貫之の子
延長八(九三〇)年、九歳の紀時文は、土佐国司に任じられた父・紀貫之と共に都を離れ、遥か南海道の果てへと旅立った。
土佐国で待ち受けていたのは、それまでの平穏な暮らしとは大違いの、喜びと悲しみに満ちた波瀾万丈の日々であった。
土佐の青い海が広がる地で出会った、同い年の漁師の少年・磯丸と、その凛とした姉・香。身分を超えて育まれた温かな友情と淡い恋心は、私の世界をまばゆく輝かせた。
しかし、非情な流行病が土佐を襲い、かけがえのない親友と、三つ下の最愛の妹の命を次々と奪い去っていった。
あれからおよそ五十年。父と同じ年齢になった紀時文は、妻となった香と共に、人生で最も輝き、最も悲しかったあの歳月を静かに振り返る。これは、失われた命の記憶と、ひらがなしか読めぬ亡き妹の魂を都へ連れ帰るために父が不慣れなひらがなで綴った、『土佐日記』誕生の背景にある知られざる前日譚である。
国司の子というのは、都に留まるならば掃いて捨てるほどいる下級貴族の子でしかありませぬが、ひとたび父の赴任先に同行したならば、父の赴任先であれこれもてはやされると相場が決まっております。男児ならば、今はどんなにひ弱な小倅であっても将来は国を背負う大物になるとおだてられ、女児ならば、今はどんなに御転婆な童女であっても十年もすれば国中の男どもが放っておかない深窓の令嬢になると扱われる。それが国司の子というものでございます。
そのときの私がいかに幼い男児であったとしても、国司の子として父とともに父の任地へと向かったならば、父の任地では自分に対する扱いが尋常ならざるものになるであろうとは理解できておりましたし、尋常ならざるものになる理由も自分自身の才覚ではなく父の権勢によるものだとも理解しておりました。
また、国司とは常ならば憎まれるものですし、そもそも国司の権勢とは移ろいやすいもの。父が何かしでかしたならば、さらには失脚させられるようなことがあったならば、今までたまっていた国司への不満、あるいは、元々抱えていた苛立ちを向ける格好の対象として国司という存在に目が向き、任国の全ての人たちから石を投げつけられて、それも、それまでチヤホヤしていた面々が真っ先に石を投げつける側となって、国司一族を追い出すことになるものと理解しておりました。
これはなにも空想の話ではございません。都に住むとたまに耳にすることでありますが、国司の子が父の赴任先で、自分は国司の息子であると胸を張って威張り散らしたせいで父の失脚につながったという話は珍しくありません。であるからこそ、国司の子となったならば、ただただ謙虚に、それでいて質実剛健な男児たることを求められるのが、国司の子として父の任地に赴いた息子の選ぶべき日々でございました。
父の赴任先、私の場合は土佐国でございますが、都を発って父の赴任先へ向かったならば、出会う人、出会う人、その誰もが私のことを国司の息子と扱い、丁重にもてなしてくれるであろうと考えておりましたものの、それは土佐国の国衙にいるときだけの話とし、あとは妹とともに、土佐国で波風を立てぬよう暮らすつもりでありました。
ところが、いざ蓋を開けてみれば、土佐国に赴く前とは大違いの喜びと悲しみに満ちた波瀾万丈の日々が待ち構えておりました。今から思い返しますと、土佐国での五年間が私に与えた影響は計り知れぬものがございます。
あれからおよそ五十年。父が土佐国司に任命された年齢になってから妻とともに土佐国での日々を振り返りますと、人生でもっとも輝いていたと同時に、人生でもっとも悲しい思いをした歳月であったと言えるでしょう。
亡き友との日々。
かけがえのない出会い。
そして、妹との別れ。
そのどれもが昨日のことのように思い出されるのでございます。
延長八(九三〇)年一月に父が土佐国司に任じられたとの知らせが届いたとき、父の顔には複雑な色が浮かんでおりました。喜びとも、困惑とも取れる顔でございます。
そのとき、私は父の前に進み出て、そっと尋ねてみました。
「父上、土佐国司に任じられたのでございますか」
父はしばらくの間、私の顔をじっと見ておりましたが、やがて静かな声で答えました。
「うむ、土佐の国司に……なった。されど、土佐は都から遠く離れた国。お前たちを連れて行くことになるが……お前は、ついて来てくれるか」
私は少し驚きながらも、すぐに頷きました。
「はい。父上と一緒なら、どこへでも参ります」
父は、それをお聞きになって、わずかに表情を和らげました。
今となっては父の気持ちもよくわかるのですが、当時の私にはなぜ父があのような顔をしたのか、さっぱり理解できませんでした。
国司というのは名誉ある地位でございます。貴族は都のみならず日本全国各地に数多くおりますが、大臣まで上り詰めるなどという貴族は藤原に生まれたごく一部の貴族のみの話でございまして、我が家のようなごく普通の貴族にとって、中央で名を残すなど夢のまた夢でございます。
我が家のような家にとっての多少なりとも現実的な目標となると、どこかの国の国司に就くということになりますが、それでも国司任命とは、一家の栄誉どころでは済まず、一族の栄誉となる話でございますから、父が国司に任命されたというのは、本来であれば喜びを隠せぬ様子を見せるはずでございましょう。
とはいえ、土佐国は遠いところでございます。このように記すのはどうかという思いはありますが、そして、実際に土佐国で歳月を過ごした私が記すのは多少なりとも躊躇いがございますが、それでもあえて記しますと、多くの人は土佐国のことを都から遠く離れた南海道の果ての国と考えておりますし、流罪とされた方が流される土地だと口にする人も多くいるのは知っております。正直申しますと、まさにその心情こそ、土佐に向かう前の私の、そして、父の心持ちでございました。
無論、父は流人ではありませぬし、国司としての任期を終えれば都へ戻ることが決まっておりますが、それは都での暮らし、都での交遊、都での歌のやり取り、そういった都でなければできぬことの全てを捨てて、見知らぬ土地へと向かわねばならないことを意味いたします。世の中には水を得た魚という言葉ございますが、それとは逆に水を離れた魚という言葉もございます。まさに、父のような歌人にとりましては、都を離れるとことこそ、水を離れた魚と申せましょう。
それでも父は家族を連れて土佐へと向かいました。単身赴任をよしとせず、家族を伴っての土佐行き。今思えば、それだけ父は家族を大切にしていたのでございます。
私は長らく第一子であるかのように日々を過ごしておりましたが、実は私には歳の離れた姉がおります。姉は私が生まれる前に宮中に入り、女官の一人として帝にお仕えする日々を過ごしてきた女性でございます。自分の長女、そして、私が生まれるまでは父のただ一人の子であった娘と離れ離れとなった日々の中で父が取り組んでまいりましたのが、かの有名な古今和歌集にございます。古今和歌集の編纂をするときだけは普段であれば離れ離れになっている娘と会えるとあって、父は古今和歌集の編纂に精進しておりました。
もっとも、父が古今和歌集を編纂していた頃はまだ私は生まれておりませぬ。姉が宮中に入ってからしばらくして妻を亡くした父は、再婚をし、そして私と妹をもうけました。私は父が四十路を過ぎ、五十路を迎えつつある頃に生まれた子、三つ下の妹は、父が間もなく五十になろうかという頃に生まれた子にございます。老いてからの子ということで、それはそれは、私と妹を父は大切に育てて参りました。
だからこそ、父は家族全員で土佐に向かうことを決めたのです。
私がまだ九歳、妹が六歳のときのことでございました。
都を発ちますのは、一月の除目よりすこし後のことでございました。
都の者が舟に乗って土佐へと向かう道のりは、大人でも苦労する旅にございます。まして当時の私は九歳、妹に至っては六歳でございます。妹はまだ幼く、難波津へと向かう淀川の船旅はまだしも、紀伊から淡路、淡路から四国へと渡る舟の揺れには慣れず、幾度も気分を悪くしておりました。
そのたび、母が妹の背をさすりながら、優しい声で言いました。
「もう少しの間だけだよ。じっとしていなさい」
私は妹の手をぎゅっと握り、できるだけ明るい声で付け加えました。
「もうすぐ着くよ。ほら、向こうに陸が見えてきた」
「うそ……まだ遠いのに……」
妹が弱々しく呟くのを聞いて、私は少し困って母の顔を見上げました。母は静かに微笑んで、妹の額に手を当てながら、私にだけ聞こえるくらいの声で言いました。
「いいのよ。嘘でも、優しい言葉を掛けてあげなさい。あなたがしっかりしていると、妹も安心するから」
私は頷いて、再び妹の手を握りしめました。
土佐へと向かう旅は、私にとって生まれてはじめての船旅でございました。後に土佐国の前に広がる広大な海を目にすることになるのですが、そのときまでは、淡路へと向かう舟、淡路から四国へと向かう舟から眺める海こそ、見知らぬ広大な海でございました。際限もなく広がる青い海と波の音、そして潮の匂い、はるか遠くに見える陸地。舟の縁に張り付いて眺めた水面には、時折、魚の影が見えました。私は船頭さんに魚の名を教えてもらいながら、飽きることなく海を眺め続けました。紀伊から淡路、淡路から四国へと渡る狭い海でありましたが、私の目には無限に広がる海と遠くに見える陸とに特別な思いを馳せたのであります。
淡路から阿波国の石隈へと着いた後は土佐国へと歩いて行きます。阿波国から真っ直ぐ土佐国へ向かうのではなく、阿波国で阿波国司と、讃岐国で讃岐国司と、伊予国で伊予国司と会った後に土佐国へ向かいますので、四国を大回りすることとなります。
これは長旅でございますが、途中の伊予国には最上の楽しみを味わえます。斉明帝や聖徳太子も楽しんだという、伊予の湯桁(道後温泉)でございます。都の貴族たちの間でも余暇として伊予国に出向いて伊予の湯桁を楽しむ者もおり、ましてや公務で都を離れて四国へ向かうのですから、伊予の湯桁を楽しむことは、愉悦ではなく、立派な公務の一つでございます。何しろ、伊予国司と父と会う場所こそがまさに伊予の湯桁なのでございますから。
伊予の湯桁が公務であるのは父だけで、私も、妹も、無限に湧き出る湯に驚きを隠せず、今まさに公務を務めている父に悪いなと心の中では思いながらも、子供ながらに湯に浸かって疲れを癒すことを理解したのでございます。
湯から上がったあと、母が湯気の立ち上る湯殿の縁に座りながら、しみじみと申しました。
「ここは本当に良いところね……。土佐に向かわず、このまま永遠に暮らしてしまいたいくらいだわ」
私はびっくりして母の顔を見上げました。
「母上、そんなことを言ってはなりません。父上が土佐国司としてお勤めになるのですから、早く国府へ着かねば」
母は私の顔を見て、くすくすと笑いました。
「あなたは真面目ね。でも、せっかくの良い湯だもの。少しはゆっくりしても罰は当たらないでしょうに」
土佐国へ向かう道は、幼い我が身にとって長い長い道でありました。とは言え、道中の方々はとても親切で、新たに土佐国へと向かう我々家族を大いにもてなしてくれたのです。四国の皆様方の親切心は都では味わえぬ新鮮なものがございました。
土佐の国衙に着きましたときのことは、今でもよく覚えております。
土佐国衙、そして、土佐国府は、都とは全く違う空気でございました。潮の混じった風が、陸の奥のほうから吹いてくる樹木の香りとないまぜになって、鼻をくすぐるのでございます。空の色も都より深く青く感じられました。山の緑の色も、都のそれとは違う、もっと力強い緑でございました。
私がその空と山と風の匂いを見つめていると、妹が私の袖を引いて、小さな声で言いました。
「兄上……ここ、空の色が違うね。もっと青い」
「うん。風も、どこか海の匂いがする」
私は妹の手を握り返しながら、静かに答えました。九歳の子供でさえ、そのような違いを感じ取ったのでございますから、敏感な歌人である父はどれほど多くのものを感じ取ったことでございましょう。
