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明けの明星

  第一章  ダンシング・オーガ


     2



 西暦二二五一年の秋は世界中の誰にも平等に訪れた。尤も西暦なんて呼び方は既に二〇〇年以上も前の話だが。


 現在は統暦一二〇年。


 聞いた話によるとそう遠くない過去に二度、世界は滅んでいる。いや、少し正確ではなかった。人類が二度ほど滅ぼされかけた。


 災厄の爪痕は深く全人口の六割をそぎ取っていった。


 曰く、審判の日。


 その日。人類の築き上げた歴史が一瞬にしてご破算となった。


 その昔。一九四五年八月一五日。終戦の詔勅(しょうちょく)――ラジヲの玉音放送によって戦いの終りを告げた小さな島国。終戦とも敗戦とも呼び方はあれども、どちらにせよ一つの戦いが終わったのだ。以降。長き敗戦の銃火なき新たな戦いのはじまりであった。敗戦の苦渋を舐め、耐え凌ぎ、嘗胆の時期を越えて、それはまるで雪の下で春を待つ花の様にいつしか抜きん出きた経済大国へと開花していった。その背景には連合軍最高司令官総司令部――通称GHQによって旧日本軍が解体され、保安隊を経て自衛隊という軍隊ならざる軍隊が誕生するという経緯(いきさつ)がある。


 西暦二〇三一年には国連内外でも一家言を持って世界に強い影響力を与えるようにまでなっていたが、それでも交戦権の否認を謳う世界に稀な憲法の元、久しく戦火を離れ平和の体現者とまでなった日本も破滅対象の例外ではなかった。日本はアメリカに守られている。そんなものは何の役にも立たなかった。そもそもアメリカの本土も大打撃を受けていたのだ。日本の防衛ラインなど知った話ではなかったのだ。


 ミサイルのエンジンと迫撃砲の炎が空を舐め尽くし、血と硝煙が大地を埋め尽くす。世界が紅蓮に染め上げられ、生きている者を探すほうが難しい地獄絵図。


 護国の盾である自衛隊の決死の抵抗も虚しく、日本は僅か数日で没落した。


 日本を滅ぼした悪夢の奔流はあっという間に世界を飲み込み、死者は億単位にまで簡単に上り詰めた。まさに天地をひっくり返したような大災厄である。


 発生原因不明のそれが突如として湧き上がり狂ったように人々を襲い始めた。


 後に語られるカトブレパス大災厄だ。


 それは断じて戦いなどと称されるものではない。ただただ、一方的な陵辱が世界を蹂躙し、後に残ったのは焼け野原だけだった。


 故に大戦ではなく大災厄。


 仮にそれが宇宙より飛来した謎の生命体だと言われても誰もが二つ返事で納得するだろう。それくらいに既存の生態系から外れた存在だった。


 幻魔と呼ばれるそれは単純に化物の一言に尽きた。人の体など紙切れのように容易く引き裂く膂力を持ち、鋼の如く硬質化した外殻や皮膚を纏っているのだ。通常の弾丸程度の威力ではその殻を貫く事もできず、仮に破滅的なダメージを与えたとしても尋常ならざる回復力で幾度となく立ち上がってくる。そんな脅威が同時多発的に世界各地で出現したのだ。


 一度目の災厄を人類がどう乗り切ったのか。当時を生きる人がいない今、詳細は明確には判明していない。伝承や見聞で聞き及ぶことは出来るが多分、脚色されている。いや、政府が意図的に隠している節があると言うのが正しいだろう。どちらにしても知られては不都合な真実が多いのは間違いなさそうだ。


 人の培った文明はこの時期を境に産業革命以前まで後退したと言われている。


 それでも、災厄直後に現れた大英雄――東雲(しののめ)(たか)(あき)がいかな秘術を用いてか僅か数ヶ月で建国し、全世界を統一し全ての国家が一国の元に回帰する超国家を完成させた。


 国の名をアガルタという。


 その拠点となる場所が日本にあった。


 旧山口県秋吉台秋芳洞。この日本最大のカルスト台地が育んだ鍾乳洞の最奥にアガルタへの入口がある。


 秋芳洞最奥から更に地下へと繋がる地殻エレベーターで五〇メートル余り下降するとようやく辿り着く。


 ハニカム構造からなる地区が幾つも構築され、それらが地下数キロメートルに渡り蟻の巣状に展開されている。いつしか、その国土は旧日本の面積に比肩するほどに広大なものとなった。


