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影に帰る  作者: 苦多
2/2

第2話∶仮面と狼

 

「………ん…?」


 一人の生徒が体を起こし、周囲を見渡す。


「いつの間に寝て…どこ…?」


 気がつけば全員、知らない部屋に寝かされていたのだった。


 数時間前、体育館裏にて…


「誠也!やっと来たか!」

「やっと来たかって…まだ集合時間の前だろ…」

「だとしても遅せぇよ!鬼電するところだったぞ!」

「なんだお前…何言ってんだずっと…」


 晴橙が意味の分からない絡み方をしてくる。これが陽キャのコミュニケーションなのだろうか…?

 そこそこ人が集まっている様に見える。しかしまだ中へ入らないようだ。集まっている人の顔を見ていると、どうやら転校生がいない。


「転校生は?もう中入ったりしてるのか?」

「…いや………?まだ来てないぞ?」

「………まだ来てないって…何で知ってるんだ?」

「俺が一番乗りだったからな!」


 ここに肝試しを楽しみにし過ぎている無邪気な少年が紛れ込んでいるぞ………

 いや、無邪気な少年は肝試しなんて楽しみにしないか…


「そもそも集合場所知ってるのか?」

「おう!体育館裏だって教えたよな!」


 その言葉に、周囲にいる人達は頷く。しかしまだ拭えない疑問があった。


「体育館裏って…入り方とか、体育館がどこにあるのかとか知ってるのか?今日別に体育ないし…体育館に行ったの朝礼だけだぞ…?」

「…はっ!あの転校生方向音痴だったのか!?」


 なんだこの集い…ポンコツしかいないのか…

 転校生を見つけるため、集合した生徒達で別れて学校周辺を探す…


「いや〜失敬失敬…あはは…」

「結構探したんだからな!頼むぜ、ほんとに!」

「………」


 転校生は悪くないと思うのだが…そこには触れないのか…?そんなことより、全員集まった様だ。


「おっしゃー!じゃあ、そろそろ乗り込むか…!」


 かなりの人数だ…ざっと三十人くらいか…他のヤンキーグループと喧嘩でもしそうだな…。

 肝試しなのに一人ずつ入るのではなく、全員で校舎へ突入するらしい。


 流石に正面玄関から入るのは良くないと考えたのか、裏口から入るらしい。正面から堂々と入るだろうと思っていたが、そこまで馬鹿ではないらしい。


「…いや〜ワクワクするなぁ…」


 先頭を進む太陽が、分かりやすく強がっている。大人数で進むのに、怖いものは怖いらしい。


「おう!どんどん行こうぜ!」


 晴橙はそれを分かっているのか、分かっていないのか、元気よく歩んでいる。

 そんな姿を見ていると、そこそこ雰囲気のある夜の学校が馬鹿馬鹿しく思えてくる。


 全員で中に入ると、先ずはどこから見ていくのか話し合っている。本当に何も考えずに来たらしい。


「七不思議か…な〜んか沢山あるよな〜」

「七不思議が沢山あるのは困るんだけどね…」

「そうなのか?」

「…うん…まあ…色々…。」


 そんな会話の中、一人の生徒が声を上げる。


「あれ?なんか奥…変なの居ね?」


 月明かりの差し込む校内、ゆらゆらと揺れ動く白い影が、目に映る。


「えっ、なんかやばくね!?」

「こっち来てる!?」

「一旦外出よう外!」

「早く早く!」

「変なのって?どれ?え?どれ?どこ?」


 全員が混乱し外に出ようとするが、誰も外に出ない、出られない。


「開かない!閉まってる!」

「はやく開けろ!」

「やってる!」

「変なのってなんだ?」


 激しく扉を引く音が聞こえるが、一向に開く気配がない。


「もう壊せ!」


 その言葉と同時に、誰かが倒れた音が聞こえる。


「おい!どうした!?」


 一人の生徒が駆け寄るが、駆け寄った生徒まで倒れてしまう。そうして次々と倒れ、全員意識を失ってしまった。


「………ん…?いつの間に寝て…どこ…?」


