親友
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前世、私は九尾の狐だった。
といっても、尻尾は九本あるけれど、ちょっとした幻影しか使えないみそっかす。
一族からはばっちり蔑まれ、いじめられていたけれど、九本ある尻尾は位の高い証だからと命までは奪われなかった。ついでに、九本あるのに何の力も持たないのが珍しかったのか、一族の中でも最高の狐と褒め称えられていた方の下っ端として働いていた。
でも、ある日、尻尾が二本や三本持つ者たちに集団で囲まれて、戯れに狐火を投げられてあっけなく死んだ。彼らの言い分も分からないでもない。
本来、九本の尻尾は最強の証。
生まれつき九本の尻尾を持っていた私は、彼らからしてみたら神にも等しい存在になるはずだったのに、実際には弱い幻影しか使えないなんて、許せなかったのだろう。
私だって好きでこんな尻尾を持って生まれてきたわけじゃないけれど、努力して尻尾を増やしてきた者たちからすれば、尻尾だけ立派で力の弱い私は、存在するだけで憎まれていたのだと思う。
そんなこんなであっさり死んだ私だったけど、ここでうっかり長年表に出てこずにため込んでいたらしい謎の九尾パワーが発動した。
……なにそれ、知らんがな。
知らんパワーが発揮され、異世界に転生出来た。←今、ここ。
謎の九尾パワーで異世界転生を果たした私は、アシュレイ・フォルシア伯爵令嬢という身分を持って生まれてきた。
前世と同じようにほんのちょっとだけ幻覚を使えて、たまーに尻尾と狐耳がぴょこんと生えてきて、何故かその時だけ髪の色も変化するが、それ以外は何の取り柄もないキング・オブ・モブだと自覚はしている。
尻尾と狐耳は自分の意志で出し入れは出来るけれど、驚いたり興奮したりすると自然に出てしまうこともあるので、この世界にお化け屋敷とかなくてよかったーと心底ほっとしている。
自分だって人外の存在でやらせてもらってるけど、こっちはもふもふ、あっちは怖い系でやっているので種類が違うのだよ。私、怖がりなんです……。
一応、尻尾と狐耳のことは隠してるので、知っているのは極一部の人間と、気を抜いていた時に偶然見られてしまった親友のミシェルだけだ。
紅茶色の髪と夕焼けの瞳、と言ってくれる人もいるが、要は赤茶系統の色味と平凡な顔立ち。兄弟姉妹は美男美女なのに、フォルシア一族唯一の地味っ子とで陰で言われているのは何を隠そうこの私だ。
あんまり隠れてないけど。
ついたあだ名が、0点令嬢、で「零嬢」
誰が上手いこと付けろと言った。
個人的には、いやーすごい、前世も今世もみそっかすとは、と思ってはいるが、急に美女になってモテ期が到来したところで耐性皆無なのですぐにボロが出るだろうから、このくらいがちょうど良い、とのほほんと考えていた。
今日ものんびりとミシェルの家のお庭でお茶をしている。
相変わらず、すっごい美人さんなので、見ているだけで幸せな気持ちになれる。
金髪碧眼のお人形のような少女だ。ちょっと口を開くと残念な時もあるけれど。
ミシェルは公爵令嬢なのだが、ちょっと変わった経歴の持ち主だった。
生まれも育ちも修道院。それも貴族令嬢が罰として送られるという北の修道院出身なのだ。
なぜかというと、ミシェルの母は子爵令嬢、それも大勢の姉妹の末っ子で公爵家に奉公に出されていた。その仕事場で公爵のお手つきとなったのだが、奥様に申し訳ないと思ったらしく、黙って姿を消して秘密裏に修道院に入ってしまったのだそうだ。ミシェル自身も修道院で生まれ、このまま神様に仕える気満々でいたのだが、実は本気だったらしい公爵夫妻(※ここ、大事)がようやく見つけ出して引き取ったのが三年ほど前。
それ以来、公爵夫妻の娘として暮らしているが、ある意味隔離された場所で純粋培養で育っているので、少々思考回路が面白い方向に向かう時がある。そんなところも大好きだ。
「アシュレイ、貴女、婚約を破棄したそうね」
「正確には破棄された、ですよ。私からじゃなくてあちらからの申し出でしたから」
一応、こんな私にも婚約者がいたが、先日、無事に婚約破棄をされた。
モブなので、派手な婚約破棄とかではなくて、ごくごく普通のお話し合いの上でちゃんと破棄した。
あちらも喜んでいたから何の問題もなかったはずだ。
「お可哀想に。アシュレイと結婚出来たら、毎日もふもふし放題だったのに」
