精霊様ご降臨
リハビリ的に書いてみました。連載といいつつ3話くらいで終わるかも。
死後にさ、ハローワークがあるなんて信じる?
あはは、信じらんないよねそんなの。
でも、派遣された僕が言うのもなんだけどね。
『自然あるれる職場です!
経験不問。制服支給。住居あり、三食シエスタ有り。
仕事時間は1日4時間でフレックスタイム制で、高給待遇。各種保障あり。交通費支給。』
そんな言葉が躍る求職票を手に取った僕は、掘り出し物を見つけて有頂天になった。そして、スーツ姿の指導員さんの簡単な説明だけで、一も二もなく飛びついてしまったのだ。前世の感覚で。そう、そこは死後の世界のハローワーク。前世の価値観なんて持ち込まずに、もっとちゃんと説明を聞いておけば……。
「ほんっと、美味い話には裏がある」
神社にあるような大木に引っ掛けた、ハンモックに体を預けながら呟く。
ぐしゃぐしゃになった半年前に手に取った求人票を見る。
何が自然あるれる職場だ。ただの森の中じゃない。
高給待遇って、お金なんてどこに使うんだ。コンビニどころか人家もないのに。
交通費支給とか、そのまま転生させられただけ。その職場とやらに住んでますし。
仕事内容は、森の動植物と触れ合うこと。それって業務内容?
なにより、一番条件としては興味を持ってなかった「制服支給」。これが一番の曲者で…以前の黒髪黒目の平均的な日本人男性だった僕の姿は、変わり果ててしまった。
日を受けて輝く銀色の長い髪。
緑色に輝く瞳とパーツがバランス良く配置された顔。
柔らかく盛り上がった胸に、健康的に伸びた白い手足。
140cmくらいの背丈の割には良いプロポーションをしてて、もし平和な日本であっても夜道を歩かせられないほど極上の美少女だ。
そう、美少女なのだ……。
「くふぅぅ!……うぅぅぅ」
ハンモックの上で羞恥に悶えていると、バランスを崩してべちっと地面に落ちてしまった。
鼻を押さえながら顔を上げると、そこにはまるまるフワフワのウサギがいた。そのウサギは地面についたこちらの手をちろっと舐めては気遣うように、見上げてきた。か、かわいい……男だって可愛いものは可愛いと思うさ。うぅ、なんて賢くって可愛いんだお前は。落ち込んでた気分の時だからこそ、その小さな気遣いに涙が浮かんだ。
「うぉぉぉ、ぴょん吉ぃ~!!」
思わず抱き寄せて頬擦りしてしまったけど、ぴょん吉は嫌がるどころか鼻を寄せたり顔を擦りつけたり親愛表現を向けてくれる。この子が、いやこの子たちがいるからこそ、僕はスローライフとは名ばかりのド田舎(森)監禁生活にも耐えられるのだ。ぴょん吉の毛皮にキスの雨を降らしながら、目端の涙をぬぐう。ぬぐわれた涙の粒が地面に落ちると、ひんやりした雰囲気の森の中が少し暖かくなったような気がした。
その世界はゆっくりと、しかし着実に滅びようとしていた。
はるか西より押し寄せる瘴気をまとった風が、動植物を狂わせ、人を狂わせ、死に向かわせる。人々は防風林で自らの生存区域を囲み、瘴気を防いで生きてきたがそれも限界が来ていた。瘴気は植物をも歪める。それまで人を瘴気から守ってきた防風林が魔の森となって牙を向いた。人々は東に、東へと追いやられ……もういくつかの国を残すのみとなった。
しかし、いくら人が集まろうと瘴気は人の手に余るもの。
人々は、ゆっくりと忍び寄る死に怯え、そして諦めの中で生きていた。
それが変わったのが半年前。
始まりはイアシンと呼ばれる国。魔の森に飲まれようとしていたその国で人々は見た。灰色の霧に包まれた魔の森が、大きく輝いたかと思うと霧は晴れ「普通の森」になっていたのだ。しかし、それだけでは済終わらなかった。その森が日に1~2度輝くと、また「普通の森」が広がった。人々はその輝く存在にを精霊様と呼び、深く感謝して輝く森を「精霊の森」として敬った。
今日も輝く森を見て、人々は自然と胸に手を当て首を垂れる。
「おぉ、今日も精霊様ががんばっておられる」
「ありがたや、ありがたや」
くだんの精霊様は、だらしない顔でウサギ達にキスの雨を降らせていた。
「でへへ……ああもう可愛いなぁお前ら。おっとよだれが。あ、こらウサ子くすぐったいってば」
乱暴にぬぐったよだれの礫が地面に落ちて、きらきらと煌めいていた。