土佐国衙とその周囲は土佐国最大の街でございまして、土佐国の外の人は土佐の国府と、土佐国の中の人はただ「こう」と呼んでおりました。「こう」とは漢字で記すと「国府」でございます。同じ読みをする土地は日本全国各地にあると知っておりますが、土佐国から都へ戻り五十年近く経った現在でも、私にとっての国府とは土佐国府でございます。
土佐国衙の少し北に国司館がございます。ここが歴代の土佐国司の住まいでして、我が家も土佐国に赴任したその日から国司館での暮らしが始まりました。
国府での暮らしは、慣れてしまえばさほど不便でもございませんでした。
父には土佐国司として多くの仕事がございましたが、私と妹にとっては毎日が探検の日々でございました。国府とその周りには、都では決して見られぬ景色がいくつもございます。山は深く、川は清らかでした。国府から海までは数里の水路で、父の警護についている武士の方々と同行しなければ海に行くことはできませんでしたが、それでも父が仕事として海の近くに赴きときや、仕事の区切りがついて余暇ができたときなどは、国府から小舟で国分川を下り、海へと連れて行ってくれました。
国分川は国府のすぐ近くを流れ、海に面した浦戸の里へと向かう川でございます。国分川は、潮の香りを国府へと運び、海へ向かうにつれて波の音が優しく響く水の道でございました。
浦戸の浜から見渡す海は果てしなく続いておりました。紀伊から淡路、淡路から四国への船旅のときとは比べものにならない広大な海が広がっておりました。見渡す限り海の水ばかりが広がり、陸地など見えず、永遠の水面の先に広がるのは空のみでございました。
多くの小舟が浦戸の港に留まり、浦戸の里には自分達と歳の変わらぬ子供達が数多く住んでおりました。そのほとんどが遊んでいるのではなく、家族とともに小舟に乗って魚を獲ったり、舟で川を遡って国府市まで魚を運んで売ったりしているのでございます。朝獲れたばかりの魚を新鮮に届けるため、早朝から潮の流れに任せて水路を上るのでした。
ある日、父に連れられて海を訪れたときのことです。私は浦戸の港の近くで魚を運ぶ手伝いをしていた一人の男の子に話しかけてみました。市で見たことのある子です。
「いつもこんなにたくさん魚を運ぶのかい?」
その子は少し驚いた様子で私を見てから、素直に答えました。私を国司の子と知ったからか、どこか一線を画したかのような言葉遣いでした。
「うん。今日獲れた分を、こうに持って行って売るんだ。売れなかったら、干して保存するよ。そちらは、魚を獲ったことある?」
私は少し恥ずかしくなって、首を横に振りました。
「いや……ない。都では、魚は市で買うものだと思っていた」
すると、近くにいた少し歳上の女性が、笑いながら言いました。この男の子の姉だそうです。
「へえ、都の人は魚を獲らないんだ。じゃあ、草や木の名前も知らないんでしょう?」
「知らないものも多いよ。でも、教えてくれたら覚えたい」
私がそう言うと、女性は少し得意げに、近くに生えていた草を指差しました。
「これは『あしび』って言うんだよ。毒があるから、触らないほうがいいよ」
妹は少し怖そうにその草を見てから、私の後ろに隠れるようにして、小さく頷きました。
「うん……覚えた」
都の子供たちが知らぬ草の名を、土佐の子供たちは皆知っておりました。私はそれが羨ましく、土佐の子供たちに混じって草や虫の名を教えてもらったものでございます。
そのときに出会った女性は、微妙な立ち位置の少女でした。
大人のようで大人ではなく、かといって子供達の間に混ざっているのも違和感がある。言うなれば、居場所がないために子供達の間にいて、さらにそこでも居場所がないために私達に近寄った、そう感じたのです。
そうして中で知り合ったのが、香と磯丸の姉弟でございます。
磯丸の一家、一家と言いましても磯丸のほかには磯丸の祖父のみでございますが、磯丸自身は自分のことを漁人の子と称しておりました。
漁人は、舟に乗って海に出て魚を獲るだけが仕事ではありません。釣り上げた魚を市に運び、魚を求める人に魚を届けるも仕事でございます。これは浦戸に限ったことではありませんが、多くの港では魚を女性や子供に託して魚を売るものでございます。大人の男はその間にも海に出て魚を獲り続けるのです。
磯丸のように、十日に一度の割合で浦戸から舟で魚を運んで国府に出向き、国府市で魚を売る子は浦戸の里に数多くおりますが、磯丸は他の子と少し違う、それも良くない意味で違うと扱われている子でした。
色々と話をするようになって、磯丸は私と同い年、姉は磯丸より五歳歳上と知りました。姉は同じ里に住んではいるのですが、浦部の里の長の家に嫁いだので、磯丸とは別の家で暮らしているとのことでした。
磯丸は白い歯を見せて、よく笑う子でございました。
ある日、磯丸が魚を運んできたとき、私はこう話しかけました。
「磯丸の魚、いつもすぐに売れるね」
磯丸は白い歯を見せて、にこりと笑いました。
「そうだよ。これだけは誰にも負けないさ。今朝、浦戸の磯で獲って、舟でここまで運んできたばかりなんだ」
都育ちの私とは何もかもが違うのに、なぜか不思議と気が合いまして、土佐に着いてほどなく親友と呼べる間柄になりました。おそらくそこには、どこか溶け込むことができずに一線を画している者同士という間柄があったからでございましょう。
磯丸は国司の息子である私を少しも臆することなく接してくれました。都においては、父の地位や身分が人との距離を作ることがございましたが、磯丸にはそのようなことが全くございませんでした。
磯丸は海のことを何でも知っておりました。
ある日、国府市で二人並んで座っているとき、磯丸が南を指差して言いました。
「ほら、あの風の向きを見てみろ。あの風が吹き始めたら、今日はもう雨が降るぞ」
私は驚いて磯丸の顔を見ました。
「本当に? どうしてわかるんだ?」
「じいちゃんに教わったんだ。風の匂いと、空の色と、波の立ち方でだいたいわかる。村の岩場には、今日は鰺がたくさん集まっているはずだよ。明日の朝、獲りに行ってみるか?」
私は思わず頷いていました。磯丸はそういう知恵を磯丸の祖父から受け継いでおり、それを惜しげもなく私に教えてくれたのでございます。
磯丸は口達者な子でございました。どういうわけか、同じ浦戸の里から同じ魚を国府まで運んできたのに、磯丸の運んできた魚のほうがいち早く売れるのでございます。それも、他の者が魚二匹でコメ一升の売値でございましたのに、磯丸は魚三匹でコメ二升と、他の者より高く魚を売るのでございます。
私は不思議に思って、磯丸に尋ねてみました。
「どうして磯丸の魚だけ、そんなに早く高く売れるんだ?」
磯丸は少し得意そうに笑って答えました。
「魚の目を見て、今日の新鮮さをちゃんと伝えるんだよ。『この魚は今朝獲れたばかりだ』って言うと、みんな信用してくれるんだ」
なるほど、磯丸の運んできた魚はどれも美味しく、父も磯丸の魚を気に入ったようで、国司館でも何度も調理され国衙の皆も磯丸の魚を食べるようになりました。磯丸以外の者の運んできた魚が美味しくないというわけではありません。それどころか、磯丸以外の者が運んできた魚も、そのまま都に運ぶことができれば、都中で大評判となること間違いない絶品でございました。それなのに、磯丸一人が市で名を馳せているとは、なんとも不思議なものでございましょう。
私は試しに都で学んだ漢詩や和歌の知識を磯丸に教えてみました。磯丸は文字の読み書きができませんでしたので、私が声に出して詩を読んでみたのです。
「『春の夜の 夢の浮橋 とだえして……』」
私が読み終えると、磯丸は少し間を置いてから、すらすらと繰り返しました。
「春の夜の 夢の浮橋 とだえして…… これ、難しい言葉だけど、なんだか綺麗だな」
私は驚いて聞き返しました。
「もう覚えたのか? 一回聞いただけで?」
磯丸は少し照れくさそうに笑いました。
「頭の中で、声が残ってるんだ。もう一回読んでみてくれ」
私はもう一度読み、磯丸は二度目に完全に暗唱してみせました。頭のよい子でございました。
あのような子が、もし都に生まれていたならば、と思うことがございます。
いや、それは余計なことでございましょう。磯丸は土佐の子であればこそ、あれほど海を知り、あれほど魚に詳しくなったのでございますから。
夏を迎える頃になると、妹も土佐での暮らしに慣れていきました。
都では大人しく、家の中で遊ぶことの多かった妹が、土佐では毎日のように外へ出るようになりました。国府で出会った妹と同世代の女児たちと交わるようになり、いくら兄であると言っても男である私は近寄れないことすらありました。
土佐にあっても、私も、妹も、貴族の子たるに相応しい教育を受けねばならないと、父が私と妹に文字の読み書きを教えるのですが、妹がだんだんと、父からの学びを避けて遊びに行くようになってしまったのです。未だ六歳の女児ですから漢籍を自由自在に読み書きできるようになれというのは酷でございますが、せめてひらがなぐらいは読めるようになってもらわねば困ります。それなのに、妹は文字を読むこと、さらにはあらゆる学びを拒んで遊びに出るようになってしまったのです。
何やら妹が悪い方向に足を進めているのではと心配したものでしたが、今から思い返すとそれは杞憂というものでした。
ある夕方、妹が舟で浦戸の里から帰ってきたときのことです。妹の着物は砂と潮でびしょ濡れになっており、私は思わず声を上げました。
「またそんなに汚れて……母上が困るだろうに」
妹は少し得意げに笑って、私に貝殻を差し出しました。
「兄上、見て! 磯で拾ったの。きれいでしょう? カヲネエも『きれいだね』って言ってくれたのよ」
国府近くの川岸まで舟で送ってもらい、そこから国司館までは短い道を歩いて戻った妹の着物は砂と潮で汚れており、母が苦笑しながら妹の着物を叩いておりました。
妹はよく笑う子でございました。
それは都にいたときも変わりませんでしたが、土佐に来てからの妹の笑顔は、より一層輝きを増したように思われたのでございます。あの笑顔を今でも夢に見ることがございます。
先ほども申しましたように、私には姉がおりますが、生まれる前に宮中に入ったために滅多に姉と会えぬ日々でございました。妹などは人生で一度も姉に会ったことなどなかったのではないのでしょうか。
その妹にとって、磯丸の姉の香は姉のような存在でございました。妹の言っていたカヲネエのことでございます。私は一度その女性と会っていたのですが、その女性が香であることは、まだ知らないでおりました。
その女性が香であると知ったのは、国府市で磯丸と妹との三人でいたある日の夕暮れのことでございます。市へと歩いてくる人影がございました。磯丸よりずっと落ち着いた足取りで、夕陽を背に歩いてくるその人が香でございました。少し前に浦戸の里で「あしび」を教えてくれた女性でした。
「磯丸、遅いじゃないか。じいちゃんが心配してるよ」
香はそう言いながら、私の方へ目を向けました。
「ほんとに国司様のご子息と遊んでんだね」
私は少しどぎまぎしながら、丁寧に頭を下げました。
「はい……。いつも磯丸にはお世話になっております」
香は物怖じせず、しかし丁寧に私へ頭を下げました。都の女性とは違う、潮風の中で育った率直さがございました。
私はろくな挨拶もできず、ただ頷くことしかできませんでした。
香は妹の顔を見て、柔らかく微笑みました。
「貝、たくさん拾えた?」
「うん……いっぱい拾った。カヲネエも、一緒に来てくれる?」
香は少し驚いた様子で妹を見てから、くすりと笑いました。
「また今度ね。今日はもう遅いから、早く国司館に帰りなさい」
そのときの笑顔は今でも忘れないでいます。
磯丸と仲良くなるにつれ、自然と香と顔を合わせる機会も増えてまいりました。磯丸一人ではなく香も国府市に来るのでございます。十日に一度の出会いでありますが、私はいつの間にか、磯丸ではなく、磯丸の姉に会うことを楽しみにするようになっていたのでございます。
