第3話∶不死身
「ぐっ……はぁ……はぁ……」
誰もいない部屋を一人、這って進む。麗に刺された箇所から血が滴るが、引き摺ったような跡にはならない。誰かが意図的に動かしたなんて思わないように。
ここからどうするか、自分は何をしたら良いのか、それだけを考える。傷が痛み、意識が遠のくが、それでも辛うじて意識を保つ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
自分の口から出る音だけが聞こえてくる。助けは来ない、それだけは理解できる。それでも尚、自分に打てる最善の手を探す。
どうする……? 俺には一体何ができる……? 俺の死体が見つかって……刺殺されたことに気が付かれたら……更に疑いを生む……今は……狼に集中したい……! 狼……それ以外の死因が……狼以外の死因が現れたら……状況はもっと複雑になる……と言っても、見つからないのは……更に悪手……! 考えろ……! 俺がまだ……! 生きている意味を……!
透は自らの死を悟りながらも、最善を尽くすため、辛うじて繋いでいる意識で…生きている意味を見つけるため、苦しくも……己の中にある答えを探す……
※
……やはり私も、ついて行った方が良かったのだろうか……?
人が集まっている静かな部屋で、一人考える。率先して行動し、この部屋を離れた麗のことを……
……元はと言えば、私が大事な資料を家に忘れて、家まで取りに戻っている間…待って頂いたのが原因で麗会長をこんな目に合わせてしまっているわけだし……麗会長には……緋夜ちゃんには支えてもらってるからと、笑顔で言ってもらえたのだけれど……何事も無く無事に帰って来たら、もう一度謝らせてくれやしないだろうか……ここから帰って、また学校で顔を合わせたときには、もっと親密な仲になっていることができるのだろうか……?
……それにしても……何故彼らは……特にあの転校生は…あそこまで平常心でいられるのだろうか……?
目線の先には、太陽が壁にもたれ掛かっている。
全体に向けて名乗った割に、同行しようとしなかった……朝の時もそうだ……あの転校生……堂々としすぎている……全く動揺を見せない……何か……怪しい……?
※
「……戻って来るの遅くね?」
晴橙は退屈そうに、まるでお使いでも頼んでいたかのように言った。
「そうだけど……あいつらだって、そんなすぐに帰って来ることなんでできないだろ……」
晴橙にはそう説明してみるが、少しだけ、声に出さずともこの場の人達に落ち着きが無いのを感じる。おそらく、自分達は待っているだけでいいのか、それで良かったのか、もしくは探索しに行った人達が無事なのか、そんな事を考えているのだろう。
「まぁ、そっか……そうだよなぁ……どこ行くんだ?」
納得しているのか、していないのかわからない晴橙を放って立ち上がり、移動しようとすると、晴橙は立ち上がり行き先を聞いてくる。
「いや別に……トイレを探してくるだけだよ……」
「あぁ……そうか……近くにあるのかな……?」
ついてくるのかと思ったが、晴橙はそのまま座る。おそらく探索をしに行った人達を探しに行くとでも勘違いしたのだろう……
落ち着かない様子の晴橙を見ていると、見ているこっちまで不安になりそうだ。
「まあ、行ってくる」
「……気を付けてな?」
※
「……戻って来るの遅くね?」
待ちくたびれたのか、檳榔寺が口を開く。
既に透と麗が去ってから、数十分が経った。
「それなー何やってんだろうな?」
「流石に遅いかも……」
「何事もないと良いけど……」
他の仲間も遅いと思っていたのか、口々に似たようなことを言い始める。
「……探しに行く……?……あ……いや……行ったほうが良いのかな……?」
操志は恐る恐る全員に聞く。鷲星はそんな操志を見て、何故ついてきたのか疑問を持つ。
「……そうだね……でも、入れ違いになったら良くないから……何人か残らないとね」
「あ……!じゃあ……僕が……!」
「君はついてきて貰える……?」
「あ……はい」
内気なだけなのか、何か敵に関わっているのか、挙動不審な操志は連れて行こうと判断をする。本当は天音と一緒に行動していたいけど……
