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カベタス・サマナー  作者: 休眠熊
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第17話

「ディア!」

「ルガオオオ!」


アキトの指示で、ディアは素早く穴を駆け登り、塞いだ部分を開けて上の避難部屋に到着する。クロウリアも狭い穴を上手に飛んでそれに続き、アキトも得意な崖登りの要領で駆け上がった。


「キュ…キュピイ⁉︎」

「先生!大丈夫で…す…?」


そこには、全身の骨が余す事なく丁寧に砕かれ、手足の全ての関節があらぬ方向へと曲がってしまった、まるで壊れた人形の様な状態の八人のサカキの男達と、爆発音を聞いて衝撃に備えているコウガとアイビシアが居た。その光景に、アキトとディアは驚きを隠せない。クロウリアはその凄惨な状況が見えない為に平然としていたが、アキト達の反応と男達の呻き声を聞いて察する。


「アキト君!リアも無事でしたか!良かった!」

「え…ええ…。」

「さっきの大きな音は爆弾が爆発した音です!此処に来るまでに、幾つか爆弾が仕掛けられている事はわかっていましたが…まさか、仲間が生きて中に居るはずなのに、爆破するとは…。何て奴らだ!」

「ああ…その人達、ちゃんと生きているんですね…。」

「何を言っているんですか。私が人殺しなんてする訳無いじゃ無いですか。」


アキトは見るも無惨な状態の男達を見回す。確かに息は有る様だが、先の爆発にも驚く事はおろか、真面な反応を返すことすら出来ない程に消耗している様子に、アキトはクロウリアの言っていた事を理解した。特に、クロウリアを痛め付けたであろう男は、他の男達よりも悲惨な状態になっていた。


「何はともあれ、全員無事の様で良かったですよ。大丈夫だとは思っていましたが、やはり大事な教え子と愛する娘、何かあったらと思うと心配でした。」

「あ、有難うございます…先生。ああ、そうです!岩の牢獄に閉じ込めた公安捜査官達が居るんでした!早く助けに行かないと!ディア!」

「キュキュ!」


ディアは穴を掘り、アキトはコウガやアイビシア同伴で急ぎ公安捜査官達を閉じ込めた場所に向かい、中に閉じ込められた捜査官達を確認した。幸い、ディアが造った頑丈な岩壁が爆風をほぼ完璧に防ぎ、更に爆弾の位置が遠かった事もあり、壁が少し崩れて数人が軽い怪我をした程度で済んでいた。


「皆さん!大丈夫ですか!」

「き、君は…。何故此処に…?」

「助けに来たからに決まっています!」

「だ、だが我々は…。」

「話は後です!それよりも此処から逃げますよ!付いて来て下さい!」

「りょ、了解です!」


アキト達が助けに来たと知り、捜査官達は戸惑いながらもアキト達の後に付いて穴の中から脱出する。アキト達は、念の為に捜査官達に手錠だけはさせたが、特に怪しい素振りも見えず、完全に観念したかの様に萎れていた。


「取り敢えずは皆、大丈夫そうですね。」

「そうですね。ただ、徒らに地上に無防備で出すのは難しいでしょう。恐らく、彼らも爆発によって、私達と一緒に消すつもりだったのでしょうし…命を狙われる危険性が有りますからね。」

「…そうですね。」


例え命を狙って来た者であろうと、証拠隠滅や情報流出阻止の為に平然と切り捨てられた彼等に、アキトは同情を禁じ得なかった。男達も心無しか怯えている様子であった。


「そう言えば、この部屋には爆弾が無かったんですね。」

「ええ、シアの導術で予め調べて置いたので、それはわかっていたのですが…。この様子では、他の区画は爆破されてしまったみたいです。幸い、此処は避難区画で頑丈に出来ているので、爆発の余波程度では崩れなかった様ですね。」


アイビシアは炎導術を得意とする為、火気厳禁の場所では引火の可能性から導術を使って戦うのは非常に危険である。それ故、アイビシアは発火物を探知する探査系導術も使用可能で有り、爆発の可能性を考慮しながら戦う事を心掛けていた。それが今回は有効に働いた形になる。


「他の場所が完全に崩れてしまったと言う事は…。」

「そこに有る物は吹き飛ばされ、全て土の中…と言う事ですね。証拠などを集めておきたかったのですが、残念です。後で掘り起こせる物だけは回収して貰いましょう。余り期待は出来ませんけれども…。」


コウガは溜息を吐く。捕まえた者達から証言を引き出す事は可能だろうが、此処に居る者達は使い捨ての下っ端ばかりなので、恐らく大した情報も持っていない。決定的な証拠が見つからなければ、この事件の黒幕を検挙する事は難しい。


「サカキの他の方は大丈夫でしょうか。」

「此処に居る者達の他には後二名、サカキ幹部のミキ、サキと言う方がこの施設に居たと言う話です。時間から見て、何方ももう脱出したでしょう。」

「情報を持っているであろう幹部の方には、無事に逃げられてしまいましたか…。」

「ええ、まあ仕方有りません。ただ、サキと言う方は、もしかしたら無事では済まないかも知れませんね。」

「え?」


コウガにしては珍しい、まるでヤクモの様な悪い顔で笑っているのを見て、アキトは何となく嫌な予感がした。しかし、内容は聞かない事にして置いた。どうせ碌な事では無いと判断したからである。そして、気を取り直したアキトは、スライムを介してシルバーナと連絡を取る。


「ルビィ、聞こえますか?」

『はい、聞こえます。』

「取り敢えず、危機的状況は終わりました。御苦労様でした。」

『えっと…はい。』


シルバーナの声は幾分か元気が無かった。アキトの役に立てると思って意気込んでいたが、肝心の導術使いが出てこなかった為に出番が無く、肩透かしを食らった為だ。


(導術使いの方が出て来られたなら、私でもディアちゃんみたいにお兄さんのお役に…て、何を不謹慎な事を考えているのですか私は!何も無いのが…一番じゃないですか!)