 そこから時計の針が更に五〇年分が回ると、人類はようやく生活の水準を二〇三〇年以降に戻すことが叶った。


 地下熱源により半恒久的に熱エネルギーを取り出す事が可能になり、エネルギー変換方法が確立され、ほぼ全てのエネルギーの使用が可能になった。


 そんな折に異変は起きた。


 第二次カトブレパス大災厄が起きたのだ。


 結果だけ見るならば辛勝したのは人類だった。だが、払った犠牲も多かった。


 学校の教科書をなぞる言い方をするなら、民間軍事企業と国軍を筆頭とした連合軍の協力により秋吉台にて大規模な迎撃作戦が行われ、二ヶ月にも及ぶ攻防の末に得た大金星。


 大勝利というにはリップサービスが過ぎる。だが、勝利かといえばそれも甚だ勘違いだ。都市への侵入は防いだものの少なくない命の上に成り立った砂城の存命がわずかに引き伸ばされたに過ぎない。もし次があったなら、それこそ人類は存亡の危機を乗り越えることができなかっただろう。


 火急の対応に追われた政府が打ち出した打開策は災厄そのものを取り除く専門の施設と部隊を結成するものだった。


 国営、民営に問わずその研究機関に莫大な支援金を約束し、研究所には専門の機関を設立。特殊な選定法により選ばれた十代前半の少年少女がその部隊に編入すべく育成される。


 そのうちの一つが、国立研究機構アガルタ防衛学院である。


 アガルタ主要都市郊外にある国軍基地の一角に位置し中高生を合わせて一〇〇名前後の生徒を擁する。


 政策の施行間も無くに開校されたため統歴一二〇年現在、研究機構では最も伝統のあるうちの一つではあるが、国立としては唯一無二である。


 開校以来七〇年余りの歴史の中で既にアガルタの日常には溶け込んでいるものの、選定基準の審査が厳しいのも相まって、進学する生徒の数は常に少数である。全寮制で中高一貫の教育体制。僅か一二歳で国立研究機構に叩き込まれた彼らは、国防の一手を担う為に日夜過酷な訓練に追われている。とは言え一般の人間から見れば特異な存在である。


 いつしか、彼らを遠巻きに見る人々が口にする言葉があった。


 彼らは畏怖、畏敬を込めてこう呼ばれた。



 ――『()狩人(りゅうど)』と。


 

                †

 

 

 国立研究機構アガルタ防衛学院、情報処理室。通称モニター室にはその呼び名以外に幾つかの役目を果たす多目的室となっている。


 幾度にも渡る増改築の末に同質の機器機材が一箇所に集められたことが原因で、開校当初の視聴覚室から現在の情報処理室へと改名されたのだ。


 プレイングルームを思わせる大部屋はパーテンションにより、それぞれモニタ―、情報処理、仮想訓練の三区画に整理されている。


 仮想訓練のブースにはコクーンと呼ばれる特殊な装置が四つばかしか横並びに設置されてある。人間一人が入れるくらいの白い卵型の電子機器だ。ソーマプログラム――神経細胞を介して五感全てを仮想現実世界へと転送させるシステムをリンクさせる事で、予め母機に設定して置いたコクーンから子機へと情報の共有が出来るのだが、子機を含めコクーン本体に高い演算能力は無い。そのため外部リンクさせたコンピュータが使用者への情報提供や演算処理を行う。


 このシステムの確立により、実戦経験を積まずしても優秀な兵士を育てることが可能となった。死ににくい新米兵士と言うものは経費の面でも人員の面でも大助かりな訳だ。


 隣接されたブースは情報処理室の中では一番面積が小さいモニタールームになっている。コクーン利用者の観戦が出来る様に何脚かの簡易的なパイプ椅子が設けられているだけだ。


「さてさて、未来の魔狩人様達のお手並み。拝見と行こうか」


 パイプ椅子に深く腰掛けた男が言った。


 齢五四。初老と言って差し支えがないのに、格闘家のようにがっしりとした体格と見上げるような長身。


 男の名前は井上出雲。浅葱色の軍服に身を包んでいるのは彼が国軍である証明だ。旧国連のシンボルマークであるオリーブの葉が包む地球にクロスされた剣が描かれた徽章を襟首に着け、胸元には彼が高位の士官であることを窺わせる階級章が縫い付けられていた。


 出雲が空を見上げる。空中に投影されたスクリーンには今回の戦場が映し出されている。


 第一次カトブレパス大災厄直後の東京都市。


 災厄の傷痕は激しく、小さな家屋は根こそぎ薙ぎ倒されそのほぼ全てが全壊。或は半壊し、瓦礫の山と化している。ひび割れたアスファルトからは雑草が繁茂し、風化した東京都市は完全なる廃都だった。