妹もそのあたりは理解していたようで、わざと香と私を二人きりにさせようとしたり、ときには逆に、国府の友人たちと連れ立って私と香との間を邪魔したりしたものです。
このことは磯丸も理解していて、妹と一緒に邪魔をしたり、あるいは香と私の二人きりとさせておきながら遠くから眺めたりと、色々と揶揄ってきたものです。
ある日の市で、私は磯丸と一緒に香のそばに立っておりました。香は手際よく魚を三枚に下ろし、鱗を丁寧に剥いでいきます。
「香さんは、魚を捌くのが本当に上手いですね」
私が感心して言うと、香は手を止めることなく、淡々と答えました。
「小さい頃からやってるからね。磯丸は売るのは得意だけど、捌くのは苦手なんだよな」
「うるさいな、姉ちゃん」
磯丸が少し不機嫌そうに言うと、香はくすりと笑いました。
「事実でしょう? お前が捌いた魚なんて、誰が買うものか」
私は二人のやり取りを見て、思わず笑ってしまいました。
香は漁人の娘として、魚を捌くことも、網を繕うことも、何でも手際よくこなす女性でございました。磯丸は、魚を売るのは得意でありますが、魚を捌くのはあまり得意ではありませんでした。しかし、香は違います。魚を三枚に下ろすなど造作もなくこなし、鱗を剥ぐのも、捌いた魚を塩漬けにするのも、何もかも手早くこなしました。国府市では磯丸の魚を香が捌いて売ることが通例となってきておりました。
香とはじめて出会ったとき、香は浦戸の長の家に嫁に出た身でございました。その香はいま、磯丸と共に暮らしているとのことでございました。
離縁となったのです。
ある日、魚の仕分けが終わったあと、香が少し疲れた様子で座りながら、静かに言いました。
「出戻りだなんて、きっと変に思われるだろうね。でもまあ……姑があまりにも酷くて」
私は少し驚いて香の顔を見上げました。香は私の反応を見て、苦笑いしながら続けました。
「無理やり長の家に嫁がされて、まだ子供を産める体でもないのに『子を産めない』って責められて……。でまあ、家の中にいられないから、浦戸の子と一緒にいたってわけさ」
私は何と答えればいいのかわからず、ただ黙って香の横顔を見ていました。香は少し寂しそうに笑って、言いました。
「でも、もうどうでもよくなっちまった。これからは前みたいに磯丸と祖父と三人でやっていくさ」
香が嫁ぎ先で何があったのかを深く訊ねはしませんでしたが、伝え聞いたところによると、嫁ぎ先の姑とうまくいかないとのことでございました。
香が嫁に行きましたのも、一家の食い扶持を減らす目的があったようなのです。確かに嫁に行けば食い扶持が一人減ります。しかも、嫁ぎ先は浦戸の長、つまり、浦戸の村長の家なのですから、村いちばんの長者の家です。これ以上ない嫁ぎ先でありましたでしょう。
ただ、それが香の幸せとつながるかどうかは別の話でございます。
何しろ、その頃の香はまだ初潮も迎えておらぬ女児。そのような女児を捕まえて、どうして子を産めないのかを詰る姑。これだけでも大問題でございますが、香はそのような姑に従うのではなく、堂々とやり返す気の強い女性でございました。
文句を一つ言ってきたなら十の文句を言い返す、一度でも手が出てくれば十度はやり返す、そんな姑と香との諍いは日に日に激しくなり、ついには離縁となったとのことでございます。
それに、間接的ではありますが、私と磯丸が仲良くなったことも、香が離縁する、あるいは離縁できるきっかけとなったようなのです。
想像してみてください。食べるに困ったために孫娘を村長の家に嫁に出したのです。普通に考えれば嫁に出された娘は嫁ぎ先で黙って耐えているしかなかったはずなのです。ところが、その嫁の弟に友人ができた、それも国司様の息子と仲良くなったというのですから、村長など遥かに凌駕する権力者の息子と仲良くなったということです。これでは、嫁ぎ先での立場が一気に変わるというものです。
香が離縁してから磯丸の家では、祖父と香と磯丸の三人で海に出て、十日に一度、姉弟で魚を国府市に運んで売るという暮らしになったとのことでございました。
香が一度は嫁に行った身であると知ったときは私の淡い思いが一度は壊れ、離縁となって出戻りした身であると聞いたときは淡い思いが深くなったのを自覚いたしました。
香は都の娘たちとは全く違う人でございました。
都では、貴族の娘たちは御簾の内に座り、和歌を詠み、琴を弾き、外の世界とは薄絹一枚を隔てたところで暮らすものでございます。ところが香は違いました。自ら浜に出て、魚を売り、弟の世話をし、それでいながら夜には、祖父や亡き両親から土佐に伝わる古い歌を聞いて育ったとのことでした。
ある夕方、市が終わったあと、香がふと口ずさんでくれました。
「都の歌と違うかもしれないけれど……」
香は少し照れくさそうに前置きして、静かに歌い始めました。
「海の果て 波に揺られて 行く舟の 帰りを待つは 女の心……」
節は都のものとは全く異なりましたが、海の広さと、漁に出る男たちの祈りのようなものが滲んでおり、私は聞き惚れてしまいました。
「綺麗です……父上が聞いたら、きっと喜ぶと思います」
私がそう申すと、香は少し顔を赤らめて、そっと顔を背けました。
「そう? 変な歌だと思わない?」
「いいえ。全然変じゃないです。……とても、心に残ります」
香は長い黒髪の少女でございました。
都の貴族の娘とは少し違う、しかし決して見劣りのしない、土佐の自然の中で育った清らかさのある顔立ちでございました。一見するとおとなしめに感じる女性でありましたが、話してみると気の強い、それでいて、私のような歳下の男を魅了する女性でした。
私が香を意識し始めたのがいつ頃からかは、もうはっきりとは思い出せません。ある日、香が国府市の近くの家の梅を眺めて静かに立っているのを遠くから見たとき、どうしようもなく胸の中が急にざわめいたのを覚えております。
それが何を意味するか、未だ元服を迎えていない頃の私にはわかりませんでした。ただ、香の顔を思い浮かべると胸が苦しくなるような、不思議な感覚がございました。
私は父から和歌を習い始めたばかりの頃でしたので、その気持ちを和歌にしようとしたこともございます。ですが、どう詠んでも稚拙で、とても香に見せられるような代物ではございませんでした。
ある日、私は父に和歌の添削を願い出ました。父は私の歌を読み終えると、にやりと笑って尋ねました。
「これは、誰に送る歌じゃ?」
私は顔を赤くして、口籠もってしまいました。
「…………いえ、特に、誰というわけでは……」
父はそれ以上問いませんでしたが、目に温かみを湛えて、私の頭を軽く撫でてくれました。
それから数日後のことでした。市が終わった夕暮れに、香がいつものように道具を片付けているところへ私はそっと近づきました。磯丸と妹は、今日に限って遠くへ行ってしまったようでした。まるで、私たちに気を使ってくれたかのように。
「香さん……少し、話してもいいですか」
私の声はかすかに震えました。香は手を止めて、ゆっくりとこちらを向きました。夕陽が彼女の長い黒髪を赤く染め、潮風に少し乱れたその姿が、いつにも増して美しく見えました。
「ええ、いいよ」
彼女は静かに微笑み、近くの大きな岩に腰を下ろしました。私もその横に、そっと座りました。川のせせらぎと、遠くの波の音だけが聞こえる、静かな時間でした。
しばらくの間、私たちは無言でした。香は川面に映る夕焼けを眺め、私は彼女の横顔を盗み見るのが精一杯でした。心臓の音が、自分でもはっきり聞こえるほどでした。
「土佐の空は……都よりずっと広いですね」
やっとの思いで、私は言葉を紡ぎました。香はくすりと小さく笑いました。
「都の空は、きっときれいなんでしょうね。でも私は、この空が好き。毎日変わる雲の形も、夕焼けの色も……全部」
彼女の声は柔らかく、潮の香りが混じっているようでした。私は勇気を出して、続けました。
「香さんが歌ってくれた歌……海の果ての歌。あれを、もっと聞きたいです」
香は少し照れたように視線を落としましたが、やがて静かに歌い始めました。
「海の果て 波に揺られて 行く船の 帰りを待つは 女の心……」
その歌声は、都の優雅な和歌とは違う、土佐の海そのものを思わせる力強さと哀愁がありました。私は聞き惚れ、胸が熱くなりました。歌が終わった後、香は私の方を向き、少し恥ずかしそうに言いました。
「こんな粗末な歌で、よかった?」
「いいえ……とても、心に染みます。香さんの声で聞くと、まるで海が語りかけてくるようです」
私はそう言いながら、そっと彼女の手の近くに自分の手を置きました。触れるか触れないかの距離。香は一瞬だけ手を引くような仕草を見せましたが、結局そのままにしてくれました。
風が二人の間を優しく通り過ぎ、川の水面がきらきらと輝きます。香は遠くの水平線を見つめながら、ぽつりと呟きました。
「私みたいな漁師の娘が、国司様のご子息とこうして並んで座ってるなんて……夢みたいだね」
その言葉に、私は思わず彼女の方をまっすぐ見つめました。
「夢なんかじゃありません。私は……香さんとこうしている時間が、一番心地よいのです。都にいた頃は、こんな気持ちを知りませんでした。香さんに会ってから、私の世界は変わったんです」
香の頰が、夕陽の色より少し赤く染まりました。彼女は視線を逸らさず、静かに私の目を見つめ返してくれました。その瞳には、強さの中にある優しさと、少しの寂しさが宿っていました。
「あなたは……本当に、優しい子だね。でも、私は漁人の娘。あなたは国司の息子。いつか、都へお帰りになるんでしょう?」
その問いかけに、私は胸が締め付けられるのを感じました。それでも、精一杯の声で答えました。
「帰るときは……香さんも、連れていきたいですね。磯丸も一緒に。土佐の海を忘れられないように、都の鴨川を一緒に見たいんです」
香は何も答えず、ただ私の手をそっと握り返してくれました。その手のひらは、魚を捌き、網を繕い、荒れた日々の証のように、少しざらついていましたが、私には何より温かく感じられました。
私と香は二人揃ってそのまま、夕陽が完全に沈むまで川辺に座っていました。言葉は少なくとも、心は確かに通じ合っているという気がしました。あの秋の夕暮れは、私にとって、土佐で過ごした日々の中で、最も甘く、切ない記憶の一つとなりました。
「土佐の秋は、都と違うんだろうね……」
香は川の流れを見つめながら、静かに答えました。
「そうですね。都の秋は、もっと静かで、色が優しい気がします。でも、土佐の秋も……美しいですよ。この川の水も、紅葉も」
私は香の横顔を見て、思わず次の言葉が出てしまいました。
「香さんは、土佐の秋が好きですか?」
香は少し驚いたように私を見てから、柔らかく笑いました。
「好きだね。……あなたは?」
「僕も……好きです」
その笑顔が、今も胸の奥にしまわれております。
妹はその間も土佐国の子供たちの中にすっかり溶け込んでいきました。
国司様の娘なのはその通りではありますが、都でのおとなしかった頃の妹とは別人の、御転婆な少女へとすっかり変貌していきました。
それはおそらく香の影響もあったのかもしれません。
宮中に姉がいるとは知っていても、姉に会ったことのないのが妹でございます。そんな妹の目の前に、手本となるような歳上の女性が目の前に現れたのです。貧しさからか、身に纏っている服は上質な物とは言えませんでしたが、それでも長い黒髪を靡かせた後ろ姿は都の女性たちにも勝るとも劣らぬ美しさがあり、それでいて気の強さが作り出した自立心は理想の大人の女性に見えたのでしょう。
今から思うと、妹は、そして、妹の友人たちは、こぞって香を真似るようになっていったと言えましょう。
妹は国司の娘、つまり、貴族の家に生まれ育った女児でございます。貴族の家に生まれたならば貴族の女性として身につけねばならぬ素養が多々ございます。妹が嫌がった読み書きはもちろん、着るものも貴族の娘らしい服装でなければなりません。それなのに、妹は貴族としての素養を身につけるどころか、土佐国のどこにでもいるごく普通の女児であるかのような振る舞いをしだし、着ているものまで合わせようとしたのです。