シルバーナは自身の浅はかさに憤慨しながら、それでも心は沈んでいた。頭ではわかっていても、如何してもアキトの役に立ちたいと言う思いが、浅はかな考えを起こさせる。それに辟易としたのだ。


「ルビィ、僕はあなたに感謝しています。」

『え?そんな…私は今回、何もしていません…。その感謝は、受け取れません…。』

「いいえ、そんな事は有りませんよ。」


アキトは、シルバーナの思いを何と無く感じ取っていた。かつて、自分も両親の役に立とうと頑張り、それが失敗した時の落ち込んだ自分の声に近いと思ったからである。だから、なるべく優しい声で、シルバーナを励ます。かつて自分の両親が掛けてくれて嬉しかった言葉で、愛しい妹が元気を取り戻せる様にと。


「あなたが其処に居て待機してくれるお陰で、僕は何時でも導術使いに対応出来ます。だから、僕は安心して進む事が出来るんです。」

『でも、今回は…。』

「今回、確かに敵として現れた導術使いの方はヤクモさんが相手して下さいましたが、それは本当に偶然です。地下シェルター内にも、導術使いが待機している可能性は有りました。なので、もしあなたが居なかったなら、僕はもっと慎重に行かねばならなかったでしょう。」

『お…お兄さん…。』

「これは、ルビィのお陰です。あなたの存在が、僕に安心感を与えてくれるんです。…本当に、あなたと出会えて良かったと、僕は思っています。あなたは、もっと自分に自信を持って良いのですよ。」

『あう…あう…あう…。』


アキトの励ましは、シルバーナを元気にした。単純に励ますにしては、やり過ぎた感は否めなかったが、それにはアキトは全く気付かない。視覚情報は伝わらないのでアキトには見えないが、シルバーナは今、かなりだらしなく顔を弛緩させていた。


「だから、どうか元気出して下さいね。本当に心から…大好きですよ。ルビィ。」

『ひゃ!ひゃい…。』


そして、アキトの止めの一撃が、シルバーナの心のど真ん中を綺麗に撃ち抜いた結果、シルバーナは完全に腰砕けになる。実際には余り大丈夫では無いのだが、そんな事は露も知らないアキトは、聞こえて来る声が幾分か元気になったのを感じて、もう大丈夫だろうと勝手に判断する。


「じゃあ、レン君やコチヤ先生に宜しく伝えて置いて下さいね。」

『…ひゃい…。わかり…ました…。アキト…様…。』


シルバーナは、先にレンの元に送られていたディアとの交差召喚により転送されていた。予めディアをレンの元に送って置いたのは、シルバーナの転送後の護衛を、彼等に担って貰う為でもあったのだ。


「これで良し…と。」


一先ずの決着が着いた事で、アキトは安堵の溜息を吐き、通信を切った。カスミのスライムはシルバーナの声のみを届けていた為、現在、シルバーナの様子がおかしいとレンやコチヤが騒いでいる様子は全く伝わらなかった。


(なるほど…こんな甘い言葉ばかり囁かれ続ければ、確かにあの余りに近い距離感になるのも納得です。これは天然のタラシですね…。しかも、本人に全くその気が無い、かなり質の悪いタイプです…。)

(ふふふ、シルバーナちゃん、今どんな顔してるのかしら?コウガさんと愛し合っている時の私みたいになっちゃってるかもね!でも、惜しむらくは、こっち側はまるで脈無しなのよね…。空回りしちゃってるのが…何か気の毒ね。まるで、昔の私とコウガさんの関係みたい…。)

(う〜ん…。やっぱりこの人…ロリコン?でも、全然下心は無さそうなのよね…。惚気ている様に聞こえたけど、声の感じからして、本気で兄妹感覚でシルバーナ様と話していたみたいだし…。将来、沢山の女の人を泣かせそうね…。)


アキトとシルバーナのやり取りを見ていたミノリ一家は、三者三様ながら、シルバーナに将来降りかかるであろう苦労を思った。そんな事は露も知らないアキトは、これからの事についてコウガ達と相談する。


「では、後は僕達が脱出するだけですね。この方達は如何しますか?流石にこのままなのは…。」


アキトは、相変わらず酷い状態の男達を見る。余りに痛々しいその姿に、見ているアキトの方も辛くなる。


「そうですね。もう充分反省したでしょうし、病院に連れて行きますか。」

「それなら、僕と転移契約を結ばせて貰えませんか?さっきの病院に転送陣を描いてあるので、すぐに届けられます。」

「わかりました。では、頼みますね。」


コウガは男達に声を掛ける、ただそれだけで怯えた声が帰って来た。コウガがアキトと転移契約を結ぶ様に言うと、やはり壊れた人形の様に何度も頷いていた。アキトは恐る恐る近付いて、転移契約を無事に結ぶ。


「では私も一緒に転送して下さい。イナバ先生にすぐに診て貰えるように手配しますので、事情を話せる人物が居た方が宜しいでしょう。ついでに公安捜査官の方達にも付いて来て貰います。イナバ先生は信用出来ますからね。其方で保護して貰いましょう。」

「ああ…そうですね。」


アキトは、サカキの男達を見た。コウガが付いて来ると知った彼等は皆一様に、絶望した顔で怯えていた。アキトは彼らの目を見れなかった。その縋る様な目を振り切る様に、アキトは急いで公安捜査庁の男達と契約を結ぶ。


