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睡魔

「俺が望んだのはこんな世界じゃねぇ~」

全身黒のスーツを男に銃身を向けられながら叫んだ。


7月25日午前0時


期待など全くしていないつもりでいながらも内心胸を躍らせ小さなモニターに数字の羅列を入力していく。


「よし、開くぞ、、、」


ゴクリと唾を飲み込むと開かれたページには数字の列が並んでいる。


「、、、はー」


期待してないつもりだったが内心膨らんでいた期待に大きなため息をつくと数字の列をざっと見ていく、


「あんだけ頑張って結局1000円かよ、、、」


ぼやいたのは給料についてだ。


俺の働く企業では一年に一回昇給があるが五度目の昇給でようやっと初任給から5000円昇給したのだ。


「5年目にしてようやく5000円とか一年に1000円笑うに笑えないな、、、」

「大体この住民税とか、所得税とかってなんなんだよ」


俺だってそういったものがどう使われているかわからないわけではない。

例えば、警察などの治安維持や電気、ガス、水道などライフラインの整備、保険などの医療、

そういったものに税金が使われていることはわかってはいるがそれらにここ数年病気にかかったりはせず仕事で家を空けている事がほとんどで夜は寝に帰ってきているだけだ。

たまの休日は昼近くまで寝て唯一の趣味である本を図書館で読み漁り夜は、早めに寝てしまう。

自炊はするが電気もガスも水道も別途料金を支払っている。

触れる機会のない目に見えないものにあまり恩恵を得られてはいないと思うと決して裕福とは言えない俺は嘆かずにはいられなかった。


子供のころからろくでもない人生だったが何とか大学に入るも酒浸りの父が奨学金を使い込み失踪。

母は、というと何とか学費を捻出しようとしてくれたが父親が作った借金の返済もままならないまま学費を用意できるはずもなく悪くもないというのに泣きながら謝ってくれた。

当然進学のつもりでいた俺は就職の準備などしているわけもなくバイトも辞めてしまっていた俺が働ける先は少なく万年人手不足のブラック企業で自分では使っていない奨学金を返済するためだけに働いている。

さらに二年前に母が過労でなくなってしまい天涯孤独の身となってしまった。

いつ死んでも構わないと思っていたが使っていないとはいえ自分が借りたお金を返さないわけにもいかなかった。

そもそも使ったのはあんなのでも身内だ。

夫である父が作った借金を返すためにと働き詰めの母をずっと見てきた俺には途中で投げ出すことが母の死を無駄死にといっているようで意地になっている。


≪ぐぅ~≫


そんなことを考えていると腹が鳴る。

家でゆっくりと給与明細を見ようと急いで帰ってきたので、朝飯を食べてから何も食べていない。


冷蔵庫に何か入っていないかと冷蔵庫に手を伸ばす。

今住んでる家はワンルームで狭く大体のものが手を伸ばせば届く。

扉を開くとひんやりと冷たい風が漏れてくると薄暗い部屋のその部分だけがぼんやりと明るくなる。

中には栄養ドリンクが何本かと作り置きしている緑茶と安くなっていた時に買ったおひとりさま1パックの卵の残りが二つだけだった。


「はぁ、嘆いてても仕方がない。飯でも買いいくか」


バタンと冷蔵庫のドアを閉めると部屋が元通りに少し薄暗くなる。

普段なるべく自炊をしていたが週末で冷蔵庫の中はほとんど空っぽだった。

家に帰るなり放り投げた鞄から鍵を取り出すと家を出た。




コンビニからの帰り道


「だいぶガタがきてるなコイツも」


高校入学の際に母が無理して買ってくれた自転車は調子が悪くブレーキが歪んだタイヤに当たっているのか“カスッ”という音が妙なリズムを刻んでいる。

定期的に整備という名の力技で調整しているが寿命かもしれない。

しかし母に買ってもらったその自転車を手放す事ができずにいた。

家の近所の公園にさしかかった所で妙な笑い声が聞こえてくる。

目をやると花火をしているようだった。

季節的には花火をしていても珍しい季節ではないが手持ち花火など最後にしたのはいつだろう?

