らの醜い姿を鏡でちらりと見た。

 ぷよぷよと太った、いかにも甘やかされた体型。

 うすぼんやりとした、いかにも頭の悪そうな目付き。

 下品さがにじみ出ている、にやけきった顔付き。

 かなり甘めに見積もれば、愛嬌があるといえばあるのかもしれないが、この見てくれではまず人に好かれようはずがない。


 事実、クーガー・ザッケハルトは【fantasy tale】のどのシナリオでも、面白いように異性にモテなかった。

 よく考えてみればそれも当然であろう。

 貧乏貴族の四男で、粗雑で乱暴、知的でなく下品、それで醜い外見とくれば、何一つモテる要素がないわけで。


(何度ヘルプウィンドウを確かめても、俺がクーガー・ザッケハルトであるという事実は変わらない、か。所持アイテム欄の金貨数は× 999,999,999,999以上……ってカンストしている。……何だよこれ)


「……5000兆枚の金貨があれば、俺は変われるだろうか」


 クーガーは呟く。


 このままでは、主人公にいいようにやられる灰色の学園生活を送り、女にモテないまま青年期をすごし、災厄竜に噛みちぎられて非業の死を遂げる人生を歩む羽目になる。

 そんな人生真っ平ごめんである。

 せっかく生まれ変わったのだから、今度こそは幸せな人生を全うしたい。

 何となれば、こっちには5000兆枚の金貨と、将来のイベントをある程度予測できるというゲーム知識があるのだから、自分の人生だって変えられる可能性が高いわけなのだから。


「俺は、ダメ人間、クーガー・ザッケハルトとして生まれ変わった。でもダメ人間であったとしても、ここから変わればきっと幸せになる権利はあるはず」


 5000兆枚の金貨と、未来の情報。

 果たして、クーガー・ザッケハルトという人間はどこまで生まれ変わる(・・・・・・)ことができるのだろうか。


 そんなことを考えながらも、クーガーは空を見た。

 まだ日が僅かに昇るだけの薄暗い景色は、これから如何様(いかよう)にも変化しそうな曖昧な空模様を呈している。






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「父上、ご相談があります」


「……どうした? 急に改まって。お前がそんなことを相談するなどと珍しいな」


「私も十三才、そろそろ政治を知るべき時です。どうか私にも内政をお手伝いさせてください」


「……。クーガーよ、気持ちは分かる。分かるが、お前は四男だ。お前よりも上に、賢い兄たちがいるであろう。内政は兄たちに任せ、お前は勉学に励み、中央の官士となって私たちと中央との顔繋ぎをしてくれたら、それだけで大変助かるのだ」


「どうしてもですか、父上」


「……。お前に内政の才能があるのであれば、あるいは、考えてやらんこともないが――」


「父上、ここに5000兆あります」


「5000兆」


「5000兆枚の金貨です」


「5000兆枚の金貨」


「なりませんか」


「何それ詳しく」






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 ザッケハルト伯爵一家は、何とも言えない大したことのない地方に任ぜられた貧乏貴族である。

 取り立てて素晴らしい金鉱脈や塩田があるわけではなく、ただ王家に所縁(ゆかり)のない伯爵家にしては破格の広さの領地を与えられただけという、ぱっとしない土地柄。

 さらには魔物が多く跋扈するということもあって、言わば、


『少ない旨味の割りに面倒ごとの多い』


 領地を与えられた状態なのであった。

 ひどく言えば、王国から体よく、厄介払いを押し付けられたともいえる。

 魔物が侵攻してくるのを身を呈して防がなくてはならない貧乏くじの領地。伯爵位ではやや王国法上で面倒なことが起きるので、近々辺境伯爵に任じられるという話まで出てきている。栄達といえば栄達なのかもしれないが、実情は微妙である。


 要するに、ザッケハルト伯爵一家は、王国から便利な使い捨ての駒として扱われているのであった。


「もちろん、それに報いるという意味なのか、王国への納税額はある程度少なくなっているし、広大な領地を他の貴族よりも自由に運営できるよう裁量権が与えられているが――」


 それにしたって損な役割であることには間違いない。

 中央への納税が少なく、裁量権を有しているからといって、別にザッケハルト伯爵一家が裕福なわけではない。

 むしろ魔物関連で面倒ごとの多発する領地を与えられた分、魔物討伐やら冒険者ギルドの誘致やらで、出費が色々とかさむ始末である。


 これで、中央への納税が重かったり、領地経営に口出しされたりしたら堪ったものではない。当然の減税措置と裁量権だ、と久我崎は思っている。


「さて、ここから何とかして、領地経営改革を起こしたいところだが……」


 ふむ、と珍しく考え込む、出来の悪い四男坊クーガー・ザッケハルトの姿に、ザッケハルト伯爵一家に仕える使用人たちは皆して目を丸くしたという。以前はそんな、何かを真剣に思い悩む素振りを一切見せなかったというのに、人は変わるものである。


