石の少年
下記の記号で上下に括られている箇所は作中作となっております。
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あなたがいてくれたから、私になれたんです。
あなたがいてくれたから、私はがんばろうと思えたんです。
ねぇ。ギル?
私はあなたのがんばりを、いつも見続けてたんですよ。すごいな。すごいなって。
私はそんなあなたをずっと見てきたんです。
どんな時でも、がんばり続けて。
どんな時でも、皆に信頼されて。
あなたは、誰よりも輝いて見えました。
でも、だからこそ疲れていたんですね。他の誰よりも。
なのに、歩むことを止められなくて。走ることを止められなくて。疲れてしまった。
ごめんなさいをいっぱい言わないと思いますけど、それは言いません。
代わりに、ありがとうをいっぱい言おうと思います。
それで、あなたが起きたら、まずは「おはよう」って言ってあげるんです。
ずっと寝ていたら、聞けませんよ?
だから、子守唄ではないですけど、目覚めの物語を作りたいと思います。
ギルは、村の誰よりも私の空想物語を知っていますよね。
でも、今回は特別です。
私が空想士として初めて演る物語なんです。
ちゃんと見てくださいね。
私の大切な——友達。
◆
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あなたはは石を持ったことがありますか?
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今までになく、自らの発する声に力がこもるのがわかる。
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人は生まれながらに、石を持って生まれてくるというのは知っていますか?
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語りかけた声は、小さな家の隅々まで響き、全てのものを震わせる。
自らの心すらも奮え、震え——空想を振るう。
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これは、石を持った少年の物語。
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ブワっと、小さな家だったはずの風景が変化する。
《空石》が光り輝き、全ての色をなす虹の光が、家を、人を、物を全て包み込んだ。
すると、家の中がもはや別世界と言っていいほど、色彩豊かな石が散りばめられ、壁も床もどんな場所にも際限なく石が敷き詰められている。
まるで石の世界が創造されたようだ。
とても不思議な感じがした。
あれだけ空想士になるのは難しいと思っていたのに、こうして空想を使ってみると、驚くほどあっさりと使えるのがわかる。
まるで、昔から知っていたみたいに自然にだ。
鳥が羽ばたくように。
魚が泳ぐように。
当たり前のように空想が使える。
そう思っている内に部屋全体の変化を終える。
これで、ようやく舞台が整った。
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石の世界では、ある噂がありました。
それは、何でも夢を叶えることのできる石を持って洞窟を抜けると、たった一つだけ願いをかなえることができるという噂です。
しかし、未だにこれを達成できたものはいません。
どうしてかって?
それは、とても簡単なことなのです。
願いを叶える石は、洞窟に持って入ると、どんどん、どんどんと重くなっていき、洞窟の最後の方では、どんな大人だろうと持つことはできないのです。
願いを叶えようと何人もの人間が挑戦しました。
だけど、どんな人たちも石の重みに負け、最後には諦めてしまいます。
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すると、レオンが光に包まれ、その姿が変わっていく。
何も伝えていないはずなのに、レオンの姿は、ノアの思い描いた姿へと変わっていく様は《空想脱皮》という名に相応しく、元のレオンさえわからぬ姿となった。
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そんな時、一人の少年が願いの石を持って、洞窟に入りました。
大人たちは、少年に願いが叶えられるはずがない。
やめておいたほうがいいと忠告をしたにも関わらず、少年は洞窟に入りました。
案の定、少年は途中で力尽きてしまい、願いむなしく少年の挑戦は失敗しました。
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変化を終えたレオン演じる少年が、力なく横たわり、悔しさがにじみ出るほど、その失敗を恥じ入るような表情が痛々しさを教えてくれる。
——すごい。
内心では、ノアはレオンの演技の一つ一つに魅入っていたいと思わせるほどに、レオンの一挙手一動に心奪われていた。大した打ち合わせをしていないのに、ノアが空想した舞台と朗読を元に、演技をしている。
——負けていられません。
なおも、現実以上の空想を、ノアは形作る。
