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空想脱皮  作者: 菊日和静
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最初の一歩

 ギルは、村の期待を一身に背負った人だった。

 ノアが両親を亡くした時のことだ。

 ギルも空想戦争により両親を亡くしたはずなのに、ノアを慰め、元気付け、笑いかけてくれた。

 本当はとても不器用な彼が笑ったところを見たのは、その時が初めてかもしれない。

 あるいは、仮面をつけていたのかもしれないと今ならわかる。

 悲しみに押しつぶされそうだったから、強気に笑っていられる、大人の仮面を付けていたのだ。

 それからというもの、ギルはがんばり続けた。

 身体は大人に引けをとらない年齢になっても、遊びたい盛りの年頃だ。そ

 れなのに、ギルは村の仕事を大人に混じって手伝い続け、村長には夜遅くまで勉強を教わっていた。

 死んだ両親の言葉を——精一杯守っていた。


『誰かを守れるぐらい、強い人間になれ』


 戦争前に、それがギルの両親が残した最後の言葉だった。

 だから、ギルは努力を続けていた。

 春も、夏も、秋も、冬も。

 努力に努力を重ね、それだけがんばっているにも関わらず、ノアの空想物語や子供たちと遊ぶことも少しばかりの時間であるが忘れなかった。

 そしてある時、ギルならば都にある学術大学に入ることも夢ではないかもしれないと誰かが言った。酒の席で笑い話だったのだろう。だけど、あるいはと誰もが思っていた。

 それぐらい、ギルはがんばっていたのだ。

 学術大学といえば、それこそ、門戸を広く開放しているが、毎年そこに入りたいと思う人間が山のように溢れているところで、卒業をすれば将来を約束されたも同然だ。

 村のためになるならばと、ギルは受験することを決めた。

 村の誰もがギルを応援し、村の誰もがギルの合格を信じていた。

 空想戦争の爪あとが残った村に、明るい話題が咲くと誰もが夢見ていた。

 なのに、そんな夢が——あっさりと破られた。

 ギルの不合格の一報が届いた。

 ただ、そんな紙切れ一枚で、村の空気がここまで一変するとは思わなかった。

 悲嘆にくれていたのではない。

 ギルにどう声をかけたらよいのか、誰もわからなかった。腫れ物を触るように、ギルを気遣ったのだ。

 ノアでさえあまりにギルが気の毒で、ただ料理を作る程度のことでしか、ギルを支えることができなかった。

 それからというものギルは変わった。

 いや、少し違う。

 何も変わることなく変わり果ててしまったのだ。

 いつも通りにギルは仕事をして、勉強をし続けた。

 落ちる前と——何一つ変わらずに。

 見る間に生気がどんどん失われているのがわかるのに、ギルは変わることなく変わり続けた。

 大人たちは期待しすぎたせいでギルを余計に気遣い、ノアもまた休むように言ってもギルは働き続けた。

 その、結果が《枯渇病》だ。

 神様がいたとしたら、なぜこのような仕打ちを与えるのだろうか。

 がんばった人間には、相応の褒章や結果が付いて回らなければならないはずなのに、逆に罰を与えるような仕打ちを与えるのは、どういうことなのだろうか。

 それに対する答えをノアは出すことはできない。

 経験も足りず、知識も足りず、力も足りない、非力でちっぽけな自分が嫌になった。

 そんな折、一人の空想士が村に現れてくれた。


 縋ったのだろうと思う。

 頼ったのだと思う。

 依存したのだと思う。


 それでも、ギルを助けたいと思うこの気持ちだけは本物だ。

 非力を嘆くだけの自分をもうやめよう。

 一歩踏み出すだけの勇気を持って、夢に立ち向かってみよう。

 そして、ギルの《枯渇病》を治そうと——レオンとノアの二人が来た。



「ギル君は、そんなにがんばっていたのか。なるほど、村の人たちが期待をかけるのもわかる気がするよ」


 ギルの家の前に着いた二人。

 ノアは、レオンにギルの状態のことを聞かれ、具体的に過去に何があったのかを教えていた。

 ギルの過去——ノアにとっては、思い出すにも新しい記憶で、痛々しさとギルの強がりが浮き彫りになる。

 レオンとノアは、気絶した村長をノアの家に寝かせている。

 レオン曰く、睡眠効果を持つ薬草を嗅がせただけで問題はないという。

 なので、真夜中ということもあって、外には人っ子一人いない状態だ。