「それと、病院で一通りの手続きを済ませ、アキト君達が地上に出られたら、君の携帯電話に公衆電話から連絡を入れますね。」

「ええ、良いですが…あれ?コウガ先生、カスミ先生のスライムは?」

「諸事情があって手放しました。私の携帯も今や瓦礫の下ですし、他に連絡手段が無いのですよ。」

「諸事情…まさか、先生の分のスライムは…。」


アキトは何となくでは有るが、コウガが何をしたのか察した。考えて見れば、逃げ出すテロリストの幹部に対して、コウガが何もせずに見逃したとは思えない。何かを仕掛けたからこそ、敢えて見逃したのだろうとアキトは考えた。


「大方、アキト君の予想通りです。必要無いかも知れませんでしたが、念には念を入れて置きませんとね。」

「あ、あはは…。」

「さて、では私達はそろそろ行きます。シア、後は任せましたよ。リア、お母さんの言う事をしっかり聞いて下さいね。」

「はいは〜い!」

「わかっているわ。お父さん。」

「ではアキト君、お願いします。」


アキトはコウガの合図に、重傷のサカキの男達と、公安捜査官達を、コウガと共に病院に転送した。後の話だが、コウガから詳しく話を聞いたイナバは、サカキの男達にトラウマレベルの激痛を与えつつも、後遺症も無く完治させたらしい。心が完全に折られた男達は、しっかりと罪を償う事を約束し、もう二度と悪さをしないと誓ったと言う。


「ディア、地上までの道をお願いします。」

「キュキュ!」

「さあ、脱出しましょう。」


ディアはアキトの指示で、地上までの一本道を造り、アイビシアを先頭に、クロウリア、アキト及びディアの順番で、その道をゆっくりと歩いて登っていった。








「な…何故…?」


ヒサメは、未だに自分が生きている事に驚いた。本来なら、もう頭に仕掛けられた小型爆弾が炸裂して死んでいた筈であったのだ。


「ふう…何とかなりましたか。良くやってくれました。感謝しますよ、カスミ。」

「何…イズモ家の…女郎蜘蛛と呼ばれる…あのカスミ殿か…?」


ヒサメが不思議そうに呟くと、その口から急に液体が出て来て口が塞がれてしまった為、非常に驚いた。その液体はスライムの様に強い弾力と粘着力が有り、ヒサメの呼吸を完全に妨害する。


「ガボア⁉︎」

「カスミが、『命の恩人に対してその言種は何ですか!』と抗議して居ります。」

「ホガガ!ホガフガ!」

「え?何と仰っているのですか?」


スライムの様な物体に口を塞がれたヒサメは、苦しそうにもがく。しかし、ヤクモがしっかりと身体を縛っている為、身動きが取れず口を塞いだスライムを取り除けない。そんな光景をヤクモは意地悪な笑顔で見つめる。


「ああ、そのスライムは何かと。」

「ホガオゴ⁉︎」

「それは私の自慢の妹、イズモ・カスミの得意とする水操導術『浸身拘搦』のスライムです。」

「フゴオ!フゴオオオオ‼︎」


カスミの得意とするのは水を操る導術である。身体を透明に見せかける『自己透水』を始めとして、様々な水導術を高レベルで使い熟す。


「カスミは、自身が印付けした特定の液体をスライムとし、それを遠隔操作する事が出来るのですよ。操作するスライムには、聴覚などの感覚も共有出来ましてね。隠密の通信手段としても優秀なんです。これは中々に難しい事なのですよ?手前味噌になりますが、流石は私の妹です。」

「ホガガゴ…ホガガガ…。」


『浸身拘搦』は生物や水中に入り込んで移動しつつ、対象に纏わり付いて拘束する事が出来る。殺傷力こそ皆無なものの、その身体は強靭でかつ強力な粘性を持ち、身体を動かせなくした状態で更に口を塞ぐ事で、相手を窒息させる事が可能な凶悪な術である。


透明である為に隠密性も高く、更にヤクモの操る木と同じで術者と一部の感覚を共有出来、捉えた振動を別の場所で再現する事により、電話や盗聴機の代わりとする事も可能となる。よって、容疑者に取り付かせる事で無自覚なスパイに仕立て上げる事も出来る優秀な術でもある。


今回は、カスミはヤクモの植物に五匹分を仕込んでいた。それをアキトに召喚させ、ヤクモの身体に吸収、ヤクモの紅茶を介してアキトとシルバーナにも乗り移らせていたのだ。更に、地下シェルターに入る前に、アキトが手を付いた木に二匹分が染み込んで地下シェルターの水道に密かに侵入、水を飲む事でコウガ達に入り込んでいた。


「そうですか…アキト様達は皆無事でしたか。それに、他の方達も皆無事と。誰かしら犠牲者が出るかもと懸念して居ましたが、流石はディア様ですね。カスミも有難うございました。」

「ガガッボ!ガガアボア!」

「え?自分は何もしていないって?いえ、あなたの協力があってこそですよ。そう遠慮なさらずに。余りに持ち上げすぎですか?いえいえ、あなたは本当に私の自慢の妹なんですから。」

「ボゴボガ…ボゴボガブ…!」

「ふふ、恥ずかしがる声も可愛いですね。」


ヤクモの妹自慢の弁舌は流暢であった。ウネウネと動くスライムに語り掛け、楽しく会話している様子で、地上で溺れかけているヒサメの必死の訴えになど聞く耳を持たない。


「それでですね。あなた様はカスミの術によって、体内の爆弾の爆発を抑え込んで貰ったのですよ。危なかった見たいですよ?脳組織を完全に破壊する威力を、抑え込まねばならなかったのですからね。」

「ボガウ…ボゴオウ…。」

「ですがまあ、何とか防げた様ですね。脳へのダメージはほぼ無いと言って良いでしょう。それだけの事をして差し上げたのに、あなた様と来たらカスミの事を悪く言う物ですから、カスミが怒っているのですよ。」