 こうして数時間後、目を覚ますと知らない部屋に寝かされていたのだった。

 薬が切れたかのように、次々と寝ていた生徒は目を覚ます。


「みんな〜起きて〜朝だよ〜お〜い」


 真っ先に起きた生徒が、声をかけながら隣の人を揺さぶる。


「ズゴゴゴゴ…」


 鼾が煩い…てかそいつ………晴橙はただ寝てるだろ…!どうなってんだコイツ…!

 こんな状況でも鼾を搔いて寝ている太々しい晴橙を見て、流石に周りが引いている。


「…てかなんか…人増えてね?」

「ほんとだ…ウチらと同じ感じで来た人なのかな…?」

「いや…そこは普通…ここに連れてきた奴なんじゃないかって疑うでしょ…」

「確かに…でもこの人達も今起きたみたいだよ?」


 続々と目を覚まし、状況が飲み込めず周りの人に相談する声が聞こえてくる。


「………ん…?あれ…天音!?大丈夫…?」

「ん?」


 誰よりも先に目を覚ました女子生徒、天音(あまね)は少し遅れて目覚めた男子生徒に声をかけられる。おそらく知り合いなのだろう。


「何ともない?大丈夫?」

「んー全然?なんともないかな」

「本当に?良かった…」


 やたらと天音を気に掛けている。余程心配なのだろうか。そしてその心配する声が大きく、彼らはかなり目立っていた。


「なんともないみたい…まあいいや…帰ろ?」

「う、うん」


 辺りを見渡すと、既に部屋から出て帰ろうとしている人が何人もいた。なんだか良くわからない、といった表情で部屋を出ている。


「空き教室なのか?誠也、どこだか分かるか?」


 いつの間にか目を覚ましていた晴橙が声をかけてくる。


「さあな?どうする?転校生を案内する予定だったけど…俺らも帰るか?」

「いや…ちょっと…様子を見る」


 晴橙は帰るという選択肢を取らず、どうやら一旦周りの様子を見てから、自らの行動を決めたいらしい。


 ぞろぞろと部屋を出る生徒を眺めていると、遠から悲鳴が聞こえてくる。その悲鳴を後に、バタバタと騒がしい足音も続く。


「どうした!?なんかあったのか!?」

「俺に聞かれてもわからねぇよ…」


 晴橙は部屋を飛び出す。少し遅れて部屋を出ようとするが、逃げ帰ってきた集団に呑まれなかなか部屋を出られない。外に出ることを諦め、中には入ってくる生徒達を眺めていると、後ろから声をかけられる。


「ねぇ、何かあったの?」

「…だから俺に聞かれてもわからねぇ…って…」


 話しかけられた方向へ顔を向けると、完全に忘れていた人物。転校生の太陽だった。そういえばこんなやついたな、なんて思いながら顔を見る。


「え…そんな何回も聞かれてた?ごめん」

「いや…」

「…ん?」


 なんとなくぎこちない、気不味い空気に堪えながら、生徒達が一通り中に入って来るのを待つ。


「…晴橙が走って外に出た…追いかけてくる。」

「あっ…ちょっ…俺も行く!」


 走って外に出ると、まだまだ逃げて部屋へと戻る人が数人走って向かってきている。太陽はその中の一人に駆け寄る。


「どうしたの?何があったの?」

「お、狼がっ…!」

「狼…?」


 どうやら恐怖で気が動転している様子だ。足が震えている。走るのをやめた途端、その時の恐怖を思い出し、腰が抜け座り込む。余程怖い思いをしたのだろう。


「なんだ…?」


 太陽は少し困惑した表情を浮かべ、逃げてきた場所を眺める。


「…行こう………!」


 太陽は振り向き目を見ながらそう言って、今度は先導し始める。


 少し進むと、先に行った筈の晴橙が見えた。何やら立ち尽くして驚いている様子だ。


「…大丈夫?」


 太陽が晴橙に近寄り声をかけるが、晴橙は呆然とした様子で無反応だ。晴橙の目線へ顔を向けると───


「うぅ…あぁぁ…」


 人と同じ背丈で二本の足で立つ狼が、一人の生徒の喉元を噛みついていた。そしてその狼の目の前にもう一人の生徒が尻もちをつき、怯えきった様子で、生徒が狼に喉元を噛み切られるのを眺めている。