……それはそうと檳榔寺って人は何か苦手だ……偏見かもしれないけど……なんだか、天音を狙っている……? ような……それが何で嫌なのかとか……今は考えたくないな……
「……それで……どうする?他についてくる人とか……もういない?」
流石に二人で行くのは厳しいと感じる……他の人も、そう思っていて欲しい限りではある。
「……じゃあ俺も行く」
そう申し出たのは檳榔寺だった。上手く進む事ができるのか少し不安だ。でも変に天音と距離が近いから、付いてきてくれたほうが良いのかもしれない。
「あ、じゃあ私も行く」
天音の言葉に、頭が熱くなる。身に覚えのない焦燥感とともに、鼓動が速くなる。そしてなんだか息が漏れてしまう。
「こ、来なくていいんじゃない……?いや……ほら……透君みたいに賢い訳じゃないから……天音は……待っていてくれた方が助かるかも……なんて……」
頭が上手く回っていなくて、自分で何を言っているのか分からないが、きっとそれっぽい事を言えたと思う。できれば、ついてこないで欲しい。
「じゃあ、ハジメが待ってたら?」
「いや……!それは……」
「じゃあ良いじゃん、ついて行くね?」
勢いに負けて、天音の言葉に何も言い返せない。そして焦りと共に、頭に上がる血をなんとか抑えていた。
そうだ、まだ分からない。たまたま檳榔寺について行きたい感じになっただけで、戻ってこない二人を、ただ心配なだけなのかもしれない。そうだ……そう考えよう…
「ほら、行くよ」
「う、うん……じゃあ……他の人は待ってて……」
このままついて行って良いのか分からないが、天音の圧力に押し切られてしまった。
いや、いつだってそうだった。
「え、大丈夫なの?」
「ん……?何が?」
「いや…なんか言いたそうだったから」
「いいのいいの!」
「ん、そっか」
天音と檳榔寺の会話が聞こえてくる。こんなにも心が落ち着かないのは、どうしてなんだろう。こんなに近付かなかったら、こんな気持ちにならなくて良かったのかな……?それとも……もっと近付くべきだったのかな……?
いろんな疑問と、いろんな気持ちが顕になる。きっと今の僕はウジウジして情けないのだろう……いつの間にやらついて行く僕は、それでもまだ、淡い期待をしてしまう。
しばらく黙ってついて行く。先頭を歩く天音と檳榔寺は、何やら楽しく会話しているようだ。少し前を歩く操志には、少し申し訳なく思っている。
順番に部屋に入り、何も見つからず部屋から出る。そんな行動をしばらく繰り返す。
「誰も居ないね〜」
天音の声が部屋に響く。一向に透と麗は見つからないが、あの二人は見るからに優秀で、何でも臨機応変に対応できそうだから、勝手に無事だと考えていた。
「……どこかに隠れてたりするのか……?」
檳榔寺は深刻そうな顔で、二人の行方を思案している。
「どうかな?」
天音は退室し、次の部屋へ直ぐに向かい、その後を全員で追う。
「家庭科室……?」
次に入った部屋には、多くの食器や調理器具が並べられていた。
「……そうみたいだな」
全員で部屋を鑑賞するように、部屋の中を見て回る。理由もなく包丁を眺めていた時間もあって、心が病んでしまっているのかもしれない。
「特に何もなさそうだね……?」
顔色をうかがうように、操志は言葉を発する。特に目立つ物も、違和感も見つけられない。
「う〜ん……そうだね……じゃあ、もう行こうか」
天音の言葉の後に、部屋を出てまた次の部屋へと向かう。
「わっ!」
「おっと」
部屋に入る直前、天音が足を滑らせ、前に転びそうになる。そんな天音を檳榔寺が軽やかに受け止める。
「……大丈夫?」
受け止めた檳榔寺の顔を、天音はじっと見つめる。それを心配したのか、檳榔寺は天音に声を掛けた。
天音はハッとしたような表情の後、目を逸らす。
「大丈夫……!」
「ん?」
檳榔寺が天音の顔を覗き込む。そんな檳榔寺を押しのけ、天音は次の部屋へと足早に向かってしまった。
視界が一瞬、赤くなった気がした。汗が噴き出て、心臓の音が騒がしい。
成長というのは、これを乗り越えることなのだろうか…負け犬の戯言なんじゃないだろうか…?