「フガ…ブク…。」


浸身拘搦は、生命の体内から対象を拘束する事は出来ない。一度体外に出ないと拘束に足る力を発揮出来ないと言う制限が有る為である。更に、導術には弱いと言う弱点を持つ為、導術の攻撃を受ければ術が解け、更に相手が導術を発動している時にはそれに干渉出来ないと言う弱点も持つ。この為、導術を使っていない警官達は簡単に拘束出来たが、導術を発動しているムカイド自体へ干渉は出来なかった。


「爆弾の残骸は、頭の中に残ってしまっていますが、後でしっかりと取り除きますので御安心を。また、脳内の精密検査も受けて、脳へのダメージが本当に無いかも確認致します。」

「ガボ……。」

「時間さえ有れば、細工等行って起爆自体が出来ない様にも出来たのですが、今回の場合は余りに時間が有りませんでした。どうかご容赦下さい。」

「ゴ………。」


今回の場合、ヤクモがヒサメを拘束して導術が使わせない状態でいる際に、ヤクモからヒサメの身体に入り込み、脳内爆弾を自身の身体で包み込んで爆発を抑えた形となる。だが、もしも時間さえ有れば、その粘着力を利用して機械を解体する事すらも可能である。


実際にアキト達に潜んでいた時に、導術妨害腕輪の機構も秘密裏に破壊し、通信機能は生かしたまま、アキト達の導術を使える様に細工も行っていた。(これは、腕輪の構造が、警察の専用手錠のそれとほぼ同じである為に出来た芸当でもあった。)これで導術が使える様になった為、アキトは咄嗟に召喚術が使えたり、ヤクモが工作する事が出来たのである。


「カスミ、もう宜しいでしょう。離して差し上げなさい。」


ヒサメが流石に呼吸困難で意識混濁しそうになって来た為、ヤクモはカスミにもう止める様に指示すると、スライムはヒサメの口から飛び出し、ヤクモの肩に乗る。


「ゴハッ⁉︎はあ…はあ…こ…殺す気か!」

「ほんの冗談ですよ。本気になさらないで下さい。ヒサメ様。」

「はあ…はあ…全く…笑えない冗談にも程がある…。」


息も絶え絶えに、ヒサメはヤクモを睨み付ける。ヤクモはそれを見て笑った。


「ええ、そうですね。笑えない冗談と言うのは、至極つまらない物です。冗談なんて物は、笑える位の物が一番なんですよ。あなた様も、笑える冗談の方が好みでしょう?」

「………まあな。」

「それに、生きているって、本当に素晴らしいですよね。…その下らない冗談を、笑う事が出来るのですから。」


ヤクモはヒサメの目を見つめた。厳しくも、温かみの有る眼差しであった。


「ああ…本当にな…。」


ヒサメは、安堵と恥ずかしさの気持ちを押し隠す様に顔を背けつつ、その言葉を肯定した。そして、自らが凍らせた周囲を見渡す。真っ白なキャンパスが、夕陽に照らされ鮮やかな紅に染まる。そんな風景に、自らの色が重なって見えた。美しい世界を見て、それに何かを感じる事が出来るという事に、心の底から驚いた。


(何時以来かな…。この銀世界がこんなに綺麗に見えたのは…。)


ヒサメの目に映る風景は次第に滲む。自らの心の底に閉じ込めた色が、その存在を主張するかの様に、目から溢れ出して来たのだ。その様子を見て、ヤクモはもう大丈夫だろうと判断し、拘束を解く。その行為に、ヒサメは自分が泣いていた事にすら気付かずに驚く。


「な⁉︎…何故俺の拘束を解いたのだ?」

「おや?まだ縛られ足りないと?良いでしょう。思う存分に縛って…」

「そうでは無い!」


ヤクモの冗談を強い言葉で切りつつ、ヒサメは真剣な目でヤクモを見た。


「……俺は、敵だ。」

「ええ、そうですね。」

「ならば、何故拘束を解く?隙を見て襲い掛かるかも知れんぞ?」


ヒサメの脅しにも、ヤクモは相変わらず飄々とした雰囲気を崩さない。


「あなた様がもしそうお考えなら、もうとっくに襲い掛かって来てるでしょう?」

「…俺が消耗し切っている事など、あなたなら分かる筈だ!」

「ふふ、だから解放したのですよ。」


何処までもふざけた調子を崩さないヤクモに、ヒサメは毒気を放つ事すらバカバカしくなる。


「……もう良い。俺は敵で、あなたに負けて拘束された上、情けで助けられた…。この時点で俺の任務失敗は確定的だ。このまま手ぶらで本家に帰れば厳しい懲罰…で済むかどうか…。」

「噂には予々聞いておりましたが、コシノ家は随分と厳しい処の様ですね。」

「機密事項だから詳しい事は話せないが、まあ、どの家にも表と裏が有る…と言う訳だ。」


ヒサメは憂鬱そうに呟いた。しかし、その目には生きる希望が少しだけ、ほんの少しだけだが輝いていた。


「まあ、俺はどうせ本家からは切り捨てられるだろう。今回の事件の首謀者にさせられ、最悪、暗殺者に命を狙われるかもな。だが、俺のして来た事を考えれば、自業自得だ。その程度は受け容れるさ。」

「と、言いますと?」

「わかるだろう?俺は主に裏で動く人間だ。敵対する組織の無実の人間を有罪にしたり、仲間の失態を揉み消したりするのには、それなりの手段を用いねばならない。流石に殺しまではまだ、しちゃいないが…今回だって、ともすれば何人か殺していただろう。そんな俺が、今の今まで綺麗な人生を歩んで来たとでも思っているのか?」