「確か、選定の通過基準は反応数値の二十パーセント以上だったかな」


 大昔。まだ大災厄が起こる以前の話だ。使用率の割合には諸説あるが、人間の脳は僅か数十パーセントしか使用されていないと言う俗説が広まっていた。頭蓋内腔の大部分を占めている脳はその九割がグリア細胞で形成されている。約三〇〇億の神経細胞はたったの一割程度しかないのだ。グリア細胞の機能がよくわかっていなかった時代に、働いている細胞は神経細胞だけという思い込みから広まったのだろう。現代の脳科学では脳は一〇〇パーセント使用されているというのが通説だ。


 ただ、これは潜在能力という部分を抜かした場合だ。人とは情報に貪欲な生き物だ。でなければ個人の能力に大きな差は出ないだろう。その能力の差こそ、潜在能力に起因していると言えるのではないだろうか。


 選定とは詰まる所。脳に複数の情報を持った刺激を与え、どれほど反応するかを測っているのだ。


 もっと簡単な事を言えば、擦過傷を単純に痛いとだけ感じるか、熱い上に切り裂くような痛み。と感じるかの違いだ。


 なぜそんな選定が必要かと問われれば、これこそ単純な話だ。神経細胞に介入できるソーマプログラムが開発された今。優秀な脳は生体コンピュータとして活用されたのだ。


 軍服の胸ポケットからタバコを取り出し、火をつける。


「あの子達の反応数値は非常に高い…特にこの子」


 出雲がスクリーンをタップして一人の少女をアップにした。


「この子は通常時で七〇パーセントを超えている」


 スクリーンの一つが縮小化しこの子と呼ばれた少女のパーソナルデータを映し出す。出自は勿論、学院内の成績や仮想訓練のリザルトまでが詳細に表示される。


「第一種接触禁忌種の仮想訓練は過去を振り返っても学生が討伐した例はない。が、彼等ならもしかしたら」


「しかし、戦術も戦略もまだまだヒヨっ子。それに三人です」


 出雲の隣に座った女性が口を挟んだ。ありふれた黒いストレッチスーツに身を包んでいるが彼女が着こなせば一流のファッションデザイナーが手掛けたように見える。栗毛色の髪を肩口で遊ばせ、知的な紺碧の瞳が眼鏡の奥に潜んでいる。


 ミシェル・ブラウンは元、民間(P)軍事(M)企業(C)の魔狩人だったのだが、出雲がヘッドハンティングしたのだ。現在は国軍に籍を置き、兼任で防衛学院の一年生の戦術担当をしている。


「確かに通常、単独行動を取る相手に望む場合は四人編成だが。自分の生徒が信じれない…と?」


「いえ。ですが、確率は限りなく低いでしょう」


 ミシェルが眼鏡のブリッジを押し上げながら答えた。その所作が彼の反感を買ったのだろう。切れの長い目を細めキロリと睨み。


「シェリー。確かに彼等は子供で兵士としても新米以下だ。戦術はともかく、戦略なんてものは知らんだろう」


溜め込んだ煙を一気に吐き出し出雲はだが。と続けた。


「研究機構開設以来、我々は奴らについてありとあらゆる事を調べ上げた。いや、調べ上げたつもりだった。だが結果は芳しくなかった。なにせ生きたサンプルを捕獲することが困難だ。死体から調べられる事実など大した役には立たん。国軍の現状は、大火力で真っ向勝負しかない。奴らに戦略など通用せん。しかし、その状況を打破する。

 その為の防衛学院だ。その為の魔狩人だ」


 抑揚の乏しいがはっきりとした声。実際、口には出していないもののその裏には「勝てるようにするのがお前の仕事だ」と言っている

「シェリーよ。私の期待を裏切らないで欲しい」


 静かな恫喝にミシェルは背筋に冷たいものが走るのを覚え、思わず姿勢を正した。


 己の意を汲んだことに満足したのか出雲は柔和な微笑みを作り、腰を上げた。


「さて。私はここらで失礼させてもらうが、なにか質問は」


「サー。ひとつだけ」


「何かな」


「校内は全館禁煙であります」


「………」


 バツの悪そうな顔をして携帯灰皿でタバコの火を揉み消すと、帽子のつばを直しながら出雲は静かに退室していった。


 


 ご精読ありがとうございます。

 今回は、ちょっとした設定をかい摘んだ話です。セリフがなく余り楽しい回ではないかもしれません。


 ご意見・ご感想を頂ければこれ幸いです。

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