ある日、国府の住人が「国司様の娘さんに衣装など受け取れませぬ」と頭を下げて国司館に来ました。事情を聞くと、妹が無理やり自分の高価な着物と、相手の女児の粗末な着物を交換したというのです。しかも、その女児の着物は、亡き母が最後に用意してくれた大切なものだったと言います。
さすがにこのときは父も妹を手厳しく叱りました。
「貴族の娘として、人の大切なものを奪うとは何事か。国司の娘として恥ずべき行いだ」
父の言葉は正しいものでしたが、妹の目にはあまり届いていないように見えました。
その後、香が妹を叱りました。
「その服の持ち主の母親が死んだのを知ってるか」
香は静かですが、はっきりとそう言いました。妹は俯いたまま、動けませんでした。
「死んだ母親が最後に残してやったものを、お前は奪った。金で返せるものじゃない。わかるか」
妹はしばらく黙ったあと、顔を上げました。その目には涙が浮かんでいました。妹は走って行き、相手の女児に着物を返したのです。それだけでは足りないと思ったのでしょう、妹は自分の着物を脱いで差し出そうとしましたが、相手の女児が困り果てて断ったため、結局妹は自分の着物を持って泣きながら帰ってきました。
そのときから、妹はよりいっそう香を慕うようになったのだと思います。父の叱り方は貴族の娘としての在り方を教え、香の叱り方は人の痛みを教えました。幼い妹には、後者の方がより深く刺さったのでしょう。
そのときから、妹は父から読み書きを再び学ぶようになりました。ただ、嫌がる姿勢は隠しきれないでいました。
香はいちど嫁に行った身であり、また、嫁いだときは初潮もまだ迎えていなかった身であったのですが、私と十日に一度出会うようになってからは初潮を迎えました。もっとも、そのことはずっと後になって聞いたことです。私はただ、次の縁談が来てもおかしくないと聞かされただけでした。
おかしくないと聞かされてからもしばらく、香の縁談はどこからも来ませんでした。
それは、香が私と一緒にいることが多々あるというのが理由であったかもしれません。また、香の気の強さが縁談を断らせた理由になったのかもしれません。加えて、香は老いた祖父と幼い弟を養っている身でもありました。
それは土佐国に赴いてから二年を迎えた承平二(九三二)年の冬のことでございます。
磯丸の祖父が、ついに海へ出られぬ身となりました。秋の終わりから咳が続いておりましたが、冬に入って急に衰えが増し、漁に出ることはおろか、起き上がることさえままならぬようになったとのことでした。
磯丸がいつもより魚の量を減らして市に来たので、私は事情を知りました。
「じいちゃんが倒れた。姉ちゃんはじいちゃんに付きっきりで動けない。しばらくは俺一人で漁に出る」
磯丸はそう言いましたが、その顔にはいつもの白い歯が見えませんでした。私はかけるべき言葉を見つけられず、ただ黙って隣に立っておりました。しばらくして磯丸が「国司様の息子がそんな顔するな」と笑ったので、私も無理に笑ってみせました。
香もまた、いつも以上に市での働きに力を入れるようになりました。磯丸が言うには、十日に一度、浦戸の子がこぞって国府市に出向くときだけは、浦戸の人たちが病床の祖父の面倒を見てくれるというのです。裏を返せば、十日のうち九日は、香だけが祖父の面倒を看るということです。残るたった一日で、十日分の食い扶持を稼がねばならない香は、磯丸が運んでくる魚を少しでも高く売るため、声を張り上げ、買い手を捕まえ、捌いて見せ、塩をまぶして整えてやります。
そのせいか、市が立つたびに香の手は赤く荒れる一方になっておりました。
ある夕暮れ、私は香と二人で国府市の端に残っておりました。
「香さんの手が荒れております」
私がそう申すと、香は自分の手のひらを眺めて、穏やかに答えました。
「慣れてるってば」
「父上に頼めば、薬を……」
「結構」
香はきっぱりと言いましたが、拒絶の冷たさはなく、むしろ静かな声でした。
「いただいてばかりでは、いつまでも自分の足で立てなくなる。それが嫌なんだよね」
その言葉は、私の胸の奥にしんと落ちていきました。都で育った私には、なかなか持てない考え方でした。私はそれ以上何も言えず、ただ並んで夕陽の落ちていくのを眺めておりました。あの夕暮れは、今でも折に触れて思い出されるのでございます。
磯丸の祖父は、翌年の春を越せませんでした。
承平三(九三三)年の二月のことでございます。
磯丸から知らせを受けた私は父に相談し、国衙から弔いの品を届けてもらいました。国衙で食される魚を釣り上げてくれていた漁人への弔いですので父は快く応じてくれましたが、「お前が行ってやれ」と言い添えました。私は妹とともに浦戸の里へと向かいました。
磯丸の家は海に近い小さな家で、壁板の隙間から海風が入り込むような普請でしたが、家の中は清潔に保たれており、香が日々手入れを欠かさなかったことがわかりました。
磯丸は私を見ると少し驚いた顔をし、それから白い歯を見せて笑いました。
「来てくれたのか」
「当然だろう」
私が答えると、磯丸は「そうだな」と頷きました。
香はその場にはおりませんでしたが、しばらくして浜辺から戻ってきました。私の顔を見た香は一瞬だけ表情を変えましたが、すぐに落ち着いた顔に戻り、頭を下げました。
「遠いところをわざわざ。祖父も喜んでいると思います」
香の声は穏やかでしたが、目の端が少し赤いのに気づき、私は視線を逸らしました。
帰り道、私は供の者と歩きながら、ずっと香の顔を思い浮かべておりました。これからあの姉弟はどうなるのだろうか、と。
祖父を亡くしてからの香は、以前にも増して忙しい日々を送っておりました。磯丸が一人で漁に出るようになりましたが、まだ十二歳の子供では限界があります。獲れる魚の量は減り、香は魚を売るだけでなく、浦戸の他の家の仕事を手伝って賃を得るようになりました。
そんな折、妹が突然言い出しました。
「香さんの家を手伝いに行きたい」
母は難色を示しましたが、妹は諦めず、ついに父のところへ直接訴えに行きました。父はしばらく考えてから、こう言いました。
「一人では行かせられぬ。兄と一緒ならば良い」
そうして私も一緒に行くことになったのです。
香は私たちが来たとき、少し困ったような顔をしました。
「国司様の娘さんが来るような家じゃないよ」
「香さんが困っているのに黙ってられません」
妹はそう言いました。香は妹をしばらく眺めてから、小さく息をつきました。
「手が荒れても知らないよ」
「かまいません」
そういう経緯で、妹は市のたびに香のそばで魚の塩漬けを手伝うようになりました。
妹は不思議な子でございました。
ある夕刻、国司館の奥の部屋で、父が妹にひらがなを教えていた場面を、私は障子の外からそっと覗いていました。父は竹簡を膝に置き、柔らかな声で一つひとつの文字を丁寧に示します。
「これが『や』じゃ。次は『ま』……。ほら、筆を取ってみよ。国司の娘として、文字が読めねば都に戻ったときに困るぞ」
妹は筆を握りましたが、すぐに顔をしかめてぐずり出しました。
「勉強なんか嫌……。カヲネエと一緒に浜に行きたいのに。貝拾ったり、魚の塩漬けを手伝ったりしたいの……」
父は少し困ったように眉を寄せ、穏やかに諭そうとしましたが、妹は唇を尖らせて筆を置いてしまいました。都にいた頃は大人しかった妹が、土佐に来てからはすっかり野性的になり、勉強机に向かうのを嫌がるようになったのです。
そのとき、部屋の外で様子をうかがっていた香が、静かに入ってきました。香は妹の肩にそっと手を置き、穏やかながらもはっきりとした声でたしなめました。
「勉強を嫌がるんじゃないよ。お嬢様。国司様の娘なんだから、字くらいちゃんと読めないと、後で泣くことになるよ。磯丸だって、字が読めないせいで損をしたことが何度もあるんだから」
妹は香の顔を見上げ、むくれたまま言い返しました。
「でも……難しいんだもん。覚えられないよ。カヲネエは字が読めなくても、魚捌くのも上手いし、歌も歌えるじゃない」
香はくすりと小さく笑い、妹の小さな手に自分の手を重ねました。
「わたしは漁人の娘だからね。でもお前は違う。貴族の娘として生きていくなら、文字は武器になるの。貝の名前を書いて覚えれば、浜で遊ぶときももっと楽しくなるよ。『あしび』って毒の草、前に教えたでしょう? あれも字で書けるようになれば、忘れにくくなるんだよ」
そう言いながら、香はゆっくりと妹の手を導き、『や』から『ま』へと筆をなぞらせました。妹は最初こそ不満げでしたが、香の温かい手に導かれるうちに、少しずつ集中し始めました。父は黙ってその様子を眺め、満足げに頷きました。
「香の言う通りだ。少しずつでよい。頑張ってみよ」
その夜、母が笑いながら教えてくれました。妹はこの日、とうとう観念したのか、枕元でひらがなの練習をしていたそうです。香の言葉は、父の教えよりも妹の心に深く刺さったようでした。香はただの漁人の娘ではなく、妹にとって姉になりつつありました。気の強い優しさと現実的な叱咤が、土佐で変わりゆく妹を、優しくも力強く導いていたのです。
こうして妹は、勉強を嫌がりながらも、香の影響で少しずつ文字に向き合うようになっていきました。あの頃の妹の、ぐずりながらも頑張る姿は、今でも愛おしく思い出されます。
ある晴れた午後、磯丸と妹は網の繕いをしていました。香が市で魚を売っている間、磯丸は「姉ちゃんの代わりに俺がやる」と言い張り、妹も「私も手伝う!」とついてきたことがございます。私は香と一緒に少し離れたところにおりましたが、二人の声が聞こえてきてつい目を離しました。
「ほら、こうやって針を通すんだ。力任せにやると網が切れるぞ」
磯丸が白い歯を見せて笑いながら、妹の小さな手に自分の手を重ねて針を導いておりました。妹は真剣な顔で頷き、ぎこちない手つきで糸を引きました。
「できた! 磯丸、ほら見て!」
妹の声が弾み、磯丸はわざと大げさに目を丸くして褒めました。
「すげえな、これなら漁人の嫁になれるぞ」
「やだぁ! 私は国司の娘だもん。でも……磯丸の舟に乗るのはいいかも」
二人は笑い合いながら網を広げ、陽の光の中で糸をかけていました。磯丸は普段、口達者で少し生意気なところもある少年でしたが、妹と二人きりのときは自然と優しい兄のような顔を見せるのだと知りました。妹もまた、香には甘えるように接するのに、磯丸に対しては対等な遊び相手として振る舞っていたのです。
今から思うと、土佐に来てから妹が得た、私とは違うまた別の兄のような存在、あるいは、恋心を募らせている相手が磯丸だったのかもしれません。
そのとき、妹が磯丸に何を言ったのかは聞こえませんでしたが、磯丸には聞こえたはずです。
磯丸は妹にこのように言いました。
「じいちゃんは海でたくさん魚を獲って、俺たちを育ててくれたよ。もう海に出られなくなって、悔しかっただろうな。でも、最期は穏やかだったって姉ちゃんが言ってた」
妹は網を握ったまま、じっと磯丸の顔を見上げました。
「寂しくないの?」
「寂しいよ。でも、姉ちゃんがいるし、お前や、お前の兄ちゃんがいてくれる。じいちゃんも『元気でいろ』って言って逝ったからな」
その言葉に、妹の目が少し潤みました。妹は立ち上がって磯丸の隣にぴったりと寄り、幼い腕で磯丸の肩を抱いたのです。
「私も、磯丸の家族だよ。カヲネエも、兄上も、みんな一緒にいるよ」
磯丸は照れくさそうに頭を掻きながら、妹の頭を軽く撫でました。
「ありがとうな。……お前、字の勉強ちゃんとやってるか? 姉ちゃんが心配してたぞ」
「うん……、頑張ってるよ……、でも難しいの」
「俺みたいに字が読めなくても生きていけるけど、お前は違うんだろ。国司の娘なんだから、ちゃんと勉強しろよ。後で都に帰って困るぞ」
二人の会話は、まるで本当の兄妹のようでした。磯丸は妹に海の話や魚の名前を教え、妹は磯丸に都の物語を少しずつ話して聞かせたのです。