それに時間が時間だ。

こぐ足を緩めると花火よりも妙な笑い声が気にかかり公園のほうに目をやる。

目を凝らすと花火の光に照らされて見えた恐ろしい光景に自転車からおりる。

ガチャンと音を立てて自転車は倒れたが気にしている場合ではない。


「おい、お前らなにしてるっ」


思わず叫ぶ。


花火の光に照らされたのは3人の人影との地面に転がるナニカだ。

そしてそいつらのうちの一人は花火を押し当てているように見えた。


入り口ではないところから構わず公園内に進入する。

膝丈ほどの小さな柵を越えると背の低い植木を飛び越えて花火で照らされた人影に向かって走った。

そこでは信じられない事が行われていたビニール紐でグルグル巻きにされて繋がれ動けないようにされた生き物だろう、犬か猫かもわからない状態まで花火を押し当てられたのだろう溶けたビニールが焼けた肌にはりつき手足や尻尾などが露出していなければそれが動物だったとはわからないような状態だった。


「やべぇ逃げろるぞ」


1人の男が言うとびおよび腰になるが逃げようとしない

1人は棒立ち状態で震えてるようにも見える

もう1人フードを深めにかぶった男は変わらずに花火を押し当てて笑っている。


「おいなにしてるっ」


声を荒げ男につかみかかり手を離させる。


「邪魔するなぁ」


少し華奢な男だがすごい力で手を振り払われる。

当然火のついた花火を持ったままだったので火花が俺に向かって飛んでくる。

思いもがけない力にと火花にうまく踏ん張れず尻餅をついてしまう。

男を見上げる格好になり転がった花火に照らされた一瞬に表情が見える。

中学生くらいだろうか?

思っていたよりも随分若いが恐ろしさを感じすぐに立ち上がる。


「動物をいじめちゃダメだって、、、」


そこまで口にすると言葉に詰まった。

どう考えても動物虐待の範疇は大きく超えているこの状況でこんな事をする子供にどう伝えればいいのか?

そもそもこの動物は生きているのか?

生きていたとして病院に連れて行けば助かるのか?

悠長にお説教をしてこの子が更生しこの生き物が助かるのか?

様々な考えが頭をよぎる。

ただここまできて関わってしまった以上この状況をどうにかする気しかない。

考える。

立ち上がりながら口を開く。


「、、、どうしてこんな事をしたんだ?」


考えた挙句この動物を病院に連れていくにしろコイツをどうにかしなきゃならない。

努めて優しい表情、口調で少年に問いかける。


「うるさいっ僕は害虫駆除をしているだけだ」


大きな声で少年が叫ぶと体当たりされると目の前が真っ暗になった。

胸のあたりに暖かさを感じる。

頭が締め付けられなにが起こったかわからない。


「お前も害虫だ。だから僕が駆除してやる」


何を言っているかわからない突進してきたであろう少年が離れると胸に何かが刺さっている。


「マジでヤベェって逃げるぞっ!なぁっ!」


および腰だった少年がフードの少年の袖を掴むと腕を引くがフードの少年は動こうとせず。

俺はそのままその場に倒れた。


「、、、生き物1匹救えず死んじまうのかよ。」


少年たちが何か言い合っているのか何を言っているか聞き取れない何だか眠い目を開けていられない。

死ぬのって眠る感覚に似てるのかもしれない。

薄れゆく意識の中でそんなことを考えると睡魔のような物に勝てずにそのまま目を閉じた。



≪ピピピピ≫



「、、、んんー」


いつもと変わらないスマホのアラームの音で目覚める

いつもと同じように布団から起き上がり重たいまぶたを無理やり開ける。

いつのまにか寝ていたらしい。

寝ぼけながら目をこすりあたりを見回すと思考が停止する。


「あはは、なんだここ、、、」


見慣れた光景など何一つなく家ではない。

会社に寝泊まりすることもあるがここは会社ではない。

わけのわからない事が起きると人間は笑ってしまうらしい。

そこは一面真っ白で何もない世界、、、空間だ。

ふと我にかえる。


「ふとんっ」


俺は自分の布団で寝ていたはずだからこんな見たこともない場所なら自分の布団などあるわけがないと思い足元に目をやるとそこには確かに俺の布団が綺麗に敷かれていた。

一瞬ほっとする。


「夢じゃ、、、ないよな?」


明晰夢という奴だろうかと思うが意識がはっきりとしすぎているしそもそもこれが夢だとは思えなかった。

明晰夢というのは自分でこれが夢だと認識する夢だとか何かで読んだと思うが明晰夢を見たことはない。

少なくとも起きた後にそれを覚えていたことがない。

自分でもベタだと思うが頬をつねってみる。

しっかりと痛い。

どうやら夢ではないらしいがそもそも夢の中で痛みを感じると痛くないというのも本当かどうかは知らない。


悪い癖かもしれないがどんな事でもすぐに疑ってしまう癖がある。


『夢ではありませんよ』


頭の中に声が響く妙な感じだ。

イヤホンから聞こえるようでもあり自分の声の反響のようでもあるがそれは自分の声ではないそして女性の声のように聞こえる。


「ついに働きすぎで気でも触れちまったか?」


『ふふふっそんなことはありませんよ』


また頭の中で声が響く。

本当に夢ではないのだろうか?


