どう考えても詰んでいる伯爵令息は逃げ出したい(けど逃げられない)
多くの物語にいる嫌な奴
目立たないくせに、嫌われる奴
でも、そんなに悪い奴じゃないんだよ……たぶん
月曜朝から、さくっとドン詰まった青年の話でも
脇役の話をしよう。
それも悪い方の脇役。
モブよりは物語に絡み、名も与えられ、アニメ化すれば声優も割り振られる。
けれど、悪い方の脇役であるから最後にはろくな目に遭わない。
そういう脇役はいくらでもいる。
けれど、よくよく考えると確かに悪い方の脇役ではあるのだが、それほど悪いことはしてないんじゃないか、というのに酷い目に遭う脇役もいる。
たまたま悪い主人に仕えている。
主人公たちと敵対する組織に従属している。
そんな理由で天罰とばかりに主人公たちが振りかざす正義の刃にやられる不遇の脇役も数知れず。
私は、そんな脇役の一人だったらしい。
オルムステッド伯爵家の四男に生まれて10数年。
実は誰にも言ったことはありませんが転生者です。
まあ、だからと言ってどうということもありません。
平凡な人間というのは、転生したところで平凡なもののようです。
確かに、そう、確かに科学などは前世の方が進んでいましたから、そういう意味では知識チートがあるんでしょう。
けど、平凡な人間は電気というものは知っていても、作り方は知りません。知ってるのは下敷きを使った静電気の発生のさせ方ぐらいです。
ドライヤー、冷蔵庫、車、便利な道具を知ってますし、使えます。
でも、1から作る知識はないです。
どうやって温めているのか、冷やしているのか、大雑把に知ってても役に立ちません。
アイデア、という点ではいいんでしょうが、作れないとね……。
まあ、そんなでも、なんとかこっちに馴染んでやってます。
トイレとか辛いけど。
一応貴族ですし、そこそこの家柄なんで幸いにして飢えたり凍えたりするようなことはありませんでした。
不便な点はあってもこの世界基準で言えば恵まれた家庭です。
前世の記憶なんてものがなければ満足できてたんでしょうね、きっと。
日常生活の多少のことはいいんですが、結婚話が本格的に動き始めてとんでもないことに気づきました。
婚約者との初顔合わせがあったのは10のときです。
お相手は侯爵家のご令嬢。
可愛い子ですが地味な子でした。
なんでも日頃から部屋にばかりいて、1人で読書をしてることが多いとか。
それでコミュ力に問題があるそうです。
見た目は十分守備範囲ですし、多少の問題があっても家同士で決めたこと。簡単に嫌とは言えません。まして、相手はうちよりも上の階級ですから、こちらに拒否権はないです。
嫌だと言っても仕方ありません。
この世界の貴族はそういうものです。
断ったら家が無くなります。いえ、恐らく家がなくならないように責任を取らされて勘当されるでしょう。
貴族の結婚は基本的に家同士で決めること、場合によっては国の事情も絡んで来ます。王家からの指示ということもあります。個人の思惑の入る余地なんてないんです。
それでも社会は回ってんですから、それでいいんでしょう。
大体、自由恋愛を声高に叫んだところで、離婚率が異様に高い社会というものもあったわけで、なら別に政略上等な結婚でもいいんじゃないですかね。
少なくともお家のためにはなるんですから。
それに決められた相手と子供さえ作れば、他に愛人を持つなんてのも珍しい話でもないですし……。
ある意味、義務さえ果たせば好き放題できる?
