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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

マリア・メラニアが死んだ

作者: 以西なう

できる限り短く話をまとめる練習みたいな感じで書きました。よって、内容は薄っぺらい。五分ほどでさらっと読める感じをイメージして書きました。ここが良いとか悪いとか、積極的に教えていただけると、飛び上がって喜びます。

 その女は、とにかく得体が知れなかった。

 真っ赤に輝く印象的な目と、対照して貧相な甘栗の髪。官能的な顔つきのわりに体は薄く、筋張っている。趣味はチェス、特技は乗馬。貴婦人の振る舞いが板についているのに、出身は場末の酒場。今の身分はウェークフィールド公の愛人。

 何もかもがちぐはぐの女を皮肉って、「パッチワーク夫人」と影で渾名する貴婦人もいた。けれど、どんなに気の強い女でも、彼女のあの赤い瞳で見つめられると、途端に口を噤むのだ。

 彼女の名前は、マリア・メラニア。

 先述の通り、ウェークフィールド公バーノンの、愛人である。


 そのマリアが死んだという一報が社交界に出回ったのは、さる春のことだった。春の薔薇がいっとう美しく咲く季節に、あの風変わりで謎めいた女は、生涯を終えたのである。

 ただ、その噂には一つの疑問が付き纏っていた。あのマリアが、どうして死んだのか、誰も知らないのだ。

 人の噂は七十五日というが、結局、夏のシーズンが到来する頃まで、その噂は膨れ続けた。

 そして、黒衣を纏い現れた公を、宮廷人たちは待ちかねたとばかりに質問攻めにした。もちろん、表現は貴族らしく、迂遠なものであったが。

「私の愛人が死んだことが、皆様に何か不都合をもたらすのだろうか。ああ、ここにいる者が商人であれば、それはまた別の話だろうが。誇りある貴族の皆様が、まさか、汗みずくになって金を稼ぐなどと不名誉なことを、なさる筈もない」

 そうして、得られた回答がこれである。

 バーノンは愛人一人の死など、何も応えていないとばかりに涼しい顔で、悪趣味な宮廷雀をせせら笑った。この回答に、マリアを毛嫌いしていた貴婦人たちは涙を流すほどに高笑いし、逆にマリアを狙っていた男たちは、酷く憤ってバーノンを罵った。もちろん、双方、彼のいない場所で。

 ところで、このバーノン・キングスリーという男は、中々の美男であった。

 豊かな金髪に切れ長の黒い目。淡白な物腰のわりに、情熱的にも思える厚みのある唇が、華と色気を添えていると貴婦人たちの間ではもっぱらの評判である。そうしてこのバーノンは、数年前に奥方を亡くした、寡夫であった。だからこそマリアの生前、女たちは魅力的な彼女に歯軋りをしながらも、内心では見下し、笑っていたのである。

 所詮、公爵夫人にはなれない愛人女と。

 やれ、元は庶民のくせに、貴婦人ぶった振る舞いが鼻につく。やれ、女が乗馬にチェスなどちゃんちゃら可笑しい。しまいには公爵の亡き夫人まで引き合いに出して、亡きオデット様は白鳥のような、淑女らしい淑女であったから、公爵様はつい、変わったものにお目が惹かれたのだと。

 因みにこの噂をした貴婦人たち、オデット夫人の生前は、やれ意気地のない女、あのような女が公爵夫人などと、と陰口を叩いて彼女を自死に追いつめた一派である。見事なほどに厚顔無恥な手のひら返しであった。

 それを知っている良識的な貴族たちは、またよもや、と噂をするのである。よもや、マリア・メラニアは彼女たちの虐めを苦にして命を経ったのではないかと。


 さて、バーノン公とマリアの話に戻ろう。

 バーノン公がマリアと出会ったのは実のところ、社交界で噂されるような如何わしい場所ではなく、彼の亡き妻の墓前であった。

 マリアはオデット夫人の母、プレストン夫人の支援する孤児院の出だった。まだ幼かったマリアとオデットは、身分の垣根や分別などつかず、無邪気に友情を結んだのだ。

 だが、現実とは時に非情なもの。マリアがプレストン家の使用人として奉公に上がるより早く、オデットは婚姻によって生家を離れ、身分の低かったマリアもまた、同僚に嵌められて、泣く泣くプレストン家を後にすることとなったのである。そうして、プレストン領を離れ、彼女を可愛がっていた夫人から手渡された僅かな路銀と、推薦状を頼りに王都へ出たマリアだが、やはり孤児院の出身というのが障害となり、女中の道を断念。比較的まともな酒場で細々と生計を立てていた時、オデット死亡の凶報を耳にすることになる。