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聞けば、少年は村で一番の負けず嫌いで、ある諍いで口論になり、願いの叶える石は自分ならば叶えられると豪語したのだそうです。
でも、挑戦は失敗。
少年と喧嘩をしていた者たちは、指を差して笑い、少年はいつの間にか、皆の中から外れものとされてしまいました。
ですが、何たることでしょう。
次の日も、少年は願いの石を持って洞窟に挑むではありませんか。
どんどん重くなる石を背負いながら、苦しさを背負いながら、歩き続けました。
それでも、結果、洞窟の最奥に入ること叶わず失敗に終わりました。
そして次の日。また次の日。
失敗しては入り、入っては失敗の繰り返しの毎日です。
いつしか、少年を笑っていたものたち全員が、なぜそこまで少年ががんばるのかわからず、少年の挑戦を不思議に思うようになりました。
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少年が大きな石を背負って何度も挑戦するように、ギルもがんばり続けた。
村の大人たちが、どうしてそこまでがんばれるのか不思議がったこともあった。
ちらりとギルを見る。
椅子に座らせ、この舞台が見られるようにしているが、今のところ何一つ反応がない。
それでも、レオンの言葉を信じて、ギルのことを思いながら、空想の一つ一つの世界を形作っていく。
空想しろ。
空想しろ空想しろ。
この石の世界の全てを。光も音も匂いも全てを創造するんだ。
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やがて、ひたむきにがんばる少年の姿に心打たれた大人たちは、次第に少年のことを応援するようになります。ある人は食事を渡したり、ある人は少年のことを立派だと言い、少年の挑戦は次第に認められるようになりました。
しかし、面白くないのは少年と最初に争ったものたちです。
自分たちと対立したあいつだけが、どうしてこんなに応援されるのか腹立たしく、少年に対して意地悪を仕掛けよう考えました。
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空想には真実も事実もない。
あるのは、ノアの中にある本当だけ。
これが正しいものなのか、間違っているものなのかすらわからない。
だけど、ギルのことを想う、この物語だけは——本当だ。
それが伝わるように、届くように、祈るようにノアは、空想する。
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ある日、少年はまた洞窟に入ろうとしたところ、村の様子が騒がしく、いつも様子を見に来てくれる人たちが来ませんでした。何があったのだろうと、様子を見に行くと、村の中で、獰猛な魔物が暴れているではありませんか。
それは、村外れにいる魔物で、普段は村が襲われることのないように食料を与えていたのですが、原因はすぐにわかりました。
少年の対立する子供たちの手によるものだったのです。
少年を困らせようと魔物に石をぶつけて洞窟まで誘い込もうとしたら、魔物はおいしいものがある村へと引き寄せられ、襲い始めたのです。
子供たちは泣いて謝りましたが村の大人たちは誰も許してくれません。
村の一大事なのですから当然です。
大人たちも、あの魔物をどうするかで悩み、ある誰かがこう言いました。
願いの石の力で、あの魔物をやっつけたらどうだろうか、と。
その案はすぐに受け入れられましたが、では、誰が願いを叶えに行くのかと、さらなる問題が出たのですが、それはすぐに解決しました。
毎日、洞窟に挑戦している少年が行くのが一番だと。
大人たちの提案に、少年は笑ってそれを受け入れました。
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それこそ文句の一つも言わないで、ギルは村のためになるならばと、身を粉にしてがんばっていた。
この少年のように、そうあることが当然であるかのように、ギルは何一つ苦しいも、疲れたも言わずに受け入れ続けた。
だから、ギルはその期待に潰れてしまった。
期待は——人の想いを潰してしまうほどに、重いものなのだ。
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洞窟に入った少年は、願いの石を持ってどんどん中へと進んでいきました。
ですが、少年は内心ずっと思っていたことがあったのです。
自分は、決して成功することはないのだろうと。
少年は、何度もこの洞窟に挑戦していたので、知ってしまったのです。
どうしてこの洞窟を進めば進むほどに石の重みが増すのか。
それは、人の心が重くなってしまうからなのです。願いが叶うと思えば思うほど、石の重みが増し、あと最後というところで失敗してしまうのです。
少年は、村の期待の全てを負ってしまいました。
村人の意思を全て背負っているのです。
いつもならば、さくさくと進めるのに、いつも以上の石の重みに——潰れ、少年は途中で力尽きてしまったのです。
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ギルも少年と同じだったのではないか?