ヒサメは自嘲する様に力無く笑う。しかし、同時に安堵している様にも見えた。彼は長年、殺されない為に汚い事に手を染めて来たが、それに対して何も思っていない訳では無かった。


「俺は…色んな人に迷惑を掛けてしまった。いくら自分の命惜しさであったとしても、それをやってしまった事の言い訳には出来ない。俺は…間違い無く、間違っていた。…勝手だと思うが、俺を止めてくれた事、本当に感謝する。」


しかし、今や彼はそれをヤクモに止めて貰い、そして抑えていた心中を吐露する事が出来たのだ。彼が、今までに無く清々しい気持ちになっており、何か憑き物が落ちたかの様に安寧とした心となっている事が、ヤクモにもわかった。


「それでは、如何なさいます?このままコシノ家に戻りますか?それとも逃げますか?」

「……いや、警察に自首する。やって来た事には、しっかりとけじめを付ける。本家からの工作で、全部が俺の責任にされるだろうし、だったら全てを白状してやるさ。…はは、これで俺は完全に裏切者だな、害虫と言う言葉がよく似合う。後で…巻き込んでしまった部下達にも、謝らないといけないな…。」

「素晴らしいお心掛けです。ヒサメ様。」

「害虫となった俺を褒めるのか?ははは、酷い皮肉だな。」


ヒサメは再び笑う。先程よりも自然に笑えている事に内心、驚いていた。


「あなた様は、最早害虫などでは有りません。罪を償うと決めた、立派な人間です。ならば、あなた様を罵る事など私には出来ませんよ。」

「はは…そうか、俺は…人間…か。…久しくその事を忘れていたよ…思い出させてくれて、有難う……。」


ヤクモの慈愛の篭った言葉に当てられ、ヒサメは再び涙を流す。


「それでは、その後のあなた様の処遇について、私に考えが有るのですが。」

「それをあなたが決められるのか?……まあ良い、俺は敗者だ。勝者であるあなたの言葉に従おう。煮るなり焼くなり好きにすると良い。」

「ふふ、潔い方は大好きですよ。では、お言葉に甘えて、此方の好きにさせて頂きます。」


ヤクモは不敵な笑みを浮かべた。その笑みを見たヒサメは、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。自分が生きていると言う事を実感したが為に、却って恐怖を今までよりも感じる様になってしまったのだ。


「私の訓練は厳しいですよ?覚悟して下さいね。ヒサメ様。」

「………訓練?」


ヒサメは、ヤクモから放たれた意外な言葉に、鳩が豆鉄砲を食らったかの様な顔をした。その顔は、とても人間味の有る物であった。








「良し…此処まで来れば、一先ず大丈夫だろう。」


アキト達の戦いが終わった頃、その山から少し離れた所にサキは居た。時折走りはするが、慎重に慎重を重ねる彼の性分から、周囲を警戒しながらの逃走となる為に、思うように距離を稼ぐ事は出来なかった。


「しっかし、ハイルの奴も性格が悪いな。最初の作戦が失敗した時に、すぐに情報を持っている俺たち諸共、シェルターを爆破して全て始末する作戦に切り替えたな?俺が奴の立場なら、そうするしな。」


サキは背後を振り返る。地下シェルターの有る山は、ヒサメの氷導術により全体が凍り付き、更にサキが逃げ出したシェルター脱出口からは、爆弾の爆発による噴煙が上がっていた。


「仕掛けた爆弾の起爆装置は、俺達だけが持っていると言う話だったんだがな…あの食わせ物め。俺達が不審に思わない様に隠していたな?しかも、山を一つ丸ごと凍らせるなんて荒技まで使いやがって、本気で皆殺しにする気だったんだな…。後少しでも逃げ遅れていたら、俺も御陀仏になっていた所だ。俺の判断力にはつくづく感謝するぜ。」


サキはコウガ夫妻が脱獄した際に彼らを追わず、瞬時にシェルターからの脱出を決めた自分自身の判断を自画自讃した。


「彼奴らには悪いが、良い囮になってくれて助かったぜ。あれなら、恐らく鼠共も一緒に生き埋めだろう。そうでなくても、山があれだけ凍ってしまったんだ、地上に出ていても、恐らく生きてはいまい。追っ手を始末してくれたのは助かるが、これは流石にハイルの奴に文句の一つでも言いたい所だ。」


苦虫を噛み潰した様な顔でサキは山の向こう側、恐らくヒサメが居たであろう場所を睨む。無事に逃げれはしたが、一歩間違えれば死んでいたであろう事態を引き起こした相手に対して、笑って対応出来る程の演技力は持っていなかった。


「さて、これでは報酬を受け取ろうとしても、口封じに殺される可能性が出て来たな…。だが、何とか上手い事交渉して、膨大な金額を毟り取ってやろう。これ程の事をされたんだ…其れ相応の報いを受けさせてやる…!」


サキは眉を顰め、口元を歪めた。まるで怒っている様な、それでいて笑っている様な不気味な顔であった。サキは頭を回転させ、ハイル達『公安捜査庁』をどうやって恐喝しようかの筋道を、周囲を気にせずに立て始める。無事に逃げ出せた事や、追っ手はもう来ないだろうと高を括った事、その判断が、彼にとっての致命的な隙を生んだ。


「さて、色々と準備が必要だな。先ずは動くに都合が良い、足が必要だ……え?」


その時、軽い破裂音が辺りに響き、足に走る激しい衝撃によってサキの顔は歪んだ。一呼吸置いて、そこから暖かい何かが溢れ出し、それと共に激痛が全身を駆け巡る。見ると、サキの足には真っ赤な染みが広がっていた。何者かにより足を撃ち抜かれたのだ。