「今姿を表しますね」


あたり一面が光に包まれ眩しさに目を閉じる。

目を開けるとそこには何もいなかった。

奇異な状況で受け入れていたがやはり気が触れ幻覚を見ていて幻聴が聞こえているんだろうか?


「後ろですよ」


「うわっ」


声の方に振り返ると驚きのあまりに腰を抜かしたように尻餅を着いてしまう。

そこには女性が宙に浮いていた。

薄く光っているように見え顔立ちが整った美しい女性だ。

漫画や小説で見るような女神がいたらこんな姿ではないかと思うほど美しく白く光る金色の髪は宙でふわふわと揺れていて到底自分と同じ生き物であるとは思えない。


「ふふふ最近ここにいらっしゃる方々はみなさん状況を受け入れすぎているのでちょっと驚かせてみました」


「、、、、、、、、、」


あまりにも受け入れがたい状況で問いかけてきたそれに絶句し反応ができない。


「“それ”ではありませんよ?先ほど考えていた“女神”のようなものと思っていてください」


考えていたことへの返答にハッとする。


「今もしかして、、、」


「心を読んだ訳ではありません。似たような事ではありますが」


考えた事が伝わってるのだろうか?


「そのままではなんですから立ち上がってみてはどうでしょうか」


尻餅をついたままだったので促されるままに立ち上がる。




「、、、っ」




頭に激痛が走る。

最近どこかで同じような事をした。


「思い出したようですね」


頭の中に一気に記憶が流れ込んでくる。

そうだ俺はきっとあの時に、


「ええ、あの時、あなたは亡くなりました」


そうか、俺はあの時刺されてそのまま。

思考を巡らせていると目の前の女神は黙ってこちらを見つめている。


「、、、、」


「あのっあの、、、」


こちらを見つめ沈黙する女神に何も考えずに口を開く、


「はい?なんでしょうか?」


俺の考えがわかるはずの女神は凡そ女神らしくない愛らしい笑顔でこちらの問いかけに首を傾げる。

なんでここに?これからどうなる?天国行き?地獄行き?もしかして生き返れる?異世界転生?


頭の中に様々な疑問が駆け巡る。

女神はというと笑顔のままこちらを見つめている。

こちらの考えがわからないのだろうか?


「えーっあっあの生き物!あのいじめられてた動物は、、、」


沈黙に耐えられず咄嗟に出てきた質問はあの動物のことだった。


「、、、彼女はあなたが助けに入る前に亡くなっていました」


女神は表情を少し曇らせた語ってくれた。

あの生き物が猫であった事、

その猫がメスであった事、

猫が野良でゴミ漁りの最中に捕まえられいじめられていた事、

俺が見つけた時にはすでに亡くなっていた事、


「そうですか、、、」


他に言葉が出てこなかった。

それだけはしてたまるかと意地になって頑張っていたというのに結局無駄死にをしてしまったようで、猫を助けられなかったことに無力さを感じどうしようもないくらいに悔しくなった。


「やはりこれまでここにきた方々と比べるとあなたは変わっていますね」


「えっ?」


これまでにきた?方々?

さっきも言っていたがどういう事だろう?


「いえ、ここに来る方は様々ですがみなさん自分のことばかりで他を気にする者はあまりいないのです」


確かにその通りかもしれない俺が死んだというのならこの先どうなるのかの方が気になる。


「それは多分俺がというか、、、僕が猫を助けようとしたからであって、僕が特別変わっているとかではないんじゃ、、、何かを助けようとして死んだのなら少なくともその何かが助かったのかは気になるんじゃないですかね」


ここはおそらく死んだ人間が来る場所できっと女神は死んだ人間に対して何かをしているんだと思った。


「亡くなった方以外もここには少なからずいらっしゃいますが確かにおっしゃる通りかもしれませんね」


死んだ人間以外も来るというのならここは一体なんなのだろう?


「説明していきますね」

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