気づくのが遅すぎたと思う。
できることならば、ギルに聞いてみたい気がする。
あぁ、これは同情なのだろうか? 憐憫なのだろうか?
彼を可哀相と思ってしまう自分は、何様なのだろう。
ギルは同情なんてしてほしくないはずなのに、わかったような気になるのは傲慢そのものだ。
それでも、ギルを見ていたらこの物語を創らずにはいられなかった。
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少年は決して負けず嫌いではありませんでした。
少年が洞窟に挑戦しようと思ったのは、格好悪いところを見せたくなかったから。
少年が何度も洞窟に挑戦したのは、格好良いところを見せようと思ったから。
少年は、自分は努力をしているのだと思っていました。
だけど……いつしか少年はただ、逃げてないふりをしているだけではなかったのかと、いつも自分の胸に問いかけながら、少年は挑戦していたのです。
いえ、挑戦に……逃げていたのです。
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挑戦に逃げるのと、挑戦をしないものの差なんてあるのだろうか。
挑戦をするだけ、まだマシなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
ギルは挑戦に逃げていて、ノアは挑戦から逃げていた。
そして、今は——……。
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ですが、今はもう関係ありません。
こうして、いつまでも倒れていれば、何も背負うことがないから。
いつまでも寝ていれば、自分は楽になれる。
そう、思っていたら、ふっと少年はあることに気づきました。
石の重みが軽くなっていることに。
どうしたのかと見上げると、そこには少年をいじめようとしてた子供たちがいるではありませんか。
その子供たちが、協力して石を持ち上げていたのです。
汗水を垂らして、その一生懸命な顔をして、少年の石を全員で持ち上げたのです。
すると、その内の一人が言いました。
自分たちがしでかしたことの責任を取りたい。だから、手伝わせてくれと。
そのたった一言は、少年たちの仲の悪さをとかすに十分な言葉でした。
願いの洞窟で、願いを叶えることのできる願いはたった一人の一つだけ。
だけど、少年たちの全員の願いはたった一つだけ。
皆で一つの願い。
これが、願いの洞窟の全ての答えでした。
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一人で抱えることのできない重みは、皆で背負えばいい。
一人で抱えることのできない想いは、皆で叶えればいい。
——ギルは、何もかも一人でがんばりすぎなんです。
そして、ギルだけではない。村の皆もギルに背負わせすぎた。
今度は、皆で背負う番が来ただけのこと。
だけど、その皆の中には——……。
すっと、ノアの瞳から一粒の涙が流れた。
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願いを叶えることのできた少年たちは、魔物を退治するのではなく、元のいた場所に返してくれるよう願いました。元を正せば、魔物の住処を襲ったのは少年たちだったので、それを悪く思い、帰ってもらう願いが叶いました。
そして、村には平和が戻り、願いの洞窟は消えてしまいました。
ですが、今回のことで少年はわかったことがありました。
本当に叶えたい願いは、一人では叶えられないということが、よくわかったのです。
潰されそうなほど、辛いことがあっても皆で背負えば軽くなるのだと。
一人で背負えないものは皆で背負い、皆が辛そうにしていたら自分が背負う。
それに気づくことができた。
もしかしたら、少年は、真実の願いを叶えることができたのかもしれません。
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本文にはHTMLタグが使用できないようなので今回の手法を取らせていただきました。
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