「おい!逃げろ!」


 今まで呆然とその場を見ていた晴橙が我に返ったのか突然大声を出す。その声を聞いてか、尻もちをついていた生徒はすぐさま立ち上が

 り、蹌踉めきながらも走り、逃げていった。

 人と同じ背丈の狼はこちらを一瞥すると、そのまま逃げていった生徒を追いかけて行く。


「…どうする?」


 走り去っていった方を眺めながら、晴橙と太陽に声をかけてみる。


「…追いかけよう…!」


 太陽の言葉の後に、三人で狼を追跡する。しかしいくら探したところで、生きている人は見つからず、元いた部屋へ引き返すこととなった。


 部屋に戻ると、大勢の生徒が待機していた。


「なあ…これで全員なのか…?」

「いや…まだ帰ってきてないやつが結構いるらしい…」


 晴橙が既に部屋で待機していた人へ話しかける声が聞こえてくる。

 大人数だと思っていたが、これでもまだ全員というわけではないらしい。


 晴橙はいつも通りの様子だが、よく見ると手が少し震えている。さらに意識して見ると膝も震えているように見える。

 太陽の方を見ると、顔を上げ、目を瞑っている。二人とも気丈に振る舞っているが、心の中では恐怖しているのだろう。目の前で人が首を噛み切られたのだそうなるのも無理はない。

 辺りを見渡しても、そんな状態の人が多く見られる。おそらく錯乱していたのが落ち着き、疲れ切っているところなのだろう。

 この調子が続くのだろう。そんな予感がする。



「…みなさんの恩恵を言い合いませんか?」


 数十分経ち、静かになった空間で落ち着いた女性の声が響く。


「えっと…こんな時だからこそ、力を合わせて…できることをした方が良いのかなって…」


 いかにもお嬢様って感じの人が、全員に語りかけている。


「いいね、俺は乗った…」

「あ、ありがとうございます…貴方は…?」

「俺は人見 透(ひとみ とおる)あんたは?」

「私は雲類鷲 麗(うるわし れい)です…えっと…恩恵は『適応』で…えぇ…その場に適した能力とか…精神状態になることができます…!それに…ええっと」

「もういいから…」


 部屋の中心で、二人が自己紹介を始めている。今のところ、特に何もなく全員で自己紹介しそうな流れであるが、きっとそうはいかない…


「俺は………」

「あ…ぼくもいいかな…?」


 二人だけがしていた自己紹介にもう一人が参加する。透が言い淀む間に、気を利かせてなのか、先に自己紹介を始める。


「ぼくは…穿山 操志(せんざん そうし)それで恩恵は何ていうか…やりたいことをやるようにする力って言ったら良いのかな…?」


 図体が大きいが気の弱そうな男がじあを始める。そして言い辛い力なのだろうか…?自分の力をぼやかして説明する。

 だがそういう人が居ても仕方がない。恩恵は血液型の様に調べられ、その力が加害的であればあるほど偏見が生まれる。だから自分の恩恵をよく分かっていない人だっているし、言い辛い人だって存在するのだろう。

 だが、全員が自己紹介をできないのはそういった理由ではない。


「じゃあ、俺も!」


 そう言って元気良く立ち上がったのは、少し前まで目を瞑り、顔を上げていた太陽だった。


「あぁ…転校生の…太陽さんですね?」

「あれ?なんで知ってるの?」

「いや…朝礼で自己紹介してたし…私は生徒会長だし…え…?私のこと覚えていないのですか?」

「え!?」


 まあ…今日はこんなこともあったし、覚えていないのも仕方ないのかもしれない………仕方ない……よな………?


