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マネーライフ:悪役貴族の人生やりなおし計画  作者: Richard Roe
第二章 雑に始まる学園編、でも学園生活なんかより迷宮に潜ることを優先する
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一年半をかけた地下ダンジョン実験は色々と上手くいかなかったが、毎日魔石を食べているので保有魔力はどんどん成長するし、あと王女をベッドで抱きしめるなどする

 

 やがて、月日が経った。

 ダンジョン作成は、普通は二年程度では終わらない大掛かりな作業である。とはいえ二年もあれば恐ろしいほどの大きさの地下室を作ることも可能である。

 魔物が住み着いて、空気中の魔力濃度が一定以上になればそれはダンジョンになるのだが、幸いこの屋敷は、バグのためか、立地のためか、すぐにダンジョン化してしまった。


「仮にも魔術研究家にして妖精の身だったこのボクが見つけた屋敷ですよ。立地がいいことは保証済みです。龍脈の線上にあることまで確かめましたからね。龍脈は火山のそばにあるのが普通なんですけど、この迷宮街の地下には緩やかに龍脈が張っているからか、井戸から綺麗な水も湧きでるんですよね。だからこそ、水の出るこの地に街――迷宮街ができたわけですし。その上で、この屋敷には色んな結界も施したし、至る所に魔力を高めるようなルーン文字を彫刻したし、これで屋敷が魔力に満ちないわけがないですよね」


 悪霊の妖精(パウリナ)曰く、当然とのことである。

 確かに、とクーガーは思った。

 生前の彼女は不死の研究をしていたわけなので、魔力はいくらあっても足りなかったであろう。少しでも魔力の集まる場所に住みたい、と考えたのは自然な発想である。だからこそ、龍脈の上の屋敷を借りて、そしてさらにルーンの刻印や結界で魔力を高めたのは道理にかなっている。

 おかげで彼女が実験に失敗してからは、結界内で立派に幽霊ダンジョン化してしまうわけだが。これも魔力を高めすぎた結果であろう。魔力を誰も管理しなくなるとこんな結果になるのだ――とクーガーはまた一つ学んだわけである。

 ゲーム設定しか知らないクーガーからすると、今の説明には十分面白いものがあった。


「怒らないでくだひゃい。だんひょん作ってごめんなひゃい、ちょうひに乗りまひた」


「怒ってない。ありがとう、パウリナ」


「手、手! ほっぺ引っ張らないで!」


「あ、これは別。最近パウリナのほっぺが柔らかいことに気付いたんだよね」


「鬼だ……」


 悪霊(パウリナ)はクーガーに対して嘆いた。






 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






 確かにクーガーは鬼である。この迷宮街に来てからのクーガーときたら、700日間を有意義に過ごすために、ビルキリスとパウリナをあちらこちらに振り回してばかりだった。

 特に、ダンジョン作成から始まるダンジョン養殖地化計画は多忙を極めた。迷宮ミミズを集めたり、迷宮内に生えるという植物を集めたり、はたまた品種改良から土壌調査に至るまで、あれこれとノートに書いては試行錯誤を繰り返し、ついに効率的な環境作りの手がかりを掴んだと思ったらもう一年半が過ぎているのである。

 つまり、700日の殆どが過ぎたのだ。


 逆に言えば、夜に眠らなくてすむ悪霊(パウリナ)を600日近くずっと酷使し続けたという意味でもある。本当にクーガーは容赦のない男であった。






 クーガーの努力の記録は、以下の通りに纏められている。


 酵母の研究――まずまず。持ち帰った麹菌、ワイン酵母、ビール酵母などを元に、地下ダンジョン内でも安定して発酵食品や酒が作れるように研究を重ねる。発酵の温度管理には、持ち込んだ温度計(試作品)を使用。現在のところ、発酵自体は問題ないが、味に雑味が混ざったり不快臭がするものが多いので、美味しいものが作れるように工夫を重ねる。失敗して毒気が発生しているものは部屋ごと土で埋め潰している。


 イモ類の栽培研究――困難。地下ダンジョン内での育成にあたり、光源を用意する必要があり、なおかつ定期的に肥料を与えるのがかなり難しい。ダンジョン内は魔鉱石によりほんのり光っているが、あの光源だけで育つ植物はかなり限定されている様子。現在は光る魔道具を使っているが、魔道具との距離で育ちかたにムラがある。