吐き気を飲み込んで、先を進む人達の後を追う。
「ここもなんもなさそー」
天音達の後を追い、少し遅れて次の部屋に入ると、特に気持ちの籠もっていないような天音の声がする。
「どうする?もう次行くか?」
「うーん……」
檳榔寺の問いかけに、天音は少し考える素振りを見せる。
そうしていると、廊下からこの部屋に近づいてきている足音が聞こえる。その足音に、全員が静まる。
「足音……?」
「あ……!あの二人かも!」
そう言って天音が扉へ駆け寄るが、なんだか嫌な予感がして、無意識に腕を掴んでしまった。
「えっ……?」
「待って……静かに……」
ふんわりと、天音のいい匂いが漂う。それとほぼ同時に、足音が壁越しに聞こえた。
この壁の向こう側に、誰かいる。足音からして、一人だと思う。息が荒いような、もしかしたら走っていたのかもしれない。
しかし、そう思っていても張り詰めた緊張感が、この場を支配する。
息が詰まる空間で、一歩一歩足跡が遠ざかるのを感じる。それに安堵し、胸を撫で下ろす。
誰も言葉を発していないが、安心した空気がこの場に漂う。
誰かが安堵の溜め息をついたとき、また誰かが息を呑み込んだ。
無意識に振り返り、影が目立つ空間へ、視線を向ける。そこには─────
「な……!」
────血走った目でこちらを見ている獣が、扉の前に立ち塞がっていた。
「逃げろ!」
檳榔寺が叫ぶ、その声にどこか曖昧だった意識が戻り、全員が慌てて狼がいる出入り口とは別の出入り口から外に出る。
「やば……はや……!」
振り返ると、恐ろしい速さで狼が迫って来ていた。まずい……追い付かれる……!
必死に前を向いて走っていると、凄まじい勢いで大きな何かが追い越す。
「がぁ!」
その正体を知るために目を凝らすと、少し前まで後ろを走っていた筈の操志が、いつの間にか床に転がっていた。
「うぇ……!」
「わっ!」
突然の出来事に驚いたのか、天音が躓き転んでしまう。その隙を見逃さず、容赦なく狼は天音に詰め寄る。
その勢いに呑まれ、何も考えることもなく立ち止まり、その光景を見つめる。
慌てて天音は体を起こすが、狼は既に目前に迫っていた。
「……ッ!」
天音は死を覚悟する間もなく、襲いかかる狼に目を見開く。
「うっ……?」
狼の爪が天音に触れる直前、檳榔寺は天音に飛びつき、共に狼の攻撃を回避した。
そうして紙一重の回避をした天音達は目を合わせ、見つめ合う。
「あ……」
天音と檳榔寺が見つめ合う景色…それはまるで…
────まるで運命の悪戯で出会ってしまったお姫様と王子様みたいだ────
そんな状況を眺めている僕は…!舞台にも上がれない傍観者……!!!
伸びていた手が、視界に映る。
いつの間にやら、左手の小指に纏わりついていた、蜘蛛の糸は途切れていた……
※
「遅くね〜?」
そう言って話しかけるように蓮を見る。鷲星が透達を探すために出発してから、数十分が経っていた。
「確かに、結構遅いよな?」
男達は退屈そうに、少し馬鹿にした笑みを浮かべながら、蓮を見る。
「帰ってきたら、遅えって言ってやれよ!おいっ!」
そう言って、何の反応も示さない蓮の体を押す。
「何?無視してんの?いつも無視されてるからやり返してる?」
「うわぁ〜つまんねー!でもこのキモオタそういうことやりそー!」
男二人は大声で笑いながら蓮を馬鹿にする。
「てかお前、一人でなんか見つけてこいよ」
「確かに……!お前だけなんもしてないよ?先行った奴らも全然帰ってこないし」
男二人は、鷲星達が向かった場所とは逆の道を指す。
「ほら、あっち」
「え……?」
「お前ビビリなんだから早く行ってこいよ」
「…………わかったよ」
「お前逆張りオタクなのに、今回は反抗してこないんだな?」
