2ここは森の中
氷みたいに冷たかった。
氷のかけらを飲み込んだみたいな感じだった。
胸の奥から心臓の鼓動が痛いくらいに聞こえてきて、冷え冷えしてる。
浅い呼吸を繰り返して、意識を彷徨わせる。
(…ここは…何処…?)
うっすらと開けた視界の先には、深緑の葉が鼻先を擦るように震えていた。
「…ぁ…」
かすれた呻き声が自分の喉から聞こえた。
背中にあたる感触からすると、これはたぶん土だ。
柔らかな湿った土が、背中を柔らかく包んでいる。
深い独特の匂いが、ここは森だと教えてくれる。
霞む目を抑えながら、長い髪が枝に引っかからないように起き上がる。
「……」
机の上で眠ってしまった時のような体の痛みを感じる。
辺りを見渡すが、背中で感じた通り、そこは森だった。
不思議な雰囲気を漂わせた森は、じっとりと朝露に濡れたように森全体が滲んで見えた。
瞬きを何度か繰り返すが、頭が少し混乱している。
何処を見渡しても木や葉が顔を見せているばかりで、ここが森だという情報以外わからない。
(まいったな…)
脳内の混乱に反して、表情は混乱に追いついていなかった。
こればっかりは鏡を見なくてもわかる。
私はいつだってそうだ。
何かを思い出しかけるがすぐ頭から消える。
ここにどうやって辿り着いたかも…
わからない、と思いかけるが、いや、少しおかしな記憶がある。
落下してゆく風の中の私と太ももを叩くスカートの感触。
満天の星空と森の中の白い塔。
リアルな夢かと思えば、意外と現実だったりして…
なんて想像をするとちょっとぞっとする。
ん?つまり私は死んだということ?
混乱がおかしな方向へ飛びかける。
駄目だ、考えててもしょうがない。
私はぱきりと心地よい音を立てる枝を踏み鳴らし歩き始めた。
そう言えばさっき気づいたが、私は学校の制服を着ていた。
白いシャツに緑のラインの入ったV字の襟の灰色のカーディガン、同じくライトグリーンの入ったチェックの短い灰色のスカート、下には黒のタイツ。
履き慣れた青いスニーカー。いつものスタイルだ。
半袖なのが寒いくらい、森の空気は冷たかった。
でもジトジトした雨の降った空気でなく、大地を潤すように、通り雨がさらっていったような感じだなと思った。
そんな事を考えながら歩いていたせいか、土に露出した木の根に躓いて転ぶ。
尻餅をついたスカートに、べっとりと泥がつく。
傷口にも泥と血が混じり合ってヒリヒリする。
じくじくした痛みは頭に訴えかけてくるものがあって、私を脱力させた。
泥も払わずその場で蹲り、膝に顔に埋める。
痛い…帰りたい…誰か…助けて…
その祈りは青い光が叶えてしまった。
「おや…いたいたお客さんだ」
ハッとして顔を上げると、青いランタンの光に照らされた猫の顔が見えた。
猫…?
服を着ているし二本足で立ってる…
その姿はまるで…そう、長靴を履いた猫のようだ。
「お嬢さん大丈夫かな?おや…?怪我してるじゃないかこりゃ大変!すまないね、もうちょっと早く俺が見つけてたら」
猫は焦ったように頭を掻いた。
優しい…猫…だな…
少し仄暗くなる記憶の片隅の影が、ズズズと動いた気がした。
「さ、手を取って。気おつけてついて来るんだよ?…大丈夫。怪我の手当ては後でするから」
悪い奴ではなさそうだ。
この場合悪い猫…かな。
光の消えた濁った瞳が少し安心して猫の姿を反射して写した。
私はこの猫に着いて行くことにしたのだ。