ep.6「人生に行き詰まったときは、とりあえず異世界にでも行っとけ」(後編)
夜魔:「なんだ?異世界って?」
冬月:「異世界とは、ラノベやアニメ等においてここ10年以上人気のあるジャンルである。
なんの変哲もない普通のやつが、偶然なんの脈絡もなく異世界に行って、しかもなんか最初からすげー強ぇー状態で活躍します!みたいなやつです!ざっくりいうと。」
夜魔:「なんだよそれ、面白いのか?」
礼堂がグラスを傾け、ぼそりと呟く。
礼堂:「あのタイトル長いやつか。俺苦手なんだよなぁ。なんか共感できないっていうか。」
冬月:「そうだな……。
ちょうど俺達の世代なんかは、その”共感”の部分で狭間にいるのかもしれない。」
冬月はグラスを置き、まるで講義を始めるかのように語り出す。
冬月:「俺達より上の世代は"努力・根性"が評価される時代だった。
でも今の若者は違う。偶然、特別な力を得て成功する“ご都合主義”が主流なんだ。
やれチートだ、ハーレムだってさ。
つまり異世界モノって、現実での努力を放棄して“リセット”することへの憧れなんだよ。」
夜魔:「なるほど。俺達にはなかなか刺さらないわけだ。」
冬月:「しか〜し!夜魔さん!」
グラスを勢いよく掲げながら、冬月の声が一段高くなる。
「この店を見てみろ。日常の愚痴と疲れを肴に酒をあおるおっさんばかり!
若者にとっては、ここが“異世界”じゃなく“現実”なんだよ!」
夜魔:「な……なにぃ!?」
ーその瞬間、店のジャズが止まった気がした。
冬月:「今の若者にとっちゃ、SNSが主戦場だ。
顔を見ず、感情も出さず、距離を保ったまま自分の世界を築く。
対面コミュニケーションなんて、もはや面倒くさい現実なんだ。」
夜魔:「そうなのか!!!」
礼堂:(いや……そんなやつそもそも外出歩かないだろ。)
夜魔:「じゃあどうすればいいんだ?」
冬月は一呼吸置き、真面目な顔で言う。
「まず、“プライバシーの確保”だ。
他人との干渉を極力減らす。それが今の若者にとっての“異世界”だ。」
夜魔:「ほう……。」
冬月:「席ごとに仕切りを設けるんだ。
他の客の顔も見えず、必要最低限の会話しかしない空間。
まさに“自分だけの世界”を提供する。」
夜魔:「大丈夫なのか?そんなことして?」
冬月:「ええ、むしろ歓迎されますよ。
そして次に変えるべきは——アルコールだ。」
夜魔:「そ、そんな……アルコールだと……?」
冬月:「若者の酒離れは深刻です。
“仕事の飲み会がだるい”“酔うのが嫌”“翌日がつらい”
そんな理由で、酒そのものが“現実”の象徴になってるんですよ。」
礼堂:(普通に飲むやつもいるだろ……。)
夜魔:「そうだったのか。これは物凄い衝撃だ。
だが、アルコールを提供しないなら何を出せばいいんだ?」
冬月:「違う。あくまでアルコールは今来てくれているお客さんの為にも必要。メインにしなければいいだけだ。」
夜魔:「ではメインは....?」
冬月:「メインはそう....ラーメンだ!」
夜魔:「ラ、ラーメン!?」
冬月:「あぁ。ラーメンはもはや老若男女に大人気の国民食となっている。
外国人なんてもはや日本の料理だと思ってるくらいだ。それに酒をダラダラ飲むより回転率も早い。
そこでさらに、
自分で簡単にトッピングや味を変更出来るようにして、他人を気にせず思う存分自分の世界を楽しませてやるんだ。」
夜魔:「なるほど!」
礼堂:(いやなるほどじゃねぇよ……もうBARじゃなくなってるよ。)
冬月:「なぁ2人とも、イメージしてくれ!
しっかりと仕切られた、
"自分だけの特別な空間"
店員や他の客とも対して顔を合わせない、
"最低限のコミュニケーション"
そして、
"自分好みの究極の一杯"が運ばれてくる。
これぞまさにーーー。」」
礼堂がすかさずツッコむ。
礼堂:「いやそれただの“ 一蘭 ”じゃねーか!!」
冬月:「なんなら店員の呼び出し音をチャルメラにするのもアリだな。」
礼堂:「だからそれも一蘭がやってんだよ!!」
冬月:「まぁまぁ。だが結果的に一蘭は今も人気だ。
つまり、“現実を忘れられる仕組み”が正解ってことだ。」
礼堂(いやまずラーメン屋じゃないからね)
ここまでのやりとりで何かを掴んだような夜魔。
夜魔:「なるほどな。
だがしかし、ラーメン屋は難しいが若者の心理はだいぶ理解できた。
癒しや優しさに包まれ、努力や困難を必要とせずとも楽しめる楽園を求めているのだな。
それがつまりーー、」
冬月:「そう、それがつまりーー、」
冬月と夜魔、同時に声を合わせる。
「異世界だ。」
二人の間に、なぜか熱い友情の火花が散った。
礼堂:(……なにこれ?)
