表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空想脱皮  作者: 菊日和静
PR
21/24

憧れの空想士

 ノアが物語を締めくくる間際のことだ。

 朝露に濡れる森の空気よりも澄んだ声が——聞こえた。


「え……?」


 凛と響くその音は、懐かしくもあり、嬉しくもある不思議な音色だった。

 その声が響いた瞬間——


「え?」


 ノアは目を疑った。

 オークジアが白く染まり一瞬にして消えてしまった。

 夢を見ているのかと思ってしまった。

 なのに、何度瞬きをしても、オークジアは消えたままだった。

 ノア、レオン、ヨシュアの三人が命をかけて創り上げた希望の樹が——消失してしまった。

 心がざわめく。

 嬉しさ。

 寂しさ。

 楽しさ。

 痛みが全部ひっくるめたように、心がうずく。

 いつの間にかノアは走っていた。走って。走って。走った。

 そして、ノアは見る。

 空想を遥かに超えた——現実の痛みを。



 突然『それ』は現れた。

 そうとしか思えないほど突然の出来事だった。

 ヨシュアがオークジアを空想したことで、イグドラを救えたと思っていた。

 いや違う。救えたと確信していた。

 空間の枯渇化を今度こそ治せたと思っていたはず——だったのに。

 それは——現れた。

 それは、人の形をしていた。

 ひどく美しい女だった。

 だけど、その人に色彩はなく、全てが白かった。

 頭の先から足元まで白く、命の根源の全てを奪われたかのように白かった。

 レオンは『それ』を知っている。

 見紛うはずがない。

 その髪も、その瞳も、その口も、その声も、その全てを。

 たとえ、全ての色が抜け落ちようとも忘れるはずがなかった。

 隣にいるヨシュアも呆然と見ており、彼は雨に濡れた子犬のようにただ震えていた。

 そして、それはニッコリとこちらに笑いかけて言う。



「久しぶりね。レオン、ヨシュア」



 変わらない艶のある声。

 優しい笑顔。

 その全てが何もかもが昔のままだった。

 ——そう。

 レオンの最愛の妻にして、ヨシュアの最愛の姉。

 ソラリス=ブリュノ。

 白よりもなお白く。純白を凌ぐほどの純白として。

 そこに、佇んでいた。


「どうしたの二人とも? 変な顔しちゃって」


 きょとんとしてソラリスは、首をかしてながら二人に問う。


「ソラリス……本当に君なのかい?」

「あら、レオンったら。私が誰に見えるっていうの?」


 あらあらと、困った子供に質問されたかのように、ソラリスは微笑んだ。

 ありえないといくら頭で否定しても、否定しきれない。

 こうして目の前にいる彼女は、生きていた頃と全く同じだった。


「まぁ、ヨシュア。こんなにも大きくなって!」


 レオンの隣に立っているヨシュアに、駆け足で彼女は抱きついた。

 記憶の中では、ヨシュアはソラリスの胸元までの背であったはずなのに、今は頭一つ分ヨシュアの方が大きい。

 そんなことは関係ないとソラリスはヨシュアの頭を撫でる。


「ね、姉さん!?」


 急に抱きつかれたことにうろたえたヨシュア。

 死んだはずの姉に戸惑っているのか、それとも、成長した今でも姉の無邪気さに困っているのか——多分、両方だろう。


「姉さん嬉しいわ。また、あなたに会うことができるだなんて。本当に夢のよう」


 まじまじとヨシュアの顔を見つめ、彼女は嬉しそうに笑う。

 ヨシュアを可愛がった後に、ソラリスはくるりと振り返ってノアを見た。


「そして、あなたも久しぶりね。笑顔の素敵な泣き虫さん」


 そう言われて、ノアはドキっとした。

 思い出すのは幸せだった子供の頃。

 ノアが空想士を目指した原点。


「空想士の、お姉……さん……?」


 

 ノアの小さい頃のイメージと何も変わらない彼女がそこにいて、ノアが最後に会った時に話しかけたことを覚えていてくれた。

 嬉しさよりも戸惑いの方が上回る。

 それに、空想士のお姉さんが、レオンとヨシュアたちにとっての妻と姉ということを知り、ノアはますます驚いた。

 だから、二人とも——ノアが語った『英雄の兄弟』のことを知っていたのだ。その生みの親がそこにいるのだから当たり前だろう。

 でも、ヨシュアの話では彼女は既に死んでいたはずだ。

 なのに、彼女は生きていて、《枯渇病》であるはずの白色化を発症しているのに、あんなに元気そうに動き回っているではないか。

 ——何が、どうなっているのですか?