 マリアは悲憤を胸に、王都からウィークフィールド公の所領へと走った。

 そうして、二人は出会った。公爵夫人のものとしては侘しい、オデットの墓の前で。

 最初、マリアはバーノンを罵った。マリアにとってオデットは、かけがえのない存在だった。最愛の友人で、主人になるはずの人だったのだ。公爵を罵り、それが為に殺されようとも知ったことか。オデットをみすみす死なせた男に、遠慮などする必要はない。

 バーノンは、彼女の憤りを静かに受け止めていた。

 身分の低い女の暴挙に怒るでもなく、言い訳をするでもなく、ただじっと耳を傾けていた。やがて、マリアの舌が回らなくなった頃、バーノンはこの情熱的な女に、静かに問いかけた。

 ──復讐がしたいか。

 バーノンは若い妻の死を哀れに思っていたが、それ以上の感情は持ち合わせていなかった。強いていうなら、彼女には公爵夫人たる資質が足りなかったのだと、納得している。だが少なくとも、この女にとってはそうでないのだろう。

 思えば思わるる。あいにくとバーノンにそのような経験はなかったが、この二人の女を通して、彼はそういう学びを得た。その対価と、苦しい内情を押してまで墓参りにきたその心根には、相応に報いがあるべきだ。バーノンはそう考え、この場にそれを否定するものはいなかった。

 斯くの如くして、マリア・メラニアは、バーノン・キングスリーの愛人という立ち位置(後ろ盾)を得たのである。


 とはいえど、愛人への道は一朝一夕にはならない。マリアは生粋の庶民である。侍女としての作法と、貴婦人としての作法は別物だ。ついでにどちらかといえば体も貧相で、男勝り。そんなマリアがどうして、貴族紳士にとって魅力的な女になれたかといえば、亡きオデットの存在と、その物珍しさからであった。

 バーノンはまず、プレイストン夫人に事情を話し、彼女の教育を委託した。プレイストン夫人は情の深い女性だ。可愛がっていた娘が、亡き実子のために復讐をするという。そうなると当然、良識的な彼女は胸を痛め、説得をしようとするわけだが、それにはバーノンが待ったをかけた。これはバーノンにとって、実に都合のいいことだったのだ。

 貴族は基本的に、自分の手を汚したがらない。報復に関してもそうだ。当事者にのみそれと分かるよう、災難をもたらすことが多い。そうして、オデットが虐めを苦にして命を絶ったという事実は、キンズスリー家の体面に、傷をつける行為であった。これを捨て置くわけにはいかない。だがこの程度のことで男性が女性の社交に口をだすのは差し障りがある。そんな中でマリアの存在は、実に望ましかった。

 そうしてまんまとプレイストン家の後ろ盾を得たマリアは、まさに水を得た魚のように成長し、社交界でも注目を浴びるようになる。そんな中でもマリアはつけ上がることなく、布石を打つことに執心した。

 敵に回す女を絞り、その他の淑女をあらゆる手段を以て懐柔しながら味方につける。そうして何人かの力ある──加えて短慮な──男たちを手懐け、静かに時を待った。


 オデットを苛んだ三人の貴婦人たちの所領には、ある共通点がある。それは、夫ないし親の領地が貧しいことだ。

 例えばリーダー格のアーシェラ・ダグラス。彼女の夫のグウェン領は海に面しており、水産が盛んである代わりに、農地の確保が難しく、食料の大部分を輸入で賄っている。

 続くヨナ・ウィルソン。彼女の父が収めるアプトン領は山岳地帯に沿って集落を形成しているが、取り立てて資源もなく、領主の人徳で、細々と食い繋いでいるのが実情である。なおそれが娘に受け継がれた様子はない。

 最後にテオドラ・トムキン。彼女の夫の領地は、国でも稀に見る普遍的な、平凡な土地である。だが領主のスウェン伯は若き日より放蕩息子と名高く、領地での評判も芳しくない。テオドラがアーシェラと関わるようになったのも、水産で栄えるグウェン領の支援を期待してのことだった。

