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空想脱皮  作者: 菊日和静
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空想に憧れた少女

 それは——私が小さい頃の記憶。

 街の広場に行くと沢山の人たちがいて、そこでは様々な催しがされていたのを良く覚えている。

 色あせないどころか、むしろ、より鮮明になって思い出すことができる。

 その広場では、笑い声と驚きの声に溢れ、活気に満ち満ちている。


 ある者は、光輝く小さな星を出して観客を楽しませている。

 ある者は、歌に合わせて周りの情景が刻々と変えて聴衆を感動させている。

 ある者は、華美な舞台を行い、立ち行く人々を惹きつけている。


 目まぐるしく変わる光と音の奔流に身を任せたくもなるが、それをグッとこらえながら目的地へと向かっていった。

 その場所は、広場の中では比較的静かで大人しい場所であるが、私にとっては最高の楽しい秘密の場所だったのだ。

 太陽のキラキラ輝く光が、木々の葉っぱの間から差し込む中に立っていたのは、一人の綺麗なお姉さんだ。ゆったりとたなびく金髪は物語に出てくる女神様のようなのに、薄い黄緑色のワンピースに身を包んでいるおかげか、近づきがたい雰囲気は何一つなかった。

 そのお姉さんの周りには、私の他にも多くの子供たちがいた。

 間に合って良かった——私はほっと一息つき、安心して子供たちの輪に加わる。

 少し待つと準備が整ったのか、その女性が私たちに笑顔を向け、今日も来てくれてありがとうと挨拶をして——それは始まった。

 お姉さんがふっと何かを呟くと私たちの周りの風景が一変した。

 広場の木々にいたはずなのに、今はカラフルなお菓子の家の中にいたのだ。見渡せばチョコレートの壁に、円いケーキの円卓がある。さらには、暖炉の中には真っ赤に輝く苺があって、おいしそうな香りが私たちをグッと魅了する。

 すると、お姉さんがそのお菓子の家の中で朗読を始めた。

 それは、私が一番楽しんでやまない空想物語だ!

広場でやっている他の空想物語の派手な演出とは違い、お姉さんの空想物語は言ってはなんだが地味だ。

 なのに、地味で素朴なお姉さんの物語は私の——私たちの心を掴んで惹きつけている。

 まるで、花の蜜に誘われる蜂のような気分だ。

 きっと私たちは素朴で優しい空想の世界に夢中で、好きだったのだろう。

 時間が経って朗読も終了し、座っていた広場の景色へと戻る。

 子供たちは大きな拍手と輝かんばかりの笑顔を送った。

 もちろん、私はその中でも一番大きな拍手をのだ!

 子供達が帰る間際に、お姉さんがニッコリと笑って飴玉を渡してくれる。

 いつも一人ずつに配っていくので、お姉さんと一言ぐらい話せる時間がある。

 だから、今日こそはと勇気を出してお姉さんに質問することを朝からずっと決めていた。

 ドクンドクン!

 胸の音ってこんなに大きかったっけと思うぐらい高鳴り、お姉さんが私の手に飴を置いた。

 ここだ!


「あ、あのっ!」


 顔から火が出そうなぐらい熱い。

 そのせいで、次の言葉が喉につっかえたまま出てきてくれなかった。

 今日こそはと決めていたのに、口ごもってしまい「あの、あの」としか言えず、今にも涙が溢れそうだ。


「あの……」


 尻つぼみになって出てくる言葉で、とうとう話しかける勇気が無くなっていった。

 涙が両目一杯になって零れ落ちそうになって——ムニッ!

 お姉さんが私のほっぺたを掴んで、笑顔の形にした。


「うん。やっぱり笑顔が可愛いわね」


 お姉さんの柔らかく細い指先がムニムニと私のほっぺた触る。

 すると、お姉さんは私の目線に合わせて笑顔を返してくれた。不思議と今までの緊張が嘘のようにとけていった。

 今ならば言える。

 喉の奥につっかえていた言葉が、音となって口からはっきりと出る。


「おっ、お姉さんのように空想を作るにはどうしたらいいですかっ!?」


 その質問を聞いたお姉さんは、少し驚いたように目を見開いた。

 すぐに私の頭を撫でながら困ったような、でも、嬉しいような笑みをくれた。


「あなたは、空想が好き?」

「はい!」


朗読をしていた時と同じ、優しい声音が耳をくすぐり、元気良く返事する。


「そっか。なら大丈夫よ。あなたはあなたのまま、空想を大事にしてあげなさい」


 多分、この時はまだ本当の意味なんてわかっていなかった。

 ただ、お姉さんが教えてくれたことが嬉しくて、また大きな声で「はい!」と返事をした。


「じゃあ、お姉ちゃんから一つだけアドバイス。もしも、この先あなたに何かがあって、空想することがつらくなったり、苦しくなったら、この言葉を思い出してね」


 それは何?

 そう聞くとお姉さんは空を指差してこう言った。


「空想は無限よ」


 見上げれば、どこまで真っ青な空が広がっていた。

 深く吸い込まれそうに続く蒼穹があった。


「それができれば、あなたの空想は絶対に大丈夫よ!」


 最後にギュッと抱きしめ、頬に軽いキスをしたお姉さんは「またね」と言って、広場から立ち去っていった。

 私もお姉さんが見えなくなるまで、ありがとうと手を振り続けた。

 家に帰ったその夜は、楽しくて楽しく仕方がなかった。

 目をつむれば、ずっと楽しい空想が広がり、尽きることを知らないように湧き出てくる。

 何よりも、明日もまた絶対にお姉さんに会いに行こうと決めていたのだ。

 でも、その願いはかなうことがなかった。

 そして、これからもないだろう。


 そのすぐ後に、世界が大規模な戦争に巻き込まれた。

 そのせいで、私は家族と共に、華やかな都から、両親の実家へと避難した。

 数年後、《空想戦争》と呼ばれた争いは終結し、平和が戻るのだと信じていた。

 いや、確かに平和は戻ったのだ。ある大きな代償を払って。 


 《枯渇病》


 戦争による影響は、人間にとって最悪な病気をもたらしてしまった。

 王国はその病気に対抗するために、ある大きな決断を迫られ——決定した。

 枯渇している空想を守るために、人間を守るために、空想を禁止した。

 そうして、私の夢が叶うことはなくなった。

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