「………では他に…協力してくださる人は…?いませんか?どなたか…」

「…まあ待てよ…先に言いたいことがある…俺の恩恵は精神感応…テレパシーって言ったほうが分かるか?」


 その言葉に、自分を含めこの場にいる人の多くの人の心に焦りが生まれた。

 …誰しも自分以外には知られたくない内側の部分がある…そこへ踏み込むことなのだ、この発言は…かなり反感を買うことになるかもしれない。


「既に何人か考えていることを読んだ…言えることと言えないことがあるが…大事なことがある…」


 その言葉に、この場の空気が重くなっていく事が伝わってくる。次の一言で、何かが変わり、何か…始まるような…そんな変化が訪れようとしている…きっと、この場にいる誰もがそう思っている。


「外にいた狼の仲間が…この中にいる…!」


 誰かの息を呑む音が聞こえてくる。この場の緊張で元々静かだった部屋が、さらに静かになった気がした。


「…この場には二人…敵がいる…そして外にいた狼…あいつは人だ…!」


 …堂々と、淡々と言い放ったが…それは悪手だ…その言葉は、不信感を呼ぶ…そしてきっと…こいつは…透は…一人になった途端に…死ぬ…


 …こうして…退屈を潤す退屈な化かし合いが…始まる…



「…なぁ…じゃあここでその二人の正体を明かしちまえば良いんじゃないか?」

「いや…それもできるが…お前らは人を殺す覚悟ができているのか?ここでその二人が暴れ回っても大丈夫なのか?それに…その二人に対しての牽制にもなる…まあ…要するに…ここでの乱闘はどっちも望んでないだろ」


 もっともらしいことを言っているが…ここから…怪しい恩恵や、他人を攻撃ができる恩恵が疑われる。あちこちで、小さく声が聞こえる。「適当なこと言ってるんじゃないのか?」「こんな時に…そんな変なことに付き合ってられないよな…」「自分だけ助かろうとしてるんじゃないのか?」「何で今そんなこと言ったんだ?」「温めておいて、誰か二人をでっち上げるのか?」そんな疑問の声が小さく聞こえるが、その顔を見ているとお前はそうなのか?とでも言いたいような自分以外を訝しんでいる表情をしていた。


「なぁ…そもそもお前の恩恵がテレパシーだとしてそれを証明しないのか?このままだと、疑心暗鬼で誰も協力できなくなっちまう…」


 これだ…これは人為的なものであるから…全員が素性を明かせるわけじゃない。


「…そうだな…今は俺の力を証明することはできない」


 そして…疑われないために言わない…それがこの場の基準になる…だが、証明をしないのは良い判断なのかもしれない。透が殺された場合、透の言葉を肯定したことになる。そしてさっきの発言は偶然合っていただけで、本当にそんな力を持っているのか分からない方が、透の生存確率は上がる…どっちにも振り切らないのはある意味最善なのかもしれない。


 周りの人は「確かに…それが本当だって証拠がないもんな」「ビビらせやがって」といった声が聞こえる。

 自分の存在を軽く見せるが、この場に警戒心を持たせる。これが人見 透という男の狙いなのか…?