 ハーブの栽培実験――困難。同上の理由。なお、ダンジョン内で育つ種類のハーブは、何種類か育成に成功している。


 堆肥舎の作成――困難。ミミズによるコンポスター、トイレなどを作成したが、悪臭がひどい。ダンジョン内は換気の必要性が非常に高い。いくつかの区画は悪臭対策および衛生面の観点から土で埋め潰したりする羽目になっている。


 石鹸用植物の栽培――まずまず。ダンジョン内に生える植物の中に、サポニンを多く含むものがあり、これを絞って使うと石鹸のようにして使える。毒性があるのが厄介だが、当分の間は体を洗うのに使用。


 水耕栽培の実験――地面を掘っていたら水がいくらでも湧いてきたので、一部を利用して水耕栽培の実験を開始。水耕栽培を通じ、植物がよく育つにはどれぐらいのリン、窒素、カリウムなどの無機養分が最適かを調べるのが目標。無機肥料がないため、現在は肥料液なしで、なおかつ地下ダンジョン内の薄暗い光でも育つようなハーブがないかを探す段階(他にも、魔石を肥料代わりに水に溶かしたりしてその量を計るなどしている)。ほぼ上手くいっていない。


 ミミズの飼育――順調。土の中の有機物、微生物、および魔力素を食べているが、龍脈上という土地柄かよく育つ。魔石を定期的かつ大量に収穫できる。他にも、酵母実験に失敗した部屋や、失敗したトイレを埋め潰す際、ミミズたちと共に埋め潰すなどしている。長い時間をかければミミズにより無毒化できるという計算である。


 換気技術の開発――未着手。そもそも地中に含まれる有毒ガスや、ミミズなどが吐き出す二酸化炭素、酵母実験などにより排出される臭気などで、地下ダンジョン内はかなり空気が劣悪である。ダンジョンが育つと空気中の不純物をダンジョンが食べて(・・・)空気が清浄化されるらしいが(ダンジョンの呼吸)、まだ若いダンジョンなのでそれらは未熟。空気清浄効果がある魔道具をいくつか購入し、それを放置しているが、それでも足りないほどである。地下ダンジョンを潜る際は風魔法が必須。


 その他地下ダンジョン――時々アンデッド系の魔物が徘徊しているので注意。綺麗な湯水が湧き出てきたので、それを飲み水や風呂として使用。あと、パウリナの仕事量が多くなってきたので、パウリナが下級アンデッドを使役できるように一緒に魔術研究中。






 ――などなど。


 特に今回の地下ダンジョン作成実験では、上手くいかなかったことのほうが圧倒的に多かった。

 苦労の割りにリターンは少ないものだ、とクーガーは痛感するのだった。本当は、面倒なことは大体パウリナに丸投げしているので、クーガー自身の負担はあまりないのだが、それでもげんなりする結果である。何より、地上に持って帰ることができる成果がないのが痛かった。発酵食品の製造が上手くいけば、その酵母を持ち帰って色々とできたのに、一年半をまるまる無駄遣いしたような結果に終わったのである。意気消沈もやむなしであった。


 一方、ビルキリスはそんなクーガーの評価とは全く違う物の見方をしていた。


「贅沢ですよ、クーガー。ミミズを使っての魔石採集に成功しているではありませんか。定期的に、そして安全に魔石を集められるなんて、本当はとても凄いことなのですよ? 貴方のやっていることは十分成果が出ています」


「魔石……。まあ確かに、殿下の『王国宝石館(まじかるじゅえる)』と併用すれば、かなり凄いことができるかもしれません。でも、今のところ魔石はあくまで老化対策ですからね……」


「老化対策。結構なことです。不老長寿は人類の憧れです。魔石の摂取は、王族や大貴族が若さを保つために行っている秘術でもあります。――魔石を湯水のごとく使うことができる私たちは恵まれていると思います」


 ビルキリスはそんなことを言いながら、砕いた魔石をぽりぽりと噛んでいた。リスみたいだ、とクーガーが呟くと、彼女に睨まれてしまった。


「この一年半、ほぼ毎日魔石を食べています。他にも綺麗な湯も湧き出てきたので、毎日温泉にも浸かっています。迷宮街から魔石と引き換えに、蜂蜜や肉を購入したりできて、食事も十分美味しいものを食べています。ベッドも非常に柔らかいものですし、毎日呑気に過ごせてます。家事は殆ど幽霊(パウリナ)に任せていますし、私は満足です」