 この弱みを、バーノンとマリアは利用したのだ。それぞれの領地と取引のある家と繋ぎを作り、時にバーノンが恫喝し、マリアが籠絡する。これが面白いほどに上手くいった。

 特にアーシェラの夫であるグウェン候は自己顕示欲が強く、自分よりも立場の低い人間から、搾取まがいに利益を得ていたために、バーノンの“交渉”が上手く嵌まったのだ。そうして、手ぐすね引いてマリアは時期を待った。もはや彼女は、復讐以外の何ものにも意義を見出していなかったのだ。そして、バーノンもまた、計画の成就を待ち侘びていた。

 バーノン・キングスリーという男は、冷淡で高貴な人物だ。彼の眼前を汚して、ただで済んだ者は存在しない。のちに”春の氷”と謳われる公爵は、静かに、雪解けを待つ萌芽のように、マリア・メラニアの”死”を、待ち侘びていた。


 そうして春。ウィークフィールド公夫人オデットが命を絶ったその季節、芳しい薔薇の香りの中で、マリア・メラニアという女は死んだ。

 喪が明けると、若くして波瀾の人生を終えた女への餞のように、彼女に絡めとられた男たちは動きだす。グウェン領、アプトン領、スウェン領に対して、各々が経済的な制裁を加え始めたのだ。

 王国史においては、これを”春の冠雪”と呼ぶ。市場には、大規模な混乱がもたらされた。

 そうして、この混乱の元凶と目された三人の貴婦人は、それぞれ悲惨な末路を遂げる。

 グウェン候夫人アーシェラは夫、レスリー・ダグラスにより領地に幽閉。三年後に病死。

 リットン子爵夫人ヨナは夫より離縁を申し渡されたのち、生家からも勘当され、消息不明。

 スウェン伯夫人テオドラは離縁ののち、修道院にて生涯を終えることとなった。

 事の顛末に関して、バーノンは多くを語らなかった。ただ、彼を恐れる人々に対しては一言「我が妻妾の冥福を汚す者は、薔薇の蔦に絡めとられることだろう」と口にしたそうだ。


 この一件があった二年後、マリア・メラニアの名が社交界からほとんど忘却された頃。ウィークフィールド公領では、あるオペラの初演が行われている。

 タイトルと筋書きは、以下の通り。

 ──”春の王と、薔薇の娘たち”。

 さる年のことである。麗しい春の王が妃を迎えた。湖の畔で扶育された、うつくしい薔薇の乙女だった。誰もが王の婚姻を寿ぎ、歌い踊る中で、乙女だけがしくしくと泣いている。

 困ってしまった王が、なぜ泣くのかと問いかけると、乙女はかんばしく匂い立つ体を掻き抱き、地平の果てをじっと見つめた。乙女には、魂の片割れとも思われるような娘がいた。夏の薔薇の精である。その薔薇が恋しい。夏になれば眠りにつく、春の王の妃になどなりたくない。そう言って、薔薇の乙女はまたしくしく泣いた。そんな妻に弱り果てた王は、ある提案をするのである。

 ──君が三度、私の下で春を越したなら、その時は夏の薔薇の下へ行くことを許そう。

 乙女は涙を拭って喜んだ。そうして三年、彼女は白い衣を纏い、春を明かした。

 喜び勇んで乙女は帰るものの、夏の薔薇の精の宿る木はもぬけの殻。何を隠そう夏の娘は、乙女を取り戻そうと王の下へ向かってしまった後だったのだ。

 そうして、現れた娘に王は、やはり試練を課した。

 ──私の国を抜けたければ、君は三年、乙女の身代わりをなさい。

 夏の娘はしぶしぶ従った。そうして三年が経って、彼女はようやく自身の住処へ戻ったのだ。赤い衣を着て帰ってきた娘に、乙女は涙を流して喜んだ。そうして二人は再び、手と手を取り合い、幕は降りる。


 バーノンはこのオペラを大いに気に入り、薔薇が咲くたびに領地で公演させたという。

 そして一説に、このオペラはバーノンとその妻オデット、そして愛妾であったマリアに対照されるものだとされる。

 また、バーノンは以降妻を娶ることも、妾を抱えることもなく、身綺麗に生涯を終えた。その後継者であり、実子とされる公子クリスは、母親が判然としていない。その生年から見て、オデットの死の直前、あるいはマリアを召し上げた後に生まれた子供だとされるが、その真相は今も謎のまま。ただある侯爵に曰く、クリス・キングスリーの目は極めて印象的であり、その大胆な気質は、父親とは似ても似つかなかった、と記されている。

マリアが生きているかどうかに関しては、皆様のご想像にお任せします。

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