プロローグ 「手違い転生」
――俺は今、とんでもないものを目にした。
そう、子供がボールを取りに、車道へと飛び出したのだ。
子供はボールを取れたことに一安心し、戻ろうとした。
しかし、子供は横から迫りくるトラックを目にし、その場に凍り付いてしまった。
――俺が、助けないと!
俺は走り、子供を歩道まで押した。
だが、俺を待ち構えるは、一台のトラック。
トラックは俺を吹き飛ばした。
一瞬、俺は子供が無事なことを見て微笑んだ。
そして死を確信し、目を瞑った。
音が聞こえなくなった。
静寂。
静寂。
「――あなた、目を開けなさい」
「ん?」
突如、鈴の様な声が耳に入った。
それこそ、連続した静寂を穿つ様に。
俺は恐る恐る目を開けた。
すると、目の前には一人の少女がいた。
ダイヤモンドの様に透き通る様な美しい銀髪を持ち、顔立ちとは裏腹に、まるで全てを見透かすかの様な深紅の瞳を持つ華奢な超絶美少女。
少女はとある豪奢な座椅子に座っている。周囲には何もなく、その座椅子は一際目立っていた。
「あれ? 俺って死んだはずじゃ……」
「死んだわよ。トラックに轢かれて。まるで蹴られた空き缶の様に吹き飛ばされてね」
にやりと、少女は笑ってみせた。
こいつ、人の死に方を平然と馬鹿にしやがる……。
「それで」と、少女は続ける。
「私は終焉の女神――アリア。あなたは、確か……鋏クウトさんだっけ?」
終焉の女神? 何だそれは?
「死因はトラックから子供を庇ったから……ふむふむ、クウトさんはさ、もう一度人生を歩みたいと思わない?」
「もう一度人生を歩む……?」
「そうよ。安心して。私がクウトさんを元の世界へと転生させてあげるから」
「そんなことができるんだな……」
「まあ、私は女神だからね」
豊かな胸を張り、女神は俺を一瞥する。
俺は女神の放った『もう一度人生を歩みたいと思わない?』という言葉に、瞠目しては項垂れた。
「もう一度人生を歩んで、零に謝りたい。それができるならそうしたい……」
俺の小さな呟きを、女神は聞き逃さなかった。
「よしっ! それじゃあ決まりね」
元気溌剌に言い、女神は俺の額に掌で触れた。
白く淡い光が、俺の額から湧き出る。
「え、ちょっと待って!? ――ってあぁ!!」
すると俺と女神のいた空間は、暗闇へと移ろった。
途中で女神の悲鳴が聞こえたかのような気がしたが、それは本当の悲鳴だったと俺は気付かなかった。
すると、俺の視界に眩しい光が入り込んできた。
日光だ。
何だか久しぶりに外に出たかの様な気がする。
俺は清々しく深呼吸をすると、周囲を見渡した。
今俺がいるのは、
「ここ、どこ……?」
そう、見知らぬ部屋だった。
すると、俺の隣で――、
「な、な……!?」
ひどく慌てた様子の女神がいた。
そして口を開くなり思いきりこう叫んだ。
「どうして私まで転生しちゃったのよ!!!」
なんと、終焉の女神様は間違えて転生してしまった様だ。