「でも、地上に持ち帰るような成果がないですからね」


「私たち自身が十分成果でしょう。どれほど魂の器(経験値)を伸ばせたと思うのですか? ミミズ狩りや魔石の摂取で、保有魔力量は段違いに伸びていますよ」


 確かに彼女の言う通りなのである。全くその通りで、クーガーは何の反論も出来ない。

 実際クーガーたちは、この700日近くで、それなりに強くなった。毎日魔石を食べているからなのか、魂の器(経験値)は以前よりも格段に成長し、保有魔力量に至っては、潜る前と比較しても1.5倍程度には膨れ上がっている。迷宮で700日ずっと修行に打ち込んでいても、ここまで魔力を伸ばせたかどうかは怪しいところである。

 そういう意味では、クーガーたちの迷宮第二階層での700日の戦果は大きいと言えた。


「それに、ミミズ狩りの過程で色んな魔術を実験できましたし、私は十分有意義に過ごしましたよ、クーガー」


「まあ、色んな属性の魔術を試し撃ちできましたからね。下級魔術のいい練習になったと思いますよ。ビルキリス殿下におかれては、魔術の精緻なコントロールに一層磨きをかけられたようですしね」


「とても楽しかったです。やはり貴方について行って正解でした。――地上に帰ったら皆さん、私たちの変化にびっくりされるでしょうね」


「でしょうね。まずは髪の毛を切らなくては。それに服のサイズも変わったので服を買い替えないと」


「……まあ、確かにそうですけど、そういう変化ではありませんよ」


「冗談ですよ」


 地上では七日間。たったの一週間である。クーガーは、そういえばたった一週間しか過ぎていないのか、と思わず呆けてしまった。

 ダンジョンまで作って、念願の温泉に浸かって、ほぼ毎日魔石を食べる生活を続けて――そして700日が過ぎたのである。余りにも早い700日であった。あっという間に二年間なのである。

 クーガーは僅かに、危機感のようなものを覚えた。


 少なくともザッケハルト領にいたころは、二年間でもっと色んなことが出来ていた。それは忠実な部下がたくさんいて、ある程度は他人任せにできたからでもあったが、それを鑑みてもこの二年間はあまりに何もしていない(・・・・・・・)。このままでは学院を卒業するまでに何もできないかもしれない――とクーガーの内心に言い知れない焦燥感が湧いた。


「……変化、しないといけませんね」


 そんなクーガーの呟きに対し、魔石をぽりぽりと齧るビルキリスは、敢えて無言を守って黙っているようだった。






 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






「……うーん、むにゃむにゃ……」


「……」


「……ちょ、ナターリエ姉さん……抱きつかれたら……」


「……?」


「! ……誰だ!」


「……え、ビルキリス……王女……?」






 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






「不安に思う気持ちは分かります、私も不安です」


 同じ布団に潜り込んできたビルキリスは、そんなことをクーガーの耳元でささやいた。

 屋敷の寝室の中、窓は鎧戸を締めており、明かりはどこにもない。そんなしんとした暗闇で、ビルキリスの声はやけに大きく聞こえた。そしてクーガー自身の心臓の音もまた、やけに大きく聞こえるのだった。


「貴方は別の理由で不安になっているのかもしれませんが、私は戻るのが怖いです」


「……ビルキリス殿下」


「できることなら、このままずっと過ごしたいものです。全てを忘れて、自由に過ごしたいのです」


「……」


「でも、やはり戻らないといけません。戻らなければ、色んな人が悲しむでしょう。――私は王族ですから」


「……殿下」


「……クーガー。またこうして、一緒に迷宮に潜ってもいいですか?」


「ええ。いつでも」


「……」


 よかった、という細い呟きが聞こえたような気がして――だが、クーガーはそれを聞き返す気にはならなかった。

 代わりにクーガーはもう一度目をつぶることにした。眠るべきだと思った。

 眠っているうちならば、不安がっている王女を抱きしめても、罪には問われないはずなのである。

 結局クーガーは、毒殺されかけた経験などないので、彼女の不安のほどがどれほどなのか理解はできないし、励ましの言葉をかけることもできないであろう。

 だから今できることは、抱きしめることだけなのであった。




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