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この厚焼き卵には、大さじ1の砂糖が含まれています。

作者: 高橋まりあ

卵焼きというとお弁当のおかずの定番であり、誰もが幼い日に母の手で作られたそれが小さな(場合によっては特大の)お弁当箱の中で華やに、そして可憐に堂々と輝いているのを見つけたことがあるだろう。その黄色の輝きは春の川辺に咲く菜の花のようでもあり、黄金のようでもある。

 卵焼きを作ったことはあるだろうか。

長方形という独特の形をしたフライパン、卵焼き機に薄く油をひいて、卵液を流し込み、くるりくるりと巻いていく。巻ききったらフライパンの端に寄せ、また薄く油をひいて卵液を入れる。先に巻いた卵の下にも液を流し込み、半熟の内に巻いていく。これを何度となく繰り返していくと卵焼きが完成する。焼き終えたらフライパンから取り出し、熱いうちに形を整えると綺麗な卵焼きが完成する。お好みのサイズに切り分け、お弁当に入れたり、大根おろしを添えていただく。


 私は甘い卵焼きが好きである。ふわふわと黄色い卵焼きを頬張れば口の中に柔らかな甘みが広がる。甘い卵焼きにはどれほどの砂糖が入れられているかご存じだろうか。

 恥ずかしい話、私はあまり料理が得意ではない。得意ではないが、嫌いではないのでお料理教室に通っている。そこで私が習うのは至極簡単な家庭料理で、先生のレシピはどれも間違いなく美味しい。魚が苦手な私が魚を美味しいと食べ、しいたけ嫌いだった私が最近ではしいたけが好きだと思うくらいに変貌を遂げた素晴らしい味付けなのである。

 先日、そのお料理教室で私は厚焼き卵を習ってきた。使う卵は3つ。そこに塩、醤油、みりん。そして大さじ1の砂糖。ちなみに大さじ1は15cc。ペットボトルのふた2個分でもあるらしい。それを多いとみるか少ないとみるかは人それぞれだと思うが、私はそんなものか、と思い、一緒のテーブルで調理をしたスレンダー系美人はとても多く感じていたようである。

悪戦苦闘のすえ出来あがった厚焼き卵は薄い黄色に茶色の焦げが少し入り、やっぱりとっても美味しかった。けれども、すごく甘いなんて思わなかった。その美人さんも美味しいといって食べていたし、先生のレシピはいつでもピカイチで、濃い味に慣れ過ぎないようにだしのもとやコンソメという市販のものを使うときは少なめに設定してくれている。そんな先生のレシピだから適度な味付けに違いない。

しかし、この厚焼き卵には大さじ1もの砂糖がふんだんに使われている。


 帰り途、歩きながら私は思った。愛情とは、この卵焼きに含まれている砂糖のようなものなのではないだろうかと。いきなりすぎてびっくりかもしれないが、出会いと別れの季節でセンチメンタルな独り身の私はそう思ったのだ。

 適度な味付けに思える卵焼きに含まれたたくさんの砂糖。卵自体の味や、塩や醤油もはいっているから尚更わからなくなる。これは愛情も同じことではないだろうか、他のたくさんの感情や気遣いや作り手の状態がある。その中に混ざってしまえば、大さじ1もの愛情であってもその通りにはわからない。本当はたくさんたくさん込められていたものに私は気が付けなかったし、気がつかない。逆に私が大さじ1の愛情を入れて、自分自身としては十二分に甘くして届けたつもりでも体感してはもらえないのかもしれない。

 作り手になると見えるものが、作ってもらうと見えなくなる。愛も恋も友情もきっと自分が思っているように伝えるには、実際の何倍もの気持ちを伝えるように努力しないと伝わらないのかもしれない。

 私はどれだけのものを私の卵焼きに入れて差し出せただろうか。温かいうちに渡せただろうか。適度だから心地いいものをこんなに入れたのだからと押しつけてはいないだろうか。もっともっと甘くして欲しいと私のために減らした砂糖を求めていなかっただろうか。過剰は毒になる。でも、過剰じゃないと潰れちゃう時もある。

 お料理も自分や相手との関係や感情も難しい。しかし、難しいからこそ楽しいし嬉しいものなのではないだろうか。


 天気のいい春の日にピクニックのお弁当に入れる卵焼きを作りたい。下手だからほんの少し焦げてしまうと思うけれど、適度に甘くて適度に優しい私だけの卵焼きを。あなたに。


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