私はここで香に連れられて二人の前に歩みでました。二人は網を広げたまま並んで驚いていました。
「仲良いね、お二人さん」
「姉ちゃん、遅かったな!」
「カヲネエ! 見て、網直したよ!」
その光景を眺めながら、私は胸の奥が温かくなるのを感じました。土佐の風の中で、身分も生まれも違う自分たちが自然と家族のような絆を紡いでいるのです。磯丸にとって妹は失った祖父の代わりに守りたい存在であり、妹にとって磯丸は特別な男性となっていったのでしょう。
あの頃の笑い声は、今でも耳に残っております。波の音と混じり合い、土佐の夏の記憶を優しく彩るものとして。
都にいた頃はおとなしく、私の陰に隠れるようにして日々を過ごしておりました妹ですが、土佐に来てからは別人のように変わり、そして今度は、変わった先でまた別の何かへと変わりつつあるように見えました。
香のそばで魚を塩漬けにしながら、妹はよく香に問いかけておりました。
「香さんはこわくなかったんですか、姑様と言い合うのが」
「こわかったよ。でも黙ってたらもっと嫌だった」
「私は父上に叱られるのがこわい」
「それは当たり前だよ。でも、こわいからって全部引っ込めてたら、お前の中に何も残らなくなる」
妹はそういう問答をしながら、塩をまぶした魚を樽に並べていくのでございます。香の答えはいつも短く、しかし、的を外さないものでございました。
私はその様子を少し離れたところから眺めておりました。磯丸と並んで網の繕いを手伝いながら、針も満足に使えぬ私を磯丸がからかう声の合間に、妹と香のやり取りが聞こえてくるのでございます。
「あの二人、よく喋るな」
磯丸がそう言いましたので、私は頷きました。
「姉上があんなに穏やかに話すのを久しぶりに見た」
磯丸はそう言ってから、少し照れたような顔をして網に視線を戻しました。私も何も言わずに網を手に取りました。
妹が香から教わったことの中で、私が今でも忘れられないものがございます。
魚を三枚に下ろすことでございます。
貴族の娘が魚を捌くなど、都では考えられぬことでございます。母がそれを知ったときには顔色を変えましたが、妹は「土佐にいる間は土佐の娘でいたい」と言い張りました。
香が妹に包丁の握り方を教えるとき、香の手が妹の小さな手に重なっておりました。
「力を入れるんじゃない。刃に任せるんだよ」
妹は真剣な顔で頷き、恐る恐る刃を動かしました。最初のうちは身が崩れ、香に苦笑されておりましたが、幾度も繰り返すうちに、妹の手つきは少しずつ様になっていきました。
妹が初めてうまく三枚に下ろしたとき、香は無言のまま妹の頭を一度だけ撫でました。妹は香を見上げ、それからにかっと笑いました。
私はその笑顔を、陽の当たる浜辺で見ておりました。
妹の笑顔というものは、こちらの胸が苦しくなるほど輝くものでございます。土佐に来てからなおさらそう感じるようになっておりましたが、あの日の妹の笑顔は、その中でも特別なものでございました。
今から思えば、あれほど輝いた笑顔を見られたのも、長くはなかったのでございます。
承平三(九三三)年の夏のことでございます。
その年の夏は例年にない暑さでございました。国府市の立つ日も、朝から日差しが容赦なく照りつけ、魚の傷みが早いと香が嘆いておりました。私と妹は市の端の木陰に腰を下ろし、磯丸と香が魚を売るのを眺めながら、他愛もない話をして過ごしておりました。
そういう緩やかな夏の日が、私には何よりの楽しみでございました。
父の任期はあと一年半ほどでございます。土佐を去る日が少しずつ近づいてきているのを私は努めて考えないようにしておりました。未だ元服を迎えていない子供には、一年半という時間はまだ遠いものに感じられましたし、何より、その先のことを考えると、胸の中に不快な重さが生まれるのでございます。その重さの正体を、私は薄々知っておりましたが、知らないふりをして夏の日差しを眺めておりました。
香の縁談の話を聞いたのは、市の帰り道のことでございます。
磯丸が妙にそわそわしておりましたので、私は何かあったかと問いました。磯丸はしばらく口籠もってから、ぽつりと申しました。
「姉上に縁談が来た」
私は足を止めました。
「どこからだ」
「国府の東の郡の、郡司の家の次男だと」
磯丸は私の顔を横目で見ながら続けました。年は二十二、三で、先に嫁を亡くしているとのこと。香が一度離縁した身であることを承知の上での申し込みだということでございます。
「悪い話じゃないと思うんだが」
磯丸はそう言いましたが、どこか歯切れが悪うございました。
私は何も答えませんでした。答えられませんでした。晴れた日差しの差し込むはずの夏の道が、急に暗くなったように感じられました。足だけは動いておりましたが、何かが胸の奥で、音もなく崩れていくのを感じておりました。
その夜は眠れませんでした。
香の顔が浮かぶのでございます。魚を捌くときの声、魚を売るときの声、荒れた手のひら、夕陽を背に歩いてくる後ろ姿。力を入れるんじゃない、刃に任せるんだよと妹に教えるときの横顔。そういうものが次々と浮かんでは消え、また浮かんでくるのでございます。
縁談など来なければよかったと思いました。そう思う自分が子供じみていると理解しておりました。香には幸せになる権利がございます。よい縁談であれば喜ぶべきでありましょう。しかし、どうしても喜べないのでございます。
私は何者なのだろうかと思いました。
国司の息子であることは確かでございます。しかし、もうあと一年半もすれば土佐を去る身でございます。香に何かを約束できる立場にはありません。元服さえまだ済んでいない子供でございます。
それでも、香に都へ来てほしいという思いが、夜の暗がりの中でどんどん大きくなっていくのでございました。
次の市の日、私は磯丸を捕まえて木陰に引っ張り込みました。
「磯丸、一緒に都へ来ないか」
磯丸は目を丸くしました。
「何の話だ」
「父上の任期が明けるとき、俺は都に戻る。磯丸と香さんも一緒に来ればいい。都には仕事がある。磯丸の口の達者さと香さんの働きがあれば、都でも食っていける」
磯丸はしばらく私の顔を見ておりました。それから、ゆっくりと口を開きました。
「姉上の縁談の話を聞いたからか」
私は黙りました。磯丸は小さく息をついて、それから苦笑いをしました。
「お前が姉上のことを好いてるのは知ってた。姉上だって知ってると思うぞ」
「だから都へ来てほしいと言っている」
「俺はともかく、姉上がそれを承知するかどうかは別の話だろう」
磯丸はそう言いながらも、完全に否定はしませんでした。しばらく考えてから、「姉上に話してみろ」と言いました。
「俺から言うのか」
「お前が自分で言え。俺が言う話じゃない」
香に話したのは、その日の夕刻でございます。
市が引けて、人の少なくなった広場に香が残って道具を片付けておりました。磯丸は妹をつれてわざとどこかへ消えておりました。いつもの段取りでございます。
私は香の傍へ歩いていきました。香は私の顔を見て、手を止めました。
「縁談の話を聞きました」
香はすぐに目を伏せました。
「磯丸から聞いたんだね」
「悪い話ではないと思います。ただ」
私は一度言葉を切りました。胸の中でずっと温めていた言葉が、いざとなると上手く出てこないのでございます。
「父上の任期が明けたら、一緒に都へ来てほしいのです。磯丸も連れて。都には仕事があるのです。香さんの力があれば必ず食っていける。私も、できる限りのことをします」
香はしばらく黙っておりました。
それから、ゆっくりと顔を上げ、私を見ました。その目に、何とも言えない色がございました。困惑とも、悲しみとも、それとも全く別の何かとも取れる色でございます。
「……子供の言うことだね、それは」
香は静かにそう言いました。
「国司様の息子が都に帰れば、都の暮らしに戻る。土佐の漁人の姉弟を連れていくなどと言っても、都に着いたら話が変わる。そういうものさ」
「変わりません」
私は言い切りました。香は少し目を細めました。
「変わらないと言い切れるのかい」
「言い切れます」
香は私の顔をしばらく眺めてから、小さく笑いました。子供をあやすような笑いではなく、もう少し違う、何かをこらえるような笑い方でございました。
「今日のところは帰ってくれないか」
それが香の答えでございました。
それからしばらく、私は落ち着かぬ日々を過ごしました。
香がどう考えているかを問う機会もなく、磯丸も姉のことには口を閉ざしておりました。ただ一度だけ、磯丸が「姉上は縁談のことを悩んでいる」と教えてくれましたが、それ以上のことは言いませんでした。
妹は何も聞いてきませんでしたが、私が上の空でいるのを見て、そっとしておいてくれておりました。妹なりの気遣いだったのでしょう。
父に気づかれるのが一番困ると思っておりましたが、父はといえば、ある夕べに私の顔を見て「歌の一首も詠んでみよ」とだけ申しました。私が何も詠めずにいると、父はそれ以上何も言いませんでした。
縁談が無くなったと磯丸から聞いたのは、夏の盛りを少し過ぎた頃のことでございます。
「姉上が断った」
磯丸はそれだけ言いました。私は息をのみました。
「理由は」
「俺には教えてくれなかった」
磯丸は海の方を向いたまま続けました。
「ただ、都というものを一度見てみたいと言っていた。じいちゃんも死んで、土佐にこのままいることが全てでもないかもしれない、と」
私は何も言えませんでした。
「お前の言葉が届いたのかどうかは知らん。ただ、姉上が都へ行くのを本気で考え始めているのは本当だと思う」
そう磯丸は言いました。
夏の日差しが、磯丸の白い歯を光らせておりました。
それが香の答えだと私は思いました。はっきりとした言葉ではありません。約束でもありません。しかし、あの香が都というものを一度見てみたいと口にした、それだけで十分でございました。
私は空を見上げました。土佐の夏の空は、都では見たことのない深さで青く広がっておりました。
縁談が消えたことは、私が思うよりずっと大きな波紋を呼びました。
香が縁談を断ったのは夏の終わりのことでございましたが、秋が深まるにつれて、国衙の中に妙な空気が漂い始めました。父の顔色が優れぬ日が増え、国衙の役人たちが顔を突き合わせて何やら話し込む場面が増えたのでございます。
私は翌年に元服を備えているもののまだまだ子供でしたから、それらの話し合いの場に加わることはございませんでしたが、子供であるがゆえに、大人が私を気に留めることなく私のそばで話すので、断片的にではありますが、事の次第を知ることになったのでございます。
縁談を申し込んできたのは、国府の東にある郡を治める郡司の家でございました。
土佐国には七つの郡がございます。郡司とは各郡を束ねる者でございまして、国司の下に位置しながらも、その土地その土地に根を張り、代々続く家柄の者が数多くございます。
父に限ったことではありませんが、土佐国司とは、都に生まれ都に育った者の中から、任期を終えたら都に戻る前提で土佐国へ赴いた者、郡司とは、先祖代々土佐に生まれ土佐に育ってきた家の者でございます。
両者は表向き上下の関係にはありますが、その実、郡司の中には国司を都から来た一時の客人と見て、従うふりをしながら我が道を行く者も少なくはありませんでした。
問題の郡司はそういった手合いの中でも、特に父との折り合いが悪い人物でございました。
父が土佐国司として赴任して以来、租税の取り立て方、農地の管理、浦戸の里への課役の割り当て、そういった様々な場面で父と郡司との間に意見の食い違いが生じておりました。父は都の法に則り、公平な統治を旨としておりましたが、郡司は先代国司の頃から続く慣習を盾にとって、自らの都合のよい運用を守ろうとします。そのせいで、国衙の中でも父に近い者と郡司に近い者との間で、静かな綱引きが続いておりました。
そのような対立の中で、郡司の次男と香との縁談が持ち込まれたのでございます。