「…えっと…その…僕…顔は見えなかったけど、人が狼になるところ…見たかも…」


 目覚めた頃に見かけた男子生徒が、全体に向けて話し出す。静まり返った部屋で、全員がその男の発言の続きを待つ。


「あ…えと…僕は鷲星 一(しゅうせい はじめ)で、外に出ようと廊下を歩いてたら先頭にいた人の様子がおかしくなって、それで狼になってた…と思う…」


 はっきりしない言い方だったが、これで透の発言の信憑性が少し上がる。


「…でもあの狼はここには来てないから、この中にその仲間がいるっていうのも変な話じゃないか?」


 また別の男が、全体に向けて意見を言い始める。


「だってそいつが狼だって可能性もあるわけだろ?」


 そう言って、透を指さす。透は一切動揺すること無く、その相手を見つめる。


「確かにそうだが…それならどうする?」

「どうするって…」

「…まだ分からないのか?ここを出るためには…その狼を全員殺す必要がある…!」


 透の言葉には何故か説得力があり、おそらく中には誘導されてると思っている人物もいる。


「…と言ってもこのままじゃ進まない…だから俺は…部屋の外に何があるのか調べてこようと思っている」


 かなり大胆な動きだ…自分の命が惜しくないのか?それとも…脱出の算段があるのか?もしくは…こいつが…狼なのか?そう思わせるような言動をしている。


「付いてくるやつは…いるか?」


 透は全員の顔を見渡す。透に注目が集まり、少し様がくなっていたこの場は静まり返る。


「あ、僕はついて行こうかな…」


 既に自己紹介を終えた気弱そうな男、操志がおずおずと手を挙げる。


「分かった…他には?」

「わ、私も!」

「あ、僕も…」


 次に麗と鷲星もついて行く気らしい。だが、鷲星が天音と何か話している様子だ。


「危ないから、待っててよ…」

「良いから、私も行くの…!」


 どうやら鷲星は天音についてきて欲しくないらしいが、そんなことはお構いなしについて行く気だ。


 そんなこともあり、結局九人で探索に行くらしい。太陽も晴橙も、動く気になれない様子だ。

 透の言っていることが本当であれば、ついて行くのが安全であると思うが、そんなこと考えられる頭がないのか、それとも信じられないのか、それ以上ついていこうとする人は現れなかった。