 精々クーガーが悩むことと言えば、どうすれば先生に怒られずに済むか、とか、どうすれば面倒な勉強をサボれるか、とかそんなものであった。

 内政についてなど、そんな高尚なことに思いを馳せることはついぞなかったのだ。


 クーガーの父ジルベルフは、当初クーガーの見せた大量の金貨に目を丸くして絶句していた。

 これは犯罪じゃないだろうな、と何度も確認してきたが、「常日頃祈りを捧げてきた商売神からの、ささやかな贈り物です」と答えると、


「信心深いことはよいことだな」


 と色々と複雑な表情になっていた。

 最終的には、もう5000兆枚の金貨もあることだし大体OKということになった。百戦錬磨の『竜殺し』である父親も、この予想だにしない展開には、めっきり毒気を抜かれていた。が、いかな貧乏貴族とはいえ、父もしたたかな貴族である。即ち、『出所がわからない金なら上手に使えば武器になる』と割りきったのである。

 故にクーガーは5000兆枚の金貨を盾に、実験的に内政に携わることになったのであった。


 人が変わったようだ、とクーガーの父親は狐につままれたようであったという。


 なお、実際にまさしく人が変わった、ということについては、誰も気付かなかったのは言うまでもない。






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「……というわけで、まずは王道のなかの王道、農業改革だ。中でも最も簡単で効果が見込めそうなのは、千歯扱きと唐棹だろう」


 クーガーはそんなことを呟いた。

 別段、天才ではない彼は、だからこそ自分の安直な発想にたよるよりも、まずは歴史の知識をもとに改革を進めるべきだと考えた。


 そこで思い当たったのが、千歯扱きと唐棹であった。


 ご存じ、千歯扱きは小麦、稲などを脱穀するための、かなり便利な道具である。

 千歯扱きの使い方は簡単で、まず櫛状の歯の部分に、からからに乾燥させた稲や麦の束を振りかぶって叩きつけ、がさっと一気に引いて梳き取るだけである。

 こうすれば実のなった頭の部分がぽろりと落ちて、脱穀がかなり簡単に、かつ容易になるのだ。


 唐棹はそれをばしばしと叩いて脱穀する道具である。

 これは、長い竿に短い棒をぶらりと繋げた構造をしており、揺らすと短い棒がヌンチャクのような動きをする。

 先程の千歯扱きで、ぽろりととれた頭の部分をむしろの上に広げて並べ、短い棒を回転させて、ばしりばしりと叩いて叩く。こうすることで、いとも簡単に殻が取れて、無事脱穀が完了するのだ。


 これによって、今までの脱穀の手間を圧倒的に短縮できるのは言うまでもない。

 元々は、一人あたり一日で十束の脱穀をしていたのが、これらを使うことで、一時間あたり三~四束の脱穀ができるようになるのだ。

 そうなれば余った時間にでも、手編みの草履・草鞋、網戸がわりの蚊帳を作ってもらったり、あるいは革なめしにより皮製品を作ったりしてもらうことが可能となる。

 即ち、農民たちに副業をしてもらう余裕が生まれるというものだ。


 無論、元から脱穀を生業としてきた人たちは仕事を失うことになる。

 例えば村に住む未亡人は、脱穀を手伝うことで仕事にありついていた。が、きっと千歯扱きと唐棹が浸透することで、彼女らの仕事はなくなってしまうだろう。


 そこで、草鞋・草履・蚊帳編みや革作り、あるいは保存食となる発酵食品作りを彼女らにしてもらうことによって、未亡人の職あぶれ問題を解決できるだろう。


 クーガーは、もとよりこちらを(・・・・)推し進めるつもりであった。

 発酵食品は、保存が利くことと、栄養価が高くなることから、上手くやればかなり有用な食物なのである。

 問題は時間が非常にかかることである――が、金と時間さえかければ問題はない(・・・・・)のだから、安いものであった。


「脱穀の効率化、それにともなう副業の活性化と、発酵食文化の推進。――長期スパンで考えれば、千歯扱きと唐棹の登場は、きっとかなりの利益になるはず」


 脱穀の効率化と、発酵食品の開発。

 久我崎、ことクーガー・ザッケハルトの最初の改革はかくして、潤沢な資金をもってして、実行に移されたのであった。







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