本来ならあり得ない縁談であった理由がここでつながったのでございました。
年が明けて承平四(九三四)年の初頭、雪こそ積もらぬものの、冷たい北風が国府を吹き抜ける頃のことでございました。
国衙の役人の一人が国司館に来て父に話し込んでいるのを、私は廊下の隅でたまたま耳にしました。声を潜めてはおりましたが、静まり返った冬の館の中では言葉が流れてくるのでございます。
「郡司殿が、縁談が壊れたのは国司様の差し金であると触れ回っておりまする」
父の声がしました。
「ほう」
短い返答でございましたが、父が怒っているときの声であることは、息子の私にはわかりました。
「そもそも、あの縁談は何を狙ってのことだったと思う」
役人は少し間を置いてから答えました。
「磯丸と申す漁人の少年が国司様のご子息と親しくしておることは、郡司殿もよくご存じでございます。その姉を取り込むことで、ご子息を通じて国司様への足がかりを得ようとしたのではないかと」
私は廊下の柱に背を預けたまま、動けなくなりました。
「それだけではありますまい」
父の声が続きました。
「香という娘が縁談を断ったことで、郡司は面子を潰された。しかも相手は浦戸の里でもっとも貧しい家の娘。それが断るとは何事かと、そういうことでもあろう」
「さようでございます。郡司殿は香に縁談を断らせたのは国司様であると、郡の有力者たちにも吹聴しておるとのことで」
しばらく沈黙がございました。
「子供に罪はない」
父はそう言いました。
「あの娘のことも、磯丸のことも、これ以上巻き込むな。此度の件はこちらで始末する」
私は父に呼ばれたのはその数日後でございます。
父は私を部屋に招き入れ、しばらく無言で私の顔を見ておりました。それから静かに口を開きました。
「香という娘のことは知っておる」
私は頭を下げました。隠し立てしても始まらぬことはわかっておりました。
「都へ連れて行くと言ったそうだな」
磯丸から漏れたのか、あるいは父が元々察していたのか、今となってはわかりません。私は黙って頷きました。
「子供らしい申し出だと思うか」
「思います」
「正直な奴だ」
父は少し笑いました。しかしすぐに表情を戻しました。
「ただ、此度の縁談騒ぎは、お前が思うより少々厄介なことになっておる。郡司が香の縁談を断らせたのは私の仕業だと触れ回っておるのは知っておるか」
「立ち聞きをしてしまいました」
父は眉をわずかに動かしましたが、叱りませんでした。
「あの郡司とは赴任した当初から折り合いが悪い。理由は色々あるが、根は一つだ。土佐のやり方を変えたくない者と、公平な法を通したい者との争い。そこへ香の縁談が絡んできた」
父は続けました。
「郡司が香に縁談を持ち込んだのは、自分の子の幸せとか、香の幸せとかではない、ただの嫌がらせ。実にいやらしい姑息な手立てだ。それも縁談が壊れるのを見越した上での」
私は黙って聞いておりました。
「香という娘が縁談を断ったのは自らの意志だろうが、そこまで彼奴は見越していた。縁談をぶちこわして、国司が郡司への嫌がらせをしたという話ができあがった。話ができあがってその話を広めた。これからしばらくの間、国府の中が落ち着かなくなるかもしれぬ」
父は私をまっすぐ見ました。
「お前が香に都の話をしたのは、あの娘のことを思ってのことだろう。それは悪いことではない。ただ、今しばらくはあの姉弟と距離を置け」
私は顔を上げました。
「香さんたちが危ないのですか」
「直接手を出すほど郡司も愚かではない。ただ、浦戸の里でもっとも貧しい家の姉弟が国司の子と親しくしていることを面白く思わぬ者が郡司の周りには多くいる。風当たりが強くなることはある」
父はそこで少し間を置きました。
「香という娘は気の強い女だそうだな」
「はい」
「ならば、余計な心配かもしれぬがな」
そう言って父は微かに笑いました。私にはその笑いの意味が、そのときはよくわかりませんでしたが、今から思うと、父は香という人間をすでに相当よく見ていたのでございます。
磯丸にこの話を伝えたのは、それから程なくのことでございます。
磯丸は話を聞きながら、表情一つ変えませんでした。全て知っていたのかと問うと、磯丸は首を横に振りました。
「縁談が来たとき、何か変だとは思った。うちみたいな家に郡司の次男が縁談を持ちかけるはずがない」
磯丸の声は低くなっておりました。
「俺たちは利用されようとしたということか」
「そういうことだ」
磯丸はしばらく黙っておりました。冬の海からの風が、二人の間を吹き抜けていきました。
「姉上には言うな」
磯丸はそう言いました。
「姉上は自分が誰かの道具に使われたと知ったら、黙っていない。郡司の家に怒鳴り込みかねない」
私は思わず苦笑いをしました。十分ありえることだと思ったからでございます。
「お前の父上は、俺たちを守ろうとしてくれているのか」
磯丸が静かに問いました。
「ああ」
磯丸は海の方を向いたまま、小さく頷きました。それから、独り言のように言いました。
「いい父上だな」
私はその言葉を黙って受け取りました。磯丸には父がおりません。その磯丸がそう言ったのでございます。私には何も言えませんでした。
冬の海は鈍く光っておりました。二人並んで、しばらくその光を眺めておりました。
十日に一度、市で香と会うことはそれなりにございましたが、気まずくなったのか、顔を合わせることはあっても話をすることはなくなってしまいました。磯丸と二人でいる時間はこれまで通りありましたが、その時間も、お世辞にも長い時間とは言えませんでした。
それでも、このまま何も起こらず、少しすれば元に戻るという希望はありました。少し前のように香と話ができると考えておりました。
その希望は、その考えは、最悪な形で成就してしまいました。
承平四(九三四)年の春のことでございます。
その年の春は早くから温かく、国府の梅がいつもより早く咲きました。香が縁談を断ってからの冬は、父と郡司との間の緊張が続きながらも、表立った騒ぎにはなりませんでした。郡司は国衙への協力を渋り、父は法を盾にして郡司を牽制する、そういう静かな綱引きが続いておりましたが、梅の咲く頃になって、私はようやく春が来たと感じておりました。
その油断が、甘かったのでございます。
火事の知らせが国府に届いたのは、春の初めの夜のことでございました。
浦戸の里の外れで火が出たとのことで、国衙の者が馬を走らせて知らせに来ました。父はすぐに役人と警護の武士を浦戸へと向かわせました。私は館の外に出て、夜空を眺めました。国府から浦戸の里までは数里の水路と陸路でございます。火の粉が見えるわけもないのですが、夜の南の空が、心なしか赤みを帯びているように見えました。
眠れるはずもございませんでした。
翌朝早く、戻ってきた役人から話を聞きました。
焼けたのは二軒でございました。
一軒は磯丸たちの家でございます。
もう一軒は、磯丸の家の隣に住む老いた漁人夫婦の家でした。幸い、その老夫婦は火が回る前に逃げ出すことができ、命に別状はなかったとのこと。磯丸と香もまた、夜半に目を覚ましたときにはすでに家の外まで火が迫っておりましたが、二人は何とか外へ転がり出て助かったとのことでございました。
役人の顔色が優れなかったのは、命が助かったからではございません。
「火の出どころが、はっきりしないのです」
役人はそう言いました。
竈の火の不始末や、夜の灯りの転倒による火事は珍しいことではありません。しかし、磯丸の家の周囲の者の話では、その夜、磯丸の家の竈には火が入っておらず、灯りも早くに消していたとのことでした。また、隣の老夫婦の家から火が移ったのでもなく、磯丸の家から先に火が出たのは確かとのことでございました。
「村の者は何と言っておるか」
父が静かに問いました。
役人は少し間を置きました。
「村の者は、口を揃えて何も知らぬと申しております。ただ」
「ただ、何だ」
「磯丸という少年が、火の手が上がる前に、見知らぬ人影が家の周りをうろついていたと申しております」
父は無言でございました。その沈黙が、答えでございました。
香と磯丸が国司館に来たのは、火事の翌々日のことでございます。
二人は焼け出されたまま、浦戸の里の知人の家に一夜の宿を借りたとのことでしたが、翌朝には里を出ていくよう言われたと香は言いました。
「誰に言われたのですか」
私が問うと、香は少し間を置いてから答えました。
「里の古老たちです。あんたたちがいると、また何かある、と」
香の声は静かでございました。怒りを内側に押し込めているような静かさでございます。
香は里の古老たちと言いましたが、その中にはかつて自分の義父であった人物も含まれています。いや、その人物こそが浦里の古老たちの中での最重要人物でございます。もしかしたら、里の古老たち、ではなく、の長ただ一人が、香と磯丸を浦戸の里から追い出そうとしているのではないか、私はそう感じました。
「行くところはあるか」
父が香に直接問いました。香は父の顔をまっすぐ見て、首を横に振りました。
「ございません」
「ならば、ここにいなさい。部屋を用意させる」
父はそれだけ言いました。香は一瞬だけ躊躇するような顔をしましたが、深く頭を下げました。
「お言葉に甘えます」
磯丸は姉とともに黙って頭を下げました。その顔には、いつもの笑顔がありませんでした。
国司館での香と磯丸の暮らしは、不思議なほど自然に馴染んでいきました。
香は国司館の中でできることを見つけ、黙々と働きました。炊事の手伝い、洗い物、庭の手入れ、館に出入りする者への気配り、頼まれてもいないことを自分から見つけてこなしていくのでございます。館に仕える者たちも最初のうちは戸惑っておりましたが、香の働きぶりを見るうちに自然と受け入れるようになっていきました。
妹などは香が来たその日から大喜びで、香の部屋に入り浸るようになりました。二人で何を話しているのかは私には知る由もありませんでしたが、妹の笑い声が館の奥から聞こえてくることが増えました。
磯丸は最初の数日を沈んで過ごしておりました。私は磯丸の様子を見ながら、声をかけるべきか迷っておりました。磯丸が自分から話してくるまで待つべきかとも思いましたが、ある夕暮れ、館の縁側に一人座って海の方角を眺めている磯丸を見て、私は黙って隣に腰を下ろしました。
しばらく、二人とも何も言いませんでした。
「漁ができない」
磯丸がぽつりと言いました。
「舟は燃えなかったが、道具が全部焼けた。それに」
磯丸は続けました。
「浦戸の里に戻れない」
私は何も言えませんでした。浦戸は磯丸が生まれてからずっと暮らしてきた村でございました。浦戸から眺める海は物心ついた頃から漁に出ていた海でございました。磯丸は浦戸から追い出されたのでございます。
「俺のせいだ」
磯丸は静かに言いました。
「お前と仲良くなったから、こうなった」
「そんなことはない」
私は言いました。磯丸は海の方を向いたままでした。
「姉上が縁談を断ったのも、俺がお前と仲良くなったからだ。縁談を断らなければ、火事はなかった。家も燃えなかった。村にもいられた」
「磯丸」
「わかってる。後悔なんかしてない。ただ」
磯丸はそこで言葉を止めました。夕風が二人の間を通り抜けました。
「ただ、姉上に苦労をかけた」
その言葉は、十三歳の子どものものとは思えない重さがございました。私は何も言えず、ただ磯丸の隣に座っておりました。
父はすぐに動きました。
火事の出どころについて、父は独自に調べを進めておりました。浦戸の里に出向いた役人が聞き込みを重ねる中で、火事の夜に見知らぬ人影を見たという者が他にも何人かいることが分かりました。その人影の特徴が、郡司の家に出入りする者に似ているという証言も出てまいりました。
しかし証拠と呼べるものはございません。
「証拠がなければ動けぬ、と思うのが普通だろう」
父はある夜、私に言いました。
「しかし証拠がなくとも、こちらにできることはある」
父が何を考えているかは、その言葉だけではわかりませんでした。しかし父の目には、赴任当初に国府の空気を眺めていた頃の、静かで鋭い光がございました。