前世の意識があると倫理的にどうかと思わないでもないですが、そういうシステムで回ってるのに否やを唱える気もありません。
特に不都合もないですから。
そんなですから相手のお嬢さんのコミュ力に多少問題があろうと、こちらとしては特に問題視もしていなかったのですが、定期的に相手の家を訪ねても婚約者は顔を見せてくれませんでした。
代わって応対してくれるのは妹の方。
妹は姉と違って明るく社交的でした。
婚約者とは言っても家同士で決めたこと。義務さえ果たしてくれるなら無理に親しくする必要もありません。むしろ、嫌がるのを無理に引っ張り出すのも悪いと思ったので、こちらの礼儀としての訪問はやめませんでしたが、数年間、婚約者とは顔を合わせませんでした。
結婚して子を成す。
重要なのはそこであって、結婚前の親密度はどうでもいいです。
そして嫌であってもこの義務から逃れるのは容易なことじゃありません。
互いに成人して結婚が現実味を帯びれば覚悟を決めてくれるだろう、ぐらいに考えていました。
ああ、定期的に訪問すると同時に手紙も出していましたし、贈り物もしていました。婚約者としての義務はきちんと果たしていたつもりです。
たとえ返事が貰えなくてもね。
この国の貴族、特に家の当主になる者は10歳を超えたら4年間学園に通い、最低限の教養を身につけるのが決まりです。この10歳を超えたら、というのは入学の最低年が10歳というだけで、上限規定はありません。大抵は10歳からですが、中には30近くになって、という方もいます。
貴族家当主として読み書きもできないでは話になりませんし、領地経営のイロハも知らぬでは領民も国も困ることからそういう制度になったそうです。
普通にやってれば卒業できるレベルですが、稀に卒業証書を受け取れない人もいて、そういう人は貴族籍を失うことが多いです。最低限の教養も身に付けられないとなると当主になれないばかりか、家としても恥になりますから。
弱者救済とかありません。貴族社会も結構厳しいです。ばっさり切り捨てられますからね。
卒業証書は領主になる資格証のようなもので、それがないというのは領主としての最低限の能力もないということになります。
大人になってから入学の方々は、領主になる予定がなかったのに急にお鉢が回って来てしまった、という方です。
周りも当人もそんな気が全くなかったのに、当主や嫡男の急死や廃嫡などで当主の座が巡って来たのはいいけれど、資格を取っていない、という人ですね。
この学園、それなりに費用がかかるので普通は嫡男と次男、精々が三男ぐらいまで。女生徒は高位貴族が殆どでしょう。
王都に住まう所謂宮廷貴族たちは、子弟は取り敢えず入学させる傾向にありますが、地方貴族だとそんな余裕のない家も多いですから。
ある辺境伯(現役)は35のときに当主就任が決まって急いで学園に入ったそうです。天災があって辺境伯の本家筋の主立った人たちが一度に亡くなり、分家から急遽決まったからということです。
学園は通常なら4年制ですが飛び級なんかもありますから、最低限必要な授業数と試験さえパスすれば1年未満でも卒業できます。これまでの最短記録は半年だそうです。
理論的には三ヶ月も可能ということです。ただし、その場合は予め必要な教養が身についているか、或いは並外れた天才でもなければ無理でしょうけど。
問題無く入学した貴族は学園にいる間に婚約者を決め、卒業して準備期間1年を置いて結婚、というのが割とある流れになります。それから数年当主補佐を務めてから当主就任、となります。
これは決まりではないので、それぞれのお家の事情でもっと早く結婚したり、遅く結婚することだってあります。当主の交代も現当主が動けなくなってからということもあります。大体は次世代が育ち、引き継ぎが済んだら交代です。
我が家の場合は卒業後に相手の家に入り、そこから1年後に結婚、という話になっていました。あ、入り婿予定です。四男ですし、相手はお嬢さんしかいませんから。
取り敢えず1年家族として暮らし、様子をみる。その間に侯爵家の業務引き継ぎも行います。一応、次期侯爵です。予定ではありますが、こういうのはそうそう覆りません。
高位貴族の次期当主の問題がコロコロ変わっては影響が大きいですから。王家からのお声掛かりの案件でもありますし、我が伯爵家と侯爵家が縁づくのは決定事項です。
既に同派閥の貴族家には内々に通達も済ませてあります。
後は流れのまま~が普通なんですが卒業を半年後に控えた頃、急に婚約者の変更を打診されました。
ちょっと驚きましたが、やっぱりか、という気もしました。
