第三百二十九話 収穫祭に現れた旅の格闘家
収穫祭後の炊き出しの準備も始まる中、村に馬車が到着しました。
たまに収穫祭を見る為に観光で訪れる人がいて、そういう人にも炊き出しが振る舞われます。
とはいえまだまだ時間がかかるので、もう少し待ってもらいます。
そんな中、収穫祭とは全く別件で村を訪れた人がいました。
「おお、これは景気の良い祭りではないか。どなたか、私と手合わせしてくれないか?」
「「「うん?」」」
「「ワフッ?」」
馬車から現れたのは、白い格闘技の服に身を包んで黒い帯で服を縛っている人でした。
頭はスキンヘッドで口ひげが生えていて、筋肉ムキムキの背の高い男性です。
僕たちだけでなく、村中の人も何だろうと思っていました。
でも、クロちゃんとギンちゃんも完全に無警戒なので、悪い人ではなさそうです。
いきなりのことなので、代官が格闘家に話しかけました。
「失礼、私はこの村の代官です。あなた様はどなたでしょうか」
「これは申し訳ない。私は、王国中を旅して修行しているものだ。そして、その土地の強者を相手にし、己を研鑽している」
おお、全国を旅する格闘家と初めてあったよ。
しかも道場破りはせずに、単に強い人と戦っているそうです。
ちなみに冒険者登録もしていて、路銀などは冒険者活動をして稼いでいるそうです。
たまたま収穫祭のタイミングで村に来たそうです。
「この村には、伯爵領の中でも特に強者が集まっていると聞く。何でも、王都でも上位に入るくらいの強者がいるらしい」
「「「ああ……」」」
格闘家が腕を組みながら語ると、話を聞いていた村人は納得の声をあげていた。
僕は格闘技は全然駄目だけど、お父さんもお母さんもサマンサお姉ちゃんも、もちろん村の人たちもとっても強いんですよね。
そんな村人や観光客の注目を浴びる中、格闘家がこんな要求をしました。
「是非とも、この村にいる一番の強者と手合わせをしたい。この村一番の強者はどなたか?」
サッ。
「えっ?」
「あらあら」
格闘家の声を聞いた僕を含む村人は、一斉に炊き出しの準備をしていた僕のお母さんを見ました。
格闘家は思わずキョトンとしちゃったけど、お母さんはふふっと笑いながら炊き出しの準備の手を止めて格闘家の方に向かいました。
僕のお父さんが、思わずあちゃーって表情をしていました。
というのも、お母さんも強者と戦うのが大好きだからです。
「では、単純に一本勝負といきましょう。放出魔法はなしで、使うのは身体能力強化魔法だけにしましょうね」
「う、うむ。それで問題はない」
お母さんの提案に、格闘家は若干遅れて返事をしました。
その瞬間、僕たちは一斉にお母さんと格闘家から離れていきました。
「ちっ、しかたねーな」
お父さんだけ、面倒くさそうに頭をポリポリとしながら二人から若干距離を置いたところに行きました。
そして、二人に諸注意を言います。
「あー、一応神聖な祭り中だから殺傷は禁止だ。その他の注意事項はさっき妻が言ったが、試合時間は十分間とする」
「おう」
「ええ、分かったわ」
お父さんの説明に、格闘家とお母さんも納得の返事をしました。
では、いよいよ試合開始ですね。
「両者とも、構えて」
お父さんの声を合図に、格闘家は構えを取ります。
対して、お母さんはニコリとしながら両腕をだらりと下げていました。
完全に対照的な構えの中、いよいよ試合が始まります。
「始め!」
お父さんの合図で試合開始になったのだけど、両者は一歩も動きません。
というか、動けないといった方が正しいのかもしれません。
「ふふっ」
ズゴゴゴゴゴ……
「うっ、うぐっ……」
というのも、お母さんが体中からもの凄い気合を出していて、格闘家は大量の汗をかいたまま全く動けなかったのです。
例えるのなら、蛇に睨まれた蛙状態ですね。
こんな状況が五分も続き、村人も観光客も固唾をのんで見守っていました。
ドサッ。
「ぐっ、まいった……」
そして、とうとう格闘家は膝をついて降参を宣言しました。
お母さんも気合を出すのを止めて、格闘家に歩みよりました。
「強い、かなり強い。ここまで強い人とは戦ったことはなかった」
「あなたも、かなり強かったですわ。大抵の人は開始直後に気を失うのですが、五分も耐え続けたのですから」
お母さんは、格闘家の手を取って起こしてあげました。
その瞬間、手合わせの成り行きを見守っていた村人や観光客が一斉に歓声をあげました。
でも、お母さんはすたすたと先ほどまでいた炊き出しの準備のところに戻りました。
「さあ、神聖なお供え物を使った縁起物を作らないといけないわね。もちろん、みなさんも食べていって下さい」
お母さんは、やっぱり最強のお母さんですね。
でも、そんなお母さんの気合を受けても普通に審判をしていたお父さんも凄いと思いました。
そして、今年の収穫祭は今までにない程の盛り上がりをみせたのでした。