「ぐ、ガアアアアア⁉︎」


思わずサキは叫ぶ。叫んで痛みを緩和すると、両手で必死に足の血管を押さえて出血を抑え、服を破いて止血する。何とか応急処置は出来たが、痛みでまともに走る事は出来なくなった。


「不様だな。」

「ハア…ハア…貴…様は!」


サキは、鬼の形相で銃撃のあった方向を睨む。其処から、突撃銃を構えた男がゆっくりと近付いて来るのがわかった。その男は、サキのよく見知った人物であった。サキは目を見開いて驚く。


「ミ…キ…何故…!」


そこには、地下シェルターの一つの部屋に閉じ込めた筈のミキが居たのだ。ミキは油断無くサキに向けて銃で狙いを付け続ける。そして、サキに不審な動きが無いか良く観察しながら、周囲の罠や伏兵を警戒しながらゆっくりと歩み寄って来る。


「俺が此処に居るのかわからないって顔をしているな?だが、お前が此処まで何故逃げて来たのか、それを考えれば答えがわかるだろう。」

「ま…まさか…‼︎」


サキはすぐに、ミキはコウガ達によって逃がされた事に思い至る。コウガ達がクロウリアを救いに行く途中に、確かにミキを閉じ込めた場所も在る。しかし、娘を一刻も早く救い出したいであろうコウガ達が態々、敵であるテロリスト組織『サカキ』幹部のミキを助け出すとは考えられなかったのだ。それが彼の大きな誤算であった。


(奴らめ…ミキの奴を独房から逃したのか!さっさとガキの元へ急げば良かったのに、余計な事を…!)


サキは、予想外の追っ手の出現に狼狽えつつも、自らの心を落ち着け、事態の打開を狙う。


(とにかく、冷静になれ…。頭に血が上ってしまってはいけない。)


そしてサキはとにかく情報をと、ゆっくりと近付いて来るミキの位置や状態、手元の銃、自身の状態などを確認する。


(奴の初撃は急所や大きな血管から外れた。奴の腕を考えれば、恐らくわざと外したんだろう。その気になれば、相手の脳天を撃ち抜いて即死させる事位は朝飯前にやってのけやがるからな…。あれだけの裏切り行為を働いた俺が、未だに生きている、さらに撃たれた所が足…と言う事は、俺を殺さずに捕まえる理由が有る…と言う事、そこに付け入る隙が有る…か。)


銃撃戦では勝ち目が無い事を良く理解しているサキは、ミキの行動から危機的状況からの突破口を見つけ出そうと試みる。


(推測だが、あの人質達が、俺を殺さずに捕まえると言う条件で、ミキの奴を逃したんだろう。まあそんな事、今はどうでも良い。だが、それなら今や奴が約束を果たすべき相手は、今は埋まってしまっている、義理立てする相手は居ないと言う事だ。)


サキは一瞬、義理堅いミキが、自身を救出したコウガ達への義理立ての為に動いていると考えたが、コウガ達が今や地面の下である為、それは無いと判断した。そしてミキの性格なら、サキにだけで無く、彼に指示した者への『御礼参り』を行うだろうとサキは考えた。


(となると…そうか、意趣返しの為に俺が雇われた先を探していやがるのか!ククク…そうかそうか…となると、交渉の余地有りだな…。奴の銃の腕は優秀だ…良い駒になってくれるだろう。)


そして、今やハイル達への復讐に燃えるサキは、ミキと共闘する事を思い付く。勿論、適当な所で再び裏切り、始末する事も視野に入れている。そして、サキは両手を上げたまま、背後に近付きつつあるミキに対して、懇願する様な演技で話し掛ける。


「ミキ…聞いてくれ。俺も嵌められた。あの山を見てくれ、危うく殺される所だった…奴らに騙されていたんだ…。」

「見苦しい言い訳はよせ。サキ。」

「長年苦楽を共にしたお前に対し、俺は酷い事をした…。それについては本当に済まないと思っている…。」

「口先だけだな。お前の口車にはもう乗せられんぞ。」


サキの悲愴感溢れる演技は、自らの心を完全に騙し切る程の卓越した物であったが、流石につい先程まで騙されていたばかりのミキには通用しない。サキの必死の演技に対し、全く取り合う素振りを見せない。


(チィ!…まあ、そこまで奴も愚かではないか。だが、奴も無益な殺しを好まないし、冷静に利害を説けば納得するだけの思慮深さも備えている。俺が抵抗しない事を示しつつ、俺を殺せば情報が手に入らなくなると言って脅せるか…?)


サキは演技を続けつつ、抵抗する事を放棄すると見せ掛ける為に、手持ちの銃の内の予備を投げ捨て、ミキに対して再び説得を試みる。ミキは抵抗出来ない相手への攻撃は憚る性格をしている。それを利用して、自身の話を聞かせる時間を稼ぐ魂胆であった。


「なあ!聞いてくれ!俺はもうお前に逆らわない!武器も棄てた…この通りだ!」

「……それで俺がお前を赦すとでも?」

「お前の怒りは尤もだ…。だが、此処で俺を殺せば…俺を雇った奴…『サカキ』を嵌めて壊滅させた奴等は絶対にわからない!奴等は用意周到だ…。証拠隠滅の為に此処までする奴等だ!そんな奴等相手に、お前は単独で調査し、立ち向かうつもりなのか⁉︎それこそ自殺行為だ!無駄死にだ!」

「それで…お前は何が言いたい?」


サキはしれっと組織壊滅の責任転嫁をしつつ、ミキの行動の無謀さを説く。ミキの反応に手応えを感じたサキは、心でほくそ笑み、演技を止めて交渉に移る。相手が予想より冷静である事を把握出来た為、畳み掛ける様に自らと組む利点を述べる。