先にも述べたように我が家と侯爵家の縁組は決定事項です。ここは変えられません。それでも結婚する当人同士がどうにも嫌だとなったらどうするかと言えば、兄弟姉妹がその責を負うことになるだけです。
重要なのは家同士の結びつきであって、四男だろうと三男や五男だろうと、その辺は大した問題じゃないんです。
だから侯爵家の長女がどうしても結婚したくないと言い、妹が代わるというのは条件としてはなにも問題はないわけです。
婚約してから数年間、ほぼ妹としか交流してなかったですから、こちらとしても別にいいよ、としか。
言ってしまえば、妹の方はぐいぐい来るタイプなんで苦手ではあるんですが、その程度は婚姻を避ける理由にはなりませんから。
嫌がる姉か、好みではない妹か。
前者だと相手に精神的な苦痛を長く強いることになります。後者はこちらが少々我慢すればいいだけ。
姉とは違うタイプでも美人には違いありませんし、いつも姉の代理として接待をしてくれていましたから馴染みもありますしね。十分、妥協できるレベルの話です。
と、ここで大問題が発生しました。
姉と妹の名を見ていて、今更ながらに思い出したわけです。
あれ、これってとある「ざまぁ」ものの姉妹と同じ名じゃね、と。
妹に虐げられていた姉が、ついに婚約者も取られて家を追い出され、紆余曲折を経て王太子妃になる。そんな物語を前世で読んだ記憶があります。
すっかり忘れていたのですが、姉妹の名や侯爵家の家名も同じ。姉を捨てて妹へと乗り換える婚約者の名は作中では伯爵家令息としか出て来なかったと思います。
けれど国の名、世界観もろもろ、どうもあの物語の中と一致しているようです。
……。
特にその物語が好きだった記憶はありません。こういうのもあるんだな、と読んだだけで思い入れなんてなかったはずなのに、どうしてこの世界に生まれ落ちたのか。
いえ、最大の問題はそこじゃありません。
ヒロインを捨てる伯爵家令息はその後、妹(敵役)と婚約するも彼女に振り回され、悪巧みに付き合わされた挙げ句に王族に不敬を働いたかどで捕まり、投獄される。それが最後の登場でその後にどうなったかは分かりません。
不敬罪やらなにやらで投獄されたとなると、良くて生涯幽閉でしょう。
控え目に言って、生き地獄です。
妹に振り回されなければいいだけ、なんでしょうが、無理っぽいです。
作中通りの性格とすると、これまでも苦手だと思っていましたがあれでもずっと猫を被っていたことになります。それも何匹も。
とてもじゃないですが、そんな女性を相手に主導権取れると思いませんし、こちらが意のままにならなくとも、別の手を講じて姉に迷惑をかけようとするに違いありません。
破談にするという選択肢も駄目です。
格上の侯爵家相手の縁談をうちからは断れません。
出奔でもしようかと思いましたが、この世界、平民で生きて行くのは結構大変です。しかも貴族家から逃げ出してとなると、身元を偽っての生活を送る必要があるでしょう。
行き着く先は犯罪者か行き倒れ。ろくなもんじゃありません。
それに、逃げ出せば自分だけは助かっても家の者に迷惑がかかります。
これまで育てて貰った恩を仇で返すのも気が引けます。
やはり婚約者交代は認められない、姉と結婚すると言えばいいでしょうか?
作中でこちらの出した手紙や贈り物は妹に握り潰されたり横領されていました。手紙に返事がなかったり、贈り物に対しての礼状が来なかったのは、そういうわけなんでしょう。
今更ですが、ちゃんと当人に会って確認しておけば良かった。
また、あの妹が姉にこちらのことをどう吹き込んでいるか分かりません。
作中において伯爵家令息は姉を蔑ろにし、妹に乗り換えた最低クズ野郎です。
今の状況、こちらにそういう意図はないのですが端から見るとそういう風に見えてしまう可能性はあります。
もし姉がこちらをそういう酷い奴と思っているなら、縁を戻すのは難しいでしょう。
それにうまくすれば王太子妃になれる女性と結婚するのも気が引けます。いえ、それで安泰ならそうすべきなのでしょうが、依然として妹の存在がネックになります。
婚約者交代を無かったことにしてくれなどと言えば、どんな非人道的な報復をされるか。
姉と結婚する道を選んだとして、妹がなにをするか……。
あの妹は地雷です。それも、かなり特大の。
係わったのが運の尽きという奴でしょう。
いえ、冗談抜きで、本当にそんな感じです。
婚約破棄しても駄目、このまま結婚しても駄目。
どうにも逃げ道ないようなんですが、どうしたらいいですかね?
思い出さなければ一時は幸せだったろうに