「そんなのミシェルだけよ」
「あら、貴女のご家族も堪能しているって聞いてるわよ」
「誰がそんな情報を!」
それは一応、我が家のトップシークレット。
あんな外見からして厳格なお父様が実は、動物大好きなくせに近寄るとくしゃみが止まらなくなるという理由で可愛らしい動物に近寄れないだけ、というのは他家には漏らせぬ我が家の秘密。
なぜ漏れた。
「アンディ様」
「お兄様……」
長男のアンディは、騎士団に所属するごっつい筋肉の持ち主だ。だが、兄の触り方はとても繊細で愛情に満ちている。騎士団の寮に住んでいるのだが、帰ってくるたびに新しい毛繕い用のブラシを購入してくるのはどうかと思う。おかげで私の尻尾は、常に艶々で輝いている。ちょっとでもしおれていると、兄がそれはもう丁寧に丁寧に梳いてくれる。
「ところでミシェル、前の婚約者の方はまだ何か言ってくるの?」
「えぇ。もう関係ないから、と言っているのに、今更何を言っているのかしら。わたくしにはもう新しい婚約者もいますのに」
新しい方も色々とちょっと……。
ミシェルと出会ったのは、本当に偶然だった。通っている学校が同じだったのだが、あちらは公爵令嬢。こっちは地味な伯爵令嬢。クラスも違ったし、接点なんてなかったが、学校の裏にある誰も来ない、どころか存在すら知られていない温室を日光浴用の根城にしていたら、泣きはらした目をしたミシェルが飛び込んできたのだ。
誰もいないと思って逃げてきたミシェルも驚いただろうが、こっちも狐全開で日光浴していたので、お互いに出会った瞬間に固まった。
泣いていたミシェルはそのまま私の尻尾に突入し、もふりながらえぐえぐしていた。
こっちはどうしていいのか分からず、とりあえず、ミシェルが抱きしめていない尻尾で頭をよしよししてあげた。
こういう時は尻尾が九本あるのって便利。意識すれば、ちゃんと一本一本独立して動かせるので、一本捕獲されてだめになっていても、他で何とかなる。
話を聞いたら、婚約者が他の女性と親密な仲になっていたので注意したら、なぜかミシェルが怒られたのだそうだ。
は?なんで?
それは貴族の常識としてミシェルの方が普通じゃん。
でもミシェルの婚約者は、そうは思わなかったらしい。
ミシェルもミシェルで、ずっと修道院で育っていたので、貴族令嬢としての振る舞いが分からないと言って嘆いていた。
ならば、この私が一肌脱いであげましょう!
こちとら前世で、一族きっての超エリート、その美貌と言動とちょっとした仕草で何人もの王様たぶらかして国を滅ぼしまくった傾国どころか破滅の美女を間近で見てきたんだから、あの方をなぞれば稀代の令嬢になれるって!
そう豪語してミシェルを厳しく指導してみたら、見事な悪役令嬢チックな女性が出来上がりました。
……そりゃそうだよね、あの方を真似て、清く正しい聖女が出来るわけないし。
ただ、悪役令嬢っぽいだけで、ミシェルは基本的に優しいから、女性陣からは「お姉様」と言って慕われている。
肝心の婚約者の方は、ある日突然変わってしまったミシェルに驚いて、以前のミシェルに戻ってほしい、など色々と言っていたようだが、今までの所業を公爵夫妻に手紙などの証拠付き訴えたところ、無事に婚約破棄出来た。むしろ、ご夫妻は激怒して相手方に乗り込んでいった。
そして何故か、私の婚約破棄も出来た。
「そもそも私の婚約は、祖父が酔っ払ってした口約束の延長みたいなものだし。本気で結婚するつもりなんてなかったし、よかったよー」
こんな愉快な秘密を持ったまま結婚なんて考えられない。よっぽどのモフラーか心の広い人じゃないと無理に決まっている。
「わたくしが男性でしたら、迷うことなく結婚しましたのに」
「ミシェルの狙いは尻尾と耳でしょ」
心底残念な顔をしているが、初対面で迷いなく尻尾を泣き場所に選んだミシェルは、間違いなくモフラーだ。
事情を説明して、出来れば内緒でお願いします、と頭を下げると、秘密を守る代わりにたまに撫でさせてと言われたので、ミシェルに尻尾を堪能されることもある。耳は敏感なので、本当にたまーにしか触らせない。
「毎日、貴女の尻尾を整えられるなんて最高よ。色、艶、毛並み、貴女のそれに勝るものはないわ」
……それは、私に付いてる尻尾の話ですよね。間違ってもマフラーやコートの話じゃないですよね。
分離不可なんで、そこのところはよろしくお願いします。