長く土佐国司を務めた父が、ここにきて郡司との対立を決着させようとしているのだと、私はその目を見て感じました。
問題は、その決着がどのような形でつくのかでございます。
そして、その決着が香と磯丸の行く末にどう関わってくるのかでございます。
私は夜の国府の空を見上げました。春の星が、冷たく静かに輝いておりました。
承平四(九三四)年の夏は、死の夏でございました。
後になって思い返せば、春の終わり頃からすでに兆しはございました。
国府市に来る者の中に、熱を出して臥せっている家族がいるという話が聞こえ始め、浦戸の里でも体の具合が悪い者が出ているとの噂が流れておりました。しかし、季節の変わり目には熱を出す者も増えるものでございます。私も父も、その頃はまだ大事とは思っておりませんでした。
梅雨の雨が続く頃になって、その病が尋常ならざるものであることが国府の皆の知るところとなりました。
高い熱が続き、咳が止まらず、水も受け付けなくなり、短い者は三日から五日のうちに、長いと一ヶ月から二ヶ月もの長きに亘って苦しみ続けた末に死に至る者も出てきた。そういう話が、東の郡から聞こえてまいりました。
かの郡司が罹患したという知らせが国府に届いたのは、夏の初めのことでございます。
国衙の役人たちの間に、最初は奇妙な空気が漂いました。声には出さぬものの、顔には出ておりました。あの郡司は天罰を受けたのだという気持ちが皆の胸の内にあったのでございましょう。香と磯丸を浦戸から追い出した張本人が最初に倒れた。そう思うのは人の性でございます。
ですが、父だけは違いました。
「郡司の家の者を見舞え」
父は役人にそう命じました。役人たちは驚いた顔をしましたが、父の言葉は変わりませんでした。
「病は人を選ばぬ。こちらが持てる薬と食料を届けさせよ」
香はその話を聞いて、しばらく黙っておりました。それから、静かに言いました。
「国司様は、本当に真っ直ぐな方でございますね」
私には、それが誉め言葉なのか、それとも別の何かがあるのか、すぐには判じかねました。しかし香の顔は穏やかで、どこか遠くを見るような目をしておりました。
天罰などという言葉が虚しくなるのに、さほど時間はかかりませんでした。
夏が本格的になる頃には、病は東の郡から国府へと近づいてまいりました。国衙に出入りする者の中にも咳の止まらぬ者が現れ、熱を出す者が現れ、身動きできなくなる者が現れました。父は国司館への出入りを厳しく制限しました。市も当分の間は閉ざすこととなり、国府は静まり返りました。
それでも病は来ました。
国衙の役人の中に倒れる者が出て、次に館に仕える者が二人熱を出しました。その二人のうち一人は三日後に亡くなりました。父は館の中で薬を煎じる者を決め、病人を隔てる部屋を設け、できる限りの手を打ちましたが、病の広がりを止めることはできませんでした。
その間にも病は広まり、ついに磯丸を襲いました。
磯丸の咳が止まらなくなり熱を出したのは、夏の盛りのことでございます。
最初のうちは、さほど深刻には見えませんでした。
磯丸は、咳と熱こそあるものの、まだ話ができておりました。私が様子を見に行くと、磯丸は額に手拭いを乗せたまま、弱々しく笑いました。
「こんなところで寝てられるか」
「大人しくしていろ」
「俺が寝ていたら魚が売れない」
「今は市も立っていない」
「そうか」
磯丸は目を細めました。
「お前の父上は元気か」
「ああ」
「妹御は」
「元気だ。心配している」
「姉上は」
「そばにいる」
磯丸は小さく頷いて、目を閉じました。香は磯丸の部屋の隅に座り、磯丸の手拭いを替えながら、私の顔を見ました。その目は穏やかでしたが、奥に何かを押し込めているのが見えました。
私は何も言えず、頭を下げて部屋を出ました。
それから一月ほどの間は、長い長い苦しみの続く日々でございました。
磯丸の熱は上がり下がりを繰り返しました。下がるたびに回復かと思わせ、また上がる。咳は止まらず、水を飲むことも難しくなる日が続きました。父は都から取り寄せた薬を惜しみなく使い、医師の心得のある者を集め、磯丸をはじめ土佐国中の病人達に派遣しましたが、病は磯丸ら病人の体を少しずつ蝕み、また、その間にも一人、また一人と、土佐国のいたるところで病に倒れる者が増えて参りました。
香は磯丸のそばを離れませんでした。
眠るときも磯丸の部屋の隅で横になり、磯丸が苦しがるたびに起き上がって手当てをするのでございます。食事もろくに取らず、顔が日に日に窶れていくのが見て取れました。母が香を気遣って食事を運ぶと、香は礼を言いながらも半分も手をつけませんでした。
私は毎日磯丸の部屋の前まで行きました。
中に入ることは父に止められておりました。病が移ることを父は恐れたのでございます。私は障子の外から、磯丸に声をかけました。
「磯丸、聞こえるか」
ある日、磯丸の弱々しい声が返ってきました。
「聞こえる」
「都の話をしようか」
「ああ」
私は障子の外に座り、都の話をしました。都の市の賑わい、鴨川の涼しさ、都の貴族たちが集まる祭の様子。磯丸が興味を持ちそうなことを選んで話しました。都の市では何を売っているか、値はどのくらいか、磯丸の口の達者さがあれば都でもきっと名を馳せるだろうと話しました。
磯丸は時折、細い声で相槌を打ちました。
「都の魚は美味いか」
「土佐の魚ほどではない」
「そうだろうな」
「お前が都に来て売れば、飛ぶように売れる」
磯丸は小さく笑ったようでした。笑い声というより、息が漏れるような音でございました。
「行きたかったな、都」
その言葉を聞いたとき、私は障子に額をつけたまま、しばらく動けませんでした。
磯丸が逝ったのは、秋の気配が漂い始めた頃のことでございます。
夜半に香から呼ばれ、私は父と母と妹とともに部屋の前に集まりました。このときの父は部屋に入ることを止めませんでした。
磯丸は布の上に横たわり、目を閉じておりました。呼吸は浅く、体の赤い斑はいっそう濃くなっておりました。香は磯丸の手を握り、その顔を見つめておりました。
私は磯丸の枕元に座りました。
「磯丸!」
声をかけると、磯丸はゆっくりと目を開けました。焦点の定まらない目でしたが、私の顔を見てわずかに口元が動きました。
「来たか」
「来た」
磯丸は少し間を置いて、また口を動かしました。
「姉上を頼んだぞ」
私は頷きました。声が出ませんでした。
磯丸の目が香の方を向きました。香は磯丸の手を両手で包みながら、静かに頷きました。言葉はありませんでした。姉弟の間にある言葉は、もうとっくに言い尽くされていたのかもしれません。あるいは、言葉などなくとも伝わるものがあったのかもしれません。
磯丸の呼吸がだんだんと遅くなっていきました。
部屋の中は静かでございました。秋の虫の声が、遠くから聞こえておりました。
磯丸の呼吸が止まったとき、香はしばらくの間、その手を握ったまま動きませんでした。妹が声を殺して泣いておりました。父が目を閉じて手を合わせました。
香はやがて、磯丸の手をそっと布の上に置きました。それから磯丸の顔を、一度だけ撫でました。
「逝ったよ」
香は誰にともなく、静かにそう言いました。
泣きませんでした。
泣けなかったのか、泣き尽くしていたのか、私にはわかりませんでした。ただ、香の横顔が、私がこれまで見たどの香とも違う顔をしておりました。全てを出し尽くして空になったような、しかし、その空の奥に何か深いものが沈んでいるような顔でございました。
私は何も言えませんでした。
磯丸のことを思い出そうとしますと、白い歯を見せて笑う顔ばかりが浮かんでまいります。海のことを何でも知っていた磯丸。一度聞いた詩を諳んじてみせた磯丸。魚を他の誰より高く売った磯丸。都に行きたかったと言った磯丸。
あのような子が、もし都に生まれていたならば、と以前思ったことがございます。
しかし今は違う思いがございます。
磯丸は土佐の子であればよかった。ただ、もう少しだけ、長く生きていてほしかった。
それだけでございます。
磯丸の遺体は国府の外れに埋められ、小さな塚ができあがりました。このあたりにはたくさんの塚がありました。そのどれもが、このたびの病で亡くなった者の塚でございます。流行病で亡くなった者は野晒しになることも珍しくないことを思えば、埋葬されただけでなく塚が作られただけでも恵まれたことかもしれません。
それが磯丸との最後でした。
それがまさか、妹の最後の外出なるとは夢にも思っていないことでした。
磯丸を弔ってから七日と経たぬうちに、妹が熱を出しました。
最初に気づいたのは母でございます。朝、妹が起き上がれぬと母が青ざめた顔で私を呼びに来ました。私は磯丸のことがありましたから、妹の額に触れたときの熱さに、体の中で何かが崩れる音がしたように感じました。
父はすぐに医師を呼び、妹を隔離いたしました。
磯丸が逝ってから気力を失ったように見えていた香が、このとき突然立ち上がりました。
「私が看ます」
香は父にそう言いました。
「一月もの間、磯丸の看病をしておりました。誰かにうつるという病ならば、磯丸の近くにいた私はもう病に罹った身であるはず。ならばこそ、他の者を近づけるより、私が看るほうが良うございます」
父は少し考えてから、頷きました。
こうして香が妹のそばに付き添うことになったのでございます。
妹の病は、磯丸のそれとは少し様子が異なりました。
熱は高く出ましたが、咳はさほど酷くありませんでした。医師はそれを良い兆しと見ましたが、同時に熱が長く続くことを心配しておりました。妹は熱に浮かされながら、譫言を言い続けました。磯丸の名を呼ぶこともありました。香の名を呼ぶこともありました。そして、私を呼ぶ声も。
夜中に妹がひときわ大きな声で私を呼びました。私は慌てて部屋の前へ駆けつけました。障子の外から声をかけますと、妹は譫言の中で「お兄様」と繰り返しておりました。
「ここにいる」
私は障子に手をついて言いました。
「ここにいるから、大丈夫だ」
妹の譫言は少し静まりました。香が障子越しに声をかけてきました。
「毎晩来てやってください。この子、夜が一番苦しそうなので」
それから私は毎夜、妹の部屋の前に座って声をかけ続けました。妹が眠りにつくまで、あるいは私が眠りに落ちるまで。都の話をしました。帰ったら一緒に鴨川を見に行こう、都の市には土佐にはない珍しいものが売っている、宮中の姉上にも会えると話しました。話しながら、自分が何を信じたいのかがわかりました。
妹に、生きていてほしかった。ただそれだけでございます。
父が私を呼んだのは、妹が病に伏して十日ほど経った頃でございます。
父の部屋には国衙の役人が二人おり、私が入ると会釈して出ていきました。父は文書を広げたまま、私に向かいました。
「お前に話しておかねばならぬことがある」
父の顔は穏やかでしたが、目に疲れが滲んでおりました。この夏の間、父もまた国府の病人たちへの手配、郡司との対立の後始末、国衙の人手不足と、様々なものを一人で背負い続けておりました。
「任期のことだ」
父はそう言いました。
「私の土佐国司としての任期は、この年の末までだ。遅くとも霜月(十一月)には都へ向けて出発せねばならぬ」
私は黙って頷きました。わかっていたことでございます。
「ただ、今年は事情が例年とは異なる」
父は続けました。
「瀬戸内に海賊が出ている」
その話は私も耳にしておりました。夏の終わりから、瀬戸内海を往来する舟が海賊に襲われるという知らせが各地から届いており、国衙でも対応を協議しているとのことでございました。
「伊予周りの道は今や安全とは言えぬ。舟が使えぬとなると、陸路を急ぐしかないが、冬の山地を越えるのは鍛え抜かれた武士でなければ難儀だ」
父は私を見ました。
「つまり、出発できる時機は限られている。神無月(十月)のはじめまでに出られれば伊予周りも何とかなる可能性がある。それを逃せば、山を越えて讃岐に向かうか、阿波に向かうか、いずれにせよ厳しい道になる」