礼堂はグラスの底に残った氷をゆっくりと回し、
「カラン」と鳴った音を合図に腰を上げた。
礼堂:「……じゃ、俺達はこれで。」
冬月も立ち上がり、ジャケットを軽く整えながら、
カウンター越しの夜魔に笑みを向ける。
冬月:「夜魔さん。あんたなりの“異世界”。楽しみにしてますよ。」
夜魔はグラスを拭く手を止め、
少しの間だけ、真剣な顔で冬月を見つめた。
夜魔:「あぁ。任せておけ。」
——その口調には、なぜか“決意”のような響きがあった。
夜魔はグラスを拭きながら独り言を呟く。
「ふっ……異世界か。
まぁ、俺みたいな昭和生まれにゃ縁のない世界だが……。少し若者にも寄せてみるのも悪くないか。
そうだ、帰ったらあかりにも話してみるか。
若者代表だしな。最近まともに話してないしな。」
そして夜、帰宅。
玄関のドアを開けると、妻の光が笑顔で迎えた。
光:「おかえりなさい、パパ。お疲れ様。」
夜魔:「ただいま〜。なぁママ。あかりはまだ起きてるのか?」
光:「起きてるわよ。勉強頑張ってて忙しいみたいだから邪魔しちゃダメよ。なんか今日も機嫌悪かったし。」
夜魔:「そうか。分かった。あかりも遅くまで勉強熱心なんだな。」
(ふふふふ。ママは若者心理を何も理解していないな。頑張っちゃダメなんだよ。若者ってのは努力させちゃいけないんだ。まぁ見てなさい。父親がしっかりと娘を手懐ける姿を。)
そう呟きながら、そっとドアをノックする夜魔。
夜魔:「おうあかり。お疲れ様。」
あかり:「お疲れ様。」
(ほう。やはり冷たいな。)
夜魔:「勉強中か。」
あかり:「見れば分かるでしょ?」
(まぁここまでは想定内。。)
夜魔:「あかり、あまり頑張らなくても大丈夫だからな。パパはあかりが好きなことをしてくれればそれで大丈夫だからな。そうだ、ラーメンでも食べるか?」
(よし!これであかりは"なんて良いパパなの?大好き!パパの娘で良かった"ってなるはずだ。)
あかり:「……あのさ、そういう“努力しないでいい”って考え方、嫌いなんだよね。
それにラーメン?ダイエット中なんだけど!出てって!」
夜魔:「えっ!?ちょ、待——」
ドアがバタンと閉まる。
廊下に立ち尽くす夜魔。
(.....ん...あれ?話違くない?泣いていいかな?)
光:「だから言ったじゃない。今集中してて自分の世界に入ってるんだから。
いい?若い子っていうのは、自分の世界を邪魔されると嫌なものなの。はい!とっととお風呂入っておいで。」
無言で風呂場に向かう夜魔だった。
ーーー後日。
BAR〈夜魔〉に入ってきた礼堂と冬月を、元気な声が迎える。
あかり:「いらっしゃいませ〜!礼堂さん、冬月さん!」
礼堂:「おぉ、あかりちゃん久しぶり!」
冬月:「勉強頑張ってるみたいだね。偉い偉い!」
あかり:「はいっ!もう試験前で大変なんです〜!」
そう言いながらも、笑顔は明るい。
礼堂はふと店の奥を見渡す。
礼堂:「あれ?今日パパは?」
あかり:「あ〜、それが……この間朝起きたら置き手紙があって。
家でも見かけなかったんですけど、ママが“ほっときなさい”って。」
あかりが手紙を渡す。礼堂がゆっくりと広げる。
《異世界に行ってきます。探さないでください。》
しばしの沈黙。礼堂が無言で冬月を見る。
あかり:「……パパ、ほんと影響されやすいんですよね。あ、冬月さん、どうせまた変なこと吹き込んだんでしょ〜?」
冬月:「え、えぇ!? いやっ、俺そんな……!ははっ、ま、まさかぁ〜!」
顔が引きつり、声が裏返る。
冬月は汗をかきながら、強引に笑顔を作る。
冬月:「だ、大丈夫!……すぐ戻ってくるって!
ていうか....い、異世界なんて、ないからね!……多分!」
あかり:「そうですよね〜。……ま、いっか!」
そう言ってあかりはいつもの笑顔でグラスを磨き始めた。
ーーー完。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
今回は夜魔が“若者を呼び込むために異世界を学ぶ”という、
よく分からない方向に暴走した回でした(笑)
本編である『礼堂と冬月の不完全な作戦』の
礼堂・冬月コンビも登場でしたが、
結局ろくな助言をせず、結果として夜魔さんを異世界に送り出すことに……。
「娘に怒られた父親が現実逃避で異世界に行く」って
作品実際にあるかもしれませんね。
次回もBAR『夜魔』にて、おっさん達のくだらない哲学をお届けします。
お楽しみに!




