ep.3「イメトレを制した者は人生を制す」
後日、BAR〈夜魔〉にて――。
カランカラン……とドアベルが鳴る。
木目のカウンターにランプの光が反射し、柔らかなジャズが流れていた。
木村:「夜魔さん、この間はどうも!鍛えてもらいに来ました!」
勢いよく入ってきた木村は、
カウンター席に腰を下ろし、真剣な眼差しで夜魔を見つめる。
(……やっぱり来たか。やばいどうしようかな〜。
あっ!そういやこの間。
常連の美容クリニックの高井須先生がチラシ置いてったな。もうそれで……)
夜魔:「お、おう。そういえばウチのお客さんで、美容――」
差し出そうとしたチラシが、横からスッと掠め取られた。
あかり:「あ〜木村さん!
この間は本当にすみませんでした!体調、もう大丈夫ですか?」
(パパ!!なに美容整形で済まそうとしてんのよ!?そういう問題じゃないでしょ!?)
あかりの冷たい視線に、夜魔は思わず顔を背ける。
(クソ!……あかりに話すんじゃなかった。
女ってのはほんと恋バナ好きなんだから……)
あかりに話しかけられ、キムタクっぽい表情をする木村。
木村:「まぁぶっちゃけ?悪くないっつーか、むしろ良い感じ。」
あかりにキムタク風の返しをしてから、木村は興味津々な様子で夜魔を見る。
木村:「夜魔さん……美容?なんですか?」
夜魔:「え、あ、いや!美容男子!最近増えてるだろ?でもまぁ、まずは中身から変えないとな!ははは……!」
ごまかすように笑いながら、夜魔は手のグラスを磨く。
あかりは腕を組み、冷めた目で父親を見ていた。
木村:「さすが夜魔さんだ!まずは中身から。
ほんとその通りですよね!僕、どうしたら変われますかね!?」
夜魔はグラスを磨きながら、思いついたように語り始める。
夜魔:「う〜む。そうだな……。
今のお前は、女性と話すとキムタクになってしまうが、
その前に一瞬“空白の時間”がある。」
木村:「空白の時間?」
夜魔:「たぶんだがーー脳内のキムタクと自我が戦ってるんだ。つまり、まだ完全に支配されてるわけじゃない。
女性と話していても、お前の中にはまだ“木村タケシ”が残ってるんだ。」
(いやまぁ……知らんけど。)
木村:「なるほど!じゃあ僕はどうすれば……?」
夜魔:「いいか、まずはイメージしてみろ。
お前は今リングの中にいる。
目の前にはヘッドギアをしたボクサー姿のキムタク。
対するお前もボクシンググローブをはめている。」
木村:「は、はぁ……?」
木村は夜魔の言葉を信じ、目を閉じてイメージをする。
夜魔:「よし!その状態であかりと話してみろ。
あかり、お前は素朴で優しい女性を演じてやれ。」
あかりはため息をつき、しかし真剣に目を細めた。
(はぁ。何かと思えば。
なにその意味不明な作戦....。
でも....パパのこの自信、尋常じゃないわ。
きっと何か“すごい狙い”があるに違いない……!)
あかり:「木村さん。お仕事お疲れ様です。
今日のお仕事はどうでしたか?」
木村は脳内でボクサー姿のキムタクと対峙する。
リング中央、キムタクがステップを踏み、右ストレートを放つ――!
ドゴォッ!!