 ノアの困惑とは裏腹に、彼女嬉しそうに大きな反応を返す。


「覚えていてくれたのね。私、とっても嬉しいわ!」


 まるで、少し見ない間に子供が大きく成長したことを喜ぶ親のように、彼女は感激しているように見えた。

 何一つそこに偽りを見出せないほどに。 


「それでね、あなたたちにお願いがあるの」


 くるりと一回転。

 踊るようにソラリスは、オークジアがあった場所に戻った。

 何か言い出すことを恥ずかしそうにする女の子のように。

 ソラリスは言う。

 人では足り得ないことを。



「私、あなたたちの空想を食べたいの」



 空気が一変した。

 柔らかく流れる川のようなものではない。

 白く、ただ白く、何よりも乾いた砂のような、肌から水が消え失せる空気へと。


「ね、ねえさん……? 何を、言っているの?」


 冗談だよね、とヨシュアは言いたかったのだろうが、うまく口が回っていなかった。よろよろとヨシュアがソラリスに手を伸ばそうとして、レオンがヨシュアをかばうように前に立った。


「二人とも、私の後ろへいるんだ!」


 いち早く、危険な雰囲気を察知したレオンが叫んだ。

 戸惑いと悲痛。

 彼が一番心を引き裂かれそうな顔をしている。


「なぜだ。なぜだ、ソラリス! 君はあの日に死んだはずだろ!? なぜ生きている!」


 叫ぶようにレオンは問う。

 その場にいることが何よりも矛盾している存在に対して。


「レオン、何を言っているの?」


 きょとんとして、ソラリスは問う。

 あどけない子供のように、彼女は夫であるレオンを見ていた。

 生きていると言われても——そのまま信じられそうなほどだ。


「ちゃんと私は死んでいるわよ。だって、あなたが殺したんじゃない」


 けれど、ソラリスは、レオンに真実の言葉を差し出す。

 悪夢のような——真実を。


「……その、通りだ」

「あ、ちょっと違うわね。私が殺してとお願いしたんだったわね」 

「おい、レオン。どういう……ことなんだよ……?」


 衝撃の真実に、ヨシュアは思わず前にいるレオンの方を掴んだ。

 かつて、ヨシュアが見た事実。

 その真実はレオンが姉を殺したのは、姉が殺したと頼んだから——?


「まぁ。レオンはまだヨシュアに本当のことを言っていなかったのね! もう、あなたってばいつもそうよ!」


 手を腰に当て、ソラリスはレオンに対して怒る。

 新婚の夫婦のような一幕に見えるはずなのに、なぜか心に寒いものが走る。


「う〜ん、そうね。このままだと、ヨシュアの空想はおいしくなさそうだから、この世界の真実を教えてあげるわ。だから、いつものようにちゃんと聞きなさいね」


 そして、白きソラリスは——真実を語る。



「実はね、私が《枯渇病》にかかった最初の一人なのよ」


 それが始まりの合図。


「空想戦争後に、レオンは英雄として帰ってきたわ。とても嬉しかった。だけどね、その空想戦争によって《枯渇病》が蔓延してしまった」


 ——あれ、なんで私白くなっているの?

 空想戦争による弊害——《枯渇病》。

 瞬く間に世界に襲った、空想士にとって何よりも恐ろしい病気だ。


「その時の、私の気持ちがわかるかしら? ううん、多分、この場にいる人たちはわかってくれるわよね。そう、私の心には絶望しかなかったわ」


 ——ねぇ、レオン。私、空想ができなくなっちゃった。

 その気持ちは想像することでしかわからないが、その場にいる三人にはどれほどつらいものかがわかる。


「《枯渇病》にかかったことで、空想をすることもできなくなって、私の世界はそこで終わったかのように思えたわ」


 ——なんで、なんで! なんで、空想が出ないの!?

 世界が終わる。空想を使わない人にはわからないだろうが、空想の世界で生きている人にとって、空想ができなくなることは世界が終わることに等しい。


「だけどね、いつしか私の周りでも《枯渇病》になる人が増え始めたのよ」

 ——私の、せいなの……?

 単純に自分のみだけの特別な病気だと思っていた。

 だけど、それは違った。

 風邪のように一種の流行り病のとして、ソラリスを中心に広がっていった。


「そこで、気づいたわ。私が《枯渇病》になったことで、さらに広めているんだってことに」


 ——ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 昨日会った人が次の日には《枯渇病》になる。

 そんなことが繰り返された。


「そして、レオンにお願いしたの。皆を苦しめるような存在になりたくないから、私を殺してって。レオンは——私の願いを叶えてくれたわ」


 ——もう、嫌なの! お願い、レオン。私を……殺して。

 あれはどのくらいの被害者が出た時だったのだろう。

 空想専門機関に隔離されたはずなのに、被害者はどんどん増えるばかり。

 そして、空想する力もどんどん衰え始め、ソラリスはいつだって死を望んでいた。

 そして、願ってしまった。

 レオンに殺して欲しい、と。


「ヨシュア、これがあなたの知りたかった真実よ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