何を言っても聞かない二人に嫌気が差したのか、男達を無視して、蓮は男達が指した場所へ向かっていく。
男二人は、その様子を黙って観察する。どうせ怖がって帰ってくるから、その時はまた誂ってやろうと考えていた。
蓮が暗闇に消え、見えなくなる。誂うことを楽しみに、顔に浮かぶ笑みが止められない。
「どうせビビって帰ってくるのにな?」
「強がっちゃって────」
「うわああああああぁぁぁぁぁあ!!!!」
突然の悲鳴と、駆ける音に、男達が浮かべていた笑みが張り付く。聞こえた場所からして、蓮の声であることを理解してしまう。
残された二人は、汗で顔の輪郭を描く。鼓動が耳を遮り、何故か視界が暗く、何を見ているのかさえはっきりしない。
目を合わせるが、言葉を発することはできない。冗談だろうと考えようとしたが、駆ける足音がそれを否定する。
そうして二人は後悔も反省も遅い時間に、他の仲間が帰ってくるまで、どう説明するのか相談するのであった。
※
……全身が痛む。目が霞む。耳鳴りが激しい。体が震える。意識が沈む。それでも顔を上げてみる。
檳榔寺が天音を連れて逃げている。鷲星が今にも襲われそうだ。
こんな状況で、自分に何ができるのか。きっと、何もできない。そう思っていても、本当にそれで良いのか?という疑問が浮ぶ。本当は良くないのだろう。
僕の能力の『衝動』は、何もできないと思う自分を許さない。嫌な記憶を、思い出してしまう。
前までは、堂々と恩恵のことを人に紹介できた。でもそんなのも、幼少期までの話だ。
物心ついた頃は、自分が好きだった。自分を好きでいられた。それはきっと、誰しもがそうなんだと思う。だから自分のことなんて他人にたくさん話せた。
この世界はそれが疎ましいらしい。
「そうしくんはね、自分勝手なおんけい?があるからきらーい!」
「わたしのおじいちゃん、自分勝手な人は嫌われるって言ってた!」
人がやりたくないことをやるだの、世の為人の為だの、この世界は、誰かの為に生きることが全てだと、それを美徳としている。それがきっと、自分とは相容れなかった。
避けられる理由も分からぬまま、理解を求めた。
『衝動』というのはその通り、その場で思い浮かんだことをやる力だ。その気持ちが強ければ強いほど、力は強くなる。
鑑定士といった、天恵を知ることができる職業の人にそれを伝えられた時、母親には幸せになるため、決して使ってはいけない力だと言った。
幼かった自分には、何を言っているのか理解できなかったが、その頃の自分には母親が全てだった。
そうして誰かの為に生きなさい、誰かの為になりなさいと言われて育つ。でもその誰かは、自分の為にはならない。何かをした分だけ返ってくるとは限らない。少しだけ、お前は自分の為に生きろと聞こえる。
そんな自分のやりたい事さえ考えず、本質も生きる意味も知らないまま存在するのは、生きていると言えるのか?自分を自分たらしめる何かがないと……!存在しているだけなら物質と同じだ……他人と同じなんだ……
それを無視して、今日まで生きてきた……考えなくて済むから、その方が楽だから……!
でも僕は……このままじゃ、ダメだ。
目の前の現実は……僕が求めたいモノじゃない……!!
僕の人生は、誰かのものじゃないんだ……誰かを助けたいって……目の前の人を助けたいっていうこの『衝動』は……誰かの為なんかじゃない……!
僕の自我なんだ……!僕は僕の為に……誰かを助けたい……!困ってる人を見過ごさない……!上辺だけでもない……最後まで見届ける……そんなヒーローになりたい……!
なら……その『衝動』に……この身を任せて……この人生は……僕の生涯は……僕が貰う……!他の誰かのものじゃない……!僕だけのものだ……!
「ウガァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
※
突如轟めく雄叫びで、全員が動きを止める。注目は操志へと向く。
明らかな操志の変化。異常、狂乱、暴走。そんな言葉が浮かび上がる。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
暴走しているような見た目とは裏腹に、制御し理性があるようにも感じられる。
膝をつき、空に雄叫びを上げた操志は、立ち上がり人狼を見つめる。そして鷲星に襲いかかろうとしていた人狼は、操志を警戒している。
見つめ合い、膠着したかに思われた。しかし突如として操志は凄まじい速度と勢いで人狼に襲いかかる。
人狼は回避する間もなく殴られ、かなりの威力に蹌踉めく。それでも踏ん張り、近付いた操志の首元に噛み付く。その頭を上から叩きつけ、首を殴り、掴む。
噛み付いた人狼を剥がすと、かなりの流血が見られる。それでもお構いなしに掴んだ首に力を入れ、指が深く突き刺さる。
人狼は諦めず操志の腕を引っ掻き傷を付けるが、操志の手は離れない。人狼は焦り、操志の顔に何度も拳を撃ち当てる。その攻撃に怯んだのか、力が抜けたのか、操志の腕から人狼は離れる。その際人狼は鋭い蹴りを放ち操志から距離を取る。
どちらもかなりの被害があるようで、滴り落ちる血は足下に溜まる。
どちらも自分の負傷に追撃することはできず、この場には両者の息遣いだけが聞こえる。
そんな中、力が抜けたのか操志は膝をつく。人狼はその隙に逃げ出した。ここで操志を倒すのは厳しいと判断したのだろう。
しかしここで発覚したことだが、操志は人狼にとって脅威だ。しかも恐らく唯一の脅威。
その操志は人狼との戦いで手負い。どう見ても立ち上がるのも難しいほどの重傷。なら───
───ここで仕留めておくべきか……
天音を押し退け、前に出る。本当はこのまま信頼を得ておきたかった。外からはあいつが、中からは俺とバカなもう一人で探りながら攻略するつもりだった。
言いたいことは山程あるが、何もかもあの透とか言う奴の所為だ。
あいつさえ居なければ俺たちが別れることも、ここでこいつらを全滅させて隠れることになることもなかった。
一歩一歩、操志へと近付く。そして心の中で唱える。
『狼化』
身体が進化していく。猫背になり、毛が生える。爪が伸び、筋肉が膨れ上がる。
そして耳が立つ。
操志はまだ気付いていないが、残りは絶句。喫驚の表情というより、無に近い顔をしている。そんなことより───
「グゥ゙ァァァッ!!」
……こいつからだ!
飛びかかるが、何か違和感がある。毛が……逆立っている? 操志に辿り着くまで、時間がゆったりしたように感じる。
……なんだ? いや、何故操志はこっちを見ていない?
何を見て……いや何が起きて───
「ワゥ……ッ!」
なっ……!? 掴まれた……!? どうやって……!? いや待て!?
コイツ……! コイツ……ッ!!! 自我保ててねーじゃん!!!
だから言い渋ってたのか!? そりゃこんな危険な恩恵あるって言わないよな……! いや、俺しか見てない!?
操志に振り回され、投げられる。壁に衝突する音に続いて、身体が地に落ちる。操志は投げた先から目を逸らさない。
やば……! やっぱ俺しか見てない……! 俺が先に手を出したから、防衛本能だけで動いてるのか……!? 恩恵の長所で負けてる!? いや、土俵じゃない場所で勝負させられている……!?
起き上がり、ふらつく足で階段を登る。
そもそもなんでこんなしっかり戦えるような能力なんだよ……!!!クソッ!逃げないと……!力量を見極められず勝負を仕掛けた俺のミス! 死ぬか全員狩るかの二択しか残されてない……!
まるで本物の獣のように、手を使って階段を登りきり、後ろにいる操志を横目で確認する。操志の手が前に出ている。
今は……逃げないと……また機会を伺って……その時に───
※
意外にも、最期は呆気なかった。
いや、きっと意外だと思っているだけで、それは近くで起こることなのだろう。
操志から逃れるため、檳榔寺は蹌踉めく足と手も使って階段を登りきり、操志の位置を確認した。
それが良くなかった。結果論だが、前だけ向いて逃げるべきだった。
後方を確認したことで身体の体勢を悪くし、足を滑らせた。階段から落ちて、後頭部を強打した。上手く受け身も取れず、コップの底が割れたように血が流れている。
操志の腕は、何故だが少しだけ前に出ていた。
呆気に取られたまま、沈黙が続く。やり場のない手はそのままで、時間が経つ。
操志は皆を守ろうとしていたように見える。今はその場から動かず、肩で息をしている。
天音は座り込み、天井を仰いでいる。何が起こっているのかまだよく分かっていないようだ。
