春隣⑤
本書はフィクションです。実在の人物・団体・省庁とは一切関係ありません。また、執筆にあたり複数の公務員の取材や架空のエピソードを組み合わせて構成しています。
ご覧いただきありがとうございます。
本作は、実話をもとに再構成した「叩き上げ公務員」の半生を描くサクセスストーリーです。
学歴もコネもなく、定時制高校からスタートした主人公。
決して順風満帆ではなかった彼が、どのような葛藤や壁を乗り越え、霞ヶ関の本省、そして幹部へと駆け上がっていったのか。
実際の官僚機構や他省庁でのリアルな泥臭さ、そして人生後半での新たな挑戦までを丁寧に描いていきます。
働くすべての人、そして逆境から這い上がりたい人に届く作品になれば幸いです。
ぜひ最後までお付き合いください!
5ゲームを投げ終えたところで、4人はベンチに腰を下ろしてひと休みしていた。
芝田がニヤニヤと笑いながら3人の顔を見回す。
「こんなにボウリング投げたことないなぁ。お前ら、腕大丈夫か?」
「大丈夫や! 野球部の練習での千本ノックに比べたら、こんなん余裕やわ」
「言うねー! ほな、そろそろ最後の仕上げやるか。無料券が全部で25枚あるから、一人6ゲームやっても1枚余るねん。そこでや……最後の6ゲーム目で一番スコアが良かったヤツが、その余った1枚を自由に使ってええことにせえへんか?」
「お前が持ってきた無料券やから、好きに決めてええで」
芝田の一言で一気にゲーム性が増し、レーンの空気がガラリと変わった。
疲れているはずの4人の目が急に本気になり、それぞれの顔つきがキリッと引き締まる。
いよいよ迎えた、6ゲーム目。
最後の勝負が始まった。
最初にアプローチに立ったのは瓜生だ。
助走は短いくせに、妙に気合いだけは入っている。
放たれたボールは勢いよくレーン中央へ向かったが、ポケットに入る直前でわずかに切れ込み、ピンを1本残してしまった。
「あーっ、惜しい!」
瓜生は悔しそうに口を尖らせた。
だが、その気合いが結果に結びつくことはなかった。
続いて浩一の番。
無駄のないすっきりとしたフォームから繰り出されたボールは、乾いた金属音とともに10本のピンを綺麗になぎ倒した。
「おおっ! ストライク!」
背後から3人の声が響く。
「なんやねんお前! 急に本気出すなや!」
「おいおい、ほんまに千本ノックが効いてるんちゃうか!?」
戻ってくる途中、浩一は小さくガッツポーズを作った。
三番手は桐通。
右肩を二、三度回し、鋭い視線でレーンを見つめる。ここまで60投近くを投げ込み、腕はすっかり重い。
それでも、負ける気はさらさらなかった。
深く息を吐き出して投げたボールは、やや外側へ逸れたものの、美しい回転がかかって見事中央へ戻っていく。
ガコンッ! と腹に響く爽快な音が鳴り響き、ピンが一瞬ではじけ飛んだ。
「よっしゃあ!」
思わず拳が握り締められる。
そして最後は、発案者の芝田。
4人の中で一番体格のいい芝田は、大げさに肩を回し、手首をパキパキと鳴らしていかにも「主役」といった顔を作ってみせた。
「外したら一生ネタにして言い続けるからな」
浩一が煽ると、芝田は自信満々に鼻で笑った。
「黙っとけ。こういう大一番に強いんが、この俺や」
意気揚々と助走をつけて投げた——のだが、気合いが入りすぎたのか、ボールは思ったよりも早く手から離れてしまい、レーンの端へ向かってフラフラと転がっていく。
「「「「あ……」」」」
4人の声が重なった次の瞬間、ボールは吸い込まれるように右の溝へ落ちていった。
一拍置いて、爆笑の渦がレーンを包み込む。
「大一番に弱すぎやろ!」
「主役どころか一発退場やんけ!」
「まだ一投目や! まだ終わってへん!」
芝田は顔を真っ赤にして叫んだが、自分でもあまりのおかしさに耐えきれず、戻ってくる途中で噴き出していた。
結局、最終ゲームは桐通と浩一の一騎打ちとなった。
ストライクが出るたびに大騒ぎし、ピンが1本残れば大げさに悔しがる。
周りから見れば、ただのうるさい男子高校生4人組に見えたかもしれない。
そして迎えた、運命の最終第10フレーム。
桐通がスペアで手堅くまとめたところで、浩一に打順が回ってきた。
ここで9本以上倒せば、浩一の逆転勝ちが決まる。
(いけるか……!?)
心の中で自分に問いかけると、(大丈夫や)と力強い答えが返ってきた。
静かに助走に入る。
腕を振り抜き、ボールを解き放つ。
綺麗な回転を描いたボールは、レーンの真ん中をまっすぐに駆け抜けていった。
次の瞬間、ピンが一斉にはじけ飛ぶ快音が響き渡る。
一本、二本ではない。全倒——完璧なストライクだった。
浩一は、再び、胸の前で小さく拳を握りしめた。
「決まったー!」
「勝負ありや!」
3人が一斉に立ち上がり、浩一を取り囲む。
「お前、なんでそこでもっと大げさに喜ばへんねん!」
「嬉しいで! でもな……大げさに喜ぶのは俺の美学に反するねん。敗者にも敬意を表さへんと」
「誰が敗者やねん!」
桐通がすかさずツッコミを入れ、またしても大きな笑いが巻き起こった。
芝田が、大切そうに1枚の無料券を浩一に手渡した。
「はい、勝者の権利や。お前が自由に使ってええで。一人で7ゲーム目投げてもええし、今度また4人で延長戦やる時の足しにしてもええからな」
「ありがとな。でもこの無料券、使わんと今日の思い出としてずっと取っておくわ」
「えっ?」
「お前が前に言ってたやろ?『なんか気分が晴れへんな』って思った時……この券を見たら、今日のことを思い出してまた元気が湧いてくると思うから」
芝田は一瞬目を見張り、それから嬉しそうに目元を緩めた。
「……そっか。お前らしいな」
16歳の冬。
この4人にとって、そして浩一にとって、いつまでも胸の中で光り続ける忘れられない「芝田杯」となった。
ご覧いただきありがとうございました!
全力で笑い、全力で勝負し、互いを称え合う。
国鉄明石駅前のボウリング場で刻まれたこの一日は、4人にとって生涯忘れられない特別な宝物となったはずです。
敗者への敬意を忘れない浩一の「美学」と、仲間がくれた言葉を何よりも大切にする誠実さ。15歳から16歳へと成長していく浩一の芯の強さが際立つエピソードとなりました。
2月も半ばを過ぎ、物語は少しずつ「別れ」と「新しい春」へと向かっていきます。