「…俺は使える。それは長年付き合って来たお前なら、良くわかっているだろう?俺は奴等の情報を掴んでいるし、報復の為の作戦も立てられる。お前は銃の腕は確かだが、作戦立案能力は俺の方が上だと、お前も言っていただろう?どうだ、俺をもう一回使わないか?」

「……。」

「勿論、彼の組織への報復が済めば、俺の生殺与奪はお前に託す。そこまでの行動、結果を見て、俺を生かすか殺すか決めてくれ。俺は奴らへの報復の一つとして多額の金銭を奪う。それをお前に託すから、それを組織再興の元手にすると良い。お前の組織への思い入れも、俺は理解しているつもりだ。」

「どの口が言うんだ…。」

「恥知らずなのは承知の上だ。笑いたければ笑えば良い。殺したければ殺せば良い。だが、怒りに任せてばかりでは、結果は決して付いてこない。本当に得たい物が有るのなら、感情よりも理性で物を考え、呉越同舟すらも受け入れるべきだ。…お前が本当に行いたい事は何だ?もし『俺を殺したい』と言う事なら、もう既にしている筈だ。なら、そうでは無いんだろう?」

「それは…。」


サキの、心を見透かす様な目と、しっかりと落ち着いた良く通る声に、絶対優勢たるミキの方が逆に気圧される。それを好機と見たサキは、一息に話をまとめに掛かる。


「お前は組織の復讐がしたいんだろう。それは俺と、俺を雇った組織への報復だ。俺を今殺せば、その片方は容易に達成出来る。だが、もう一方はそうはいかない。お前単独では無謀過ぎる。だが、俺と組めばそれを双方達成出来る可能性が大きく上がる。」

「…それはお前も死ぬと言う事か?」

「組織への報復が終わった時点で、それでも俺を殺したければそうすれば良い。」


サキは得意の演技で、ミキに対して『本当に申し訳無く思っている』ような顔を造る。


「それが貴様にとって何の得になる?」

「…俺にとってはチャンスだ。俺がお前に再び信頼して貰う為のな。作戦が上手く行けばその結果に免じて、俺に慈悲を与えてくれるんじゃないかとな。組織から俺を放逐しても、命までは助けてくれるんじゃないかって期待しているのさ。お前は優しい奴だからな。」

「知った風な口を効くな。」

「知っているさ。一体何年付き合っていると思ってるんだ?なあ、俺は贅沢な要求は絶対に言わない。最高でも俺の命を助けてくれるだけで良い。惨めに生き永らえさせるのも、それはそれで罰になると思わないか?『俺を雇う』それだけで、お前は『サカキ』を潰した奴等全員への復讐を達成し、『サカキ』を再興する事が出来るんだ!頼む!この通りだ!」


サキは必死に懇願し、ミキの理性に訴えかける。ミキも愚かでは無い。サキ程では無いが、冷静に物事を捉えられる頭も持っている。それを良く知るサキは、そこに付け入る隙が有ると考えていた。


「…お前の言いたい事はわかった。」

「ああ、わかってくれたか!」

「…お前が俺の事を、本当は良くわかっていないと言う事もな。」

「何…?」


訝しむサキを無視しつつ、ミキは徐に携帯を取り出し、何処かに電話を掛ける。そして、ミキから発せられた言葉に、サキは唖然とする事になる。


「もしもし、ミキだ。目標を無事確保したので、至急応援を呼ばれたし。場所は追って指示する。頼んだぞ?イズモ殿。それと、コウガ殿に宜しく伝えておいてくれ。」

「な…コウガ…だと⁉︎」


サキは絶句した。コウガ達が生きている事が、信じられなかったのだ。そして、議論のそもそもの前提条件が致命的に間違っていた事に気付き、サキは慌てる。


「俺はコウガ殿に命を救われた。あの時、俺を独房から解放してくれなければ、俺は今頃生き埋めになっていた。それに対する恩は返さなければ、男が廃ろうと言う物だ。」


サキの推測通り、ミキはコウガ達によって救出されていた。そして、その代わりとして、サキを捕らえる事を約束していたのだ。


「な…お前は…それで良いのか…!組織の理想は!自身を犠牲にしようとも、この国の為に殉ずると決めたお前の決意は!」

「勘違いするな。それで良い筈が無い。だが、最低限の筋を通さねば、俺は人では無くなってしまうのだ。人で無い者に、この国は救えん。俺はこの国を救いたい。その為に俺は『まだ』人で在りたいのだ。復讐よりも何よりも、それが俺にとって大事なのだ。」

「む…無茶苦茶だ…理解出来ん…。」


サキは、ミキの行動や理念を完全に把握していたつもりであった。しかし、ミキの価値観を完全に掌握出来てはいなかった。『普通ならこう考えるだろう』とサキが考える『普通』に、ミキが当てはまっていなかったのだ。


「…お前は…どうなる…。」

「当然、捕まるだろう。こんな下らない事で彼らに迷惑を掛けたのだから、当然だ。元々、作戦が終われば全ての責任を俺が負って捕まるつもりではあったのだ。それが前倒しになっただけの事よ。目的こそ達成出来なかったが、俺はまだ生きている。人で在れる。なら、これから幾らでも機会は有る。その為に、俺は潔く捕まる。」

「何でだ…何でそんな発想が出来る…。ここは一先ず逃げて、力を蓄えて組織を復活させる方が効率的ではないか!理解出来ん…理解出来ん!」


混乱するサキに、ミキは憐れみを込めた視線を送る。


「人はお前が思う程に合理的では無い。効率だけで、人は動けない。」

「だが、お前がやろうとしている事は矛盾だらけだ!汚い事をする覚悟は有るんだろう?国の為なら何でもする覚悟なんだろう⁉︎なら何で『今』その覚悟を発揮しないのだ!その方が目的達成に近付くのに!過程を選んで、結果を蔑ろにするのか?可笑しいだろ⁉︎」