「……も、戻ろう」
これが、自分にできる精一杯だった。周りの様子を見て立ち上がり、少し歩く。突然の出来事が多く、あまり呑み込めていない。それに、ここで戻ることが正しいのかも分からない。
それでも、何かしないといけないと思った。操志の戦いは確かに怖さがあったし、正気なのかもわからない。不気味さは残るけど、きっと僕を守ろうとしてそうなったのだろうと思う。
少し操志の背中を撫で、先頭を歩く。振り返ると、二人ともちゃんとついてくるようだ。
「まっ……て!」
当然後方から声が聞こえる。驚きのあまり勢いよく振り返ると、狼から隠れていたと思しき男がいた。
一歩引いて警戒するが、怪我はなく、本当に隠れていたように思える。
「……君は?」
「……お、俺は教室から出てから逃げ遅れて……そっ、それで今まで隠れて……」
「……名前は?一緒に戻る?」
「あ……うん名前は……海里」
「……行こうか」
海里も連れて、まずは待機させた場所へと戻る。
しかしそこに戻ると、何故か一人の姿が見当たらない。
「一人居なくない……?」
「お……やっと帰ってきたか」
「いや……もう一人は……?」
そう言うと待機していた彼らは、少し硬い表情で顔を見合わせる。
「あいつは……なんて言うか……勝手にどっか行って……」
「……え?」
何を言っているのか理解できなかった。言葉として認識はできたが、意味がよく理解できない。
それ以上何も言わないのを見て、何か誤解があると考える。
「勝手にどっか行ったって……?どういうこと?」
「どういうことも何も……そのまま」
質問が上手く伝わってないと思ったが、様子を見るに言葉通りの意味であるようだ。しかしその言葉通りの意味がよく理解できない。
「なんで……行かせたの?」
「いやいや! 行かせたわけじゃ……!」
「……探さないと」
「いや……!」
「……?」
急いで探しに行こうとするが止められる。気不味そうに目を逸らす。
「いや……あいつが向かった先で、叫び声が聞こえたというか……」
「…………」
何を言えば良いのかわからない。何をしたら良いのかわからない。何かを成せる器じゃない……?
※
少し緊張も薄れてきた部屋で、生徒達は各々好きなように過ごす。とはいっても、自ら動くことはなく、探索に行った人達の帰りを待つばかりであった。
「……なあ、これ」
「ん?」
誠也は晴橙に向けて、とあるものを渡す。
「え? これは? 何の鍵だ?」
「さあ? わからん。でもさっきここで見つけたやつだから、どこか開けられるかもな」
「でも……なんで俺に?」
「お前が持ってた方が、反感を買わずに済むだろ?」
晴橙は不思議に思いながらも鍵を握り、ポケットに仕舞う。
そんな中、突如として騒ぎが起きる。
「くっ……! なんで今そんな話今すんだよ!」
「なんでもなにも本当の事だろ! どう考えてもお前の能力は怪しい!」
どうやら一人の男の能力で揉めているようだ。どんな力を持っているのかわからないが、全員に聞こえる声量で言い合い、目立っている。
「もし違うならここで証明してみせろよ! できないならお前が敵だ!」
「なんでそうなる!?」
疑われ、周りにも味方が存在せず。遂に疑われていた男はその場から逃げ出してしまう。走っていく男の背を見るが、誰も追いかけることはない。
「はぁ……! はぁ……! なんだ……? どうしてだ……?」
少し離れた廊下で足を止め、呼吸を整える。
男────吉日 常はどうしてこんなにも疑われているのか、何がいけなかったのか思案する。
「俺の『変身』が疑われた!? お前ならそれで人狼になることもできる? なんで……!!なんで────」
───なんでバレた!? 元から知られてたのが悪かった? いや……! それでも俺は縁起を良くしてきた……!
茶柱だって立ったし、天道虫だって止まった! 四つ葉も見つけて来たんだぞ……? どうして……! どうしてこうなった……!!!!
そう考えていると、不意に気配を感じ辺りを見渡す。特に何かあるわけではないが、常には一つ気になることがあった。
「鏡だ……」
鏡を確認して振り返ると、そこには窓がある。窓をよく見ると、反射して鏡に映っている自分が見えた。
「……窓に鏡が映って、合わせ鏡みたいになってる……縁起わりー」
その場から離れようとするが、本能からなのか、身に覚えのない身の毛がよだつ恐怖を感じる。しかし恐怖を覚えたところでそれはもう遅かった。
首元に牙を突き立てられ、血を吸われる。
「ふむ、さほど美味くない。しかし光栄に思え?死してなお我の為に生きることができるのだから」
血を吸われ倒れていた常は立ち上がり、何も言わず、血を吸った男と共に、誠也達の元へと歩く。
まるで意思を感じられない千鳥足で。
吉日 常
来空 海里?