神無月の初めまで、あと一月半ほどでございます。
「妹の具合次第と……」
私がそう言いますと、父は小さく頷きました。
「そうだ。妹が動けるようになれば早々に出発したい。しかし、妹が床に伏したままであれば」
父はそこで少し間を置きました。
「それでも出なければならぬかもしれぬ」
私は父の言葉の意味を理解しました。
妹が回復しなければ、動けぬ妹を抱えたまま、冬の厳しい道を行くことになる。あるいは、妹が最悪の事態となれば、その後の出発となる。どちらに転んでも、容易ならぬことでございます。
「わかりました」
私がそう言いますと、父は私の顔をしばらく眺めました。
「お前はこの夏で随分と大人になった」
父はそう言いました。私には何も返す言葉がございませんでした。
その夜、私はいつものように妹の部屋の前に座りました。
障子の向こうから、香の気配がしました。
「今夜は少し楽そうです」
香が小声で言いました。
「熱が少し下がっております」
私は息をつきました。
「香さん」
「なんですか」
「父上から話を聞きました。神無月の初めまでに出発せねばならぬかもしれないと」
障子の向こうが静かになりました。
「そうですか」
「妹の具合次第です。ただ」
私は続けました。
「香さんと磯丸を都へ連れていくと言ったことは、今でも変わりません」
香はしばらく何も言いませんでした。秋の虫の声が続いておりました。
「磯丸はもうおりません」
香の声は静かでした。
「わかっています。それでも」
「今はそういう話をする時ではありません」
香の声は柔らかくありましたが、はっきりしておりました。
「今は、この子を治すことだけを考えています」
私は何も言えませんでした。
「お前も早く休みなさい。明日もここに来なければいけないのだから」
香はそう言いました。私への叱り方が、妹へのそれとどこか似てきたと思いました。しかし今はその温かさが、ただありがたかったのでございます。
妹の熱が下がり始めたのは、それから十日ほど経ってからでございます。
ある朝、香が部屋から出てきて私に言いました。
「今朝、粥を少し食べました」
それだけでございました。しかしその言葉に、どれほどの重みがあったことか。私は廊下に立ったまま、しばらく動けませんでした。
母が泣きました。父は目を閉じて手を合わせました。
私はその日の午後、一人で館の外に出ました。秋の空が高く澄んでおりました。国府の南の方角に目をやると、山の向こうに海があるはずでございます。磯丸がいた海が。
都に向けて出発するまで、あとわずかでございます。
磯丸のいない土佐を、私は去ることになります。香のことも、まだ何も決まってはおりません。妹はまだ本復したわけでもありません。
しかし、妹は粥を食べました。
それだけを、そのときの私はただ繰り返しておりました。秋風の中に立ちながら、それだけを胸の中で繰り返しておりました。
妹が逝ったのは、神無月に入って間もない頃のことでございます。
粥を食べてから一度は持ち直したように見えた妹でしたが、三日後の夜にまた熱が上がりました。香が妹の額を冷やし続け、私は部屋の前に座って声をかけ続けましたが、夜明けに妹の呼吸は急に浅くなり、そのまま朝の光の中で静かになりました。
最後に妹の目が開きました。
焦点の定まらぬ目でしたが、しばらくの間、天井を見ておりました。それから、ゆっくりと閉じました。
香が妹の手を握ったまま、額に頬を寄せておりました。
私は障子を開けて部屋の中に入りました。父に止められておりましたが、もうそのようなことはどうでもよかったのでございます。妹の枕元に座り、その小さな顔を見ました。
眠っているようでございました。
土佐に来てから変わった妹。浜辺で笑っていた妹。香に叱られて泣いた妹。魚を三枚に下ろせたとき、にかっと笑った妹。磯丸の名を譫言で呼んでいた妹。
私は妹の手を取りました。もう温かくはありませんでした。
父が部屋に入ってきて、妹の顔を見て目を閉じました。母はその場に崩れ落ち、声を殺して泣き続けました。
香はいつの間にか部屋の隅に下がり、壁に背を預けて膝を抱えておりました。泣いておりました。磯丸を見送ったときには見せなかった涙を、香は妹のために流しておりました。
私はそれを見て、初めて自分の目から涙が出ているのに気づきました。
父は妹を丁重に弔いました。
国府の外れに新しい塚ができあがりました。磯丸の隣の塚でございます。
父は妹のために歌を詠みました。声に出して読み上げた歌を、私は今でも覚えておりますが、ここには記しません。あの歌は父と妹の間にある歌でございます。他の者が目にするものではないと思っております。
弔いを終えた翌日、父は家族を集めました。香も呼ばれました。
「明後日、国府を出る」
父は言いました。
「任期はすでに満ちている。これ以上留まることはできぬ」
誰も異を唱えませんでした。
父は香を見ました。
「香、お前も来なさい。土佐に残したところで、お前を守るものは何もない。都に出れば、働くところはいくらでもある。伝手は作ってやる」
香はしばらく父の顔を見ておりました。それから、深く頭を下げました。
「お言葉に甘えます」
父は頷きました。それで全て決まりました。
しかし、道のりをどうするかが問題でございました。
国衙の役人が集まり、父を交えて協議が続きました。私はその端に座って話を聞いておりました。
本来は伊予国を経て、讃岐国、阿波国と進み、淡路を経て都へと向かうのですが、伊予国は海賊の被害が続いており、舟での航行だけでなく瀬戸内沿いの陸地ですら海賊が押し寄せてきているとの話もあり、安全とは言えません。
北山越えは四国山地を縦断する道で、神無月ともなれば山の上は冷え込みが厳しくなります。病み上がりの者を連れての山越えは難儀でございます。もっとも、今となっては病み上がりの者も、山越えを心配せねばならぬ者も、妹はもうおりません。しかし母の体も、この夏の疲れと悲しみで弱っておりました。
阿波周りは太平洋沿岸を歩いて阿波国に入る道でございますが、この道は山と海の間の細い道が多く、秋の雨で崩れているところもあるとのことでした。
「どの道も一長一短でございます」
役人の一人がそう言いました。父は腕を組んで黙っておりました。
そのとき、香が口を開きました。
「舟で行くことはできませんか」
役人たちが香の顔を見ました。香は怯まずに続けました。
「伊予周りの海ではなく、土佐の岸から阿波の岸にかけて、海を舟で行く道でございます。海賊は瀬戸内に出ております。土佐から阿波にかけての海は、今のところ海賊の話は聞いておりません。土佐の漁人ならば、この海をよく知っております」
役人たちがざわめきました。
「前例のないことです。国司が海で阿波へ行くなど」
「前例がないだけで、できぬことではありません」
香はそう言いました。
父は香をしばらく眺めてから、私を見ました。私は頷きました。
「舟の手配はできるか」
父が香に問いました。
「当たってみます」
香はそう答えました。
翌朝早く、香は一人で浦戸へ向かいました。
私も行くと申しましたが、香は首を振りました。
「私一人で行きます。国司様の息子が来ると話がこじれますので」
私には何も言えませんでした。香が磯丸と姉弟二人で暮らしていた浦戸、二人を追い出した浦戸へ、香は一人で戻るのでございます。
香が国府を出ていく後ろ姿を、私は館の門のところから見送りました。
香が戻ってきたのは、日が西に傾きかけた頃でございます。
その後ろに、見知らぬ老人が一人おりました。腰の曲がった、日に焼けた老人でございます。一時期、香はこの老人を義父と呼んでいたとのこと。もっとも、今となっては赤の他人でございます。離縁の原因となった姑も、かつて香の夫であったこの老人の息子も、今となっては病で命を亡くして埋葬された身になっているとのことでした。
「浦戸の里の長でございます」
香が老人を父に紹介しました。老人は父の前に膝をつき、深く頭を下げました。
「此度のこと、誠に申し訳ございませんでした」
老人の声は震えておりました。
「香と磯丸を浦戸の里から追い出したこと、今も里の者は悔いております。火事のこと、追い出したこと、その後に病が広まったこと、全てが繋がっていると村の者は思っております」
老人は泣きながら話を続けました。
「それなのに、国司様は病の中でも薬と食料を届けてくださいました。あの病で、浦戸の里からも死者が出ました。私も妻と息子を亡くしました。それでも国司様が見捨てずにいてくださり、浦戸の者は皆、国司様に感謝しております」
父は静かに聞いておりました。
老人は頭を上げず、言いました。
「舟を出させてください」
父は何も言いませんでしたが、明らかに表情が変わったのがわかりました。
老人は続けて言いました。
「国司様を土佐から阿波まで、海でお送りすることが、浦戸の里の者にできる唯一の詫びでございます。この海は誰より我々が知っております。海沿いであれば、安全に阿波の石隈まで送り届けることができます」
父はしばらく間を置きました。
「舟は何艘出せますか」
「三艘出せます。漕ぎ手も腕の立つ者を選びます」
「お願いします」
父は頭を下げました。国司が漁人の老人に頭を下げたのでございます。老人は驚いたように顔を上げ、それからまた深く頭を下げました。
香はその様子を部屋の隅で見ておりました。私が目を向けると、香は静かに視線を落としました。その横顔が、どこか磯丸に似て見えました。
出発の朝は、よく晴れておりました。
国府から浦戸の里へと一行は向かいました。父と母、私と香、役人と警護の武士たち。妹のいない一行でございます。
国府を出るとき、私は一度だけ振り返りました。
土佐国府の国衙が、朝の光の中に静かに立っておりました。この四年半以上を過ごした場所でございます。磯丸と初めて話した市の広場が見えました。香と並んで夕陽を眺めた場所も、その辺りでございます。妹が砂まみれになって帰ってきた道もここでございます。
私はもう一度前を向きました。
浦戸の里に着くと、浜に三艘の舟が用意されておりました。漁人たちが整列して一行を迎えました。その中に、磯丸と一緒に魚を運んできていた者の顔も見えました。皆、黙って頭を下げました。
香は漁人たちの前を無言で歩きました。
誰かが香に声をかけました。
「香、すまなかった」
香は立ち止まりました。しばらくそのまま立っておりましたが、振り返りませんでした。
「磯丸の分まで生きます」
それだけ言って、舟へ向かいました。
私は香と手を取り合って舟に乗り込みました。
舟が岸を離れると、漁人たちが浜に並んで頭を下げました。その列が小さくなっていくのを、私は香とともに舟の端から眺めておりました。
土佐の海は、あの日初めて海岸に立って見たときと同じように、果てしなく広がっておりました。空の青と海の青が、どこかで混じり合っておりました。
香は最後まで舟の端に立って、遠ざかる浜を見ておりました。
私はその隣に立ちました。何も言いませんでした。香も何も言いませんでした。
ただ、二人並んで、遠ざかる土佐の海岸を見ておりました。
波の音だけが、続いておりました。
人が亡くなりましてから四十九日間は、この世とあの世を魂が彷徨います。土佐で亡くなりました妹の魂は、本来であれば土佐の地で彷徨い続けるものでございましょう。ですが、父は妹の魂も京都へと連れて行くことへといたしました。
京へと戻る道の全てを、ひらがなしか読めぬ妹でも読めるよう、不慣れなひらがなで書くこととしたのでございます。
父は「土佐日記」をこのような思いで書いたのでございます。
藤原行成の日記である「権記」の長徳三(九九七)年八月一九日の記録として、紀貫之の息子である紀時文の妻として「香子」という名が登場する。彼女は藤原氏の女性であるとする説があり、紫式部の本名ではないかとの説もあるが、紀時文が土佐国で出会った女性であり、本名は「香」であるとする説もある。本作はこの説を採用した。




