最愛の人に裏切られたわたしは、最高に幸福でした。
天啓が降りたので書きました。
私は俗に言う、異世界転移者だ。
今の時代に不釣り合いな知識を持ち込み、創造神から貰ったスキルで無双する。そんな存在。
ある時は秘宝をめぐってこの世界最大のダンジョンを踏破し、またある時は創造神の使徒として悪神とその使徒を打ち倒しに行ったこともある。結局最後の最後で逃げられちゃったんだけどね。
順風満帆な異世界生活だった。何をしても大体上手くいった。
今思えば、上手くいきすぎていたのかもしれない。
「ご主人様…次はマンドラゴラの採取です」
「うん、それじゃあ行こうか」
彼女の名前はトリア。
この世界で最初に出会った奴隷だ。
今は私の身の回りの世話をしてくれている。
一緒に旅をしているうちに、私は徐々にトリアに惹かれていった。
近いうちに告白しようと思っているのだけれど…最近トリアの様子がおかしい。
どこか上の空だし、なにか言いかけてやめることが多い。
…この依頼が終わって帰ったら、時間を取って話を聞いてみよう。
森に入って半日ほど、マンドラゴラを見つける。
マンドラゴラは危険な植物だ。
「トリア、後ろに下がって耳を塞いどいて?」
「…わかりました」
私はマンドラゴラに近づいて―
後ろから、
刺された。
「え?」
トリアが わたしを 刺した?
「私は悪神の使徒、3。貴方はやり過ぎたんですよ。創造神から貰った力で程々に遊んでいるだけなら何もしなかったのに、こんな…結末に…っ」
ああ、そうか…
彼女はずっと悩んでいたんだ…
私は神さまから授かった高い身体能力で致命傷の身体を動かし、トリアに近づいて―その涙を拭う。
拭っても拭っても、涙が溢れ出す。
「泣かないで…?わたしは今までトリアと過ごせて幸せだったから…」
「なんで…っ!そんなこと言うんですか!?私は悪神の使徒で…でも…っ!」
「好きだよ。世界で1番」
トリアが…泣き止んでくれない。
トリアは、不器用だから…板挟みになって、たくさん悩んだんだろう。
それでどうしようもなくなって、つい刺してしまった。
「わたしはトリアの為なら死ねるんだ。だから、最期に…笑顔を見せてくれないかな?」
「ずるいです…ご主人様は…そんなこと言われたら、私は…」
顔をくしゃくしゃに歪めて、無理やり笑顔を作るトリア。
「ふふっ、変な顔」
視界がぼやけてくる。
「待っててくださいっ!今医者を!」
「待って…もう…間に合わないよ」
「そんな…ごめんなさい…私…」
「そこに…いるんだよね?もうほとんど見えないんだ」
「はいっ…ここにいます!あなたの、トリアです!」
「よ、かった…しあわせに、なって、ね?」
トリアが泣きついてきた。
まったく、いつまでたっても甘えんぼなんだから。
―あぁ、意識が遠ざかる。
創造神の使徒、異世界転移者がお亡くなりになりました。
死因は刺し傷。最愛に裏切られて心臓を一突きです。
でも、その最愛に看取られて、幸せに逝けました。
―じゃあ、最愛は?彼女は幸せになれるのでしょうか。
幸せになってほしいというある意味無責任な「願い」。
それが彼女を縛り付けて死ぬことすら赦しません。
どうして一番大切なことに気づけなかったのか。
彼女は自分を追い詰めていく。
それを見ることがないというのが、ある意味異世界転移者の最大の幸福ではないでしょうか。
ご冥福をお祈りします。
かのじょたちの ぼうけんは おわってしまった