 そうして透達九人は出発する。


 ※


 透達は静かに廊下を歩く。そうしていると、麗が透の隣まで近寄り、少し抑えた声で透へと話しかける。


「…どうして部屋から出ようと思ったのですか…?」


 麗の些細な疑問に対して、透は少し考える素振りを見せる。


「…引きこもりじゃないから…?」

「はぁ…?」


 突然、的外れなことを言い始める透に麗は驚く。最初は言葉の意味を理解できなかったが、徐々に理解し誤解を解こうとする。


「いや…その…家のではなく…」

「…そうだな………いや…あそこに居ても安全だって確証はないからな…」


 ちゃんと話せば行動に意味があると理解できるが、突然冗談の様なことを言い始める透との会話を麗は少し警戒する。


「なるほど…」

「そんなことより…もう慣れたのか?」

「慣れた?」


 なんの話だろうかと考えるが、全く思い当たらず、少しの間、無言でいる時間が訪れる。


「ほら…あんたの能力…」

「ああ…!いえ、もう少し時間が掛かりそうです…ごめんなさい…」


 最初からそう言って欲しいと麗は思ったが、透なりの気遣いなのだろう。


「ん…急がなくて良い、あんま気負うな。」

「…はい…ありがとうございます………」

「おい…!気負うなって」

「ふふ…そうですね…!」


 そんな不器用な気遣いに、少しだけ麗は自分の心が軽くなったのを感じた。


「大丈夫?怖かったりしない?」


 透と麗の後では、鷲星が天音をやたらと気にかけていた。


「いつ引き返しても良いんだよ?」

「うるさいなー」

「ご、ごめん」

「なになに?いつもそんな感じなの?」


 鷲星と天音の会話に割って入る青年。檳榔寺 時矢(びんろうじ ときや)は学校で知る人ぞ知る女誑しであった。


「そうなっちゃうのも仕方ないよねー天音ちゃん可愛いもんねー?」


 そう言って鷲星へにっこりと微笑む。


 そのまた後ろでは…


「なあ…!おいオタク!何で来たの?」

「いや、何でって…」

「得意の逆張り?やめたら?」

「ちょっと…やめてあげなよ…」


 気が弱い男子生徒二人が、落ち着きのない男二人に執拗く絡まれていた。


「やめてあげなってなんで?オタクひとりぼっちだし可哀想じゃん?お前も体だけはデカいんだから」

「うわー体だけはってひどーってかほんとになんでオタク来たの?イキりたかった?逆張り?」


 執拗に絡まれている気弱な青年は逆井 蓮(さかい れん)。いつもこの二人に近づいて来られてはこんな扱いを受ける日々に、退屈していた。


「…いや僕は…あそこに居ても安全だって確証はないし…透って人の言ってることが本当ならついて行った方が安全だと思ったから…」

「嘘つくなよ!本当は何も考えてないんでしょ?イキって逆張りしたんでしょ?」

「いや…違うし…」

「なんで嘘つくんだよ…!早くイキって逆張りしましたって言えよー!皆待ってる部屋でちょっと目立ちたかったから来たんでしょ?なんでそう言わないの?」


 うんざりし、そそくさと蓮は進んでいく。その様子を見た二人は、またもや笑いながら話し合う。


「あー図星だから何も言えなくて先行っちゃったー」

「それなーかわいそー」


 そう話しながら進む二人を見て、操志はこの先が不安になり、大きなため息を吐いた。


「大丈夫なのかな…?」


 振り返っても不安しか見えないため、仕方なく進む。


「この辺だよな…?気をつけよう…気をつけよう…」


 透は二回、一度目は全体を見て、二回目は麗の顔をしっかりとみて言った。何故かやたらと暗くて窓から外が見えず、慎重に進んでいく。


「なあ…ここってたぶん…」

「…旧校舎…?」


 透の考えでは、ここはもう立ち寄ることの少ない旧校舎であると考えていた。麗も同じ考えのようだ。


「ああ…何階まであったか分かるか?」

「五階だったような…?」

「なら俺達が居るのは五階だな…」

「どうして?」

「…いや…それ以外だとパッとしないというか…それ以外だと…なんか変だろ…」


 透は少し考えながら質問に答える。かなりざっくりとした意見であるが、確かにそれ以外とは考え難いと思い、麗も小さく頷く。


「とりあえず、階段を降りるぞ…」


 その言葉の後に、透はゆっくりと階段を降りる。一段一段静かに下り、麗達は全員、その後ろに続く。


「天音ちゃん?大丈夫?手貸そうか?」

「…大丈夫だよ?」


 檳榔寺が天音に近付いていくことに、鷲星は怪訝な顔をする。端的に表せば嫌そうだ。


「ここは…四階…その下は?…閉まってる?防火扉…?」


 月明かりを頼りに階段を降りると、扉があり、開けないことにはそれ以上進めない。


「…施錠されてる」


 扉を開けてみようとするが、鍵がかかっていて開くことができない。


「どう…する…?」


 操志が不安そうな顔をして透の顔を見つめる。


「どうするか…まあ…行ってくるよ」


 その言葉の後に、透は前に進もうと歩き出し、それに他の全員も続く。しかし、透は止まり、振り返る。


「ここから目立った行動は避けたいから、俺一人で行く…大丈夫そうだったら戻って来るから、それまではここで待っててくれ…分かったか?」


 透は堂々と全員を見ながら単独行動をする宣言をした。しかし誰もその事を指摘しないほど、透の言動を見て、率先して前を歩く姿を見て安心し、信頼するような気持ちが芽生えていたのであった。