サキは、ミキに激しく反論する。理解出来ない物に対する不安が、彼を恐怖させていた。


「はは…そうだな。お前なら、きっとそうするんだろう。だが、済まないな。俺とお前は違う。これが『俺』だ。俺の『美学』だ。曲げる気は一切無い。」

「美学…だと?」

「ああ、そうだ。お前には、決して理解出来ないだろうがな。」


サキの反論を、ミキは一蹴した。それは論破では無かった。合理性など皆無だった。ただ『気に入らない』の一言で、サキの訴えを退けたのだ。


(これは不味い…不味い不味い不味い不味い!此奴本気だ…本気で俺と一緒に警察に捕まるつもりだ!警察に捕まっちまったら…『あっち』に復讐する所か、消されちまう!畜生!俺はまだやりたい事が有るんだ!金が欲しいんだ!こんな所で死んでたまるかよ!こうなったら…。)


サキは、最早ミキと交渉の余地無しと判断、懐に隠した拳銃の位置を確認する。


「結局の所、お前は俺を理解し切れなかった。コウガ殿達の実力を読み切れなかった。それがお前の敗因だ。」

「俺の…敗け…。」

「ああ、お前の価値観、そして洞察力を過信し過ぎたな。…裏切り者の愚か者め。」


ミキはそう吐き棄てると、携帯を仕舞う為にサキから目を逸らす。その隙を、サキは目敏く見付け、瞬時に懐から拳銃を取り出し、ミキに狙いを付ける。


(馬鹿め!死ね‼︎)


サキが引き鉄を引こうとした瞬間、その腕が強い衝撃によって急に弾かれた。


「な…ぎ、ギヤアアアアアア!」


サキは激痛に顔をグシャグシャに歪めて肩を押さえて蹲る。思わず拳銃を落としてしまい、ミキの蹴りでそれを遠くへ飛ばされてしまった。予備の銃はもう無く、手榴弾を使うには距離が近過ぎる。サキは完全に、抵抗する手段を奪われてしまったのだ。


「今の隙の時間で俺を撃てないとはな。狙いを付けるので精一杯とは、腕が鈍っているんじゃ無いのか?サキ。」

「が…はあ…はあ…。」

「頭を使うのも良いが、少しは銃の腕を磨いた方が良いぞ?」


発砲時の煙りが燻る突撃銃を構えながら、ミキは呆れた様に言い放つ。サキが発砲するよりも早く、彼の拳銃を持つ肩を撃ち抜いたのだ。


「まさか…わざと…!」

「ああ、そうだ。お前の思考、全くわからない訳では無い。お前は、特に自分が危険な時は、少しばかり手荒で卑怯な手段であろうと迷い無く使う。それは俺にもわかっていた。だから隙を見せれば、必ず不意打ちを仕掛けてくるだろうと踏んだのだ。」

「俺の考えが…わかっているのか⁉︎」

「いや、殆どわからん。だが、何せ長い付き合いだ。ある程度の傾向はわかる。相手の思考は読めなくても、経験から来る物で多少は判断出来る。それが当たっただけの事だ。」


ゆっくりと、ミキはサキに近付く。足を撃たれては逃げれず、右肩を撃たれては碌に反撃する事すら出来ない。サキは完全に俎板の上の鯉の状態である。故に彼は急ぎ土下座する。使える方の手足を使って精一杯の懇願をする。


「ま、待って、待ってくれ!頼む!昔の好で見逃してくれ!この通りだ!」

「…謝れば俺が赦すとでも?古馴染みだからと言って、俺が命の恩人との約束を蔑ろにする様な奴だと、未だに本気で思っているのか?聞いて呆れる、其処まで堕ちたか…友よ。」


ミキはサキの目の前に立つ。まるで取るに足らない物を見るかの様な目が、怯むサキを射竦める。サキはミキが何をしようとしているのか、わかってしまった。そしてその推測は、皮肉にも全く間違っていなかった。


「や…止め…。」

「最早、情に縋るしか出来ないか?それが通用しないと知っても、それでも保身に走るのか?お前の洞察力は大した物だが、やり方が少し汚すぎたな。友を裏切る愚か者め、だから他人を信じられんのだ!」

「ヒイイイイ⁉︎」


ミキは突撃銃を大きく振りかぶり、サキの側頭部に目掛け、渾身の力で銃床を振り抜いた。


「ガアッ‼︎」


その重い一撃は、サキの頭蓋骨にヒビを入れ、一瞬で彼の意識を刈り取った。脳からの指令を失った身体は、その四肢の筋肉の硬直を解き、だらし無くその全てを地面へと横たえた。


「もう暫くは、眠っておけ……かつての我が親友よ。」


ミキの頬に、一筋の涙が流れ落ちた。本気で共に理想を叶えようと誓った友との思い出に、その幻想にさよならを告げ、目の前の哀れな敵を見下ろす。


「警察の前に…病院だな。コウガ殿には、また迷惑をかけてしまうな。」


それでも、かつての友の脱け殻を、ミキは大切に扱う。例えそれが自分を裏切り、殺そうとした者だとしても、友と認めた者の命を助ける。それこそが、彼の最も大事にする美学であった。


「本当に残念だよ…サキ。ほんの少しでも、お前が心から悔いてくれていたのなら…俺は…。」


最後にミキは、悲しそうに、本当に哀しそうに呟いた。しかしその声は、ついぞサキに届く事は無かった。


「何とも…皮肉な結果でしたわね。」


県警本部に居るカスミは、物憂げな表情を浮かべて呟いた。

カスミは水使いと言う事で、渾名の『女郎蜘蛛』は、水を掛ける『ジョウロ』と掛かっています。済みません。下らない駄洒落が好きなんです。

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