木村:「ぐはっ!」
カンカンカン!! 試合終了のゴングが鳴る。
キムタク風木村があかりの問いに応える。
木村:「なんつーか、まぁ。普通に疲れたって感じ?」
あかりはカウンターに肘をつき、苦笑しながら首を傾げる。
あかり:「あちゃ〜、やっぱり変わってないか〜。」
夜魔は木村に何か確認するように問う。
夜魔:「待て木村。今、イメージの中で何が起きた?」
木村:「はい。……脳内のキムタクに、見事一瞬でK.Oされました。」
夜魔は腕を組み、深く頷く。
グラス棚のランプが彼の顔を照らし、妙に真剣な雰囲気を作り出す。
夜魔:「ふっ。なるほどな。じゃあ次はとにかくパンチを避け続けてみろ。」
木村:「え?僕が避ける?無理です!そんなこと...」
弱気な木村に対し、夜魔は大きな声で言い放った。
夜魔:「バカヤロウ!自分を変えたいんだろ!?そんな気持ちで変えられるか!!」
その一喝に、店内の空気が一瞬で張り詰める。
グラスの氷が“カラン”と鳴った音だけが響いた。
木村は背筋を伸ばし、思わず姿勢を正した。
木村:「わ、分かりました!ぼ、僕!やってみます!!」
夜魔:「おう!その意気だ!」
木村はあかりにもう一度、質問するようお願いした。
木村:「よっしゃ、あかり〜!チョッ、もっかい頼むわ。」
木村のあかり呼びを聞いた瞬間、
夜魔は静かに悟った。
(うむ。既に“試合前に”K.Oされてるな。)
あかり:「分かりました!木村さん。休みの日はいつも何をされていますか?」
脳内リングで再戦開始。
木村の眉がピクリと動く。再びリングのゴングが鳴る。
キムタク:「チョ、待てよ……!」
パンチが飛ぶ。木村は慌てて体をひねり、なんとか避ける。
額から汗が一筋伝い落ち、顎の先で光った。
息を整える間もなく、次の一撃がくる。
(ぐっ……くる!)
体を沈め、腕で受け流す。
息を詰めたまま、木村はひたすら避け続けた。
店内の時計の秒針が“カチ、カチ……”と音を刻む。
その間、誰も言葉を発しない。
夜魔はグラスを拭く手を止め、黙って見つめた。
あかりも固唾を呑んで見守っている。
――二分。
夜魔:「見ろあかり!この男、もう2分以上も言葉を発してない!
今まさにキムタクのパンチを必死で避け続けてるんだ!」
木村の額から汗が滴り落ちる。
セコンド席の夜魔が叫ぶ。
夜魔:「木村!ジャブだ!攻撃する意思を見せろ!避け続けてるだけじゃキムタクは変わらないぞ!まずはお前が変われ!」
カウンターの照明がわずかに揺れ、木村の頬を照らす。
額の汗が滴り落ち、拳を握る手が小刻みに震えていた。
木村:「くっ……くそぉ!僕だって……出来る!
...か、変わってやるー!!!!!」
脳内リングで、木村が渾身の右ストレートを放つ。
拳が空を切り裂き、キムタクの頬をかすめた。
一瞬、空気が止まる。
キムタクがわずかに後ずさる。
その姿を見た瞬間――
カン、カン、カン!!
ラウンド終了のゴングが響いた。
木村の肩が上下し、荒い息が止まらない。
汗が顎から滴り、床に落ちる音がやけに大きく響く。
現実の木村が、息を切らしながら答える。
木村:「はぁ……はぁ……休みの日は……観葉植物を、眺めてます……。」
その静けさを切り裂くように、氷の音が“コトン”と響いた。
夜魔は心の中でぽつりとつぶやく。
(え……なんかめっちゃ地味だし。もうキムタクのままの方がよくないか……?)
木村が嬉しそうに夜魔に喜びを伝える。
木村:「夜魔さん!!僕、やりました!自分の中のキムタクを倒しました!!」
夜魔:「バカヤロウ!!!まだ倒しちゃいねぇ!
1ラウンド耐えただけだ!お前はまだパンチの一つも当てちゃいねぇんだよ!図に乗るな!」
そしてこの一連の流れを見たあかりは、ふと我に帰った。
(……これ、何の訓練?)
その後も
木村vsキムタクの脳内スパーリングは続き――。
やがてーー。
夜魔:「よし!最初よりだいぶマシになったな。」
あかり:「ほんと!!
最初この作戦意味わかんなかったけど、だいぶ話せるようになった。木村さんすごい!
これならシズエさんとも本心で話せるようになりますよ!」
木村を褒めるあかりに対し夜魔は対抗心を燃やす。
(まぁ、、、本当にすごいのは俺だけどな。
よくこんな適当な作戦思いついたよ。とにかく結果オーライだ。)
木村は疲れを見せながらも充実した表情で感謝を伝える。
木村:「ありがとうございます。本当お二人のおかげです。ちなみに僕1人だと心細いので、今度シズエさんをここに連れてきてもいいですか?」
夜魔&あかり:「えっ?」
──続く。




