幼馴染が「どうしよう。私、ざまぁされちゃうかも!」と僕を頼ってきた件
「どうしよう。私、ざまぁされちゃうかも!」
幼馴染の三雲彩羽が、部屋に飛び込んでくるなりそう言った。
読んでいた漫画から顔を上げ、「……どういうこと?」と僕——齋藤亮太——は尋ねる。
彩羽は普段から突拍子の無い言動の多い子だったけど、ここまで意味不明なことを言うほどじゃなかったはず。どこかで頭でも打ったのだろうか?
「だーかーらァ、私がざまぁされちゃうかもしれないんだって!」
「誰に?」
「それはもちろん、亮太に」
「……ごめん、1個確認していい? 彩羽の言う『ざまぁ』って何?」
どこかで齟齬が生じているのかもしれない。
そう思って聞いてみると、彩羽は「幼馴染の女の子が嫌な目に遭うことだって友達が言ってた!」と元気よく答えた。
うーん、10点。もちろん100点満点ね。
「……確かにその手の作品だと、幼馴染がざまぁの対象になることが多いけど。でも、そういうのって、あくまで読者のヘイトを溜めるタイプの『ツンデレ系幼馴染』に対するアンチテーゼとして生まれたジャンルであって、幼馴染であれば必ず『ざまぁ』されるわけじゃないから。どうしてもざまぁされたいなら、彩羽はまずヘイトを貯めないと」
「……? つまり、どういうこと?」
「つまり、彩羽はざまぁの対象にならないってこと」
首を傾げる彩羽に告げると、彼女はぽけっと宙を見た。
多分何か考えているのだろうけど、口が開けっ放しですごくアホっぽい。
しばらくそうして考え込んだ後、彩羽はゆっくりと口を開いた。
「……分かんない、やっぱり分かんないよ」
「……何が?」
「だって、幼馴染でもざまぁされる子とざまぁされない子がいるわけでしょ? 私は自分がざまぁされない側だって確信を持てないもん! どうやったらそういう確信を持てるのかな?」
「ええぇ〜、そんなこと言われても。確信、確信ね……」
今度は僕が考え込む。
言われてみれば、確かに僕は自分が彩羽を嫌っていないのを知ってるけど、彩羽は当然それを知らない。
そして、彩羽はツンデレではないが幼馴染の僕を振り回すタイプ。
彼女の懸念もそこまで的外れなものではないのかもしれない。
どうしたものかと困っていると、彩羽がゆらりと近づいて来た。
美人だからこそ余計に恐い。
「……じゃあさ、亮太が保証してよ」
「保証? どうやって」
「私のことを絶対ざまぁしないって、今ここで誓って」
「……」
この子、自分の発言の意味を分かって言ってるのかな?
それってほとんど、告白に等しいもののような気がするんだけど。
戸惑う僕へ、彩羽がさらに近づいて来る。
「亮太が誓ってくれないと、今後の私はいつざまぁされるか気が気でなくて、昼も寝られなくなると思う」
「うん、健康そのもので良いじゃないか」
「不安で不安で、朝食がトースト1枚しか喉を通らなくなると思う」
「僕は普段からトースト1枚だけどね」
「……学業にも影響が出て、成績が悪くなっちゃうと思う!」
「彩羽はこの間学年最下位を取ったばかりじゃないか。これ以上悪くなりようがないよ」
「ああ、もう! そうじゃない! そうじゃないんだよ、亮太!」
彩羽は頭を掻きむしった後、ビシッとこちらを指差してくる。
「こういう時はグダグダ言わずに『保証します!』って言えばいいの!」
「そう言われてもなあ……」
保証すること自体は吝かじゃない。
僕は彩羽のことが好きだから。
問題なのは、彩羽本人が、自分の言葉の意味をたぶん分かってないってこと。
この状況で保証する、と言ってしまっていいのだろうか。
無知な彼女を騙しているみたいで、ちょっと嫌な感じ。
……まあ、いいか。
幼馴染のことをあまり悪くは言いたくないけど、彩羽はポンコツな上に妙に無防備なところがあるから、悪意をもった誰かがいつか彼女を騙そうとするかもしれない。
ならいっそのこと、僕が彼女を騙してしまえばいい。
僕には彼女に対する悪意など1ミリもないのだから。
納得すると、後は早かった。
「……分かった、僕は彩羽のことをざまぁしないって約束するよ。その代わり、彩羽も僕のことをざまぁしないって約束できる? 僕だってざまぁされたくないから」
「う、うん。約束する」
今度は僕が彩羽に顔を寄せると、彼女は顔を赤らめて頷いた。
そんな彩羽に、僕は小指を立てた右手を差し出す。
「じゃ、指切りしよう」
「……ひゃい!」
彩羽が噛むなんて珍しい。
やけに緊張しているな。
本当に彼女は、この約束の意味を分かってないのだろうか。
……どうでもいいか。
彩羽の小指からじんわりと伝わってくるこの熱だけは、間違いなく本物なのだから。
* * *
私は幼馴染の亮太のことが好きだ。
亮太もたぶん、私のことが好き。
でも、私たちの関係は一向に進まない。
亮太も私も、今の心地良い関係から変わるのをどこか恐れている。
こういうのは、幼馴染ならではの悩みなのだろう。
だから、私は常に亮太との関係を一歩進めるための策を練っていた。
何か、何か良いアイディアはないか。
そんな風に案を探していたある日、私は亮太がとあるサイトを見ているのを知った。
小説王になろう。
小説投稿サイトの最大手、らしい。
亮太は自分がそのサイトを使っているのをあまり知られたくなかったのか、私が画面を覗き見た瞬間さっとスマホを隠した。でも、時すでに遅し。
私はばっちりと見た。彩羽ちゃんは見たのだ!
さて、その小説王になろう、いわゆる「なろう」について私は研究した。
私はバカだけど、恋愛のこと、特に亮太のことに関しては頭が回るのだ。
研究の結果、「これは使える」と判断し、私は作戦を実行に移した。
作戦の内容はシンプル。
幼馴染ざまぁ物のテンプレのように自分がざまぁされるんじゃないか、という恐怖を訴え、亮太の言質を取り付けるというものだ。
そして今、私は亮太の部屋にいる。
作戦は、自分でも恐くなるほど上手くいっている。
ただ、一つだけ想定外だったのは——。
「じゃ、指切りしよう」
「……ひゃい!」
上手く行き過ぎて、ドキドキが止まらないのだ。
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