第一話:獲物
とある大木に、鳥達の大規模な村があった。
藁で造った土台に、細かい木の枝を乗せて家にしている。一番高いところには、村長である穢鳥が住んでいた。大きな家で、隣には会議室代わりの場所がある。
丁度、この時間に会議が行われるようである。穢鳥の他に、顰鳥、蹙鳥、廼鳥、楡鳥など十匹程度が集まってきていた。
「ええと、今から会議を始める。・・・こら、廼鳥、何故子供を連れてきたんだ。」
「ええ、獲物の獲り方についての会議だと聞いていたもので。勉強になるかなあと思い、連れてきたのです。」
「ふうむ、最もだ。だけれど、一応規則があるのでな。先祖代々、受け継いできた規則を、ここで破る訳にもいかぬ。速やかに、連れ戻してくるのだ。」
「では、会議ではないということでどうですか。名前を、『話合い』や『集い』なんかに変えればいいのでは。」
「成る程、それは名案だ。反対する者は挙羽せよ。」
穢鳥は他の者を見回す。廼鳥以外は村長に目も呉れない。羽を挙げた者は居なかったので、
「よし。それでは、話合いを始める。廼鳥の子も、ちゃんと見ておくのだぞ。」
と、村長は言った。
「穢鳥村長、ちゃんと名前で呼んでください。」
「名前と言われても、わしは君の子の名前なぞ知らないのだが。」
「『菰鳥』です。覚えてください。」
廼鳥は若干怒りぎみに答えた。それに続いて菰鳥も、
「『菰鳥』でございます。覚えてくださいませ。」
と、不必要な程礼儀正しく真似た。
「一応、覚えておく。ところで、君達にお願いがあるのだが。実は・・・。この近くに大きな獲物が来ておるのだ。ここからも見える様に、蛙や蚯蚓など、栄養豊富なものばかりだ。」
成る程、穢鳥の言うとおり、木の近くの草むらを飛びまわる蛙の姿が見える。
「是非、捕まえたいのだが、わしももうこの年。そこでだ、君達にやってもらいたいと思って、集めたというわけだ。どうだ、やってみないか。」
期待を込めて、穢鳥は言ったのだが、話を聞いている者は殆ど居なかった。顰鳥は鼻をほじっているし、蹙鳥や礎鳥はいつの間にか居なくなっている。楡鳥は読書中で、真面目に聞いているのは菰鳥、ただ一匹だけだ。
「そうか、わしの様な老いぼれの望みを叶えてくれる者は居ないのか。冷たいなあ。楡鳥、お前は、力があるから捕まえやすいと思う。お前が行ってきてくれないか。」
名前を呼ばれて楡鳥は、咄嗟に気がついた。持っている本に素早く栞を挟んで閉じ、村長の穢鳥の方を向いた。
「折角の村長の頼みごとですが、私は力仕事よりも学問の方が向いているのでございます。また、体を使うことが嫌いなのです。というわけで、お断り致します。この様な仕事は、おつむが空っぽな者にやらせては。」
「うむ。では、捕まえるのは他の者に任せることにする。だが、お前は『学問の方が向いている』と言った。ということは、考えごとは得意な筈だ。なので、捕獲作戦を考えてほしい。学問好きで、日頃から脳を鍛えている君は、すぐに出来るであろう。」
褒められた楡鳥は、内心嬉しかったが、村長の言葉に被せるようにこう言った。
「嫌です。断ります。絶対にやりません。私はその様な野暮な事はしたくありません。」
「ほう、君は、どうやら恰好をつけたいようだな。なら、諦める。しかし、獲物はお前にはやらんぞ。」
「結構です。自分で捕まえられますから。そういう、他人に動かされるのは、私は嫌いなのですよ。」
楡鳥はそう吐き捨て、下の方へ飛んでいった。穢鳥から溜め息が漏れた。
「あの様な性格の奴には困ったものだな。誰か、他に・・・。」
すると、廼鳥が菰鳥の羽を持ち上げた。
「何するの、お父さん。」
「お前は黙っておきなさい。・・・村長、こいつにやらせます。幼い頃から獲物を捕らえる訓練をしておけば、将来捕獲が得意になって、食べ物には困らない筈です。息子の為にも我々の為にも良いと思います。だから・・・。」
廼鳥は、声に力を込めて言った。
「は、は、は、そんなに大きな声で言わなくとも分かるよ。だが、菰鳥みたいな子供に、その様な危険なことは出来るのか。」
「出来ます。だよな、菰鳥。」
少し時間を空けてから、菰鳥は小さく頷いた。
「ふうむ、ならばやってみてもいいかもしれないな。だが、わしはどうなっても知らないぞ。」
「はい。大丈夫です。」
廼鳥は、得意気に答えた。