「私も同行してよろしいですか?」


 麗が、先程とは変わって品のある。落ち着いた様子で同行する事に志願する。


「良いけど…大丈夫か?」

「…何がでしょうか?」

「いや…行くか」


 透は慌てる様子もなく、麗の同行を受け入れ、二人でその先へと向かう。


 少し進み、二人でいくつかある内の一つの部屋へ入る。


「…家庭科室か?」


 そこには食器や調理器具などが数多く並んでいた。透はいくつかの刃物を眺める。


「…護身用にいくつか持っておくか?」

「…はい…じゃあ…一応…」


 麗は包丁を手に取り、少し眺める。透はその様子をじっと眺める。


「…なんか…綺麗だよな…」

「…え?」

「いや…その包丁…旧校舎の割に、ちゃんと使えそうだし…こういうのって新しい校舎に移動するもんじゃないのか?」


 透の言葉の後、麗は黙って包丁を見る。


「ま、次行こう」


 透の言われた通りに、麗も他の部屋へ向かうために部屋から出る。

 他の部屋に向かう際に、透は何度も後方を確認し、注意深く警戒し、次の部屋へ入る。

 部屋に入った途端、透は足を止め、麗を真剣な表情で見つめる。


「…なあ」


 緊張した雰囲気になり、透が言葉を続ける。


「あの檳榔寺ってやつ…気を付けたほうが良いぞ…」

「…?」


 緊張した雰囲気であったが、また別の意味での緊張した雰囲気が訪れ、麗の肩の力が抜けてしまう。


「檳榔寺 時矢…あいつが一人目の人狼だ…」


 淡々と、透は言い放つ。


「人狼だって言っても、狼化って能力だな」

「何故それを?」

「心を読んだ…それだけ…他にも怪しいやつが居たり、仲間が居たりしそうだけど、ついてきてるやつの中で狼はあいつだけだな」


 冷静に、伝わるように透は告げる。麗は俯き、透に顔を見せない。怖くなってしまったのかと、透は少しだけ麗を心配する。


「そうですか………私の心はもう読んだのですか?」

「何いってんだ…もう読んだ…一番最初にな?」


 平然と言ってのけているが、緊迫した空気と初めての経験に、透は肩の荷を下ろすように、麗に打ち明けていた。そしてもう背を向け、歩き出しながら、麗へ質問しようとする。


「それと…もう慣れたのか?………えっ?おま…何して…?」


 麗は透へ突然近寄り、持っていた包丁を深く突き刺す。痛みの場所を手で確認するが、痛みを感じると共に、自身の体温が触れた掌へと移っている。何が起こっているのか分からず、膝をつき、麗を見上げる。


「慣れた?ああ…もう適応しましたよ」

「な、何言って…?」

「適応しました。悪意にも…誰も信じられない不安にも…」


 透は慌てて麗の心を読むが、自分の失態を確認することになる。


 透は人は変わらない、そう思って生きてきた。何度も同じ過ちをする生き物だと。何をしても馬鹿の一つ覚えで、その経験を見他で活かせないものだと…だから麗の心を読んだとき、お人好しな性格を利用して、強い味方になるのだと思っていた。


 しかし彼女は、透という存在に安心し、透に適応することをやめてしまった。その結果、強いストレスのある環境。悪意と裏切りの環境に適応し、生き残るために進化してしまった。だから、生き残る透を殺し、狼達の仲間になることで、己の身を守ろうとしたのだった。


 自分の経験から決めつけた偏見。安易にそんなものに甘えた結果がこれだと、透は自戒する。生き残るためには、下らない今までの経験で答えを出すより先に、他の見えない最悪の事態()を警戒するべきだったと。


 透が息絶えるのを見届け、麗は透に深く突き刺さった包丁を片手に、部屋から出る。そして生き残るために、身を隠せる場所を探そうと、歩き回る。


 何としてでもこの環境で生き残ろうと、自分の適応を活かそうと、麗は覚悟を決める。

新しい主な登場人物


人見(ひとみ) (とおる)


雲類鷲(うるわし) (れい)


檳榔寺(びんろうじ) 時矢(ときや)


穿山(せんざん) 操志(そうし)


鷲星(しゅうせい) (はじめ)


選川(せんかわ) 天音(あまね)


逆井(さかい) (れん)

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