「だけど、その重圧を一人にかけすぎたんだね。期待は、とても重いものだ。そう、人を一人殺してしまうぐらい——それは重い」


 夜のせいだろうか。

 松明に照らされているだけの、レオンの言葉の一つ一つが、この夜闇のように重い響きを持つ。

 期待は重いもので、それは星の光すら飲み込むほどに、重く暗いものになってしまう。


「皆もわかってはいたんです。いえ、気づいてからわかったんです。本当はギルも一人の子供だったんだって。だから、皆変によそよそしくなっちゃって」


 それもまた、彼を責めてしまう原因だった。


「仕方のないことだよ。むしろ、一人になれる時間は誰にでも必要だ。周りにできるのは、立ち上がるのを信じて待つことだけだ」


 信じて待つ。

 ノアを初め、村の皆はギルが立ち上がるのを信じることができていたのだろうか?

 ……いや、できなかったのだろう。

 ギルの辛さはわかっていても、自分たちがかけすぎた期待にも自責の念があったのだから。

 唯一、子供たちはまだ小さいおかげか、ギルに対しての接し方が変わらなかったのが救いだった。


「だけど、《枯渇病》はその時間すら許してはくれなかった」


 わかっている。

 時間さえあれば、村の皆もギルもいずれは元通りなっていたはずだ。

 なのに、《枯渇病》という最悪な病気が、その時間を許してくれなかった。


「その通りだ。だからこそ、私がいる。——っと、ここだね」


 ギルの家の前まで着いた。

 ついさっき、来たばかりなのに、全然違う家に来たみたいに静まり返っている。

 今この中に人がいることすらわからないほど静かで生きている気配がない。

 家の中に入って、燭台に明りを灯す。

 ギルの部屋まで行き、ベッドで眠っているギルを見つけたが、依然、白色のままだった。


「ギル……」


 戻っているかもという淡い期待はすぐに裏切られた。

 レオンは、ギルが白色になっていることを意にも介さず、ギルの身体を簡単に診察した。


「なるほど。確かに、《枯渇病》にかかっているようだ」


 専門知識を持っているレオンが、間違いないと断言した。


「治り……ますか?」

「治すんだよ。これからね」

「……そうですね」


 ゴクリ。

 否応なしに緊張も高まる。当たり前の話だ。

 なぜなら、ギルの《枯渇病》を治すのは——ノアなのだから。

 そんな緊張を察したレオンが、言葉をかける。


「いいかい。実のところ、空想士になるの至って簡単だ。自らの空想を引き出すことができれば、もうそれは空想士だ。なれる者はいつだってなれるし、なれない者はどんな時でもなることはできない」


 いつだって、誰だって空想士になることはできる。

 ここに来る前に、レオンはそう言った。

 空想士を目指すのならば、今回のギルの《枯渇病》を治してみなさいと。

 驚きの余り、すぐに「無理です!」と言おうとしたが、その言葉はすんでの所で押し込めた。

 空想士になることを決めたのならば、「無理」とか「できない」とか、そういった言葉の全てを封じることに決めたのだ。

 踏み出してしまった一歩があるならば、進むための二歩を躊躇ってはだめだ。

 そう思ったから返事は「はい」だけにした。

 頼るだけではダメだ。

 寄りかかるだけではダメだ。

 ギルを治すのは——私しかいない。

 それぐらいの気持ちでやらないといけない。


「君のありのままの空想を創造するんだ。ただ、それだけできればいいんだ」


 空想士は空想を想像し創造する者。

 ただそれだけできればいい。

 ギュッと、レオンがライラライの時にくれた、水晶のような《空石》を胸に抱く。

 空想を創造する不思議な石は、何の色にも染まりそうなほど、透明に澄んでいた。

 何の色にでも染まるということは、白にも黒にも、何にでもなることができる。

 だが、ノアがそこに抱いている色は不安ではない——希望だ。

 ギルを助けたいと願う希望。

 それら全てを空想する。


「ノア。さぁ、始めようか。これが、君の空想士としての最初の一歩だ」


 最初の一歩。

 その言葉によりノアの躊躇いや不安は全て霧散する。


「はいっ!!」

「いい返事だ。若き空想士の新たな誕生と、その友を助けるために、我が空想士としての能力——《空想脱皮》は、君の友を助ける力となろう!」


 そして、二人の空想士の劇が開幕する。

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